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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
459/463

458.騙されていた

 レイラーニは祭りを楽しんだ後、フェーリシティに帰ろうとしたのだが、ヴァーノンに拝み倒されて、唄う黄熊亭に泊まることになった。店の営業はペンギン食堂で行っているので、うるさくないからと懇願された。師匠が育児グッズを懐中から出して揃えてくれたので、レイラーニは受け入れることにした。

「なんで、こんなのまで持ってるの?」

「将来を見据えて、準備していたのです。私の夢は、家族オーケストラを作ることでした。結婚してから用意するのでは、間に合わないと思っていたのです。本当は、素材やデザインを選べるくらいに用意するつもりでしたが、一晩の宿ですから、機能に不足がなければ、我慢して下さい」

 師匠は赤ちゃん用の寝具2組と、オムツに着替え、ガーゼその他をレイラーニの部屋に積み上げて言った。オムツは異世界産の使い捨て紙おむつで、臭いを閉じ込めるゴミ袋とゴミ箱まで用意されている。ヴァーノンは、オムツが使い捨てだと? と思ったが、魔法使いが用意した育児グッズも似たような物だったので、レイラーニはさしたる感動もなかった。

「こちらをご覧下さい。これは哺乳瓶、これは粉ミルクです。安全な乳児の食事の代わりになる物です。こちらを使えば、私も授乳ができますから、1人をお任せ頂くことはできませんか。2人同時に授乳するのは大変だと思うので」

 師匠は哺乳瓶とミルク缶を手に、にこりと笑った。

「あ、それなら、お兄さんがもう1人を受け持つよ。夜の授乳は大変って、ママが言ってたから。そうしたら、今晩はパドマもゆっくり寝られるよね」

 すかさずカイレンも別の哺乳瓶を持って言った。哺乳瓶には、師匠お気に入りのビーグル犬のイラストが書いてある。

 他の育児グッズもビーグル犬が沢山いる。魔法使いは黄色いクマのグッズをいくつか出してくれたのになと思ったが、柄は機能とは関係ないので、レイラーニは言及しなかった。魔法使いにレッサーパンダ柄はないと言われた時点で、もうどうでも良かった。

「え? そんな物があるの?」

 レイラーニはミンディを抱いて、赤くなったり白くなったり百面相をしていた。師匠は、また何か騙されていたなと思った。

「養父は、粉ミルクの存在を秘密にしていたのですね。これを秘匿して、何をしたのでしょう」

「いや、秘密にされたんじゃないと思うよ。知らなかったのかもしれないよね。だからさ、産んだその日にお乳が出ないと困るよって、産む前にちょっと、いや、誤解だと思うんだけど!」

「まさか、乳頭マッサージのやり方を教わったのではなく、養父にやらせていたのではありませんよね。医師の指導のもとという意味を履き違えていますよ」

 師匠の瞳孔が開いた。距離もグッと詰められて、レイラーニはより焦った。

「いや、でもね、三つ子なのは最初からわかってたし、お乳が出なくて全員餓死とか嫌だったし、難しくて自分じゃできなかったの。機械がピーピー言うんだもん。機械が鳴ったら、赤ちゃんが死ぬって言われたんだよ。そ、それに、シャルルさんも、乳母さんも情婦さんたちも皆したから、気にするなって」

「それが騙されていると言うのですよ。例に挙げた人間は、全員父の妻か恋人でしょう。同じようにおもちゃにされて、許してはいけません。モニターが鳴っても子は死にません。そんなことをせずとも、しばらくすれば母乳は出るようになります。私が養父に粉ミルクで育てられたのですから、知らぬということもありません。最初から三つ子だとわかったということは、私には許さなかった検査も、養父には許可したのですね」

「ひっ。許可なんてしてないよ。勝手にされちゃっただけだし。しょうがないじゃん。あの変態は魔法の腕は一級で、だからって体術でも敵わないんだよ。やだって言っても、無視されたらそれで終わりなんだから」

「そうですか。状況は理解しました。嫌だと伝えたのですね。でしたら、それも養父への苦情に加えさせて頂きます。もう絶対に許しません」

 師匠はいつものぷんぷんとした怒り方ではなく、背後で業火を背負っているかのように、毛を逆立てて怒り狂っている。レイラーニはベビーベッドの上に布団を敷いてくれていたヴァーノンの方へ寄って行って、ミンディを寝かせた。

「あとね、最近はこの子たちは夜泣きしなくなったから、多分夜中の仕事はない。気にしないでいいよ」

 レイラーニは、カイレンが抱いていたマッティアも返してもらって、ベッドに連れて行った。

「もう夜泣きを卒業したのですか? カイレンは、半年は毎日泣き続け、時々であれば3歳過ぎても騒いでいましたよ」

「うん。クロちゃんがね、師匠さんに任せると、際限なく甘やかすから、イレさんみたいになるって言ってた」

「!! それは、強くは否定できません。ですが、あの時と違って私は1人で育てるのではなく、お手伝いをするだけですから、仲間に入れて下さい」

 部屋にいる全員が、カイレンを見た。先程までは泣いてもいないマッティアをせっせとあやしていたが、今は手持ち無沙汰に育児用品を眺めている。皆の視線を集めたのに気がつくと、胸を張った。

「大丈夫。師匠に任せておけば、お兄さんみたいなイケメンに育つからね。心配はいらないよ」

「うん。必要以上にすくすくとのびのび育ってることは評価する。悪いことばっかりじゃないね。でも、ウチはイレさんみたいじゃなくて、お兄ちゃんみたいにしたいから、師匠さんには任せられないよ」

「ヴァーノンみたいに、ですか? ヴァーノンが育てたらレイラみたいになってしまいそうですし、ヴァーノンの育ての親は誰でしょう。どのような養育計画をお持ちですか。私も、カイレンよりヴァーノンにすることは賛成です」

「お兄ちゃんを育てたのは、ウチだよ。ウチは何もしてないけど、ただいるだけで勝手にお兄ちゃんはこうなるの」

 レイラーニは胸を張った。確かにその言い草は間違ってはいない。しかし、妹と母という立場の違いが同じようにはならないだろうと思ったが、誰もツッコミを入れなかった。


「それでは、私は隣の部屋で休みますので、何か手伝えることがあったら、いつでも呼んでくださいね。子どものことだけでなく、夜食が食べたい等、どんな用事でも構いませんから」

「いや、夜中まではいいよ。おやすみなさい」

 就寝の挨拶をすると、師匠とヴァーノンとカイレンは部屋を出て行った。師匠とカイレンは今日は子ども部屋に泊まる。明日も師匠は、誕生日祭のレイラーニ役をやってくれることになっている。レイラーニはたまにそれらの見物をしながら、のんびりと子どもと過ごす予定だ。師匠の仕事が終わったら、一緒に101階層に戻る。親子ゲンカに付き合わされたくはないのだが、自分のことは置いておいても、再会させたいという気持ちはあるから、レイラーニは師匠は連れて行くつもりだ。きっと師匠は親の心子知らずで怒っているだけで、魔法使いは可愛い師匠を愛しているだろう。

次回、誕生日祭終了。

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