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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
53/463

53.新星様の世直し旅

 ある朝、ダンジョンセンター前に、腹立たしい男が立っていた。もう2度と見ることはないと思っていた顔だった。パドマの正体に気付いたから、そこにいるのだとしたら、今度こそ切り捨てなければならない。そんな使命感にかられて、パドマは剣を抜いて構えると、イレが羽交締めにして止めた。

「パドマ、何やってんの。まだダンジョンに入っていないのに。剣を抜くのは、まだ早い」

「止めないで。あれは、やはり殺すべきだったんだ」

 ダンジョンセンター前にいたのは、トマスとカールだった。先日、パドマを取り囲んで返り討ちにされたチンピラの中にいた人間である。そういやこの2人は見た目だけで、最も根性なしだったから、わりと軽傷のまま放置したんだっけ、とパドマは思い出した。パドマとイレが騒ぎ出したので、すぐにその存在に気付き、ケガ1つしていなそうな2人が駆け寄ってきて、パドマの前にひざまずいた。パドマが置いてきた分銅付きネックレスを出して、捧げている。ネックレスを返しに来ただけにしては、大仰なしぐさである。

 ネックレスは洗ったようで、見た目はキレイになっているが、パドマはさわりたくもないし、見たくもない。嫌になって、捨てた物だ。持ってきてもらっても、嬉しくも有難くもなかった。

「おはようございます。どうぞ、何なりとご命令下さい、新星様」

「今日は我らしか来れませんでしたが、ケガが治り次第、全員傘下に入りますので、しばらくはご容赦ください」

 トマスとカールが、それぞれ用件を口にした。何しに来たかは判明したが、パドマはそんなことを求めて阿呆どもをしばき倒したのではなかった。パドマの表情は、更に冷えた。本件にはまったく関係ないイレを斬ってでも、これを殺してやろうと思った。

 彼らと出会った当時、パドマは、物心がつくかつかないかというくらいの年齢だった。それでも、名前がくっきり浮かぶほどに、覚えていた。会った回数だけ、殴られ蹴られる関係だった。あの年頃の年齢差はどうにもならない体格差を生んだし、パドマは大人しい子どもだったのだ。兄に助けられるか飽きられるまで、ただ泣くばかりだった。年上の兄は、パドマよりもはっきり覚えているだろう。付き従わせて、兄の前にさらすのは危険だ。兄が事件をおこして、犯人になってしまう。

 師匠は、ネックレスを受け取った。

「パドマ、これ何なの?」

「この街のゴミ屑野郎。

 てめぇら、よくもウチの前に、また出てきやがったな。本気で悪いと思ってんなら、2度とそのツラ見せんな! それがお前らにできる唯一の贖罪だ」

 パドマが暴れ出した。イレに比べたらパドマは頭2つ分ほど小さいが、抜き身の剣を持って、鉄板入りブーツで暴れられると、少し怖い。

「よくわからないけど、わかった。師匠、パドマを連れて、ダンジョンに行ってて。また兄弟子が、面接しときます」

 暴れるパドマから剣を奪い、小脇に抱えて、師匠はダンジョンに走った。


 弁当をもらって来なかったので、久しぶりにミミズトカゲ焼きを食べていたら、イレがやってきた。パドマは、ギロリと睨め付けた。

「なんで、お兄さんが睨まれないといけないのかな。ちゃんとお話は聞いてきたよ」

 パドマは睨みながらも、ミミズ焼きの余剰をフライパンごとイレに差し出した。イレはそれを受け取った。

「あ、ありがと。パドマが、チンピラを全員のしたんだって? だから、次のボスはパドマなんだって言ってたからさ。お前らの今までの罪を、全部パドマに押し付けるつもりか、って追い返しといたよ。チンピラのボス猿とか、似合いそうだけど、ならなくて良いんだよね?」

「顔も見たくない。ネックレスも、もういらない」

 パドマは、イレにしがみついて、肩を震わせ静かに泣き出した。

「何これ、超可愛い。パドマじゃないみたい!」

 イレは、パドマの拳でアゴを割られた。


「うぉりゃあぁあぁあ!」

 パドマは、今日も快調だった。謎の雄叫びを上げ、次々と巨大トカゲや巨大ヘビを屠りながら、走って行った。間に敵を倒す動作を挟んでも、足が止まることはない。迷うこともなく、速やかに切り捨てて、走り抜けていく。

「ただ避けて走る兄弟子より、妹弟子の方がすごくない?」

と、イレが感想を漏らしたら、師匠は胸を張って誇らしそうな表情を浮かべた。


 師匠のカメ拾いとハジカミイオ拾いに付き合い、パドマもハジカミイオを1匹だけ背負ってトカゲを倒すチャレンジをして帰ると、3階層で件のチンピラがダンゴムシ運びをしていたのを見た。

 また駆け寄ってきてヒザをつかれたが、無視して通り過ぎた。すると、ジュール率いる探索者集団に取り囲まれていたので、ダンジョンマスターの制裁の話をしてから、撤収した。



「トマスと付き合っているとは、どういうことだ!?」

 師匠と、唄う黄熊亭でおやつを食べていたら、探索者スタイルのヴァーノンに立ちはだかれた。

「そんなの、ウチも初耳だし。何がどうなって、そうなったんだよ」

 帰りがけに武器屋のおカミさんにもらった、ディアマンクッキーをかじりながら、パドマは話に応じた。なんと今日は、マスターが焼いてくれたバナナパンケーキまである。またお腹を壊してでも、食べずにはいられない。マスターのパンケーキは、本職も追いつけないほどのふわふわなのだ。

「初耳だと?」

「そんな生き物が、この世に存在することは知ってるけどね」

 いくら何でも、それはないだろう、という感想しかないのに、騙されてくるヴァーノンの気がしれない。

「お前は、嘘噂話が多すぎるな。どうしてこうなったんだ」

 ヴァーノンの怒りは、瞬く間に鎮火した。

「身内なんだから、聞いた時点で真実を見分けてよ。ウチも、こないだ師匠さんを彼女にしたって話を聞いて、びっくりしたよ。もう何もかもがおかしいから、新星様は、ウチじゃないんだと思う」

「そうだな。了解した。トマスは、ダメだからな? 絶対だぞ」

「あんなの、ツラも見たくないし、名前も聞きたくないよ」

「ああ、それでいい」

 ヴァーノンは、パドマの返事に満足すると、厨房へ入って行った。明日の弁当の仕込みでもするのだろうか。



 ダンジョンに入る度に見かけるトマスたちを無視して過ごしていたのだが、パドマの知らぬ間に、新星様は、世直しに勤しんでいたらしい。治安の悪い地区にはびこっていた有象無象が一掃されたのは、パドマのおかげだと賞賛されるようになった。

 毎日のように、見知らぬチンピラにかしずかれ、傘下に加わりますと宣言され、イレに追い出してもらう日々を過ごしていたのだが、あるチンピラは、探索者となって得た収入を被害者に積み上げるようになり、あるチンピラは地域の慈善事業に参加するようになったそうだ。治安が向上するのは良いことだと思うが、微塵も心当たりがないのに、何でもかんでもパドマの所為にされても困るし、嫌だ。

 ヴァーノンの仕業を疑ってみたが、ヴァーノンは、商家の仕事に、弁当の仕入れのダンジョン通いに、弁当調理までしている。チンピラと遊ぶ時間などないだろう。


 かつての師匠さんフィーバーの時のようなパドマグッズが街にあふれ、パドマは閉口するしかない。おやつを買いに行くと、金を払わずとももらえるようになってしまい、申し訳ないので、毎日の楽しみだったのに、自分で買いに行くこともできなくなってしまった。

 某フライパン屋は、調子に乗って、屋号を「星のフライパン」に改めたら、それだけで売り上げが上がったそうだ。主力商品は、フライパンキーホルダーだというから、もう何の店だったのか、思い出せないくらいである。街を歩くと、3人に1人くらいは、緑か橙色のフライパンキーホルダーを持っていて、残りの半分は、別の色のフライパンキーホルダーを持っていたり、いっそフライパンを持って歩いているような有様だった。

 パドマは蓄財はないので、毎日擦り切れた心でダンジョンに出かけたり、イレの家で引きこもりをして過ごした。


 そして、ある日、見つけてしまった。師匠の首に、花のような雪のような飾りが付いていた。

「犯人は、お前か!」

 パドマが殴りかかると、師匠は飛んで逃げて、髪をくくって、ニヤリと笑った。

 師匠は、元々、パドマと同じデザインの服を着ている。その上、髪の色も瞳の色も自在に変える。髪型はまったく違うが、結んで短く見せるなり、切って同じに寄せるなりしていたのだろう。どういう理屈かは知らないが、以前は髪を切っても、すぐに元に戻っていた。カツラすら必要ない。身長は全然違うのだが、師匠が元通りの師匠の格好に戻るから、師匠が可憐な乙女にしか見えないから、師匠の実力は知られていないから、誤認されていたのだろう。

 噂の新星様は、超絶美少女なのである。美貌を誇る師匠扮する新星様の方こそ、新星様らしいのかもしれなかった。

「チンピラ退治がしたいなら、人の所為にしないで、自分の手柄にしやがれ!」

 ナイフを投げつけてやったら、師匠はそれを受け止めて、持ったまま外に行ってしまった。ナイフも新星様偽装アイテムとして、使用するつもりなのだろう。

「ったく、ロクなことをしない野郎だな。何がしたいんだよ!」

 パドマはイレの家の食料庫を勝手に漁って、セルフ食べ放題をして、憂さ晴らしをした。

次回、恋のおまじないを始めます。恋を知らないあの人が。

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