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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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47.パドマのお友だちホイホイ

「パドマさん、その首の飾りは、どうしたのですか?」

 いつものように、兄の弁当を受け取りに行ったところで、ジュールに声をかけられた。パドマの首には、昨日の朝までには見かけなかった、チョーカーと呼ぶか首輪と呼ぶか悩むような飾りが、増えていた。

「ああ、うん、これ? なんかさ、懇意にしてると噂の武器屋のおっちゃんがさ、ウチに友だちがいないのを心配してね。友だちができたら、お揃いで付けたら誰が友だちか、わかりやすいね、って言い出してさ。作ったらしいよ」

 パドマは、飾りを手でいじりながら、目を泳がせて意味のわからない説明をした。傍若無人に失礼な話をするパドマらしくない話ぶりだ。話のくだりに全く出て来なかった師匠の挙動も、途端におかしくなった。弁当を持つ手が震えている。

「それは、わたしが付けてもいい物でしょうか」

「友だちの友だちはみんな友だちらしいから、お兄ちゃんの友だちだったら、いいんじゃないかな。武器屋のおっちゃんに、聞いてみてくれる?」

「わかりました」

 パドマは、師匠の持つ弁当をイレに渡して、ダンジョンに入場した。



「うわっ。何コレ、めんどくさ!」

 今日の愛兄弁当は、野菜の肉巻きが入っていた。肉巻きは、12個入っていたのだが、断面の柄が花の形になっており、それぞれ違う野菜で、違う花模様になっていた。パドマ用の弁当1つならば大した手間ではないかもしれないが、何個あるともしれない弁当をすべて花柄にしたのであれば、正気を疑う。兄が何を目指し始めたのか、パドマは心配になってきた。

「可愛くて、嬉しいじゃないの? お兄さんは、ちょっとテンション上がったよ。こんな可愛いお弁当を作ってもらえたら、幸せだよね」

 イレは嬉しそうに食べているが、師匠は渋面だ。野菜だけ抜いて食べれそうにないので、嫌なのだろう。

「ああ、そっか。お兄ちゃんを可愛くしよう計画なのかな。もういらないのに」

 パドマは、さっさと食べ終えて、包みの葉っぱを丸めて片付けた。

「パドマ、その首輪、ホントはなんなの?」

 イレの言葉に、また師匠が固まった。そして、肩を震わせて、パドマを見ている。

「対師匠さん兵器を開発する中の失敗作。あのおっちゃんは、今ひとつ言葉が通じないんだよね。罠系が望ましいって言ってんのに、隠し武器なんか作っちゃってさ。

 これ、編み上げ鎖に見えるけど、バラすと長い鎖になるの。この花だか雪だかわからない飾りが、分銅の代わりになってね。師匠さんの首に巻きつけて、絞めあげればいい、とか言うんだよ。バカだよね。そんなことができないから、武器を開発してんだよ。

 しかも、こんな暗殺武器を皆に売りさばけ、って言うんだよ。数に物を言わせて、師匠さんを殺すつもりなのかな? こんな物騒なのを拡散されたくないから、鎖は一連にすることで宣伝に合意したの」

「パドマは、師匠を殺したいのかな?」

 淡々と話すパドマに、イレも困惑するしかできない。思えば、師匠はパドマにロクなことをしておらず、定期的に激怒されていたし、いつだったか、暗殺計画を練られていた記憶もあった。こんな武器まで作って、拡散する予定まであるとは、思っていたのとは本気度が違いすぎる。

「そんなことは、思ってないよ。武器屋のおっちゃんとの意思の疎通が、上手くいってないだけだよ。師匠さんは、大事なお兄ちゃんの嫁候補なんだから」

 出会った頃は、こんなことを言う子どもではなかった。絶対に、どこかで何かを間違えた。恐らく、悪影響を与えたのは、イレと師匠である。イレは、頭を抱えたくなった。

「パドマ兄の嫁候補が、いつでも男なのは、なんで?」

「未婚女性の知り合いが、1人もいないんだ。ダンジョンにも、酒場にも、女性との出会いって、ないじゃん? イレさんの嫁が見つからないハズだよね」

「嫁ならともかく、センター職員もパドマの友だちにするには、年上すぎるしね」

「女の子って、普段、何して過ごす生き物なのかな? どこに行っても、全然見かけないんだけど」

「フライパンを持って、ダンジョンに行ったりはしないだろうねぇ」

 同性の友だちがいないパドマと、彼女がいないイレは、揃って首を傾げた。



 カミツキガメを相手にするのも、段々と慣れてきた。沢山犯した失敗もいい思い出だ。

 真正面から切り上げた場合、甲羅に当たると失敗する。だから横面に回りこもうとしたら、カメも合わせてついてきて、結局正面で対峙をさせられた。

 ならばと、飛んでかわそうとしたが、5回に1回くらいは、跳躍が足りずに師匠に助けられた。

 失敗に失敗を重ねて、面倒になったパドマは、カミツキガメをフライパンで殴り始めた。パドマの力では、殴打しても倒すことはできないのだが、中にはひるむものや、動きが少々止まるものが出た。より一層、怒り狂うものも出たが、それは現状維持に近いので、気にしない。

 カミツキガメの恐ろしいところは、やたらと速い足と、首が伸びて相手の有効射程がわかりにくいところと、1度に沢山のカメが仕掛けてくるところだった。

 首の長さは、付き合ううちに理解した。フライパンで数を減らせば、相手にするのは楽になった。首を伸ばしてくれれば、むしろ斬りやすい。

 以前は、脇構えでいることが多かったパドマだが、下段で斬り上げることにも慣れてきた。下段から斬り上げの後、斬り下ろすことができれば最上なのだが、カメの位置によっては、自分の足を斬る。振り下ろしてしまえば、腕を途中で止められる自信はないのが、課題になった。だが、危なっかしい部分は残るが、ソロでも倒せないこともなくなった。

 できたら、師匠から飛んでくる蹴りを、躱わすなり斬り伏せるなりまでできるようになりたいところだが、まだそこまでは手が回らなかった。

 カミツキガメを3部屋ほど制圧した後は、ヘビ皮狩りをして帰った。



 ヘビ皮を売った軍資金を得たパドマは、師匠を引き連れて、服屋に行った。

 師匠は、キレイな顔をした男である。どう見ても少女のようにしか見えないのだが、実際は、イレの上をいくおっさんなのだと聞いた。この師匠を男装させてイケメンを作り上げたら、どこに棲息しているのかもわからない、パドマくらいの年頃の女の子が釣れるのではないか、と考えた。女の子の友だちを作ろう作戦決行である。

 しかし、その作戦は、早々に暗礁に乗り上げた。服選びの段階で、師匠に服を当ててみたが、どう見ても男に見えなかったのである。師匠は女の子にしか見えないが、そもそも女装もしていなかったのに気が付いた。

「マジか。これ、どうやっても男になんないじゃん!」

 パドマが呟くと、サスマタに腕をつかまれて、引きずられるように、店から出た。そのまま連れて行かれたのは、師匠の定宿雨宿り豚亭の師匠が占拠している部屋だった。


 部屋に着いた途端、師匠はパドマを放置して、部屋の奥にある荷物をあさり始めた。パドマは、部屋の隅のイスに座って眺めていたら、師匠は、頭くらいの大きさの灰色のカバンを持ってきて、対面に座った。

 カバンを開けて小さいものをいくつも出して並べていた師匠は、筆を取って自分の顔に落書きを始めた。顔の周囲を薄茶色にし、鼻周辺を白く塗ると、目の周りに茶色と黒を乗せていく。ついでに髪を無造作にハーフアップにまとめて結ぶと、ニヤリと笑った。

「男になった! すごい、性格悪そう。流石、師匠さん」

 パドマが感想を漏らすと、師匠はパドマの顔にも落書きを始めた。


 師匠が落書きセットを片付けた後に、パドマは師匠を連れて街に出てみたが、目当ての年齢層の女の子は、1人も釣れなかったし、見かけることもなかった。女性向けの服飾店やお菓子屋など、パドマがいそうだと思った場所に次々顔を出してみたが、まったくそれらしい影も見ることはなかった。



「パドマちゃん、なんでイケメンになってんの?」

 師匠に落書きされた顔のまま、酒場で給仕の仕事をしていたら、イレに呆れられたような声をかけられた。

「何が?」

「顔、何かしたよね」

「ああ、師匠さんに落書きされたんだよ。イケメンになってたのか。知らなかった」

 師匠は、髪こそ結ったままだったが、顔は元に戻っていたので、すっかり忘れ去っていた。

「落書きって! ちょっとは気にしようよ。自分の顔だよ」

「悪口の1つも書かれてんのかなぁ、とは思ってたけど、書かれたところで、害もないしね。それを見て、笑う人でも出てくれば、いい仕事したじゃん。ウチがどんな顔をしてようと、そんな顔のイレさんにだけは、何も言われたくないよ」

 イレは、毎日、どこが顔だかわからないくらい顔中ふさふさのもじゃもじゃだった。前髪とヒゲの手入れが面倒なのだったら、仕方がないね、とまだ理解を示せるが、頭が焦茶でヒゲが金だ。間違いなく、どちらかは染めている。見る度に、ふざけたセンスをしているな、とパドマは思っていた。

「ひど! お兄さんは、毎日ちゃんとヒゲのお手入れをしてるもん。サラッサラだよ!」

「もじゃもじゃの間違いでしょ」

 パドマは、いつものように話していただけだが、小姑兄さんに叱られた。

「パドマ、今のイレさんは、お客様だぞ」

「パドマ兄、前から思ってたんだけどさ。パドマのあの髪型は、なんなの?」

 この街の女性は、皆、年齢関係なく肘より下までいく長さの髪を持っていた。そのままでは邪魔になるので、結い上げて、一見短く見える人もいるが、解けば長い。そうであるにも関わらず、パドマは、いつでも髪が短かった。過去イレが見たパドマの髪の最長記録は、肩にかかるかもというくらいで、今に至っては、男を合わせても短い部類に入りそうな短髪になっている。短い部分は、指の関節1つ分、あるかどうかというくらいな上に、素人が切ったにしてもひどいざんばら髪だった。

 パドマの頭なら、兄が切っている可能性は非常に高い。イレは、文句のひとつも言ってやろうと声をかけたのだった。

「すみません。冬が来ると伸ばしてくれるのですが、春がくると、目を離した隙に切られてしまうのです。もう少しマシにならないか、後ほど検討します」

 イレの予想は、はずれた。パドマ兄のセンスがおかしくて、不器用なためにあの頭になっているのかと思っていたのだが、パドマは、自分で自分の髪を切っているらしい。短髪の人間が自分の髪を切るのは、大変難しい。ざんばらな理由は得心がいったが、自分で切らねばならない理由がわからなかった。兄が不器用すぎたとしても、他に頼めばいいだけだし、そもそも邪魔なら切らずに結べばいい。

「何それ。兄妹揃っておかしいんじゃなくて、パドマだけおかしいの? パドマ、その頭は、何で切った」

「師匠さんからもらった剣」

「想像以上に酷かった! せめて、ナイフくらいにしといて欲しかった! 師匠、これ、なんとかして。マスター、ちょっと部屋を借りるよ」

 パドマはイレに小脇に抱えられ、借りている部屋に連行された。後ろから、師匠とヴァーノンがついてくる。


「はーなーせー!」

 パドマは暴れたが、イレには敵わなかった。お腹を向き合わせる格好で羽交締めにされ、両手で頭をがっちり固定されて動かせなくされた。

「師匠、なんでもいいから、髪をキレイにして。パドマも、大人しくしろ。静かに座ってるなら、離す」

「いーやーだー!」

 暴れてイレを蹴飛ばしても、びくともしなかった。体格差だけでも、まったく勝てる気もしなかったが、痛がりもしない。隙をついても、どうにもならなそうだった。

「髪が短い女の子なんて見たことないけど、短いのが好きなら、短くてもいいよ。だけど、そのザクザク切りっぱなしみたいなザンギリ頭は、ナシだよね。師匠は昔、みんなの散髪もしてたから、大丈夫だよ。絶対、今よりマシになるから」

「いーらーなーいー」

 パドマの指は動くが、腕は動かない。頭もまったく動かない。抵抗しても無駄だと実感しきって、パドマは暴れるのをやめた。

「なんでなの? 何が気に入らないの?」

「妹は、前からこうなんです。兄にやられるのが嫌なのかと思ってましたが、誰でも嫌がるのですね。パドマ、何が嫌なんだ?」

「絶対に言わない。切りたければ、好きに切ればいい。もう暴れないから、離して」

「え? なんで泣いてるの? 何か悪いことしたかな。どうして?」

 イレが離すと、パドマは、部屋の隅に立って動かなくなった。兄に切られる時は、そうしているのだろう。涙を流しているのだが、しゃくりあげもしないし、声も漏らさない。下を向いてもいなかった。まっすぐ前を向いているが、目の焦点があっていない。虚ろな顔で立っていた。

 師匠はパドマに近付くと、パドマを抱えて窓から飛び出した。

次回、同じ年頃の女の子がいない理由を知る。

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