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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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44.カエルと

「また仕事休むの?」

 ヴァーノンは、今日も鎧を着ていた。商家の仕事着も、ダンジョン用の鎧も自然と着こなすヴァーノンは、器用だな、とパドマは思う。ダンジョンに行く日は、早起きなんて必要がないのに、仕事に行く日と同じ時間に起きて、支度してパドマが起きるのを待っているのは、やめて欲しいが。

「ああ、まだダンジョンに仕事が残っているからな。今日は、市場調査のために虫狩りをするから、1人で行く。気にしなくていい。

 たまには早く起きて、師匠さんが来る前に外で待ってる日があってもいいんじゃないか、とは思うけどな」

 そう言って、ヴァーノンは1人で出かけて行った。



 パドマも支度をして出たら、昨日のまま、イレがぶすくれていて、朝ごはんの時間が重くてウザかった。機嫌取りもせずに、昨日の続きのヴァーノンの褒めトークをしていたパドマが悪いのだろうが、イレも大概だった。どんどんウザ男になって、師匠に嫌われてしまえばいい、とパドマは、そのまま放置した。


 ダンジョンに行くと、3階層でダンゴムシを運ぶヴァーノンとすれ違った。

「折角、キレイな剣をもらったのに、もったいないよ」

 パドマが不満をもらしても、ヴァーノンはついて来なかった。

「試し斬りはしてきた。素晴らしい剣だった。これなら、ブッシュバイパーも簡単に通れる気がする。

 だがな。今日は、友だちを作りに来たんだ。3階層が1番人が多そうだろう。だから、ここにいる。師匠さんが一緒なら問題ないと思うが、気をつけて行って来いよ」



 今日のおやつは、20階層で、ツノガエルを食べた。鶏肉味で面白味もないと思っていたカエルだが、パドマがミミズトカゲに唐辛子粉を振って食べていたのを見つけた師匠が、調味料を持ち込んで簡単クッキングを始めてしまうと事情が変わった。パドマは粉の調味料を少量持ち込んだだけだが、師匠はいろんなものを液状にして持ってきた。ハチミツやすりおろしニンニクくらいならパドマでもマネができるが、トマトソースやデミグラスソースなどの煮込み系ソース類を多種作って持ち込んだのには、驚いた。やはり義姉にするなら、師匠がいい。バーベキューチキン風カエルをかじりながら、パドマは将来展望を夢想した。



 カエルを堪能したら、24階層の大福カエルならぬフクラガエルのもとへやってきた。だが、パドマはこのカエルの死に様が、好きにはなれない。

「爆発可哀想」

「いやいやいや、可哀想じゃなくて、危ないだからね。攻撃性は特にないから、基本は避けて通って、過密すぎて無理だなぁ、と思った時だけ爆破だよ。ちゃんと安全を確保して、遠くの個体を狙って、すぐさま撤収。最悪、この階層の全カエルが誘爆しても、一周回れば起爆地が安全になってるからね。逃げる方向を間違っちゃダメだよ」

「あんなに可愛いカエルを爆破するなんて、ひどい」

 イレは、前回、泣いて動かなくなったパドマを思い出し、毎回、事前に誘爆させて道を作っておくべきか、検討しだしたところで、パドマが飛び出した。

「爆破したら、殺す」

 パドマは、物騒な言葉を残して走り去った。


 パドマは止まらなかった。

 カエルが点在する部屋や通路を、右に左に躱しながら走っていく。カエルが集まり避けれない場所は、飛び越える。飛びきれない場所は、わずかな隙間に足を差し入れ通ったり、剣を鞘ごと隙間に入れて、その上を通った。師匠は、自前の跳躍力だけでついて来たし、イレもついて来ているのだろう。時々、雄叫びや苦情が聞こえた。

 パドマは、そのまま階段に突撃したら、転げ落ちそうになったが、師匠が背中の服のたるみを掴んで止めてくれた。イレは落ちて行ってしまったが、階段の途中で止まったようなので、大丈夫だろう。


「イレさん、大丈夫?」

「あえてカエルの多い道を選んでなかった?」

 イレは、パドマを睨んでいるが、濡れ衣である。少なくとも、意識的にはやっていない。

「道を知らないから、なんとなく走り回っただけだよ。でも、もう道はわかったから、帰りは直進する」

「お願いだから、カエルの可愛さよりも、身の安全を第一にしてね」

「それは難しいな」

「見ず知らずのカエルよりは、お兄さんのお願いの方が大事だよね?」

「イレさんより、カエルの方が可愛いし、美味しいからなぁ」

 他のカエルはまったく興味はないが、大福カエルだけは可愛いと、気に入っているパドマだった。天秤にかけたら、イレの方が重いだろうし、軍配はカエルに上がるだろう。そもそもイレは、パドマにとって、そんなに大事な人だっただろうか。毎日夕飯を一品食べさせてもらっている恩はあるが、それと大事な人は別枠だろう。

「パドマの中のお兄さんは、カエルより下なの?」

「うん。でも、芋虫よりは上だよ」

「それは嬉しいね、って言っていいか、まったくわからないんだけど!」



 無事24階層を通り抜けたので、次に進む。25階層は、またカエルだ。茶色で地味なカエルが、3匹飛び跳ねていた。大きさは、フクラガエルと同程度。パドマの膝下サイズだ。色を緑に変えたら、その辺りに沢山いそうなアマガエル・アオガエルタイプのカエルである。中の1匹は、脇腹と足に毛のような物を生やしているように見えたが、攻略の上での障害にはならないだろう。

「あれが、ヘアリーフロッグか。可愛くもグロくもなくて、なんか安心しちゃうな」

 あまりに普通のカエルの登場に、ダンジョン内だというのに、パドマは緩んでしまった。師匠がいれば、命取りにはならないという信頼がそうさせている。それに気付けば、パドマはむくれるに違いないが。

「パドマが1番気にするのは、見た目なんだね。強さとか、強度とかを気にしようよ」

 イレが、呆れ顔で常識人のような態度でいるのが、パドマは気に入らなかった。人の気持ちに同調できないから、モテないんだよ! と言いたくて仕方がない。

「何言ってるの? このダンジョンの1番の懸念は、絵面のパンチ力でしょ。2階層のカマキリを見たら、わかるじゃん。あの顔は、ものすごいびびるよね。初めて見た時、絶対殺されると思ったよ。見た目に怯えず、ドカンと前に進んだら、大体なんとかなるんだよ。だから、見た目が好きか嫌いかが、重要なんだよ」

「特攻してケガしたこともあるでしょう。本当に、無闇に突撃しちゃダメだよ」

「それに関しては、師匠さんと師匠さんを止めてくれなかったイレさんだけには、言われたくないな」

 目を吊り上げたパドマを敵に回すと、酷い目に合わされる経験しかない。イレは、一瞬で大人しくなった。

「ソウデスネ」


 パドマは、カエルに向けてナイフを投げると、カエルはツメを出して暴れ出した。

「あれが、ツメか。痛そうだな。痛覚ないのかな」

 攻撃前は、ただのカエルの手だったのに、怒らせたら指の腹の部分からツメのような物が出てきた。指先から出した方が怖いような気がするのに、なんとも中途半端だな、と思った。平手打ちをされたら痛いのかもしれないが、ダメージを与えるにしてはツメが小さい。どちらかと言うと、皮膚を突き破ってツメを出したカエルの方が、痛手を受けていないか心配になってしまう。

 パドマが階段から降りると、カエルジャンプで飛びかかってきたが、スピードも大きさも大したことはなかった。抜いてすらいなかった剣を、のんびり抜いて構えて、えいやっと一振りしたら、2つに分かれて落ちた。ダメージを与えていないカエルも、パドマの姿を見ると、近寄ってきた。パドマは、そのまま動かずもう2回剣を振ったら、制圧完了である。敵を配置する順番がおかしい。今更、こんなカエルは敵じゃない。

「気持ち悪」

 うっかりカエルの断面を見てしまったのは、失敗だったが、これは慣れるしかない。


 師匠にもイレにも反対されたのを無視して、目隠ししたまま剣を振るって、25階層を突破した。よく考えたら、階段の位置を知らないので、先に進めないハズだったのだが、進行方向にたまたま階段があって、転げ落ちた。先程は助けてもらえたのに、今度は普通に落ちた。言うことを聞かない罰らしい。

 抜き身の剣を持ったまま、ころころ転がり落ちるのは、大変危険だ。右腕を伸ばし、自分に当たらないようにし、左手で首をガードした。おかげで、フライパンも一緒に落ちているが、致し方ない。踊り場で落下が止まったのだが、その時、立って着地ができてしまったので、階段落ちも大したことはないな、とパドマは誤認した。



 26階層の主は、キスイガメである。椎甲板がトゲトゲとした甲羅は、濡れてツヤツヤとしており、体躯は白地に黒い斑点がある。手のひらに乗るか乗らないかくらいの小さな亀が、無数にいた。

「いぃやぁあーだぁあ!!」

 パドマは、また拒否反応を示した。

「ええ? 可愛いカメさんだよね。色もキレイだし、別に攻撃してこないし、スープにすると美味しいんだよ?」

 イモリは、いっぱいいるから嫌だった、と言っていたのを思い出し、これも数が多いのがいけないのか、とイレと師匠は目を合わせて、肩をすくめた。

「石からヘビが、はみ出てる!」

 パドマは、よくわからない感想を残すと、また目隠しをして走り出した。



 27階層に着いた。この階層の主は、ワニガメである。ゴツゴツとした甲羅に厳つい顔、鋭そうなクチバシに強そうなツメを持った大型の亀である。背中に乗ったら、乗り物として丁度良さそうなサイズ感の亀が、5体転がっていた。


 キスイガメと同じ亀なのだが、パドマは平静を保っていた。

「キスイガメはダメなのに、ワニガメは平気なの?」

 イレには、まったくパドマの趣味が理解できない。キスイガメはかわいい亀さんで、ワニガメの方がモンスターに見えると思うのだ。迂闊な質問をすれば、またおじさん扱いをされてしまいそうだが、聞かずにはいられなかった。

「あの程度の顔なら、もっと厳つい顔は、酒場で見慣れてる」

 そう言うと、ふらりと前に飛び出す。

「アゴが強いから、かじられたら終了」

 パドマは注意事項を呟きながら、回り込んで甲羅に乗り、首を落とした。

 仲間が首を落とされても、他の亀は我関せずだった。それを見たパドマは、どうしても邪魔なところにいる個体以外は無視して次に行った。慣れてくると、正面から甲羅に飛び乗っても問題なく倒すことができた。



 28階層の主は、カミツキガメである。

 亀の概念を問いただしたくなるような存在が、そこにいた。とても立派なムキムキと太い首と足は、どう頑張っても甲羅に収まりそうにない。とんでもない厳ついトカゲが、ラウンドシールドを乗せているようにも見える。本来なら、ワニガメより小さい亀なのだが、どうしたことかワニガメの倍くらいの体躯を持っていた。

 パドマはゲンナリとしてしまったが、師匠は瞳を輝かせて見つめている。恐らく、今日の探索は、ここで終了だ。とてもそうは見えないが、あの亀は美味しいのだろう。


 ワニガメと同じつもりで前に飛び出すと、カミツキガメは向こうから走り寄ってきた。

「はっや!」

 ここ数階は、まったく歯応えのある敵がいなかったので、油断していた。亀はのしのしのんびりと歩くものだと思っていたが、カミツキガメは、パドマより足が速かった。亀だが、足が長いからかもしれない。立ち上がると、甲羅の下の部分は、地面からかなり離れて見えた。

 パドマは、なんとか避けようと後ろに身を引いたが、首まで伸びてきて、避けきれなかった。襟首を掴まれて後ろに引かれ、階段まで戻されたことで、難は逃れたが、危ないところであった。入れ替わりで飛び出した師匠は、嬉々として幅広剣を振るって亀を仕留めていく。止める間もなく、隣の部屋まで行ってしまった。


 戻ってきた師匠は、いつかイレがピクニックに持って行った巨大なリュックを膨らませて帰ってきた。恐らく、カミツキガメをいっぱい詰めてきたのだろう。戻って来て早々に、イレにリュックを押し付け始めた。

「えええ〜。これから深階に行く予定だったんだけどー」

 などと、イレは嫌そうなことを言っているが、師匠の頼みは断らない男だ。文句を言いつつも、すんなりリュックを背負っていた。

 パドマとしても、もう1回くらいカミツキガメに挑みたかったが、ついて帰ることにした。変な生き物を倒しながら28階も下ってくるのは大変なのだが、自ら歩かねば力づくで連れ帰られそうだ、と思ったからだった。師匠を説得するよりは、もう一度出直す方が、楽そうだ。だから、イレは帰るのだろう。

ヘアリーフロッグは、アフリカモリアオガエルというそうです。

ヘアリーフロッグでググったら、ヘアリーフロッグフィッシュが大量にヒットして、びっくりしました。


次回、ヴァーノンの新しい商売。

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