421.削り氷
師匠が見つからないモヤモヤを抱え、レイラーニはペンギン食堂で新商品の試食と売店商品の試着をして数日を過ごした。羽根を生やしてレイラーニだよと主張していたら、閑散としていた綺羅星ペンギンも客入りが戻ってきたようだった。客がやたらと土下座してくることは落ち着かないが、従業員が土下座して働かないことに比べたら、幾分かマシだ。もういちいちツッコむのも飽きたので、放置して今日も栗山ケーキを食べる。レイラーニの至福の時間だ。羽根が無駄にバサバサと動いてしまう。
「グラントさんてさ、もしかして、氷削るの得意だったりする?」
特に用もないのに、いつも横に控えて立っているグラントに、レイラーニは思い付きを尋ねた。横にいられると仕事を振らねばいけないような気になってしまうのだが、そんなに都合よくネタは降って来ない。
「はい。やったことは御座いませんが、得意に違いありません」
「やっぱり、そうか。グラントさんなら、きっとそう言ってくれると思ってたよ。ウチも氷なんて出したことはないんだけどさ。やってみるから、もし氷が出てきたら削ってみてよ。もう暑さに耐えられない。皆で氷を食べてみよう」
レイラーニは厨房に移動し、タライを前に精霊に祈りを捧げた。タライとそれに立つ氷柱をイメージして、呪を口にする。
「氷を作るのが得意な精霊様。ウチに美味しい氷を下さい。よろしくお願いします」
すると、レイラーニの願いの通りの氷が出現した。タライの上に氷柱が立っている。まさに想像通りの品である。タライの部分も氷でできていて、下敷きにされたタライと作業台が重さでひしゃげるようなサイズでなければ完璧だった。
「違う。そうじゃないんだ。精霊様」
レイラーニは半眼になったが、魔法が身近でない人間の意見は違う。タライ探しをさせられて、綺麗に洗えと指示され、いっそ新品を買ってきたタライが壊れている。その具合から、想定外の事象なのだろうとわかってはいるが、誉めそやした。
「素晴らしい。本当に美しい氷ですね。無から有が生まれるとは、まさに神の所業です」
グラントは感動し、他の調理場の面々とともに氷柱を拝み始めた。それを見て、レイラーニはしまったと思ったが、食べたいと思ってしまったら食べたい。溶けるから拝むのは後にして、先に食べやすく削ってとお願いして、外に出た。
入り口脇で、また精霊に祈る。
「氷の精霊様。ペンギンの氷を下さい」
可愛い皇帝ペンギンを思い浮かべていたのだが、3階建ての民家サイズのペンギン型氷が出てきて、レイラーニはまたも半眼になった。近くにいる野次馬が拍手して称えてくれるが、何も嬉しくない。
「そんなこったろうと思ってたよ。やっぱり外に出てきて正解だったね」
レイラーニはその後もアデリーペンギン、ヒゲペンギンとペンギン氷を作り続けた。いろいろ作ってみた結果、ガラパゴスペンギンとフィヨルドランドペンギンとスネアーズペンギンとキタイワトビペンギンとワイタハペンギンが最もタライにぴったりな大きさに作れたので、館内に戻って、要所要所にペンギン氷を作って設置した。沢山氷を出した結果、少し涼しくなった気がする。溶け出た水の処理は面倒だが、それはレイラーニの仕事ではない。誰かにやってもらう予定だ。避暑地が出来上がったことに、よしよしとレイラーニは満足した。
「氷の精霊の名は、アイスイエロですよ」
「師匠さん? 何処へ行ってたの。探したんだよ」
師匠はレイラーニの背後に、突如として出現した。地龍の転移魔法で帰ってきたのだ。最近お気に入りらしく固定化されている銀髪にネオンブルーの瞳の師匠が立っていた。涼やかな色で夏にいいとは思うが、レイラーニはハニーブロンドの師匠の方が好きだ。師匠はレイラーニの好みだと信じて、ボランティア部部長の真似っこをしているのだが。
「少し買い物に出かけておりました。お土産を沢山買って来ましたよ。こちらへいらして下さい」
師匠は師匠の飼育部屋に入り、土産の水着を出して、テーブルに並べた。三角ビキニ、バンドゥビキニ、タンキニ、ワンピース、フリルワンピース、ラッシュガード、ウェットスーツ、ドライスーツという順に出した。レイラーニは汚物を見る様な目で見ているが、師匠も少しそんな視線には慣れた。今回はそうなる覚悟をしてから出したので、心の準備はできていた。故に、少し悲しくなるだけで済んでいる。
「こちらが、私の故郷の女性用水浴着です。恐らく、レイラーニはウェットスーツを選ぶのではと予想しておりますが、そのインナーとしてラッシュガードやビキニを着ると伺ったので、フルセットでお持ちしました。インナーの着心地までは存じませんので、試着して好きなものを選んで下さい。我が故郷では海へ行くと、こちらのビキニのみを着用して歩いている女性はいくらでもいますが、そうして欲しいと願って持って来たのではないことは、先にお伝えしておきます」
「インナーか。なら、仕方がないな」
子どもの頃からの倣いで、未だに師匠手製の下着を愛用しているレイラーニは、簡単に納得した。レイラーニの下着は異世界仕様なので、アーデルバードの店では特注しても出てこない。実物を見せるのは恥ずかしいから、説明できない。今更、アーデルバード製の物に変えても落ち着かないし、暴れることを想定していない装具は身につけていられないから、使う予定はない。
そういう理由で、平気で師匠とインナートークをするレイラーニだが、師匠だから構わないのであって、他はそうでもない。窓の外から見ていたバカ野郎たちが、「次の磯遠足の予定は明日だ」「あの三角の丸みがエグい」などと騒ぎ出したので、レイラーニは師匠に怒った。
「今すぐにしまって!」
ムキーと怒るレイラーニは怖いが、可愛い。男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったが、皆ゲラゲラと笑っていた。
レイラーニはぷりぷり怒りながら食堂に行く。そろそろ氷がどうにかなっていると思うのだ。師匠は、お店で誰でも見えるところに並べて売っている商品なんですよと言い訳しているが、レイラーニは無視して歩いた。店に並んでいるうちは害はないだろうが、レイラーニの物になってしまえば話は別だ。レイラーニのサイズを晒して歩くのと同義だと思うのだ。レイラーニは未着用の新品でも人に見せるのが恥ずかしいから、お店に注文できないでいる。立体的で作りが理解できないから、自作もできず、師匠に頼りっぱなしになっている。もう師匠は変態だからいいやと諦めているが、やって欲しいと願っている訳でもない。しょうがないから頼っているだけだ。
調理場では、男たちが氷と格闘している真っ最中だが、削れている氷も沢山あった。いろんな形の刃物が転がされているところに、努力が透けて見える。氷柱が横倒しになり、1/3ほどの厚みになっていた。なるほど削るなら横倒しで出した方が良かったかとレイラーニは学習した。
「いっぱい削れたじゃん。折角削ったのが溶けちゃう前に、皆で食べようよ」
「削り氷ですか。ならば」
師匠は魔法で水を熱して飽和砂糖水を作り、冷ました。適当な皿に削り氷を盛って、飽和砂糖水をかけて、レイラーニの前のテーブルに置いた。宜しかったらどうぞと他の者の前に飽和砂糖水を置くが、よそってまではやらない。調理係の男たちはわいわいと皿を取りに行ったが、グラントはレイラーニの傍に控えた。
「削り氷って言うの? 美味しいの?」
「さて、カキ氷くらいならともかく、削り氷は食べたことは御座いません。私はアイスクリーム派ですので。ですが、アーデルバードっ子なら削り氷の方が向いているかもしれませんよ」
「あー、アイスかぁ。アイスもいいよね」
レイラーニは削り氷を一匙すくって口に入れた。甘さが爽やかに溶けた。身体の中から冷えて心地が良いが、何か物足りない。暑い日の氷は最高だが、こいつのポテンシャルはもっと高いと思う。
「そうだ。アレだ。師匠さん。お兄ちゃんのお酒持ってない? 桃のすっごい濃いヤツ」
「存じません。後日、調べておきます」
レイラーニの無茶振りに師匠が悔しがっている背後で、グラントはリックに無茶振りをした。
「桃の酒だ」
アーデルバードには、桃の酒はない。だから、桃の酒だと言われても、その味を知る者は綺羅星ペンギンにはいない。だが、ここでは上の者の言うことは絶対であり、それに背けば何らかの制裁を受ける。
「承知しました」
リックは削り氷を置き、食料庫へ行った。北西のダンジョンで通年桃が収穫できる上、今は桃生産の最盛期だ。パドマ向け桃スイーツの研究中であるため、桃は大量にある。
リックは桃をカットし、仲間が新たに削った氷の上に並べた。更にロゼワインと桃果汁と飽和砂糖水を混ぜたものを回しかけた。それを味見もせずにレイラーニに献上する。
「試作品です。検品よろしくお願いします」
「ありがと」
レイラーニは桃を一欠片食べた後で、試作品を口に入れた。しゃくしゃくと食べた後で、更にワインを追加して飲んだ。リックを使って改良に改良を重ねた結果、氷入りサングリアが出来上がった。ただ冷たい酒が飲みたいだけだった。桃の酒がなんだかわからないくせに、レイラーニの要望を叶えて褒められたリックに師匠は嫉妬した。
レイラーニは満足する前に出来上がっており、パドマの部屋に行って寝始めたので、師匠が唄う黄熊亭に連れて帰った。
「探してたと仰っておりましたが、何か御用が御座いましたか」
「ぱろまろへっほんしらりえ」
「何を仰っているのか、わかりませんよ」
師匠が問うと答えが返ってきた。呂律の回らない返事が愛おしくて、師匠は少しだけ腕に力を込めた。
次回、泳ぐ。どの水浴着を選んでくるかのドキドキはありません。




