46.乙女の秘密
武器屋の店主に連れられてやってきたのは、いつもの武器屋だった。師匠は、食材を持って唄う黄熊亭に行ってしまったので、ここにはいない。
到着と同時に、パウンドケーキとお茶が出てきてもてなされているが、パドマはもう帰って寝たかった。
「おっちゃん、何の用? ウチは、武器屋には何の用もないんだけど」
パウンドケーキに目もくれず帰ろうとしたが、そんなものを許すくらいなら、店主も迎えに来なかっただろう。
「嬢ちゃんが、カミさんトコに、カエル餅を持って来たんだろう? 弁当屋まで始めやがって、武器の開発はどうなったんだよ!」
店主は、口角泡を飛ばす勢いで何かを言っているが、パドマには関係のない話題だった。
「カエル餅は、ウチが食べるために、作ってくれないか依頼しただけだし、弁当屋はお兄ちゃんが勝手なことを始めただけだし、武器の開発なんてしたことないよ。注文する時は意見を聞かないんだから、師匠さんと開発してなよ」
パドマは、武器屋をあとにして、防具屋に寄った。武器には興味がないが、開発したい防具があった。
パドマは、ケガの療養と言い張って、しばらくダンジョン通いを休んだ。その間、またイレの家に通って、家政婦の真似事をしたり、兄の弁当向けの商品開発をしたり、新しいお菓子を作って武器屋の奥さんに見せたりして過ごした。
ちょうど1月後、師匠に病欠と偽って、乙女の秘密を手に入れた。
早速身に付けて、ダンジョン内を走り回ってきた。しばらく動いていなかったので、身体を慣らすのに時間がかかるかと思っていたが、休んでいる間は、着ると重くて走れなくなるからと頑なに拒否していた着込みを着用していたため、重量物の耐性はついたようだった。
決戦は、今日だ。不審がられないように、いつも通りであらねばならない。ベルトにダンジョン用の装備を下げ、ヤマイタチを詰めたリュックを背負って出かけた。
「あっれ〜? 可愛い家政婦さんは、もう終わり?」
「もう終わり。ケガは完治した。今日は、唄う黄熊亭で飲んでね」
「はいはーい」
カフェで朝ごはんを食べて、弁当を受け取って、ダンジョンに入場した。最近の弁当は、サンドイッチか、肉まんが多い。パドマが味移りがひどいと言ったら、そうなった。今日は、カメの肉まんのハズだ。昨日、カメの在庫にマスターが困っていたのを見た。
肉まんを食べながら、フクラガエルを飛び越えて走ってきた。イレと別れて、カミツキガメと向き合う。
パドマは師匠のマネをして、正面から来たカメの甲羅に乗ることを目標にして飛んでみたら、飛び越してしまった。その際に、飛びながら斬ってみるチャレンジもしてみたが、切り落とすには至らなかった。浅く傷をつけることはできたが、カメを余計に怒らせただけである。
振り返って、追いかけてきた別のカメを下段から振り抜くと、頭が縦に割れた。足が止まらないのは、以前経験したので、飛び越えてから、とって返す。首割れカメに進行を阻害されたカメを2匹斬って捨てた。
その瞬間、何があったのか蹴飛ばされて吹き飛んだ。カメがいない空間に落ちたが、すぐに立ち上がって上に飛んだ。今度こそ甲羅に乗ったので、振り返って首を落とす。師匠が8割倒してくれたので、この部屋のカメは残りは1匹だ。走り寄って、斬り上げた。
一部屋殲滅することができたが、師匠はパドマを褒めに来なかった。とても不愉快そうな顔で、パドマを睨みつけている。その様子を見たパドマは、ご機嫌だ。
「師匠さん、どうしたの? 足、大丈夫?」
パドマが先日開発した、対師匠兵器の効果は、それなりにあったようだ。
師匠は、優しく助ける余裕がない場合には、やむなく蹴飛ばして難を救ってくれているそうだが、やむを得ずギリギリ助けている割りには、毎回同じ場所を蹴る。背中ならここ、腕ならここ、と寸分変わらぬ場所を当ててくるのだ。もしかしたら、急所を外すための処置なのかもしれないが、蹴られる度に、まだ余裕があるんだろう、とパドマは思わずにはいられなかった。
その不満を晴らすため、先日、防具屋へ出向いて、対師匠兵器を作ってきたのだ。毎回同じ場所を蹴られるのを利用して、その部分にスパイクを仕込んだ着込みのようなものを防具屋に発注した。服を突き破ることのない様、ブーツの上からでも衝撃が与えられる様、実験を繰り返していきついた、パドマ渾身の作品である。
「別の場所を蹴ってくれても、構わないよ。あちこち仕込んだんだ。ウチを蹴るなんて、師匠さんも心が痛むでしょ。気に病まなくて済む様に、師匠さんも痛くなるようにしといてあげたからね」
パドマは、親切心の現れだと心から思っているかのように、にっこりと笑った。
パドマの心配りを有難く思った師匠は、次の部屋では襟首を引っ張って助けてくれたが、その次の部屋では、また蹴り始めた。一部屋目では背中を蹴ってくれたが、次に蹴ったのは上腕だった。それはいつも通りの場所だったので、もちろんスパイクは仕込まれていた。いつもは蹴らない腹を蹴ってスパイクに顔をしかめた後は、頭を狙われたので、反射で剣を向けたら、寸止めした上で抱き抱えられた。絶対に、蹴らずに助ける余裕がある。パドマは、確信を得た。
「パドマ、師匠どうしちゃったの? 今日、全然笑わないんだけど。怖いんだけど」
唄う黄熊亭にて、いつも通り並んで夕食を食べるイレと師匠だが、師匠の顔には、いつもの微笑みはない。泣いてはいないが、パドマに怯えているような態度をとっていた。
「んー、なんだか知らないけど、左足をケガしたのかなぁ。びっこ引いてたよぉ」
会話の内容とは裏腹に、パドマはふふふと笑みをこぼした。イレが、今まで見たことがないほど、パドマは楽しそうにしている。
「え? なんで、パドマは嬉しそうなの?」
「ふふふー。師匠さん、カドと野菜山盛り甘酢あんかけお待ち〜」
「肉なし? パドマ強すぎない?」
師匠が、泣きそうな顔で野菜を突きだしたのをパドマは満足そうに見た。
「えー? カドって、めちゃくちゃ美味しいよね。大好きなんだ。だから、オススメしてるだけだよ。ハジカミイオ好きなら、師匠さんも絶対好きなハズ! 間違いないよ」
パドマは、瞳を輝かせて、熱弁をふるった。これがパドマでさえなければ、イレも素直に信じてしまうくらいの自然な動作だったが、こんなパドマは見たことがなかった。
「ああ、ミニ師匠ちゃんの方が嘘吐き力が高いねぇ。師匠、これは完全に超えられちゃったよ。だけど、ケガって、何したの?」
「誰も何もしてないよ。師匠さんが、いつの間にか、原因不明でケガしちゃったんだよ」
パドマの弾ける笑顔に、師匠は首を振るわせていた。
「師匠さん、女の子の服の中身は、乙女の秘密だよ。人に話すなんて、ひどいことしないでね。ここのとこ、ずーっと師匠さんのことだけを考えて、秘密兵器の開発をすっごいすっっごい頑張ったんだから。今日は第一弾初披露だったけど、第二弾、第三弾も頑張って作るからね。兵器開発に散財しちゃったから、しばらくは、カメはお預けでヘビ皮狩りを頑張らなきゃだよ」
とうとう泣き出して縋りついてきた師匠を片手に、イレは青褪めた。
「え? 本当にパドマが、師匠をケガさせたの? どうやって? ちょっと成長しすぎじゃない?」
「師匠さんの教えが、いいからかな? 師匠さんはね、家事とねじくれ曲がった性格の悪さの師匠だから。剣の師匠でも、ダンジョンの師匠でもないから」
「ああ、うん。そういうところも、あるよね」
「今日なんてさ。とうとう頭を蹴りに来たんだよ。あの剛力で蹴られたら、首の骨、へし折れるよね。もう事故を装って、そんな足斬ってやろうと思ったんだけど、失敗しちゃってさ。惜しかったよね」
もう演技は辞めたらしいパドマは、笑顔を消し、心の底から残念そうに、ため息をもらした。イレは、頬を引き攣らせた。
「師匠、絶対、パドマの教育方針を変えた方がいいと思うよ。下剋上されたら、止められなくなるよ」
パドマは、後ろに師匠を引き連れて、ヘビ皮とトカゲ皮狩りに精を出す日々を過ごしていたら、また武器屋の店主に連行された。
今日の捧げ物は、イチゴのカプレーゼであった。白くて丸いチーズとイチゴが可愛く見えたので、仕方がないから、パドマは席に着いた。
「おっちゃんも、しつこいなぁ。ウチに武器の相談なんてしても、知らないってば」
武器の開発を手伝う気は全くないが、カプレーゼは遠慮なくぱくぱく食べた。
「そんなことを言っても、嬢ちゃん、また変なもの作り出しただろう。ベッコウの装具だったか」
店主は、食べたなら手伝えと言わんばかりに、パドマを睨め付けた。
「ああ、あれか。亀肉の食べ過ぎで、甲羅がいっぱいゴミになってさ。ダンジョンセンターに持って行ったら、売値が安かったんだよ。だからさ、お兄ちゃんに加工させて、髪飾りを作って、美術工房に持ってったの。そしたら、そんなに高くはならなかったけど、甲羅を無料で店まで取りに来てくれるようになったからさ。良かったねー、って」
皿からチーズがなくなって、はじめてパドマは、イチゴを突き出した。
「お兄ちゃんじゃなくて、うちに頼みに来いよ」
「なんでだよ。うちのお兄ちゃんは、無駄に小器用で、格好良いんだよ。なんとなく毎日部屋で会うし、大して説明しなくても通じるし、あれほど便利な人は、そういないよ」
「お兄ちゃんがどれほど便利か知らねぇが、こちとら本職の職人だぞ。もっとすげぇの作ってやらぁ」
勇ましく啖呵を切ってみたが、店主の気合いは小娘にスルーされてしまった。
「おっちゃんに装飾品作らせて、どうすんの。おっちゃんは、武器屋でしょう。そうだなぁ。装飾品にナイフ仕込んだり、先をとがらせたりして、護身用の武器でも作る?」
「おうおう。やっぱりアイディアが出てくるじゃねぇか」
面倒臭がりで、やる気もないが、店主はパドマの人の良さを信じていた。思ったように、話が振られて嬉しくなった。
「でも、そんな武器、ウチは欲しくないなぁ。どうせ作るんならさ、一緒に対師匠さん兵器開発でもする? それなら、頑張れるし!」
「師匠さん? 師匠さんって、この師匠さんだよな」
やる気になってくれたのはいいのだが、予想外にやる気をはらんだパドマに、店主は面食らった。
「そうそう。その師匠さん。単純に隠し武器なんかを作っても勝てないからさ。武器って言うより、罠に近い物を想定してるんだけど、罠はバレたら意味がないから、師匠さんには秘密で開発しないといけないの。おっちゃんは、秘密を守れる人?」
パドマは、内緒話をするかのように口元を右手で隠しているが、声はまったくひそめていなかった。師匠にも丸聞こえなのに、まったく悪びれもしていない。
「秘密を守る守らないの前に、本人がすぐそこにいるのはいいのか?」
「いいの、いいの。これはこれで、ウチの本気を見せる威嚇行動だから」
パドマは、ふふふと笑っているが、目は笑っていない。以前は、こんな表情を見せる子どもではなかったので、武器屋は少し心配になった。
「前から思ってたんだが、師匠さんは、何の師匠なんだ?」
「どうやったら相手に効果的にダメージを与えることができるか、嫌がらせを考える大切さを教えてくれるお師匠さんだよ」
人の噂では、捨て子のパドマに家事を仕込んでいるとか、唄や踊りの稽古をつけているなどと言われていた。毎日、一緒にダンジョンに出掛けているのだから、ダンジョンに関係する何かだろう、と店主は思っていたのに、パドマの答えは、どちらでもなかった。
「それは、、、優秀な先生と生徒が揃ったな」
店主は、なんとか当たり障りのない感想を捻り出した。師匠は泣きそうな顔で首を振って否定をしているが、生徒の出来を見れば、先生の腕の良さを褒めるしかない。
「最近、方々で褒められてるよ」
パドマは、恥ずかしそうに微笑んだ。
次回、師弟でイケメンになって遊ぶ?