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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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42.きなこまぶしわらび餅カエル

 パドマはおかしな男のことは忘れて、24階層にやってきた。24階層の主は、フクラガエルである。縦も横も高さもほぼ同じ上腕ほどの大きさであった。カエルに空気を入れて膨らませたというよりは、大福や饅頭をカエルに改造したかのようなまるまるとしたカエルが沢山鎮座していた。

「あぁああ、きな粉をまぶして食べたい」

 パドマは、カエルをうっとりと見つめながら、声を震わしている。可愛らしいが、奇妙だ。まるで師匠のようだ、とイレは思った。

「ええ? なんで? パドマの食の趣味も、どんどんおかしくなってるよね」

「そんなことないよ。師匠さん! こないだ作ってくれた羽二重餅で、あのカエルを作って。食べたい!」

 二言目には触るなと怒るパドマが飛びついてきて、師匠は目を白黒させるしかない。どうするべきか悩んでいるうちに、首が絞まってきたので、慌てて首を縦に振ったら、パドマはすぐに離れた。

「さぁって、じゃあ、倒しますか」

「マジで危ないから、階段から出ちゃダメだよ」

「りょーかーい」

 可愛すぎて倒すのも気が引けていたが、1匹だけ混ざっていた不機嫌顔の黒いカエルに向かって、八角棒手裏剣を投げると、見事に中心を捉えた。火蜥蜴に比べて何倍も大きいため、当たることは想定していたし、この後起きることも、噂程度には知っていた。それにも関わらず、パドマは悲鳴をあげるくらい驚いた。

「いやぁあぁあぁ!」

 棒手裏剣が当たったカエルは、風船のように弾け、その衝撃で、周りのカエルも次々と爆発した。音も大きかったが、肉が弾け飛ぶ絵面がとてもグロッキーだった。

「やぁああぁ! 可愛いウチの大福ちゃんが!」

 パドマが階段に座って、泣き出して動かなくなったので、師匠はため息をついて、抱えて連れ帰った。さわる許可は取らなかったが、怒られなかった。



 道中湧いて出てきたジュールやイギーを蹴倒しながら、イレの家に着くと、師匠はパドマをソファに放置して、昼ごはんの支度をした。

 道々買ってきたチキンやスープを、皿に移し替えて並べるだけの簡単な支度だが、羽二重餅のカエル型大福を添えたら、それだけでパドマは復活した。

「ありがとう。師匠さん」

 食後に、丸いわらび餅を出したら、小躍りして出かけてしまった。師匠は、皿を片付けるのを優先して、パドマを見失ってしまった。



 いつものように、酒場の手伝いをしていたパドマは、師匠が来店したのを見つけて、イレが既に座っていた卓に、果実水と皿を置いた。

「いざ、勝負!」

 パドマは、それだけ言って去って行った。金は受け取らない。イレが今まで受けたことのないサービス、奢りであった。

「何これ、師匠知ってる?」

 コブシ大の茶色い小判型のパンのようなケーキのような物が、6つ積み上がっている。イレが手を伸ばしたら、師匠は皿ごと手にして食べ始めた。イレには、1つも分けてくれないらしい。

「パドマー。これ、もう一皿ちょうだい」

 イレは、パドマを捕まえて注文してみたが、パドマは、気まずそうな表情を浮かべた。

「ないんだ」

「ごめん。イレさんが師匠さんの同郷だって、忘れてた。イレさんも、好きだった?」

「好きか、嫌いかの前に、なんだかわからない」

 食事なのか、おやつなのかもわからなかった。原材料も何かの粉かな? と思う程度である。茶色いしか、わからなかった。味の想像が付かない。

「しだみしとぎ」

「聞いてもわかんないけど、師匠の故郷の料理なの?」

「出身なんて、知らないけどさ。前に、森に行った時の師匠さんの目線の先に転がってたから。どんぐり好きなのかな、って。お菓子屋さんに相談して、ママさんに台所を借りて、ぽいのを作った」

「よくわかったね。食べてるところを見たことないのに。正確には、師匠が好きなんじゃなくて、師匠の奥さんが好きだったんだけど」

 師匠の奥さんは、やたらとどんぐり料理が好きだった。森で過ごしていたパドマも、どんぐりが好きかもしれない。イレは、2人の意外な共通項を見つけた。

「げ。そんなんなら作らなきゃ良かった。ごめんね。師匠さん、食べ次第、忘れて」

 パドマは、話し終えるとカウンターに逃げて行き、マスターから皿を受け取ると、戻ってきて、イレの前に置いた。

「イレさんには、これでしょ」

 皿の中には、里芋と豚肉の煮物が入っていた。

「大好き。なんで?」

 イレが驚きの顔でパドマを見ると、パドマはそっぽを向いた。

「今日一番の売れ残り。イレさんは、何を出しても喜んで食べる人」

「観察眼負けた! お兄さんは、未だにパドマの好物を知らないのに」

 イレは、うなだれた。先輩面をしていたのに、年下の少女にまったく敵う気がしなかった。毎日一緒に2食も共にして、未だに正解がわからない。自分の能力値の低さに、切なくなった。

「マジか。一緒に食事をしたことない武器屋のおっちゃんにまで、バレてたのに。流石、修正不可能なモテない男は違うな」

「ひどい。お兄さんだって、いい男だもん。横に師匠がいるから、誰もこっちを見てくれないだけだもん。金周り以外も、いいところしかないんだよ。背が高いし、顔も良いし、ケンカは強いし、知的で優しいいい男だって、隣のおばあちゃんが言ってくれたんだから!」

 師匠が、そっとパドマに硬貨を握らせてくれたので、イレの前にウイスキーを並べた。

 今夜も、マスターはご機嫌でいい1日だった。



「おはよー。今日は、休みなのか。前も言ったけど、休めよ。休みの中で時々来るくらいなら、わかるけど、休みの全部を付き合ってくれなくていいし」

 ヴァーノンが鎧を用意する音で目を覚ましたパドマは、とても嫌そうな顔をした。

「休んでダンジョンに行って来い、とイギーに命令されたから、行かない訳にいかなくてな。ぬいぐるみでも、ハジカミイオでも運ぶのを手伝うから、付き合ってくれ。いつの間にか、パドマがレベルアップしてたから、本業よりパドマの荷物運びしてる方が稼げそうだし、休むよりはいいだろう」

「イモリは、運ばせないよ」

 体良くイモリ収集を手伝わされることを警戒したが、本当にそういうつもりではないようだ。

「構わない」

 ヴァーノンは、優しい顔で微笑んだ。


 4人でカフェで朝ごはんを食べて、ダンジョンに向かうと、また入り口で見たくない人物を見つけた。

「ヤバいな。パドマの予言通り3日で来た。本当に? 今日は、ミミズクッキングか」

「あれが、噂の? なんか想像したより弱そうだな」

 見たくない人物を見つけて、イレとヴァーノンがそれぞれ感想をもらした。

「噂って、なんだよ」

「今日の1番の重要任務は、金髪男を見てくることだと言われている。多分、あれのことなんだろう? そんなことで休むのはどうかと思ったが、上司命令だ。面白そうだから、給与付きで引き受けた」

 目を吊り上げた妹に、ヴァーノンは笑みをこぼした。

 話をしている間に、どんどんジュールがこちらに寄ってくる。今日は、パドマはヴァーノンの後ろに隠れることにした。

「おはようございます。パドマさん、皆さん。はじめまして、お兄さん。ジュールと申します。よろしくお願いします」

「はじめまして。パドマに愛されている噂の兄です」

 ヴァーノンの阿呆すぎる自己紹介に、思わずツッコミを入れてしまいそうになったが、パドマはグッと我慢した。あの噂は、パドマ以上に兄の方が嫌がっていた。あえて口にするのであれば、何か必要があったのだ。イレも何も言わないのだから、間違っていないのだろう。兄はとてもいい笑顔でいるし、ジュールは怯んでいる。謎の勝負に、兄が勝ったのだろう。

「挨拶に来たってことは、第2の試練ができるようになったのかな?」

「それについてお話しがあって来たのですが、火蜥蜴を突破するのは、5人がかりがセオリーです。1人で、しかも部屋すべての火蜥蜴を全滅させる必要はあるのでしょうか?」

 てっきりできるようになった報告だと信じて、イレは焦っていたのだが、課題にケチをつけにきただけだった。一気に空気が緩んでしまったのを、パドマは不安に感じた。

「いや、パドマは楽勝でこなすよ。そんなセオリーとか、胸を張って言われても」

 イレが言い負けそうな空気を感じて、パドマが言葉を継いだ。

「やりたくなければ、やらなくていい。でも、うちらについてくることはできない。有名人にあやかりたいんだかなんだか知らないけど、その程度できなくて、ついてきて、どうするの? 一緒にいたって、やる気のない人は、戦闘で貢献できない。見てるだけしかできない。見てるだけじゃ成長できないし、おこぼれだけで稼ぐの? お互いにデメリットしかないじゃん」

「やる気はあります。ですが、そんなことは、できるハズがないのです。本当にできるとおっしゃるのであれば、見せていただきたい。嘘に決まっています!」

 真実できないと信じているらしい。真っ直ぐに堂々とパドマに訴えかけて来られても、鬱陶しいだけだった。出来る訳のない課題を出されたというなら、その時点で受け入れる気なんてないよ、と言っていると言うことだろう。抗議して、受け入れられると考えるのが、おかしい。そう思ったとしても、真摯に取り組むのが誠意ではないのか。パドマに言わせれば、難題を3日で諦めるなんて、根性がなさすぎる。

「だよねー。あんなのできるなんて、嘘なんだよ。パドマ。お兄さんは、ダメじゃない!」

 排除してくれる係のイレが、あちら側に行ってしまった。面倒臭い男が増えた。ヴァーノンの良さが映えてしまう。

「イレさん、往生際が悪い。なんで、ウチが、あんな面倒なのを、あんたのためにやらなきゃなんないんだっつーの。

 そうだ。お兄ちゃんやってよ。多分、お兄ちゃんなら、できるでしょ。格好良いとこ見せちゃって!」

「?! 何をやれって?」

 完全に傍観者になっていたヴァーノンは、話を聞いて、驚いた。イギーからの情報しかなく、パドマには何も聞いていなかったのだから、話がわからない。

「10階層の火蜥蜴を、剣とフライパンだけで制圧するチャレンジ」

「ナイフじゃなくて? 危なくないか?」

「失敗すると火傷するし、危ないけど、お兄ちゃんがやってくれないと、ウチがやらされる流れになってるよ」

 危ないことを妹にさせることを嫌うヴァーノンは、パドマが嫌がっているというだけで、立ち上がることができる。できそうだというビジョンはまったく見えないが、やれば妹が助かるならば、否やはなかった。

「なんだ、それは。あの金髪は、完全にナシだな。できるかどうかは知らんが、やってやろう。やればできるんだな?」


 10階層に着き、脇道にそれた火蜥蜴が集まる部屋に着くと、ヴァーノンは自前の剣を抜いた。数回素振りをすると、パドマのフライパンを受け取って、部屋に駆け入った。

 ヴァーノンは、次々と飛んでくる火の粉を右に左に避けながら、時にフライパンでガードしながら、手近なところにいる火蜥蜴を順に刺して行った。たいした移動もなく、天井もただ飛び上がるだけで届いたので、パドマの半分以下の時間で全ての火蜥蜴を葬った。

「これでいいのか?」

 無傷で戻ってきたヴァーノンに、パドマは喜んで飛び付き、イレとジュールは驚き、師匠は微笑んで拍手した。

「やったね。流石、お兄ちゃん。これができるなら、トビヘビも楽勝でしょ」

「ああ、その練習だったのか」

 なんでこんなことをしなければならないのか、まったく理解していなかったが、パドマの言葉でヴァーノンは納得した。毒は怖いが、火傷はそれほど怖い気持ちはなかった。

「なんで突然の無茶振りでできてんの? おかしいよね。なんなの、この兄妹」

「武器なしで、魔獣から妹を守ることに比べたら、たいしたことではありませんよ。武器どころか盾まであって、ちょっと突いたら死ぬ相手じゃないですか」

 ヴァーノンは、息を切らしてもいない。平然とした顔で、さらりと言った。

「い、今すぐ、わたしも実演してきます」

 隣の部屋に走って行ったジュールが、いつまで経っても戻って来なかったので、覗きに行ったら入り口付近で焦げて倒れていた。他の3人は無視して去ったので、イレが担いでダンジョンの外に捨てに行った。

不機嫌顔のカエルは、ブラックレインフロッグ。


次回は、ヴァーノンが主役。

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