43.兄が主人公
「で、今日の狩場は、どこなんだ?」
さっきまでの出来事は忘れて、ヴァーノンが問いかけると、パドマは頼りにならない返事をした。
「さあ? どこでもいいんじゃない。マスターからは、特に注文は入らなかったし、先に進みたければカエルチャレンジをしてもいいけど、カエルは売っても安いし、お金が欲しかったら、ヘビ皮剥くし、何がいい?」
「こちらは付き添いだ。何を指定されても否やはない」
「えー。じゃあ、お兄ちゃんのトビヘビチャレンジでも、リンカルスチャレンジでもいいってこと?」
「やりたくはないが、どうしてもと言うなら、やろう。致し方ない」
口では嫌そうに言っているが、顔は平然としていた。致し方ないと言う顔はしていなかった。
「あーあ、無理だわ。どうしたら、お兄ちゃんが可愛くなるんだよ。ムカつくわー。ウチより勇ましくなんないでよ。キャラかぶるじゃん」
「トビヘビを倒すのに必要なら、努力するけどな」
「師匠さんは、めっちゃ可愛くトビヘビ倒すよ」
「本人が可愛いだけで、倒し方が可愛い訳じゃないだろう」
「バレたか」
候補に上がった中で、最初に着くのが、15階層のトビヘビフロアである。前回は、意地でも剣を抜かなかったヴァーノンが、先頭を切ってトビヘビに向かっていった。火蜥蜴の時とは違い、盾がないので鞘を使って、二刀流のように振り回している。
「順応高すぎなんだけど」
ヴァーノンの後ろを、パドマはついて走った。一応、剣を抜いて備えてはいるものの、ほぼ出番はなかった。ヘビを切り捨てながら走っている兄に、ただ走ってついていくだけで大変で、ジュールの方が可愛げがあるな、などと考えているのに気付き、鳥肌が立った。
「なんと、自力でブッシュバイパーを拝んでしまったな」
「うちができることは、お兄ちゃんならできるって、前に言ったじゃん」
やる気のない兄には勝てるが、やる気を出した兄には、パドマはどう足掻いても勝てる気がしない。ダンジョンで先輩ヅラできるのも、あと少しで終わりそうだった。
「あれは、喉元を斬りつけるんだったか?」
「それは、なるべく傷をつけずに絞めるやり方。基本は、アシナシトカゲと同じ感じでいいよ」
「そうか。ならば、やってみよう」
ヴァーノンは、ふらりとフロアに降りて、ヘビを踏んだ。そのまま頭の方向に走ると、乗られているヘビがヴァーノンめがけて牙をむいた。そのままかじられてしまいそうに見えて、パドマは目をむいたが、ヴァーノンは下から頭をかち割った。そのまま飛び上がって、2匹目のヘビの横っ面を蹴飛ばし、逆さまに落ちながら3匹目の下顎に剣を突き刺して、落下を回避しつつ、2匹目の追撃をかわしたところで、剣を引き抜き、2匹目の眉間を割った。残りは、1対1だ。手負いの怒り狂ったヘビが向かって来たのを、ヴァーノンが軽く横に避けて、首を串刺しにした上で引き裂いた。
「ほとんど、ただの力技じゃん。ズルいよなぁ。可愛いヘビちゃんが、可哀想だよ」
ヴァーノンが無事に戻って来てくれたのは喜ばしいことだが、パドマは兄のやり方はズルいと思った。同じことを自分がやったら、絶対に成功しない。考えに考えぬいて頑張って克服していったことを、ただの力技で解決されては、臍を曲げたくもなる。
「初めてだぞ。無傷なだけで、及第点をくれよ」
ヴァーノンも、パドマの評価には不満でいる。恐怖に打ち勝って、とりあえず倒せたのだから、お兄ちゃんすごい! と、褒めて欲しい。半ば、そのためだけに来ている。
「でも、その方法だと、次のリンカルスに失明させられるよね」
「それは、困るな。何がいけなかった?」
「ヘビの正面にいたら、毒霧で目が見えなくなると思え。ヘタすると、死ぬ」
パドマの辛口評価を、とうとうヴァーノンも認めざるを得なくなった。死んでも仕方がないが、可愛いパドマの成長を見守れず、役に立てる場面を減らすことなど、許容するつもりはなかった。だが、できる自信もない。少し項垂れた。
「難し過ぎないか?」
「それができたら、1人でイモリ拾いに行けるよ」
「それは、できない訳にはいかないな」
ヴァーノンは、剣を構えて、次の部屋に突入していった。
一部屋目で、危なっかしさにヒヤヒヤさせられたので、ブッシュバイパーは、兄妹2人で連携して狩り尽くした。
「ブッシュバイパーもリンカルスも、見た目だけなら大して変わらないのになぁ。確か、最初にナイフを投げるんだったかな」
17階層に着いて早々に、ヴァーノンは、リンカルスにナイフを投げた。
「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。疲れたよ。休ませてよ」
「毎日、休まずダンジョンに出かける割りに、体力がないんだな。商家は、そんなに休憩はないぞ。荷物を運んで運んで運んで、お客様には笑顔だ」
ヴァーノンの商家での仕事は、多岐に渡る。当初の荷物運びの仕事も続けているし、イギーの競争相手として勉強にも参加し、店舗でのお客様対応も駆け出し並にはやっている。イモリウインナーに関しては、ヴァーノンが動かないことには仕入れが止まるので、半分責任者のようになっていて、師匠関連新星様関連商品の相談窓口のようなことも、させられている。たまに何をやっているのか、わからなくなってくるが、今のところ大きなミスをしたことはない。森で培った体力と、妹を安心させるための笑顔作りに慣れているおかげだと、ヴァーノンは思っている。
「ウチは、ダンジョンで暢気におやつタイムしてるの。入って、おやつ。出て、おやつ」
「これだけ動いて、まったく痩せない訳だな。この部屋には1匹しかいない。休憩していればいい」
ヴァーノンは、話しながら更にナイフを投げて、リンカルスの両目をつぶした。ヘビは、全身を使って暴れている。
「視覚を奪ったのはいいが、暴れて動きが読めなくないか? 却って難しくなった気がするが」
「毒霧以外なら、斬っちゃえば、なんとかなるでしょ」
「そっちの剣なら、そうかもしれないけどな」
「そっか。切れないのか。じゃあ、この剣を貸そうか?」
「ダメだ。それは、お前の剣だ。師匠さんがお前の身の丈と手癖を計算して、用意下さったものだろう。それは、借りてはいけないものだ。それで倒しても、意味がない。ヘビには力負けするが、仕方がないな」
ヴァーノンは、ヘビのしっぽに剣を突き刺し引き裂いた後、ヘビの後ろ頭を叩き折った。
「今日のお兄ちゃんは、最高に格好良かったね。師匠さん」
パドマとヴァーノンと師匠は、イモリを背負って、仲良く手を繋いで、ダンジョンを出た。3人の真ん中は、ヴァーノンである。皆に羨まれる両手に花だが、片方は妹で、片方は男だ。どうしてこうなったのかもわからないが、ダンジョン内を歩く間も、何故羨まれているのか、ヴァーノンには、まったくわからなかった。
「お前は一体、何をやってるんだ?」
ダンジョンセンター前で待ち構えていたイギーにそう言われたが、ヴァーノンこそ聞きたい立場だった。
「リンカルスまで倒せるようになったので、イモリを拾ってきました」
「マジか!」
「やってみたら、できました」
「マジか!」
「イギーには無理だから、真似したら死ぬよ」
「マジか! なんでだ!!」
「基礎能力の違い。お兄ちゃんは、主人公だから大抵のことはできるけど、イギーはモブだから、かませ犬にしかなれない」
「ふざけんな。俺が主役だ。跡取りだぞ?!」
「跡目を継ぐ前に話が終了しちゃうから、主役になれないんだよ」
「くっ。今すぐ独立するか」
「あっという間に、店が潰れるよ。やめときな」
ヴァーノンも同意見だったので、太鼓持ちもできなかった。
兄妹揃って、酒場の手伝いをしながら、イレにたかっていた。珍しくヴァーノンの意見が採用され、ミートボールのトマト煮込みを食べているところで、師匠が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ、師匠さん」
食べたまま動かないパドマに代わり、ヴァーノンは果実水を持ってきたら、師匠に棒を押し付けられた。
「これは、まさか。剣?」
今日使っていた愛用の剣より、少しだけ長いロングソードだった。
「え? これは、一体?」
「なんで? ひどいよ、師匠。パドマ兄の分まで作ったの? そんなことする前に、弟子に作る方が先じゃない?」
師匠は、ほほを染めてヴァーノンを見つめ、ヴァーノンは剣を抱いてオロオロし、イレは激昂している。それを見たパドマは、いいことを思いついた。
「そっか。お兄ちゃんをイレさんの嫁にするのは無理だけど、師匠さんの旦那にするのはアリかもしれないね。イレさんより、師匠さんの方がスペック高くて、最高じゃん」
兄を改造して可愛くするよりは、師匠は既に可愛いので、手間がかからなそうだった。恋敵は、イレだ。稼ぎ以外なら、ヴァーノンの圧勝だと思うし、今日の色々で、師匠の好感度も、剣を作りたくなる程度には上がっている。何よりイレ兄さんより、師匠姉さんの方が料理上手で、見栄えもいい。
「パドマ、変なことを企んでないで、師匠に言ってやって。お兄さんの剣も作ってあげて、って」
イレは、また子どものような顔をして、ぷりぷり怒っていた。大切なお客様だが、こうなるとただの面倒臭いおじさんだ。
「イレさんは、2本も腰に差してて、もういらないでしょう」
パドマは1本差して歩くだけで、重いし邪魔臭いと思っている。基本は、1本使って、もう1本は予備だろう。二刀流をするにしたって2本あれば充分だ。3本目はいらない。
「これは、違うよ。父親の形見と師匠の形見だから。大事だから持ち歩いてるだけで、使わないの!」
「使わないなら、いらないじゃない。もうイレさんはいいよ。師匠さんをターゲットにすることにしたから」
「やめてよ。師匠を取られちゃったら、お兄さんが1人ぼっちになっちゃうでしょう」
「イレさんには、まだヤギとサルとお婆さんが残ってるじゃん。大丈夫だよ!」
「ヤギにもサルにもお婆さんにもフラれてるから、大丈夫じゃないよ。みんな、お兄さんのこと好きだ、格好良いって言ってくれたのに、もっと素敵な人がいるから、無理なんだって」
ヤギはお友だちで、猿はペットで、お婆さんはただの近所の人だと、パドマは思っていたのだが、イレはしっかり口説いた後にフラれていたらしい。イレのストライクゾーンにも疑問はあるが、人外にまで及ぶ非モテっぷりは、どうしたらどうにかなるのか、考え付かなかった。
「ごめん。ヒゲが立派なら、あとはどうでもいいや、って生き物が何かいないか、ちょっと調べておくよ。だから、師匠さんは、諦めて」
「いーやーだー」
次回は、さくさくとダンジョンを進もうかと思います。