表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
426/463

425.風呂デート

 師匠はほぅと息を吐き、イギーをそっと抱きしめた。イギーは、ギョッとした。顔は見惚れたくなるほど可愛いが、師匠は男だ。年月の経過でイギーも背が伸びて、師匠の身長を追い越し、師匠は抱くのに丁度いいサイズ感になったが、イギーは妻帯者である。男には興味がない上、イギーの想い人は今でも元パドマのレイラーニだ。どれだけ可愛くても嬉しくないし、師匠と紅蓮華の関係を考えれば、邪険に振り払うことはできない。レイラーニの前で抱きつかれても、迷惑でしかない。レイラーニの目が吊り上がってきたから、本当に最悪だと思った。

「お兄ちゃん、何やってんの! 抱きつく相手が違うよ。レイラちゃんは、あっち!!」

 何もなかった空間に、緑のクマのぬいぐるみが現れた。緑のクマは現れた瞬間に怒声を張り上げ、師匠に向けてチョップをかますと、師匠はイギーごと吹っ飛んで帆柱に激突した。師匠の良心で衝撃は師匠が全て引き受けたから、イギーは無事だが、悲鳴を上げて大騒ぎを始めたのはイギーの方だ。師匠はイギーを逃がさないように抱きついたまま、動かない。

「レイラちゃん、こんにちは。蓮の家ぶりっ。なんでかお兄ちゃんが飛んでっちゃったからさ。ちょっと助けに行ってあげてくれないかな。チューの魔法でポンと復活するから」

 師匠が飛んでいった原因を作った緑のクマは、師匠がいる方向に向かって手を伸ばした。その瞬間に緑の光が迸り、また師匠が身を挺してイギーと帆柱を庇った。これが師匠一家の日常なのかと、レイラーニは半眼になった。巻き込まれたくないが、既にレイラーニは師匠の娘にされていた。レイラーニが将来的に緑クマ(師匠の婚約者)の娘になると主張したからか、緑クマもレイラーニを受け入れるようにしたようだが、レイラーニはあまり仲間に入りたくはなかった。まともに受け取っては、命がいくつあっても足りない。あと少しでクラーケンに会えるかもしれないし、100階層にチャレンジできるかもしれないのに、このタイミングで死ぬのは残念すぎる。クラーケンチャレンジの頃合いには入場禁止にする予定でいるが、そうでない時に死んだらダンジョン崩壊に巻き込む人が出る。迂闊に死ねない。

「そういうのは、緑クマ(ヒスイ)ちゃんがした方が、師匠さんは喜ぶよ。ウチはそういうのは誰ともしないって決めてるんだ」

「なんで? お兄ちゃんだよ? 大好きでしょ?」

「そういうのじゃないんだってば。わからないならわからなくていいよ。仲良くしたいなら、2人でやってて。ウチを巻き込んでくれなくていいよ。そういう日は、ウチも実家に帰るから遠慮はいらないよ」

「親愛なる地龍様。私の大切な人を貴女と一緒にしないでください。清楚で可憐で純真なうちの娘におかしな話を吹き込むのは、やめていただけませんか。後でお菓子を差し入れますから」

 師匠はイギーを抱えたまま、レイラーニのところまで歩いてきて、背後に隠れた。レイラーニの肩の横から顔を出し、震えながら緑クマを牽制している。

「かっこ悪っ。なんで、レイラちゃんの後ろに隠れてるの」

「ウチの何処が清楚だ。残念だけど、師匠さんちには、そんな娘はいない。夢見がちにも程がある。他をあたって欲しい」

「清楚? パット様の中では、これが清楚?」

 三者三様に残念な視線を浴びせても、師匠はレイラーニの後ろから出なかったし、抱いたイギーも離さなかった。震えが止まらないから、好意で抱かれていないことはイギーにもわかったが、だからといって、どうにもならなかった。

「もう、本当にダメなお兄ちゃん」

 緑クマはレイラーニと師匠に次々とタッチすると、魔法を使って移動させた。



 船なんてなくても移動できるとは、このことかとレイラーニは実感した。なんだか知らない部屋に移されていた。天井も壁も床も板張りで出来ており、窓もなく、本来なら真っ暗だろうが、天井の中央に魔法の灯りがついている部屋だ。ダンジョンと同程度には明るい。レイラーニと一緒に同じ部屋に落とされた師匠は、立ち上がってすぐにドアに体当たりした。その後、ドアノブをガチャガチャと動かし、うなだれた。

「何してるの?」

 レイラーニが声をかけると、師匠は力なく顔を上げ、レイラーニの後ろにドアを見つけると、飛びついた。今度はドアノブを回してもいないのにドアが開き、師匠は隣の部屋に転がり入って行った。レイラーニがついて行く前に、戻って来てドアを閉めた。

「何してるの?」

 再度レイラーニが問いかけると、師匠はドアノブを背後に隠した。その挙動が怪しかったので、レイラーニはドアに興味を持った。

「地龍に閉じ込められてしまいました。これは私が頼んだことでは御座いません。絶対に違いますからね!」

「何が?」

 レイラーニがドアに近付くと、天井から金たらいが落ちて来て、師匠の脳天に当たった。ただの金タライであれば師匠も負けなかったが、地龍特製金タライはとんでもない勢いで落ちてきた。何の対策もしていなかった師匠は、あっさりと倒されて潰された。その隙にレイラーニがドアを押すと、隣室への道が開かれた。

 隣室だと思われた場所は、展望デッキになっていた。左手にビーチベッドが並び、右手に風呂がある。どちらに行っても正面に海が見えるようになっていた。出発は朝だったが、レイラーニは長いこと寝ていたのだろう。空は青いが海は少し茜色がかかり始めていた。

 レイラーニは海との境まで行ってみたが、これという物は感じられなかった。師匠が隠すから、目標とは違うクラーケンでも出て来たのかと思ったが、そんな物は見えなかった。

「何を隠してたんだろ」

 首を傾げるレイラーニを見て、師匠は愕然とした。風呂場に男とふたりで閉じ込められたのに、レイラーニは何も気にしていなかった。半年少し前は毎日一緒に風呂に入っていたとはいえ、その時はパドマの身体年齢が3歳だったから師匠は何も気にしていなかった。なんなら、大人のパドマの風呂の介助をしていた時も何も気にしていなかったが、今のレイラーニと一緒に風呂に入ってはいけないと師匠は思う。そんなことをしたら、愛が暴走してしまう。地龍はそれを狙っているのだろうが、師匠はそんなことをして、レイラーニに嫌われたくはなかった。だが何もしなければ、地龍はここから出してくれる気はしない。

「妹がご迷惑をおかけして、大変申し訳御座いませんでした」

 師匠は隣室から出ずに、入り口で平身低頭している。レイラーニはそれが似合わないなぁと見た。

「何で、ドアを隠したの?」

「レイラーニはできないと言っているのに、共に入浴し仲を深めろと期待されています。同じ釜の飯を食う、寝食をともにするなどと言いまして、生活を共にしたり、苦楽を分かち合い親しい間柄になることを求められています。背中を流し合う仲といったところでしょうか」

 師匠はスルスルと後ろに下がり壁に隠れてレイラーニからは見えなくなった。そう言えば、師匠宅は家族全員一緒に風呂に入るんだっけ、それなら緑クマは師匠と一緒に入るのが普通なのかと、少し嫌な気分になって言った。

「入ったらいいなら、入ればいいんじゃない。今、ちょうど景色が良くなりそうだし」

 レイラーニの足音が聞こえ、衣擦れの音がして、ちゃぽんと水音までした。師匠は絶対に隣の部屋は覗けないと思いつつも、覗き魔法の呪を脳内展開させていると、お誘いがかかった。

「師匠さんもおいでよ。一緒に入らなきゃいけないんでしょ。ついでにさ、飲み物をくれると嬉しいな。あの甘ーいやつ、持ってない?」

「飲酒しながらの入浴は危険ですよ」

 師匠がうきうきと梅酒の瓶を取り出して展望デッキに足を踏み入れると、レイラーニは風呂のヘリに座って、足先を水に浸していた。肌が出ているのは足首から下だけだった。さっきの衣擦れの音は何だったんだよと、少しだけイライラとしながら、師匠はレイラーニの隣に座り、ボトムスの裾をまくりあげて膝下を風呂に浸けた。レイラーニはおおと思った。師匠の足は相変わらず丸みを帯びた女の子の足だった。

「それじゃないよ。空と同じ色の甘いお茶。覚えてないかな」

「すべて覚えております。あの日のことは」

「あの日?」

「とても後悔致しました。しつこく抱きしめて、口を寄せて、嫌な思いをさせて、大変申し訳御座いませんでした。幸せに酔っていました。貴女を傷付けていたのに気付けませんでした。本当に申し訳御座いません」

 師匠の泣き出しそうに潤んだ瞳が、まっすぐにレイラーニを捕らえた。これは作り表情だから気にするなとレイラーニはセルフ催眠をかけても、吸い寄せられてしまう可愛い顔だった。

「いや、申し訳ないと思うなら、まるっと忘れて欲しい。皆が記憶を消去したら、なかったことにできるから」

 激甘茶の初回登場は、アグロヴァルにパドマを諦めさせるためのデートをした時のことだ。あの時、師匠が力づくでしつこくスキンシップをとったために、師匠の男装顔であるパットはパドマの恐怖の対象になってしまった。師匠からすれば、ちょっと抱きしめてキスしただけ、愛情が大暴走してしまった結果なのだが、パドマにとっては逃げられない罠にはめられて公開処刑された苦い思い出だった。

 レイラーニはその事件と激甘茶を未だに結び付けられていないが、師匠に酷いことをされるのは通常営業な暮らしを送っていたので、そう答えた。許可なく抱きしめられたこと、キスをされたことなど数えきれないくらい思い出せるので、その情報だけで日を特定するのは無理だった。

 レイラーニは必死に師匠のあごをぐいぐいと上に持ち上げ、師匠の顔をなきものにしようと奮闘した。可愛い顔に誤魔化されたりしなければ、師匠は大したことはないと信じている。師匠は近寄るなと言うことだと思って、距離を開けた。

「私は幸せでした。だから、忘れられません。もし忘れれば、もう一度同じことを致しますが、よろしいのですか」

「いやだあ」

 レイラーニは逃げ出して、海に飛び込もうとしたが、地龍の結界に阻まれて、実現しなかった。

次回、緑クマのストレスフル。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ