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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
45/463

45.パドマの兄

 師匠は、帰り道でキスイガメも沢山拾って、嫌がるパドマのリュックに押し込んでいた。

 向かうは、唄う黄熊亭である。マスターは、断るのは最初から諦めて、イレに解体を依頼していた。イレは、ダンジョンにトンボ帰りする気でいたのだが、亀の数を考えて、諦めて手伝うことにした。帰り道に拾われたヴァーノンも、道連れである。

 面倒な仕事を頼んだ本人は、パドマを連れて、いつも通り風呂に行き、お菓子を買って戻ってきた。ハジカミイオ事件を思い起こさせる対応である。恋する乙女のような風情で、マスターを眺め、花びら餅を食べて、大人しく待っていた。


 しばらくすると、どちらのカメだかわからないが、串焼きと野菜炒めが提供された。ハジカミイオの時よりも、野菜の比率が多い気がするのは、マスターからの抗議だろうか。師匠は、嬉しそうに野菜も完食していたので、ダメージを与えられなかったようだが。

「うまっ」

 ゲテモノ食いも、大分抵抗のなくなったパドマは、カメしかいない串焼きを自ら手に取り、食べるまでに成長した。カメは、ハジカミイオよりも弾力が強く、同じように旨味のあふれる肉だった。塩しかかかっていなかったが、充分に美味しかった。

 28階層まで降らないと手に入らないのが面倒だが、カエルよりは売り物になるかもしれない。そんなことを思いながら食べていたら、果実水を3杯持って、ヴァーノンも席に着いた。

「パドマは、ダンジョン産の食べ物なら、何が好きだ?」

 ヴァーノンは、野菜炒めを手に取った。野菜炒めの中に、カメが潜んでいるかはわからない。

「食べ物かー。美味しさだけなら、ハジカミイオが1番の衝撃だったけど、19階層まで行くの、面倒臭いよね。今日のカメなんて28階層だしさ。もうミミズトカゲあたりが手頃に思えて仕方ないよ。重すぎて運べないんだけど、切り身だったら、なんとかなるよね」

「そうだな。絵面に耐えられなければ、後ろに控えたトカゲでも構わないが、あれを持って帰りにミミズトカゲと戦うのも大変そうだからな」

「正直、師匠さんやイレさんクラスの怪力じゃないと無理だよね。鍛えたら、お兄ちゃんもできそう?」

「無理じゃないか? 大人だからとか、鍛えたからとかいう次元ではなさそうだ」

「やっぱり、そうか。お兄ちゃんにできないなら、ウチは何をしても無理だな」

「師匠さんも、実は男だからな。ヤマイタチに入り口まで持たせたところで、ダンジョンを出たらヤマイタチも荷物になるのが、問題だよな」

「そうなんだよー。せめて、ダンジョンセンターの買取窓口までは、持ってって欲しいよね」


「ほい、お兄さんの得意料理だよ。キスイガメときのこと花蕾のクリーム煮。食べて食べて」

 今日は、誰が従業員で客なのかわからない日だった。まだ営業時間前なので、どうでもいいのかもしれないが、ヴァーノンが仕事から解放されてもイレが来なかったのは、調理もしていたかららしい。人数分の皿と自分用の酒を持って、イレは席に着いた。

「お疲れ様。もうダンジョン諦めちゃったんだね」

「諦めてないよ。唄う黄熊亭に来ちゃったからさ。ごはんを食べてから行ってくる。マスターが、開店前から飲んでいっていいよ、って言ってくれたから」

 30階近くまで行ったのに、師匠のワガママで帰ることになり、また出かけなければならないなんて、面倒を背負わされた割りに、イレは上機嫌に見えた。

「それなら、お酒は控えた方がいいのでは?」

「ん〜? 朝から酒ばっかり飲んでるお兄さんは、今更じゃない? 大丈夫だよ。酒を飲んで走り回ると、楽しくなるんだ」

 それは、酔いが回っておかしくなっているのでは? と思ったが、兄も妹も何も言わずに料理を食べた。

「すご。本当に、これ、イレさんが作ったの?」

 パドマは、一口食べただけで、目を見開いた。

「本当だ。美味しいですね」

 ヴァーノンも驚いて、イレを見つめる。

「ふふふーん。すごいでしょう。お兄さんはね、カメ料理は得意なんだよ。何をしても何もしなくても、勝手に美味しくなるからね。料理を作るなら、カメに限るね!」

 胸を張って主張しているが、それは自分は大したことはないと、バラしているのではないだろうか。ヴァーノンもパドマも気付いたが、あえて触れなかった。


 開店時間になると、イレは帰って行き、パドマとヴァーノンは給仕の仕事を始めた。

 いつもなら、師匠だけが食べている謎の料理があると、次々注文が入るのだが、これまで何度も断ってきたからだろうか、今日は1件も注文が入らなかった。

 開店時間に食べていた師匠のお皿は、唐揚げも、煮込み料理も、鍋物も、雑炊に至るまで、すべてにかなりリアルなツメ付きのカメの手が突き刺さっていた。注文を受け付けたくないマスターの小細工の腕が上がったようだ。リアルなカメの手も、師匠は可愛く完食していたが、誰も食べたくならなかったらしい。



 数日後、朝起きても部屋に兄の姿がなく、不思議な気分のままパドマは出かけたのだが、兄はおかしな商売を始めていた。

 ダンジョンセンター前の広場で、こともあろうにジュールと仲良く屋台を出していたのだ。屋台の看板には、パドマ兄の愛兄弁当と書いてある。意味がわからない。

 おかしな男には近寄りたくなかったが、屋台まで行って声をかけた。

「お兄ちゃん、何をやっているのかな」

 パドマの目の吊り上がり具合に、ジュールは引いているが、ヴァーノンは慣れてきている。

「前に言ったろう。料理の勉強が足りていないと。マスターにお願いして、料理を習い始めたんだが、作った料理の有効活用として、弁当屋を始めた。ここは、金を持ってる人間も、食い詰めた人間も通る。何を売っても売り上げが見込めるんじゃないかと踏んで、始めてみた」

 ヴァーノンは、とてもいい笑顔である。

「だったら、ヴァーノンの弁当で売り出せ」

「これはイギーの家の商売じゃなくて、唄う黄熊亭の出張店舗なんだ。マスターと2人の合作だから、あえてパドマの兄とした。諦めてくれ。ここ最近の友だち作りもあえて、パドマ兄としか名乗っていないし、防具商の与太話もパドマ兄には名前がなかった。だから、パドマ兄の弁当屋なんだ。数日は売り子を担当するが、それ以降は、ジュール君に頼んだ。パドマなら、無償提供をしよう。必要な時は、ここにもらいに来てくれ」

「マスターまで、ウチの兄枠なの?」

「そうだぞ。スゴイだろう」

 パドマは、ヴァーノンの説明に脱力したが、横の師匠は、ちゃっかり弁当を3つせしめていた。パドマの名前を冠するよりも、師匠が食べていたという噂の方が、食べ物商売は売り上げが上がるだろう。この街では、師匠が食べた物イコール美味しい物という定説が出来上がっている。実態は、ただの偏食のおじさんなのに。

 文句を言いたいのだが、マスターの名前を出されてしまうと反発しにくい。諦めて、パドマはダンジョンに向かった。


 今日のおやつは、もらった弁当である。何階でも食べるのに支障はないので、24階層手前の階段で大福カエルを眺めながら食べることにした。

 ここまで結構走ってきたので、中身がぐちゃぐちゃになっていないか心配していたのだが、蓋を開けてみると、そんな心配はいらなそうだった。彩りも栄養バランスも完全に無視したステーキ弁当ならぬステーキ包みだった。肉が3枚入っているだけだ。

 元々の兄の料理スキルは、焚き火で何かを焼くだけだった。朝ごはんは、どこかで買ってきた何かだった。昨日の今日で、料理スキルが急成長するハズもない。数を揃えることまで課題にしてしまったから、こうなったのだろう。

 一応、肉はそれぞれ味が違ったらしい。ガーリックソースと、バジルソースと、ブルーベリーソースのステーキだったようだ。ただし、3枚重なって入っていたので、当然のように味がミックスされてしまっている。強いて言うなら、全部ブルーベリー味になっている。おそらく、走り回った所為ではないと思う。味を変えた意味は、特に感じられなかった。売値によっては、リピーターは出ないだろう。

 美食家だと思っていた師匠は、にこにこと食べていた。気に入ったのだろうか。



 食後は、28階層まで行き、イレと別れてカミツキガメと戯れる。倒せないこともないのだが、高確率で師匠の介入が必要になるので、単独突破は難しい。

 巨大生物たちは、同時に2匹以上と対峙することはなかった。1人で複数匹相手にしても、それぞれの攻撃にタイムラグがあった。同時に食いついてきても、敵同士がぶつかるだけで、パドマの仕事にはならなかった。

 ハジカミイオはどんどん飛んできたが、攻撃が当たったところで、打ち身になる程度だった。ぶつかったところで、当たり負けて倒れさえしなければ、なんとかなった。

 だが、カミツキガメは、ひとかじりされると足の1本くらい簡単に持っていかれる可能性がある。甘んじて受ける訳にはいかない。その上、攻撃を受けるのも、与えなければならないのも、やたら低いので、パドマにはやりにくい相手だった。

 同じく低い相手、火蜥蜴は、どの方向から切りつけても、吹き飛んだ。だが、カミツキガメには、邪魔な甲羅がある。師匠を見た限りでは、首を切り落としてしまうのがベスト攻撃のようだが、その場合、正面に立ってしまうと、作業が難しい。無理くり実現しようとすると、自分の足を斬りつけそうになる。実際切りそうになったかは不明なのだが、そういう理由で何度か師匠に蹴られた。蹴りはナシになったんじゃなかったのか、と腹が立ったが、文句を言う前にカミツキガメが殺到すると、それどころではなくなる。

 師匠は、余裕で楽々と倒している。パドマの観察ができるくらいなのだ。マネをしたいところだが、できない。ヒラリひらりと、ほぼ宙を舞って、空中でカメの首を落とすのだ。飛ぶ時に回転して、斬る時に上下反転している時もある。着地点には必ずカメの甲羅があって、着地と同時に、やはり首が斬られている。走り回るカメの甲羅に乗る時点で、できそうにない。空中では踏ん張りがきかないので、首も落とせない。つまり、パドマの参考にしようがない。

 今日も、カメの足の速さに圧倒されていた。正面から来たカメは、首を伸ばして噛みつきにきたところを斬ってみたのだが、カメの足はすぐには止まらないようで、突き飛ばされてしまった。そこに右前方と右後方と背面から来ていたカメにかじられそうになった。

 その時点で、師匠に蹴られて回収された。毎日蹴られて、身体はアザだらけだ。カメに噛まれるよりは軽傷なのだろうが、腹立たしい。

 蹴られた傷が痛むので、師匠を置き去りにして帰った。

 置き去りにしたところで、師匠の方が足が速い。リュックにカメ詰め放題をして、追いついてきて、ハジカミイオ狩りをして、追いついてきた。終いには、パドマが狩った巨大トカゲも担いで、後ろをついてきた。

 もうパドマは、師匠に何を言う気にもならなかった。すっかりやる気をなくしたところで、ダンジョンセンター前にいた武器屋の店主に拉致された。

次回、パドマが師匠を下す日

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