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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
457/463

456.同じようにサボるのは難しい

 レイラーニ扮する師匠は、全力でレイラーニ活動をした。

 白蓮華にチーズの差し入れをし、孤児院にチーズの差し入れをし、シャルルマーニュ大使館にアイスクリームの差し入れをした。星のフライパン新作のハンマーを持って、アーデルバードのダンジョンでモンスター狩り無双をした。エドの家のヤギの世話の手伝いをして、きのこ神殿のヒツジの世話の手伝いをして、ジョージ牧場のヤギと牛の世話の手伝いをした。リコリスでお菓子をもらい、夢見るクマの隠れ家に居座り、ペンギン食堂に新スイーツを伝授した。

 そんなことを毎日せっせと続けている。今なら何でもやってくれそうだと見た紅蓮華に、ザラタン討伐を頼まれたが、それはレイラーニに怒られそうな気がしたので、断った。また遠征して、ザラタン退治をしたいと言われたくない。


「レイラーニさん、レイラはそんなに働き者ではありませんよ」

 一目で偽レイラーニを師匠と見破ったヴァーノンは、呆れた顔をした。

「済みません。レイラが不在の間、皆を不安にさせないように、戻ってきた時に何事もなく戻れるようになりきりたいと思うのですが、どうしても同じようにはできなくて。やる気なくダラダラとサボりながら皆に幸せを配るとは、どのようにしたら良いのでしょうか」

「わたしにも、わかりません。ただやりたいことをやっているだけのように見えましたが、きっと違うのでしょう。あの子の交友関係は、レイラに都合の良い人物だけではありませんでした」

「そうですね。もう少し考えます」

 師匠は、声を消す魔法も解除して、レイラーニ活動をしていた。しかし、声帯模写は苦手だ。「おはよー」「ありがと」などの定型句であればまだどうにかなっているつもりでいるが、日常会話をスラスラと、とまではいかない。

 その不自然さから揚々、知り合いには偽物だとバレたが、真似をしている理由を話すと、納得してもらえた。特に綺羅星ペンギンの連中は、笑って受け入れてくれた。

「また勝手にどっか行きやがったか。しょうがねぇ人だな」

「アーデルバードが世界一の美食の街だと仰っていましたから、そのうち帰ってきてくれますよ」

 恐ろしいほどに、誰もレイラーニのことを心配していなかった。自殺も家出も旅行も、なんの許可も取らずに勝手にやっていたから、急にいなくなるのに、慣れてしまっているのだ。そして、レイラーニは何があっても無事に帰ってくる力量があると信じて疑わない。レイラーニは歯に衣着せぬ言動で、何も包み隠さない。そう言えば、生贄を引き受けて一晩火あぶりにされたんだけど、火傷しなかったんだー、などと話をするのを何度も聞き、謎の生命体が現れれば、単騎でぶちのめして美味しいと暢気に食べ出すのを見ていると、何をしても死にそうな気がしない。1番に毒味をして、これ食べたら死ぬからやめた方がいいよ、などとケロリとしているのも目撃した。実際に、それを食べたイノシシは苦しんで死んだ。もうレイラーニを害する手立てが思い付かない。そこから生まれた信頼だ。

 それを見た師匠の胸は、嫉妬でチリチリと焼けた。師匠は、レイラーニのことが心配で仕方がない。今すぐに側に行って、レイラーニの無事を確認したい。彼らの方がレイラーニと繋がりが深いのではないかと、許せなくなる。


 どれだけ疲れても、夜はアデルバードのもとへ行った。100階層へのアクセス経路を作るため、ずっとダンジョンのシステムを改ざんしているのだが、まだ道が見つからないと言う報告を毎日聞いている。

 アデルバードは限界を越えていた。眠る必要のない身体を駆使して、休まずアクセスを試みているようだが、人の心をうつしたものだ。それを続けるには、限度がある。

「少しは休まないと、作業効率が落ちますよ」

 師匠は心配するのだが、アデルバードは止まらない。

「そんなぬるいことを申していては、魔王には敵いません。ようやくシッポをつかめました。ここが勝負どころです。逃しません」

「魔王が生きているのですか?」

「死んだと思っていました。ですが、私の邪魔をしている人物がいます。私は魔王以外には負けません」

 アデルバードはシステムコードから目を離さずに、師匠に伝えた。

「手伝います。代わりますから、休んでください」

「いえ、貴方では逃げられますよ」

 アデルバードは、レイラーニと遊んでばかりの師匠を信頼していない。以前の師匠は、アデルバードと同じものだったから、気軽に代わりを任せられたが、今は違うものになった。

 その態度に師匠はカチンときたが、魔王からしてみたらどちらも変わらない。こっそり現れて、99階層に酒気を撒き散らして2人をまとめて酔いつぶすと、システムをいじってアデルバードの仕事をなかったことにした。3日前のバックアップに差し替えて、3日分の仕事を削除した。



 そうこうしているうちに、英雄様誕生日祭がやってきてしまった。主役はパドマであって、レイラーニではない。パドマが愛想を振り撒いている横で、微笑みを浮かべて佇んでいれば、レイラーニの役割としては充分足りる。

 だから代打の師匠で充分なのだが、皆がレイラーニの不在を悲しんだ。レイラーニ用に誂えた服を、師匠が着れないのだ。見た目がどうであれ、師匠は男なのである。女性の中でも小さく細いレイラーニの服なんて着れないし、肌を晒せばいくらなんでも男だとバレる。レイラーニが好んで着ているオーバーサイズの作業服くらいならともかく、採寸してぴったりに作ったドレスなんて入るわけがない。ちょっとダイエットをしたって、無理だ。それが着こなせる女性すら他にはいると思えないのに、男の師匠に着せようとしないで欲しい。

 だから、師匠は自分で誂えたドレスを着てきたのだが、ズルいと言われて困った。渋々、皆が着せたがっているのと似たデザインのドレスを縫いながら車に乗せられて英雄様パレードに参加している。レイラーニらしくドカ食いしろと言われるよりはマシだから、一生懸命に忙しいフリをしている。

 ドレスを着せられたパドマが、白蓮華の子どもたちとままごとをしているのを眺めながら、師匠はノールックで針を動かしていたら、奇妙な者を見た。

 今日は英雄様パレードの日なのである。皆思い思いの英雄様のコスプレをしているから、変な服を着ている者は沢山いる。狩衣姿の者が多いが、中にはペンギンになっていたり、チーズになっていたり、英雄の定義を問いただしたくなる変な服のヤツらが、ちらほらいる。服を新調するのは一大イベントになるくらいのお金がかかるのだから、正気を疑うのだが、コネもなくレイラーニと知り合うための投資と考えれば、まだわからなくもない。

 だが、師匠が見た者は、地味な色のマントを着て、目深にフードを被っていた。顔の下半分はフェイスベールで隠れている。リュックを背負い、前にも大きな荷物を抱えている。それは絶対に英雄様ではなく、不審者スタイルだろう。師匠は目をつぶって、師匠役をしているモンスター師匠に不審者について告げた。

「見つけました」

 モンスター師匠も、同じように気付いていた。だから、車の周りを歩いていたモンスター師匠楽団の皆と、不審人物を捕らえた。



「ちぇー、バレちゃったかー」

 ペンギン食堂で営業中のため、使われていない唄う黄熊亭に連れて行くと、不審者はフードを取った。そして勝手に果実水を用意して、席に座った。現れたのは、行方不明中のレイラーニである。

「あー、重かった。疲れた」

 少しくつろいで休んでいると、師匠やヴァーノンなど、レイラーニを心配していた者がぱらぱらと集まってきた。マスターやママさんやパドマの姿はないが、忙しいから仕方がないなと、レイラーニは思った。本来なら、ヴァーノンだって来てはいけない仕事中の人だ。

「レイラ、ご無事でしたか」

「よく帰って来てくれた。ありがとう」

「お帰りなさいませ」

「よし、今日は酒宴だな」

 他はともかく、師匠は震えながらダバダバと泣いている。嘘泣きかなぁとも思うのだが、レイラーニは少し居心地が悪くなった。どうしようかなぁと思っていると、抱えていた子どもが泣いた。

「しまった。もう時間になっちゃった? ちょっとごはんにするから、少し待っててくれる? いや、待てなかったら、どっか行っててもいいんだけど。ちょっと時間がかかるから、イレさんを呼んできてくれると嬉しいかな」

「承知致しました」

 今、店に入って来たところだったグラントが、外に出た。レイラーニは自室にこもって、誰も入って来れないように、魔法で施錠した。

次回、隠れてた間の話

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