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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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51.パドマの休暇

 今日も、まだ師匠は寝ているらしい。外に誰もいなかったので、兄の弁当を食べた後で、ダンジョンを休んで遊びに行くことにした。

「こんにちはー」

 家を覗き込んだら、知った顔を見つけて挨拶をした。パドマは、にこやかにフレンドリーに話しかけたのだが、その相手は不審者でも見るような、訝しげな顔をしていた。

「誰?」

 出会って、いく日も過ぎていないと思っていたのだが、もう相手に忘れられてしまっていたらしい。名前を忘れたくらいならともかくも、顔を見て、薄らとも思い出してもらえないなど、あるとは思わなかった。振った手をどう始末してくれようか、パドマは、とても悲しい気持ちになった。泣きそうだ。

「ミラ、パドマだよー」

「嘘でしょう? その顔、どうしたの」

「顔? え? 朝ごはんでも付いてる?」

 パドマは、両手で触って、顔の状態を確かめた。見た訳ではないので、確かなことは言えないが、いつもと変わったところはないと思う。

 なのに、パドマのことは覚えているのに、人物特定ができないような顔をしていたらしかった。ここまで、ずっとこの顔のまま歩いてきたのに。会った人は、誰も注意してくれなかった。恨みの気持ちが湧いてくる。

「キレイになってる!」

「キレイ? あ! 前回会った時は、師匠さんに、顔に落書きされてたかも」

 毎日大体、気持ち悪い何かか、巨大生物のどちらか、または両方と戦っている。その日はどっちと戦っていたか、聞かれても思い出すのは大変だ。同じくらい、その日の師匠の奇行は何だったかを特定するのは、難しい。珍しい事態でも何でもないからだ。師匠は、変なのが平常運転だ。

「ひどいことをするのね」

「違うちがう。その前日にも、2人で落書きして出歩いて、ウチが気に入ってたから、またしてくれただけだったと思う」

 師匠が何を思っていたのかは知らないが、パドマは、自分の顔が嫌いだった。日々、どうにかする方法を模索するほどに、嫌いだった。だから、師匠の落書きで、別人のようになって、嬉しかった。最近は、ダンジョンのことに気が取られて忘れていたような気もするが、できることなら挿げ替えたい、と常々思っていた。顔のことを言われるのは、兄以外は受け入れられない。パドマの顔を褒める人は、大体、ロクなことをしない。言わない。

「そうなの? わたしは、今日の顔の方が噂通りでいいと思うわよ」

「そう? でも、落書きされると別人になったみたいで面白いと思うんだよね」


「で、今日は、何しに来たの?」

「遊びに来た。機織りしながら、おしゃべりとかできないかな、って。これ、お土産」

 パドマは、兄の弁当を5つとカエル大福をひと包み手渡した。どちらも元手はかかっていない。欲しいと言えば、お店の人は、何個でもくれる物である。パドマがもらうだけで、宣伝になるからだ。

「ありがとう。気を遣ってくれなくていいのに」

「半分、自分の物みたいなヤツだから、大した物じゃないの」

「自分の物? わ、わ、これ、パドマの福ガエルじゃない? すごいすごい。食べていいの? ちょっと妹たちを呼んでくるね。待ってて」

 ミラは、機織り部屋に行って、リブとニナを連れてきた。今日も、3人はそっくりだった。

 それを待つ間、パドマはずっとモヤモヤしていた。パドマの福ガエルなどという単語は、初めて聞いた。そういえば、カエル大福の商品名は聞いたことがなかった。ミラが戻ってきたら、すぐ聞いた。

「パドマの福ガエルって、何?」

 マヌケなことを聞いてしまったのかもしれない。自分が持ってきた土産だ。なんなら、商品開発にも携わっている。人に尋ねることではなかった。姉妹全員に、丸い目で見つめられてしまった。

「何って、ねぇ」

「格好良いパドマにあやかって、パドマの福ガエルを食べたら、師匠さんみたいな素敵な彼女ができるよ、って言う縁起物だよ」

「ね」

 パドマは、手で目を覆った。どこからツッコんでいいのか、わからない。流石は、あの武器屋のおカミさんだ。嘘話の手腕が、ひどすぎる。

「ウソなのね?」

「そうだね。パドマは男じゃないし、師匠さんは女じゃないし、恋人同士でもないし、ウチのじゃなくて師匠さんが作ったんだよ、ってところ以外は真実かな」

 武器屋はともかく、おカミさんは嫌いじゃない。フトコロが大きく、気風も良く、気が利いて、優しい人だった。だから敵に回したくもないし、悪くは言いたくないのだが、変な噂は否定したい。

「何も真実がないわね」

「カエルってトコくらいかな」

「福は?」

「まぁ、でも、美味しいとは思うよ」

 元は、師匠が作った羽二重餅だ。現物を渡しただけではなく、レシピも譲渡されている。だから、売り上げのいくらかを分けてもらう代わりに、たまに現物をもらえるのだ。レシピを完全再現されていれば、絶対に美味しいと言わせる自信が、パドマにはあった。

「そうね。食べてみたい、とは思ってたのよ。パドマのカエルなんだもの。ね」

「食べよ。食べよ」


 カエル大福を食べた後は、みんなで機織りをした。

 皆の仕事の邪魔をするつもりはないよ、という意味で機織りを提案はしたが、パドマ自身は機織りで生計を立てる予定はない。そうであるにも関わらず、ミラはまた新しい機織り技術を教えてくれた。次に遊びに来た時に、もう少しマシな戦力になれということであれば、覚えることもヤブサカではないのだが、覚えるのも大変だ。

 今日は網糸2色で、模様入りの布を織る。何目通したかが重要なのに、傍らで別の遊びをしながら、機織りをすることになった。パドマが遊びに来たと言ったからかもしれないので、両方一生懸命覚えた。

 遊びは、とちの実を指で弾くゲームだった。所定の位置からとちの実を弾いて、既に置かれているとちの実にぶつけて陣から出す遊びなのだが、これがなかなか難しい。機織りをしていて、急に順番が回ってきたよ、と言われても、自分の実がどれだったか、わからなかった。いっぱいある実は全部茶色で、いつの間にか、誰かに弾かれていたりするのだ。絶対に、ながらでやるゲームではないと思った。

「よし、ヒット!」

「パドマつよすぎ。何で?」

「ウチは、とちの実ゲームの申し子、新星のパドマ様だからだよ」

 パドマは勝ち誇ったように言った。新星様と呼ばれるのは納得していないが、とちの実ゲームの腕を褒められるのであれば、納得できる。

「ちがうよね」

「ダンジョンでは激弱だけど、とちの実ゲームなら、誰にも負けないよ!」

「ゲームが気に入ったのね。良かったわ」

 パドマは譲る気はないようなので、ミラは察して折れた。



「じゃあね。またそのうち遊びに来るよ」

 酒場のお手伝いに間に合うように、明るい時間に帰ることにした。ミラたちの家は、パドマの生活圏とは反対側だ。城壁内なので、たかがしれてはいるが、そこそこ遠い。

 歩いて帰る途中、何故ミラたちが自宅で仕事をしているのか、その理由の一端が察せられた。この辺りは、あまり治安がよろしくないのだろう。見知らぬ男、10人強に取り囲まれて、パドマは納得した。


「君、1人?」

「大人なんだから、数くらい1人で数えろよ。そんなに友だちがいっぱいいて、わかるヤツがいないのかよ」

 パドマは、しまったなぁ、と思った。折角、今はダンジョンの外にいるのに、愛用の武器が何もない。師匠のマネをして、暗器の1つも仕込んでおけば良かった、と後悔した。これでは、師匠にまた感謝しなければならなくなる。目測で敵との距離と、関係性を計った。

「随分と態度のでかいバカだな。これから自分がどうなるのか、わかってねぇのか?」

 男の1人が、パドマに近付いてきた。あと2歩。あと1歩。

「ウチが誰だかわかってないお前らが、バカだろ。気付けよ、アホトマス」

「おま?」

 パドマは、近寄ってきた男の腹を目掛けて、思いっきり膝を蹴り入れた。男は、そのまま崩れて、声も上げない。

「あ、ごめん。ちょっと目測誤ったかも?」

 多少の反撃はあるにしても、先制攻撃をされる予定はなかったのだろう。男たちは、一瞬静まったので、終わりかと安心したのだが、我を取り戻した男が3人かかってきた。パドマの予測通りだった。何人に取り囲まれようと、どうせ最初は下っ端しか出て来ないものだ。はじめから全力投球されたら負けるかもしれないのにと思いつつ、それらを無視して後ろに走り、男を1人蹴って踏み台にして、隣の男のコメカミにかかとを落とした。落下ついでに、踏み台男の背中を勢いよく踏んでおく。

「何やってんだ、捕まえろ!」

 号令が発せられる前に追いつかれた3人は、とりあえず、腹に掌底を打ち込み、後ろに下がって肘を叩き込んで、前に踏み出し蹴り上げることによって、少し戦意を奪うことに成功した。所詮下っ端である。体格は負けるが、格下だ。

「なんだよ。カールが、ボスじゃなかったのか」

 パドマが勝てるのは、相手が本気になるまでだろう。時間勝負なのに、まだ2人しか落とせていないし、その2人すら、時間が経てば復活する。この場を無事切り抜けることができるか、非常に不安だった。


「パドマさん!? ご無事ですか?」

 ただでさえ、面倒なことになっているところに、さらに面倒なのが、湧いて出た。通りの先に、ジュールっぽいものが立っている。

「大馬鹿野郎! こっちに来たら、お前も斬り殺してやる! 味方面するなら、お兄ちゃんを呼びに行け! お前なんか、役に立たん!!」

 パドマは、これっぽっちもジュールを信用していなかった。都合良く現れたのが、怪しすぎる。ただでさえ負け戦濃厚なのに、これ以上、敵を増やすことはできない。万一味方だったとして、戦えない男が増えても、足手まといだ。

「でも!」

「給与分、働け! 走れ!! お兄ちゃんは、無敵だ!」

「わ、わかりました」

 ジュールは、走って消えた。追手を3人連れて行ってくれたので、ジュールの運用効果としては、上々だろう。途中で捕まって酷い目に合わされたりしたら、味方だったのか、ごめんね、と思ってあげようと思う。

 そんなどうでもいいことを考えながら、パドマは、拳に隠し持っていたネックレスの分銅で、下っ端を打ち据えた。

「こいつ、何か持ってるぞ」

「くそったれが!」

 下っ端が短剣をふりかざしてきたのを、パドマは鎖で受けて、絡めた後、相手の腹を蹴飛ばした。

「刃物1本、もーらいー」

 すかさず鎖から短剣を抜いて、左手で構えた。

「お前なんなんだよ」

 もう1人の下っ端が斬りかかってきたので、右にかわしてすれ違い様に腕を斬りつけた。

「言わなくても、わかれよ。こんな珍妙な武器を振り回してくるのなんて、暗殺者くらいでしょ」

「暗殺者ぁ? 阿呆か。どんな夢見てんだ。そんなんで食っていけるか!」

 3人目には、体当たりをする勢いで、思い切り短剣を腹に突き刺した。刺した物はそのままに、相手が手に持っていた物は奪ったので、手持ちの刃物が気持ち長くなった。

「そだね。武器屋のおっちゃんに、そう言っとくよ。でもさ、あんたたちの殺しの依頼なら、安くて良ければあると思わない?」

 パドマは、薄く笑みをこぼした。

 引き受けてくれるのであれば、パドマ自身が依頼を出したいと思ったことは、過去何度もあった。依頼を出さなかったのは、ひとえに暗殺者の知り合いがいなかったからだけである。

「依頼があったのか?」

「こんなおあつらえ向きに、1人歩きしてるヤツがいるなんて、不思議だよね」

 パドマは、護衛がついた男を目掛けて走った。あれさえ落とせば、全員散る可能性がある。



 遠くから、どかどかと沢山の人間が走る音が聞こえた。声も聞こえる。あの声なら、味方かもしれない。信頼してもいい。でも、もうあらかた終わってしまった。こんな姿は、見られたくなかった。もう終わりだ。すべて終わってしまうかもしれない。

「パドマ! 生きてるか!?」

「おっちゃんたち? なんで?」

 パドマは、地べたに座って、血まみれで泣いていた。それを走ってきた男たち3人が、取り囲む。遅れて走ってくる男によって、どんどん数は増えていった。

「なんだか知らん坊主が、酒場に来た」

 走ってきた男たちは、全員唄う黄熊亭の常連客の探索者だった。武装をしている者していない者、両方合わせて8人。ジュールに話を聞いて、駆けつけたそうだ。

「ああ、ごめんね。遠いのに」

 兄を呼べと言ったのに、ジュールはパドマの兄を誰だと思っているのだろう、と首を傾げながら、パドマは常連客の顔を順に見た。

「そんなことはいい。傷はどこだ。立てるか。俺が誰だかわかるか?」

「虫のおっちゃん、コロッケのおっちゃん、味噌煮のおっちゃん、博士、牛筋にワインに刺身。多分、ケガはしてない。大丈夫」

 パドマは、涙を拭ってみたが、止まらなかった。

「1人も名前を覚えてねぇのか」

「ごめんね。名前も知ってるけどさ。そっちじゃないと、ダメかな」

「どっちでもいいさ。好きに呼べばいい。帰ろう」

 虫のおっちゃんと呼ばれた男が、パドマに向かって手を伸ばした。だが、パドマは、その手を取らなかった。パドマの手は、血で濡れている。見た目だけではなく、奥の奥までずぶ濡れだ。

「どうしたらいいかな。困ってたんだ」

「何をだ?」

「この転がっているゴミさ。一応、加減はしたし、まだ息はしてるみたいなんだけど」

 パドマは、自分の周囲に転がっている自分以上に血まみれで、物を言わない物体を見た。

「パドマが、どうしたいかじゃねぇか? 今から殺っちまってもいいだろうし、衛兵呼んでくりゃあ追放刑だろう。このまま放置して帰っても、誰も怒りゃしねぇよ。なんで小娘が、後始末までやらなきゃなんねんだ」

 皆まで言わずとも、正しく状況を察してくれたらしい味噌煮のおっちゃんが、パドマの頭に手を乗せた。

 頭も汚れているだろう。パドマは、更に申し訳ない気持ちになった。

「被害者としては、こんなゴミ屑どうにでもなってしまえって思うんだけど、ゴミにも家族がいるのかな、って思うとさ。普通の人はどうするのか、わからなかったんだ。自分の身の安全のために、とりあえず黙らせてみたんだけど」

 声をかけてきた男たちは、パドマの古い記憶の住人たちだった。今日も、ロクでもないことを予定していたのだろうが、昔も変わらず嫌なヤツらだった。あの頃は、兄に発見されるまでは泣いているしかできなかったが、今日は、兄が助けに来るのを待てなかった。

 ずっと忘れていた森暮らしを始めた理由を思い出し、苦しくなった。兄に合わす顔がない。

「どうなっても構わねぇなら、おいちゃんに任せて、帰ったらいい」

 刺身のおっちゃんが言った。

「ありがとう。ありがとうございます」

 パドマは、常連客と一緒に酒場に帰った。

次回は、襲撃の後始末? 後日談? で終わるかな。

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