437.続、結婚式
殴り合いがひと段落すると、テーブルを持ったモンスター師匠がわらわらと出てきて、広場中に並べた。そして、料理がその上に並べられる。
紅蓮華ときのこ信徒協力のもと、街中に料理が振舞われた。フェーリシティから肉と野菜と果物と香辛料と酒と薪が大量輸送されて、提供されている。いくらでも食べてほしいと、せっせとモンスターヴァーノンが配り歩いているから、皆が喜んで調理し、振る舞った。街の各地で捏造されたヴァーノンとミラの恋物語紙芝居が上演され、ヴァーノンとミラのクイズ大会が催された。
そんなことが行われているとも知らず、ヴァーノンとミラは高砂席で、食事を始めた。本当は家に帰ってから酒宴を張るのがアーデルバード流なのだが、レイラーニの関係者と紅蓮華の関係者が多すぎて、拡張した唄う黄熊亭でも収容しきれない。だから広場で食べることになった。
勝手に踊り出す人を眺めながら、ヴァーノンは来る人来る人と祝杯を重ねた。
「プレンテ。長女が生まれたら、うちに差し出せ。豪商の妻にしてやる」
「昔それ言って、フラれてたろ。少しは懲りろよ」
ヴァーノンはイギーと杯を重ねた。ミラはパドマに餌付けをしている。
「うるせーな。寄越さないなら、レイバンの娘に権利を譲るぞ」
「譲るゆずる。うちはいい。俺の都合では、嫁に出さない」
「俺をここまでにしてくれた、感謝の気持ちを受け取れよ」
何を言っても折れないヴァーノンに、イギーはイライラした。
紅蓮華が本当に欲しいのは、師匠である。次点でレイラーニだ。だがそれは高望みが過ぎると言うことで、パドマの獲得を期待したのだが、うまくいかなかった。だから、イギーはヴァーノンの娘を狙った。
イギーが紅蓮華の次期会頭になれたのは、ヴァーノンの友だちだったからである。出来の良くないイギーは、商家の子どもたちの中で浮いていた。勉強の進み具合が違いすぎて、話題が合わなかったのだ。話が合うのは、荷運び人足をしていたヴァーノンだった。みそっかすのイギーの知識レベルを、流石商家の息子だなと褒めてくれたのが、何よりも嬉しくて、見かけると仕事の邪魔をしに行くようになった。ヴァーノンは妹を養うためにステップアップしたくて、イギーを持ち上げて教えを乞うていただけだが、すぐに覚えてしまうヴァーノンにすごいと言って欲しくて、家庭教師から逃げ出す回数は減った。会頭にまでなれなくて良かったが、あのまま甘やかされ部屋住み6男坊でいたら、結婚できたかどうかも怪しい。だから、イギーの恩人はヴァーノンだと思っている。だが友はつれない。
「たまに飲みに来てくれたら、それでいいさ」
「ウトパラがいい男になっても、後悔するなよ?」
「ああ。それは慶事だ。祝ってやるよ」
イギーは杯をルーファスに押し付けると、舞台で不思議な踊りを踊り始めた。兄妹揃って何だよと悪態をついているので、ルーファスはレイバンに口を塞ぐよう命じた。
ちなみにレイバンは、押しが弱くてイギーに逆らえないだけの、普通の従業員である。別の商家の3男で、紅蓮華に見習いで入り、今でも働き続けている。イギーの出来が悪い仲間ではないので、他の従業員との仲は良好である。ただやはり誰が相手でも断れないので、面倒なイギーの後始末を任されがちになっていて、くされ縁が続いていた。イギーはレイバンを友だちだと思っているが、レイバンにとっては面倒臭い上司である。嫌いではないが、常識的に言って、友だちになってはいけない相手だ。
レイラーニはステーキを食べながら、黄色クマの愚痴に付き合わされていた。前回の女子会は師匠の愚痴だったが、今日はどこの誰ともわからない黄色クマの前をすれ違った男たちの愚痴だった。
師匠くらい可愛ければねと鼻で笑う男。君の長所は顔だけだと言う男。君の一族に入りたいから仕方ないから結婚してあげると初対面で渋々言う男など、師匠以外にも愚痴を言いたくなるネタは沢山あるようだ。長生きするといろいろあるよねが、口癖なのかと思うくらいに、レイラーニの口から何度も出てきた。負のオーラが目視できるくらい背中からあふれているので、紅蓮華もきのこ信徒も師匠もモンスター師匠も、誰も近寄って来ない。レイラーニも逃げ出したくなって、席を立った。
まさかレイラちゃんもわたしを見捨てるの? と黄色クマの顔が訴えてくるので、レイラーニは黄色クマを抱いた。
「悪いんだけど、今日はさ、街中にいろんな人が作った料理が並ぶの。全部食べてみたいんだ。付き合って。アーデルバードは男ばっかりだから、きっと料理の種類だけマシな男も、変な男もいっぱいいるよ」
と、結婚式そっちのけで、食い倒れの旅に出た。
夕暮れ前には、お開きになって、帰途につく。ヴァーノンがパドマを抱えて、ミラを連れ歩くと、あちこちから米粒や麦粒を投げられた。
「プレンテ」
「プレンテ」
投げる用の穀物は唄う黄熊亭への道の至る所に大量に置かれているから、誰でも好きなだけ投げられる。優しく上から落ちるように投げるのが常識だが、中には豪速球で投げつけてきたり、袋ごと投げてくるバカもいる。酒も飲み放題だから酔っ払いも沢山いるのだが、新郎にイタズラするのもお約束なのである。てめぇばっかり幸せになりやがってというやっかみは少数派で、先輩たちのからかいが多い。
だが、ヴァーノンは、戦闘民族アーデルバード街民の武闘会を妹愛だけで優勝できる男である。抱いているパドマを危険に晒す訳がない。麦粒の1粒までも全部受け止めて、正確に投げてきた相手に投げ返し、大人気なく叩き潰した。イタズラをしかける者は、物理的に鎮圧されていなくなった。
「俺に任せておけ!」
結婚式からの帰り道に、イタズラ野郎から妻を守る新郎の常套句を高らかに口にして、ヴァーノンは帰宅した。パドマを守るついでにミラも守られているから、特に問題はないなと、ミラの父は思った。
ミラ家族を家に送り、自宅に帰ろうと中央広場に差し掛かると、まだヴァーノンクイズ大会は終わっていなかった。
「今日の結婚式の新郎、ヴァーノンの本職は何?」
「紅蓮華系列、ハーイェク惣菜店店員!!」
「正解ぃいっ!」
中央広場ではカーティス司会のクイズ大会が開かれていた。高額景品をチラつかせながら、ヴァーノンに知らせず、こっそり街民へ洗脳活動をしていたのである。
「違いますよー」
一応、ツッコミを入れてみたが、盛り上がっている会場での個人の声は届きにくい。カーティスがヴァーノンに気付いて、あえて騒音を出し始めたのを察したマスターに嗜められたので、放置して帰ることになった。
砲撃用に生産される火薬の消費のために、夜は花火大会が予定されている。日暮れでも祭りは終わらないから、最後までは付き合えない。
レイラーニはあちこちに顔を出し、沢山の店の商品や、誰かの奥さんの料理に舌鼓を打った。特に奥さんの料理は美味しいとどこでも褒めたので、皆に気に入られた。
何の祭なのかよくわからないで参加している者も沢山いたので、ヴァーノンお兄ちゃんの結婚祭だよと布教して歩くことになった。とうとう英雄様も人妻かと、まったくわかっていない男もいて、レイラーニは少し頭が痛くなった。
黄色クマは各地の恋物語紙芝居に感動して、買い集めた。もう2次元に生きようと決めた。
3日後、予定通りヴァーノンとミラはふたりだけで結婚式の続きをした。結婚式のやり直しは必要ないが、やり残したことがある。
ヴァーノンとミラは墓地へ行き、マスターの父の墓とミラの祖父の墓に結婚の報告をした。ヴァーノンの祖父には墓があるのかから不明なので、端折った。
「実父は同じ街に住んでいるから、結婚式に参加させられていると思います。絶対に、ただ酒を飲んでいますよ。レイラがあんな結婚式を企画したのは、所在不明の家族でも、全員がいつの間にか列席するようにしたかったのかもしれません。実母は誰なのか知らないので、招待しようがありませんし」
「列席して頂けていたらいいですね」
「はい」
ミラはその足で唄う黄熊亭に行き、糸紡ぎをして、ママさんに作品を納めた。
「これから、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。パドマと仲良くしてくれたら、後は大体でいいからね」
「はい」
ヴァーノンにパドマとの結婚を勧めていたマスターたちだったが、パドマを大切にする嫁ならば歓迎できる。正式にヴァーノンを養子とし、ミラを嫁として受け入れた。
無事に婚礼行事を終えたので、その日からミラは唄う黄熊亭で暮らすことになった。
でろんでろんに酔って帰宅して、二日酔いに悩むレイラーニが朝ごはんを求めて厨房に行こうとすると、「寝坊した!」と子ども部屋からヴァーノンが出てきた。その音に釣られて、「れぼーした」とパドマが主寝室から出てきて、その後ろからミラが出てきた。
「なんでだよ!」
レイラーニは思わずツッコミを入れて、頭痛が悪化し、苦しんだ。
次回、和服の着付け。
そろそろ100階層に挑んで終わりにしたい。




