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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
436/463

435.着倒れ

「うぃー。飲ーみ過ぎたぁ」

 レイラーニは朝から山盛りのステーキ丼を食べ、皆と一緒に馬車に揺られ、アーデルバードに戻った。城門でヴァーノンたちと別れ、ミラ姉妹とテッドを捕まえて、遊びに行くことにした。目的地は、昔通ったルーファスの洋服店その1花晨(かしん)の輝きだ。祭の時や、偽結婚式の時にパドマのドレスを作っていた店である。見た目はよくある富裕層向けの洋品店で、商品サンプルが並ぶ応接間でデザイナーと話し合い、オーダーメイドの服を注文できる店である。そう売れる品でもないし、来店する客より店員を自宅に招く客の方が多いから、星のフライパン同様、大体いつも客がいない店だ。実際、予約も何もしていないのに、今日も客はいなかった。


「うわぁ。すごいね」

 ここで勝手に自分のブランドも作ってしまったテッドは何の反応もなくついてくるが、ミラとリブとニナは明るい声で話し合っている。

「あ、あれ、一昨年パドマが着てたヤツじゃない?」

「そんなに前? そっか。そうかもしれない」

 それを微笑ましく見ながら、ロビーに並ぶドレスを右手に、レイラーニはまっすぐ衣装倉庫に行った。壁全面に、時には中央にも所狭しとドレスが並ぶ部屋である。レイラーニはそのドレスを指して、ニッと笑った。

「今日は着倒れて遊ぶ。好きなだけ試着して、気に入るドレスを見つけて。今日は試着するだけだけど、何日かしたら、みんなのサイズに合わせて注文するから、そのつもりで心して着るように! 袖はこれが可愛いとか、でもスカートはこっちの方がいいとか、自由に言ってくれて構わないから」

「ええ?!」

「無理だよ。買えないよ」

「着る機会もないよ」

 3人姉妹は揃って同じ顔で悲鳴を上げた。それをレイラーニはいい笑顔のまま受け止める。パドマは悲鳴をあげる側の人間だったが、とうとう反対側にやってきた。出世したなぁという感慨すら浮かぶ。

「ちょっとしたら誕生日祭があるから、その時用の衣装だよ。去年だって用意したのに、今年は何もしないとかないよね。結婚式が終わってないから、まだ早く思えるかもしれないけど、お針子さんの負担軽減のために、早めに注文しようね。お祭りに近くなると、忙しくなるんだよ。ミラの婚礼衣装の参考にしてくれてもいいしさ」

「そう。悪いけど、注文してくれる? ドレスを着てくれないのも、サイズが合わない適当なのを着るのも、姉ちゃんの顔を潰すから。まぁ、最悪、兄ちゃんが姉ちゃんのために作ってくれるから、間に合うだろうけど。だけど兄ちゃんに任せると、かなり前衛的なとんでもないドレスを作ってくる可能性があるから、自分で注文した方がいいと思うぜ」

 かつてのパドマのようにドレスを嫌がる姉妹たちに、テッドも注文することを勧めた。テッドは店員側だから売り上げも欲しいが、それ以上にレイラーニの名誉を守る気満々である。パドマの義姉姉妹でもグレーゾーンだが、女王様の義姉が祭りで平服はない。そんな生まれじゃないことは百も承知だが、だからこそ身なりくらいはちゃんとしなければと思う。テッドも飾ることは格好悪いと思っていたクチだが、そんな格好をずっと続けていれば、孤児だという悪口も減っていくのを体験した。半ば以上はパドマが孤児だったから孤児を侮蔑に使えなくなっただけだと思っているが、坊ちゃんよりも出来の良さそうな顔をしていれば、付き合ううちに認めてくれる人も出てくる。

「姉ちゃんの親戚になる以上、多少の諦めは必要だ。そこのぐーたら女王は、何もしてないけど金だけはある。心配しなくていいよ。むしろ使わせないと、アーデルバードの硬貨が全部姉ちゃんの物になって、くそ迷惑だから、散財させて欲しいくらいなんだ」

 ミラは、レイラーニとテッドとドレスの間を視線を彷徨わせ、しどろもどろ答えた。経緯はどうあれ、ミラが長女で、ヴァーノンと結婚するのもミラである。レイラーニとテッドが言っていることが本当か、判断しなければならないのは自分だと思っている。

「うぅう。とりあえず! 今日は試着だけだから。買うのは、ヴァーノンさんと父さんに相談した後だからね」

「そうだね。わたしたちだけじゃ、決められないよ」

 ニナは、不安そうにリブの袖をつかんでいる。前に出るのが苦手な姉を庇う使命感に燃えているのだが、リブの方が肝は座っていた。所詮他人事というかのように、どっしりと構えている。

「相談すれば、責任の所在はわたしでなくなる。いい考え」

「ち、違うよっ。それが目的じゃないよ」

 リブのツッコミにミラが慌てると、ニナが笑った。それをレイラーニは優しい顔で、ただ見ている。ああ、これが好きなんだなと、テッドは察した。

「大丈夫だよ。ヴァーノンさんはレイラの面子のためなら、わたしたちのドレス代だって払ってくれるし?」

 わちゃわちゃ騒ぐだけで話の進む気配のない面々に、テッドがドレスを持ってきた。

「急に着ろって言われても困るだろうから、とりあえずこれを着てみてよ。ミラさんが赤、リブさんが青、ニナさんが黄色。で、姉ちゃんが緑な。全部俺の新作。姉ちゃんだけは確定で、誕生日祭で着てくれ」

「まさか、ミラたちの分まで特注?」

「ああ。採寸はしてないから作り直しが必要だけど、とりあえず用意しといた。俺の腕を知ってもらわなきゃ、買ってもらえないだろう? 売り込み用だよ。好きな色もデザインも知らないで適当に作っても、無理なのはわかってる。だから、それは元々織り込み済みで、作り直し前提で作った。さっき言った理由でぜーったい売れるし、気に入られなくても姉ちゃんなら買い上げてくれるのがわかってんだ。サンプル1着ずつくらい、どうってことないだろ。最悪、この部屋に置くドレスを作ったと思えば、経費だ。あわよくば祭で俺のドレスを採用してくれないかなぁって、こっそり企んでたんだよ。俺も義弟になるんだから、混ぜてくれたっていいだろ?」

 テッドは、ふふんと笑った。そう言われてしまえば、レイラーニが間違いなく買い上げる性格なのを見抜かれている。中古服でも、パドマの収入ではそこそこ高いのだが、大金貨をぽろぽろ貰えるレイラーニにはドレスも安い買い物なのだ。ドラパソで少し散財してきたが、普段の生活には、いくらもお金がかからないからお小遣いはいっぱいある。

「仕方ない。とりあえず手付けを払っておこう。重いし、邪魔だから受け取ってね。小銭のおつりをくれるなら、もう1枚払ってもいい」

 レイラーニはテッドに大金貨を1枚渡した。テッドは礼を言って受け取った。ミラたちは初めて見る大金貨である。何あの大きいのお金? と、どよめいた。

「さあさあ、姉ちゃんはもう金を払っちまったぞ。買わなくても返金しないかんな。ドレスを試着して、どんなドレスを着たいか考えてくれ」

 テッドは入金のために1度席を外し、ミラたちはそれぞれ着替え手伝いのスタッフに別室に連れて行かれた。


 それぞれ着替えて倉庫に戻ると、中央に置かれていたドレスは片付けられ、お茶とお菓子の準備がされていた。テーブル中央のスリーティアーズに乗せられたお菓子にレイラーニは心をときめかせたが、三姉妹はそれぞれのドレスの違いに、少しがっかりした。ミラとリブはプリンセスラインのドレスで、ミラはティアードスカートで、リブは胸元に大きなリボンが付いていた。ニナはエンパイアドレスで、レイラーニはスレンダーラインのドレスだった。それぞれがそれぞれの体型悩みを解消するドレスをあてがわれていることに気付いて、テッドをジト目で見た。テッドは気付かれたことに気付いたが、悪びれることはなかった。

「美しいお客様をより美しく見せるのが、腕の見せどころだから」

「で、レイラは?」

「姉ちゃんはどこを切っても姉ちゃんだから、何着せてもいいんだよ。このドレスいいだろ? 姉ちゃん全開で。ぜってー見せたら、兄ちゃんが悔しがると思うんだよ」

 テッドはレイラーニ愛を隠しもせず、デレデレと見つめている。それに、リブとニナが噛みついた。

「ちょっと好きすぎじゃない?」

「初恋なんだから、仕方ないだろ」

「パドマが可哀想」

「仕事はちゃんとするさ。だけど、今は3歳だぜ? しばらくは勘弁してくれよ。口説いたって、向こうもついてこねぇし」

 テッドは無理だとハンドサインを出して、レイラーニの後ろに立った。レイラーニは席につかず、テーブルの横でずっとサーブするお菓子を悩んでいる。スリーティアーズにはいろんな種類のお菓子が乗っているのに、取り皿にはいくつも乗らないのだ。給仕には1つずつ乗せる皿だと言われたところを3つは乗ると言い張って認めてもらったのだが、その3つをどれにしようか、決めかねていた。

「お姉ちゃん、それ、食ったら同じのが追加されるシステムだから、好きなだけ食えばいい」

「え? 何それ。素敵すぎる!」

 レイラーニは、イチジクのコンポートを取り皿に3つ乗せてもらい、頬を緩めた。みんないるんだから、独り占めは良くないよね、と悩んでいたのだ。だが1つでは食べた気がしないよね、とは言えなかったのだ。

「さあ、食べるぞ! 一通り食べなきゃ、落ち着いてドレスなんて選んでられないからね。みんなも早く座らないと、在庫も全部1人で食べちゃうよ」

 レイラーニはるんるんでイスに座ったが、ミラはドレスをダメにしてしまわないか怖くて、座ることもままならない。飲み食いするなんて論外である。シミをつけてしまったらと思えば、絶対に食べられない。ドレスなんて高そうというだけで、どれだけ高いのかもわからない雲の上の品である。

「どうぞ。食べて。わたしは痩せないといけないって、痛感したところだから」

 ミラが拳を握っていろいろなことを飲み込んでいると、テッドは察してフォローを入れた。少なくともテッドはフォローしているつもりだ。

「今はただドレスを着ただけだから、そんなだけど、もっと綺麗に着せることもできるから、気にしないで食べたらいいのに。ああ、姉ちゃんみたいにするのは無理だぞ。限度があるから」

 そんな、限度と、飾りのない言われように、三姉妹はカチンときたが、すぐそこにレイラーニがいるから納得せざるを得なかった。レイラーニは探索者として運動をしていたからか、とても綺麗なボディラインなのである。顔の造形が比べるべくもないことは知っていたが、どこを切り取っても美しい肌は傷1つなかった。指先1つでも、ミラたちには勝てる気がしなかった。そっか、手荒れも治さないとねと、修正点がよくわかる見本だ。

「失礼なことを言われているのと、綺麗にしてもらえるの、どっちの話を聞いたらいいのかわからないね」

「テッドさんも、ヴァーノンさんの亜種だから、細かいことは気にしない方がいい」

 ニナとリブは、ヴァーノンの花嫁よりは扱いが地味になるだろうと期待して、諦めた。

「俺は、あの兄ちゃんとは違うぞ。姉ちゃんが姉ちゃんだから、何でもいいんじゃない。姉ちゃんに救われて、今があるんだ。俺の全部は姉ちゃんにもらったもんなんだよ。ったく、姉ちゃん並みに綺麗にするのには、時間が足りねぇだろ。素材の違いだけじゃない。姉ちゃんはきっと子どもの頃から特殊な下着を着せられて、そうなるように育てられてんだから。結婚式までなんて、間に合うか!」

 テッドは、ミラを綺麗にするスペシャルエステコースの検討に入った。過去、師匠がパドマに塗りたくっていた様々な化粧品を思い出し、それをレイラーニにおねだりさせて持って来させたら、手に入るだろうかと皮算用する。手広く商売するほどは出さないだろうが、レイラーニのお願いならば結婚式用くらいなら供出するだろうと踏んで、利用計画を立てていく。

「なんで、レイラの下着事情まで知ってるの?!」

 リブとニナの分も出るかなと見ていると、あり得ないと蔑む目で見られた。愛を全面に出しすぎたのがいけないのか、誰もテッドを弟とは思ってくれていないらしい。

「しょうがねぇだろ。俺は弟なんだよ。ちいせぇ頃から、ずっと弟だったの」

「その頃から、、、好きだったの?」

「ああ。無理は承知だけどな。せめて役に立つ弟になろうと、がむしゃらにやってきたんだよ。俺だって、相当頑張ったんだぜ? あり得ないくらい、のし上がったんだぜ? 神様だの女王様だの、いつになったら、追いつけるんだかな」

 嬉しそうにレモンケーキを注文するレイラーニを見て、テッドはため息をこぼした。それを見たリブとニナは、もうテッドを揶揄うのはやめようと思った。


 食べて飲んで着替えまくって、結婚式や誕生日祭や普段着る服を話し合った。結婚式の日はお揃いの服を着ようよ。普段着も全部の季節分まとめて買っちゃおうよ。奥様の服と娘の服は違うだと? そんなの両方買っちゃえばいいんだよ。何のためにリフォームしたの? 買っちゃえ、買っちゃえと、どんどん欲しい服の注文書を積んでいった。そして、レイラーニは誕生日祭の衣装だけでは済まない大量の注文を出すとともに、ドラパソ土産で布を5軒分買い占めてきたから、代わりに配ってという注文までした。テッドは、それは自分でやれよと断ったが、うちの店で加工してから配るのなら、配達は引き受けてやると言い直した。

「あれ、商売っけだけじゃないよね、甘やかしだよね」

 三姉妹が呆れても、テッドはブレなかった。

「そうだよ。惚れた女を甘やかして、何が悪い。一生隣に立てなくたって、俺は弟なんだから姉ちゃんに尽くしたっていいだろ」

「ヴァーノンさんもこんな風なら、どうする?」

 リブは心配になって聞いたのだが、ミラは笑った。

「ヴァーノンさんの方が重症よ。でも、だから安心できるの」

 ニナには、その心境はまったくわからなかった。

次回、レイラーニちゃんのイタズラ。

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