441.クマ探し
「クマちゃーん、いる?」
勝手にダンジョン管理データを書き換えて、100階層行きの階段を公に晒し、レイラーニはそこを降りて行った。クマちゃんに出会える期待半分、諦めなければと思う気持ち半分で心中は揺れている。答えを知りたくなくて、そろりそろりと静かにゆっくりと進むと、クマちゃんは戦っていた。
車座になって座っているチビ師匠たちの中心で、クマちゃんはチビ師匠と戦っていた。チビ師匠は地を手で叩き、そのままの姿勢で勢いよく目の前に立つクマちゃんに組み付き、ぽんと投げられる。すると、座っていたチビ師匠が1人立ち上がり、車座の中心に歩き、足を開いて腰を落とすと地を手で叩いてクマに突進し、組み付く前に投げられた。投げられたチビ師匠は車座に戻る。その繰り返しをしていた。
「何してるんだろ」
レイラーニが呟くと、ハッとクマちゃんの目がレイラーニを探した。クマちゃんの目にはレイラーニの姿は捉えられなかったが、いるとすれば階段だ。迎えが来たのだ。そういう気持ちで階段に走ると、座っていたチビ師匠たちが、全員1度に飛びついてきた。クマちゃんは、それら全員を千切って投げた。そして、階段の前の魔法の壁を抜けて、レイラーニを見つけて、その胸に飛び込んだ。
「クマちゃん」
レイラーニはクマちゃんを抱き止めて、もふもふと柔らかさを堪能していたが、チビ師匠が階段前に集まってくると、居心地が悪くなった。年端も行かない小さい子どもたちが、悲しそうな顔で見上げてくるのだ。クマちゃんを返してと思っているのは、聞かなくてもわかる。そのうちの1人が泣き出して、その隣の子も連鎖的に泣き、だが最初の子を慰め始めたのを見せられては、レイラーニも気まずくていられない。
「クマちゃん、あのさ、ウチ、クマちゃんのことは大好きだよ。イレさんからのプレゼントだっていうのが嫌なんだけど、それをおしても大好きだよ。ずっと一緒にいたいけどさ、元は師匠さんの子だったんだよね。師匠さんが待ってるから、帰った方がいいんじゃないかな」
クマちゃんは、衝撃を受けた。
コハク実父の死体に衝撃を受けて、倒れたレイラーニは、悪の魔法使いに取り上げられた。懸命に取り返そうとしたが、魔法使いに敗れ、コハクのおもちゃにされていたのだ。コハクは相撲をしようとねだってくる。対戦しても弱すぎて面白くもなんともないのに、数だけはいっぱいいるコハクは、無限に対戦を乞う。車座で待っているだけでなく、時間制で別のコハクと交代するのだ。クマちゃんだけがずっと相撲を強要される苦痛な時間だった。クマちゃんは、レイラーニにコハクとの生活を支持されて、絶望的な気持ちになった。
クマちゃんは静かにレイラーニから離れ、トボトボと来た道を戻った。階段を降り切ると、わらわらとチビ師匠に囲まれ、部屋の中央に連れて行かれた。またチビ師匠は車座に座り、残った1人がクマちゃんに向かって、突進した。クマちゃんは、チビ師匠もろともに転んで押し潰された。クマちゃんの上に乗ったチビ師匠はぴょんぴょん跳ねて喜んだが、他のチビ師匠たちが首を振ると、車座に加わり別のチビ師匠と交代した。次のチビ師匠は、クマちゃんを拾って立たせると、張り手で突き飛ばした。そして、ぴょんぴょん跳ねて部屋から出ると、違う服を着たチビ師匠がやって来て、車座に加わった。
そんなことを100度繰り返すと、チビ師匠は全員いなくなり、クマちゃんだけが残された。クマちゃんは、部屋の隅に投げられて落ちたまま動かない。震えながら見ていたレイラーニは我に返って、クマちゃんのもとへ駆けた。
「クマちゃん、大丈夫? ごめんなさい」
叩かれて投げられただけなので、ほつれは見つからなかった。だがクマちゃんの動力源は、米粒大の石である。その程度の物なら、こぼれ落ちたかもしれない。必死になってクマちゃんの体をチェックしていたら、レイラーニは射抜かれていた。
通路の向こうに10張以上の弓が見えた。痛みで倒れた拍子にその通路からは死角に入ったが、何者かがこちらにやってきている気配がする。レイラーニはクマちゃんを連れて、階段に撤退しようと立ち上がると階段前に魔法使いが現れた。
終わったと、レイラーニは思った。対魔法使い用の着物を着て来なかったのだ。コハクと誤認してもらえる可能性はない。
クマちゃんは立ち上がった。レイラーニが射抜かれた。寝ている場合ではない。憎き相手、全身黒尽くめの悪しき魔法使いに向けて、渾身のぶちかましを仕掛ける。全力を持って魔法使いに体当たりをしかけると、魔法使いはひょいと避けた。クマちゃんは階段に突撃して行った。
それを見て、レイラーニはなるほどと思った。魔法使いは魔法が得意だが、肉弾戦が苦手なのかもしれない。なにせカイレン父より弱いというのだ。なんとかすれば、何とかなるのだろうと思った。
魔法使いはまた階段前に戻ったから、レイラーニもクマちゃんのマネをして、腰を落として突っ込んでいく。コハク実父が沢山部屋に入って来たから、躊躇している時間はなかった。
「どけぇええぇえ!」
レイラーニが階段へ激突する恐怖を無視するスピードで迫ると、思惑通り魔法使いはひょいと横に避けた。そして、やったと思う間もなく階段に頭から転げ入る予定だったのだが、どういう訳か、魔法使いの脇に抱えられてしまった。イタズラをして尻を叩かれる時のようなマヌケな状態に、レイラーニはポカンとした。
「何故?」
やっと口をついて出た言葉は、それだ。魔法使いが味方なら通してもらえただろうし、敵なら一瞬で殺されただろう。捕まえられる意味がわからなかった。
レイラーニの言葉に反応して、魔法使いはくすくすと笑った。笑いながらも沢山の魔法の盾を作って、コハク実父の射出する矢や小石をせき止める。大きな盾で1度に防がず、煽りながらチマチマ1撃に1盾で防ぎ続けていると、矢が尽きたのか、コハク実父は帰って行った。
「ひぐっ!」
コハク実父がいなくなると、魔法使いは断りもなくレイラーニに刺さったままになっていた矢を抜いた。突然のことに悲鳴を漏らしてしまったことにショックを受けて、レイラーニが口を押さえていると、魔法使いは矢傷の上をポンと叩いた。その痛みにレイラーニは身体を跳ねさせた。それが済むと、魔法使いはレイラーニを立たせた。
レイラーニは足が伸ばされ、身長が10cmほど伸びた。もう少しで師匠に追いつくぞと思っているが、まだ10cmほど小さい。低身長コンプレックスを持つ師匠は、そう簡単に追い抜かせてはくれない。だが、おかげさまで、ちょっと背が低めの女性くらいになったのだが、身長だけなら綺羅星ペンギンでやっていけそうな魔法使いは、見上げるほど大きかった。
「ありがとう、ございます」
傷を叩かれて痛かったが、その瞬間からジンジンとする激痛が消えた。あれを合図に魔法で癒してくれたのだろうと思って、礼を言った。
「当然のことだ」
陶器の人形のような美しい顔だが、その手はまだレイラーニの元傷口を撫でていた。流石、変態師匠の変態養父だとレイラーニは感心した。ここまで徹底した変態育ちなら、もう師匠に何を言っても無駄だろう。骨の髄まで変態色に染まっているに違いないのだ。レイラーニはそのままクマちゃんの元へ帰ろうと足を踏み出して、忘れ物だとかなり濃厚な口付けをされた。その嫌悪で、レイラーニは魔力を爆発させた。
次回、レイラーニの落とし物。




