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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
441/463

440.クマはどうなった

「フェリシティ、フェリシティ、起きて下さい。お願いします。目を開けて下さい」

 99階層のパドマの寝室で、レイラーニはベッドの端に横になっていた。その傍らでアデルバードが手をつかみ、魔力を流し入れながら、時折頬を叩いて声をかける。回復魔法はかけたし、着物を脱がせて寝巻きに着替えさせる過程で、傷はないのは確認した。だが目覚めない。ただ眠くて寝ているだけのように見えるのだが、100階層前で倒れていたのだ。何かあったのだろうと心配しているのに、レイラーニはスヤスヤ寝ている。アデルバードが胸が張り裂ける思いでいたら、朝になって、レイラーニは普通に起きた。


「んー。よく寝た。お兄ちゃん何してるの? 寝てる妹の部屋に無断侵入するのは、趣味が悪いよ」

 腕を伸ばして伸びをしようとしたら、手をつかまれていた。つかんでいるのはアデルバードだったから、何の問題もないなと思ったレイラーニは、怠そうに不満を言った。一晩中、心配をして付き添っていたアデルバードは、声にならない声を発してレイラーニを睨みつけた。声はとうに枯れていた。

「!!!!!」

「何? あ、無断外泊! いや、今日はフェーリシティに帰ってたことにしよう。そうしよう。言わなきゃ、わからない。大丈夫。お兄ちゃん、朝ごはんはチヌイの塩焼きとだし巻き卵がいいな。卵ある?」

「どこも不調はありませんか?」

 アデルバードが掠れたガラガラ声を出したから、レイラーニはビクッと反応した。

「その声、怖い。どうしたの?」

 レイラーニはまともな返事をしなかったが、特に何もないらしいと見てとって、ため息をつくと、アデルバードはドアから出て行った。

「ちょっとお兄ちゃん、卵は?」

 レイラーニはアデルバードを追いかけたが、隣の部屋(ダイニング)にも廊下にも見つけることができなかったので、諦めて着替えて帰った。



 ダンジョンセンターを出ると、カイレンがいた。レイラーニを見つけると肩をつかんできたので、レイラーニは盛大に悲鳴を堪えた。悲鳴は上げずに済んだが、ほたほたと涙はこぼれている。

「その手を離せ!」

 通りすがりのきのこ信徒にすごまれて、カイレンは慌てて手を離した。カイレンも、レイラーニが泣いて震えているのに気付いた。近付くだけで怯えられることを思い出した。

「ごーめーんー。お兄ちゃんに追い出されて中に入れなくなっちゃって、ずっと心配してたんだ。大丈夫だった?」

「何が?」

「むりやり、その、されたって」

 カイレンが人前だと気付いて適当に言葉を濁した結果、より怪しげな内容になってしまい、通りすがりの者が皆、レイラーニに注目した。レイラーニの返答を聞くまでは立ち去ることができず、無駄に靴の中のゴミを取り出してみたり、独り言を呟いたりして待っているが、レイラーニはカイレンに怯えるほかは、特に反応を見せない。ジリジリとした時間が流れた。

「イレさんは、お墓の掃除の仕事が嫌になって、ドラパソに行って、アーデルバードに戻ってきた足で99階層に行ったって話は、もしかして現実?」

 レイラーニは、漸く現実を理解した。寝巻きを着て、自室で寝ていたのだ。何事もなく、普通に寝ていたのだと信じていたのだが、夢だと思っていた出来事が現実だったのかもしれないと、思い始めた。カイレンがアーデルバードに帰って来ているのが、おかしい。レイラーニの夢には、カイレンは出演権はない。とんとん拍子に100階層に行けてしまったから、なんだ夢かと思ったが、違ったのだ。またあんなペラペラの服を着せやがってと呟くと、野次馬たちは、一歩レイラーニに近付いた。

「そうだよ。つい昨日だよ。それ以来、ずっとお兄さんはここでドアを壊して侵入しては叩き出されてっていう作業を繰り返してたんだけどさ。パドマに会えて、良かったよ。これも運命だからさ、一緒にご飯を食べに行かない?」

 レイラーニは朝ごはんを求めて外に出たから、いいよと答えようとして、動きを止めた。

「ウチさ、その時、クマちゃんと一緒にいたよね」

 レイラーニは、昨日の服に着替えて出てきた。財布等の手荷物は、服と一緒に置いてあった。足りないのは、ダンジョン内で動く黄色いクマのぬいぐるみだけだ。

「そうだね。パドマの後ろを歩いてるのを見たよ」

「なんで、今、クマちゃんはいないのかな」

「わからないけど、どこかではぐれちゃったのかな」

「うそ! うそうそ。やだ。拾って来なくちゃ!!」

 レイラーニは、来た道を戻って走った。

「あ、ちょっと、パドマ!」

 カイレンが止めても、レイラーニは聞こえていなかった。かなり気になる話をそのままにされた、靴にゴミが詰まって取れなくて困っていた男は、カイレンに詰め寄った。

「聞きたい話がある。少しお時間を下さい」

 独り言が止まらない男も、蟻の巣が気になっていた男も、右手と左手がじゃんけんで争って勝負が決まらなくて困っていた男もカイレンに詰め寄った。詰め寄る人間がどんどん増えて、「モテ期きた?」とカイレンが呟くと、一生来ませんと返事があった。



 レイラーニが99階層に戻ると、アデルバードはダイニングで魔法を使って調理をしていた。テーブルには既にほかほかごはんと、だし巻き玉子と、きゅうりの塩昆布おかか和えが並んでいる。少し待てば、きのこのすまし汁も並ぶし、チヌイの塩焼きも焼けてはいる。レイラーニはおなかをクルクル鳴らしながら、アデルバードに組みついた。

「あ、あぶ、危ないですよ」

「お兄ちゃん、クマちゃん知らない? どこに行ったか、思い出せないの」

 よそい途中だったすまし汁を一旦、鍋に戻すことで浴びることを回避したアデルバードは、そういえばと言った。

「どこへ行ったのでしょう。あの子は、私のお気に入りだったのですが」

「お気に入り?」

「ええ。迂闊に外でぬいぐるみを持って歩いた結果、ぬいぐるみ好きだと噂になり、ぬいぐるみのプレゼントが大量に集まり、自宅が埋め尽くされたことがありました。ぬいぐるみに罪はないので捨てずに保管していたのですが、有体に言って邪魔ですから、景品にして配布したのがポイント景品の始まりです。ぬいぐるみだけではどうかと、その後いろいろ増やしました。

 迂闊に持ち歩いたぬいぐるみが、あの黄色いクマです。私の最初のぬいぐるみです。友だちのクマに似ているのですよ。友だちに会えない寂しさを慰めていただけなのに、縁のないぬいぐるみを大量に頂いてしまったのです。

 配布するぬいぐるみは、お気に入りも混ざっています。お気に入りの子には魔法をかけて、ダンジョン内で動くようにしました。そうすれば、ダンジョンに持ってくる人もいるかと思いまして」

 幼少期のことですから、今はぬいぐるみを持ち歩きませんけれど、とアデルバードは笑った。掠れた声は元に戻っていた。

「ああ、乳母さんちにあった大量のぬいぐるみって、お兄ちゃんのだったんだ」

「ええ、配布しきれない分が、まだ残っています。あと3000年は補充はいらないでしょう。保管にも魔力を使っているので、はけてくれると助かるのですが」

 レイラーニが離れたので、アデルバードは改めてすまし汁の配膳を再開した。

「ぬいぐるみは、あんまり人気ないもんね」

「パドマに持たせたら、人気が出るかと思いましたが、変わりませんでしたね。大切にしていただけないならば、はけなくても構いませんが」

「それより、クマちゃん。クマちゃん、どこ行ったかわかる?」

 話が脱線したことに気が付いて、レイラーニがクマの話題に戻した。ダンジョン内の落とし物は、ダンジョンマスターに聞くのが早い。ダンジョンに食われてしまう前に、回収しなければならないのだ。

「カイレンがいた時は、動いていましたね。その後、カイレンを追い出して、追いかけると貴女は階段で倒れていました。クマはありませんでした。少々動転しておりましたが、あんなに大きなクマは見落とさないと思いますよ」

「あの子、最近は勝手にふらふら出歩くし、言うことを聞いてくれないこともあるの。100階層で遊んでいるのかな」

「それなら、コハクが持っているかもしれませんね。もともとコハクのぬいぐるみですから」

「ああ、そうか。黄色いクマのぬいぐるみが大量にあったよ。あれに紛れちゃったのか」

 レイラーニは、イスに座った。

「召し上がりますか」

「うん。師匠さんが保護してくれてるなら、安心だよね。ウチの子だと思ってたんだけど、お兄ちゃんたちの子だったんだ」

「いえ、譲ったのですから、もう私の物ではありませんよ」

「ウチもさ、あんな小さい師匠さんから取り上げるなんて、できないよ」

 レイラーニは寂しそうに言った。取り上げられないと言うことは、できたら取り戻したいが隠れているのだろう。わがまま放題だったパドマも成長したものだと感慨深く感じ、アデルバードは、レイラーニが気に入っていた桃の酒を1瓶置いた。

「朝から飲んでいいの?」

「もう昼過ぎですし、いいのではないですか」

「ありがと」

 レイラーニはアデルバードと杯を重ね、共に朝食を食べた。


 その結果、アデルバードは潰れてしまったので、レイラーニは勝手にダンジョンのデータを書き換えて、100階層に来た。

次回、クマ探し。

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