416.魔力を使い果たしたら
アデルバードのもとに着物が届いたという報告を受けた。聞いたレイラーニは、そっかーと返事をしただけで、アーデルバードのダンジョンには行かない。行っても母対策とコクヨウ対策の手立てがない。だから行ってもアデルバードが入室を許可してくれないだろうという憶測と、皆にお別れをするためだ。
レイラーニは、死ぬつもりはない。だが、生き残る勝算もない。行けばまた死ぬかもしれないし、生き返ることもできないかもしれない。だから、行く前には心残りになるようなことは、残さずにやり尽くしてから行こうと決めた。故に漁港に来た。
「船って、いくらあったら買えるかな。ウチのお小遣いで、買えるかな」
ついて来た師匠は、目をむいた。話に脈絡がなさすぎる。師匠はダンジョンに行くのかなとついて来たのだ。道が違うと気付いても、海を見に来たのかな、魚が食べたいのかなと思っただけだった。ここまでの道のりで、船の話題はなかった。直前まで話していた話題は、ミミズは1個の卵から4匹くらい出てくるんだって、本当かなという、まったく関係ないものだった。
「欲しいと言われれば購入を検討しますが、何に使うのでしょうか。用途によって、船の種類は変わるでしょう。島に行く小船と漁船は違いますし、シャルルマーニュ行きで乗った商船も違ったでしょう」
「クラーケンと戦ってみたい。最悪、ザラタンでもシャチでもいい。魔法ありならイケるよね」
「いけません」
クラーケン退治で紅蓮華の英雄になった師匠は、目を吊り上げて、怒った。あれは、パドマへの愛を立証せよと、やらされたことだ。当時、師匠はパドマへの愛は自覚していなかった。まぁやればできるだろうと軽く考えて出航したのだが、やってみたら大変だった。魔力が足りなくなったのだが、周りの船員が邪魔で魔力の回復魔法が使えなかったのである。レイラーニがあの状況に陥ったら、船員を皆殺しにして回復させようと思うが、その後、レイラーニは怒るだろう。だったら行くなと言うのが、師匠の意見である。
「魔法を使えば倒せます。ですが、魔力が足りなくなったら、どうしますか。私はそこまで連れて行って下さった船員たちを死なせてでも、貴女を回復させます。怒られても、やります」
「船員?」
「船を購入後、誰が船を動かすのですか? 私のコピーは長旅に耐えられません。船員を雇う以外、ないでしょう。クラーケン退治に付き合わせる高額の仕事料と死亡後の賠償金は引き受けても構いませんが、それをお望みですか?」
「ええ? なんで、死ぬ前提なの? 師匠さんは倒してきたのに」
「海獣と海で戦うのは、なかなか大変なのですよ。足場は船しかなく、水中では呪が唱えられない。あなたの魔法制御力では、不安しかありません」
レイラーニの魔力があれば、師匠は簡単にクラーケン退治ができる。だからこそ、あまり関わって欲しくないという気持ちもある。ギリギリ倒した師匠より上だと気付かれたくない。
結局、アデルバードには何も教わっていないし、レイラーニの魔法制御力はお粗末なままだった。乳母に見守られている緊張感があればそれなりに使いこなすが、ちょっと感情が揺れればそれに釣られ、持ち前の男気でどーんっと魔力を大盤振る舞いする癖が直っていない。愛を示すために、魔力をもらわずに奇跡を起こす精霊たちは、そんなレイラーニが大好きで、余計な規模の魔法が起きがちになっている。理由は違うが、実母と似たような現象を起こすレイラーニに、師匠は危惧を抱いていた。
「それに、そんなびらびらした服では海に入ると水を吸って動けなくなります。水中用の裸同然の服を着る覚悟は御座いますか?」
「いや、それは無理」
レイラーニは磯遠足の時の男たちの格好を思い出した。裸同然どころか、ほぼ裸じゃんと思った。一緒に風呂に入っていた時の師匠の方が余程服らしい物を着ていた。幼少期はヴァーノンと一緒に水浴びしていたし、夏は海の方へ行けば半裸の男はいくらでも見る。それらを見慣れているから、人がどんな格好をしていても気にしないが、あの格好を自分がするのは嫌だと思った。
レイラーニは、気合いで空を飛んだ。船員が危険だと言うなら、空を飛んで海に出れば良い。水に入らずに魔法で倒せばいいのだ。レイラーニはヤケを起こして、師匠を振り切る勢いで空を飛んだ。飛んでいる最中に羽根が生えて来たので、羽根を動かしてみたが、飛べている気はしなかった。
「タコちゃん、やーい」
もうアーデルバードが何処だかわからなくなるくらい飛んできたが、まったくクラーケンは見つからない。以前みた足の巨大さからすれば簡単に見つかるつもりでいたレイラーニは、肩透かしをくらっている。
「私の魔力では、そろそろ帰還が難しいのですが、引き返してはいただけませんか」
後ろを飛んでついてきた師匠は、苦しげな顔で言った。魔力も心配だが、日差しに当たり続けているのも、水分補給休憩も取れないのも負担になっている。速度が速すぎて、ついていくのがやっとなのだ。気を抜けば、置いていかれる。格好悪くて弱音を吐けないし、弱音を吐いても置いていかれるだけという予測が、師匠を飛ばしている。
「帰っていいよ」
レイラーニは真っ直ぐ飛んでいるだけだから、引き返せば帰れると信じている。実際には真っ直ぐ飛んでいなかったのを知っているから、師匠はレイラーニを手放せない。ここで振り切られれば、レイラーニは迷子になって、絶対に帰還しない。パドマなら、どこででものらりくらりと生きるかもしれないが、レイラーニは魔力が尽きたところで消えるだろう。髪の一筋も残らないかもしれない。そうなったら、このレイラーニはもう復活させようがない。
「私は父ですから」
師匠は気合いでついて行き、ついてくるからレイラーニも格好がつかなくて引き返せない。どんどん先に進み、師匠の高度が落ちてくると、レイラーニは見つけた島に寄り道することに決めた。
「お腹減ったよね。ごはんを食べよう」
師匠は重くなるまぶたと戦いながら、木陰にテーブルセットと食事を出して、自分はその横に倒れた。倒れたくはなかったが、もう限界だった。
テーブルセットの上には、肉と野菜がゴロゴロ入ったカレーライスが乗っている。米はピンクで、サラダも添えられており、彩りも美しい。ゲームで食べるうちに、カレーライスもレイラーニの好物の1つになった。流石師匠だとレイラーニは完食して、美味しかった、もう少し食べたいな、飲み物はないのと師匠を見ると、師匠は寝ていた。砂まみれで、いつもの手を組んだ姿勢で寝ている。とても奇妙な寝姿だった。
「師匠さん、師匠さん」
レイラーニも流石に異変を感じ、近寄ってみて、蒼白になった。魔力切れで寝ているのかと思っていたのだが、死んでいるように見えるのだ。呼吸している気がしない。
「ちょっと! なんで? 人は魔力切れじゃ死なないんじゃなかったの?」
師匠は身体が休息を求めていたのに、安全装置を無視して飛び続けていたのだ。レイラーニは師匠の頭を抱き上げて、必死で魔力を流した。ダンジョン外でそんなことをすれば、レイラーニも危険だし、レイラーニの魔力残量も減っていた。だから、レイラーニも倒れた。
事切れた師匠は、時間をおけば、呪いの力で自動的に復活する。復活するが、回復速度はそれほど早くはない。地龍がアナログで回復させる運用を想定していたため、回復しないこともないが、非常に緩やかなものになっている。傷はともかく、魔力は速やかには戻らない。だから、師匠は夢を見ていた。母に抱かれる甘やかな夢だ。
実際には、そんな時間があったかどうかはわからない。師匠は生後1週間程度で母と別居し、父たちに育てられたのだ。母乳をもらうこともなかったかもしれない。師匠も母からカイレンを取り上げて、父たちと同じように育てた。だから、こんな風に育ったんだろうなと、想像はつく。
師匠は拗らせて、母に甘えられない子どもになったが、母に甘えたい願望はあった。それに気付いた時には弟妹が沢山いて、自分もカイレンを育てつつ、学校に通い始めたので、それは実現しなかった。お兄ちゃんは偉いねと褒められて、産んでくれたお礼を言うのが精々の間柄だった。
今更、こんな夢を見るなんてと師匠は思ったが、何かがおかしい。身体が温かいのだ。直前の状況を思い出して、師匠は急いで目をあけた。母はとうに亡い。温かいこれは、レイラーニ以外あり得ない。
師匠は、気付くのが遅かった。レイラーニはもう半分消えている。師匠が無意識に魔力のお返しをしていたから、ギリギリ残っているだけだ。こんな状態になってなお、レイラーニから流される魔力が止まらないから、もういくらも持たない。
「ヒスイ! レイラが死ぬ。助けて!」
師匠の呼びかけに、地龍は即座に応えた。師匠の前に、黒髪の美女が現れた。急いで来たからだろう、服が部屋着のままだ。上がモスグリーンのTシャツで、下が黒の短パンである。マヌケなクマの顔がプリントされているのが実に似合わないが、これを地龍にプレゼントしたのはレイラーニである。本人は悪くない。それを見て、あれはお揃いだったのかと言う、どうでもいい情報を師匠は入手した。
地龍は師匠から奪わないまま、レイラーニに口付けた。師匠は地龍が怖くて身体が固まるし、触らないでと言いたい気持ちをグッと堪えて、魔力を返し続けた。
地龍の働きによって、レイラーニの身体がみるみる復元されていく。魔力が回復したから、身体も元に戻り始めた。復元された部分は服が落ちたままで大変なことになっていたから、師匠はレイラーニに魔力を流すのをやめて、シーツを巻いて縛った。可愛くないが、今は諦める。
地龍がレイラーニから離れたら、師匠はレイラーニを奪うようにかき抱いた。無事を確認することなく、ただ泣いて縋っている。
「助けに来てあげたのに、酷くない? まぁ、私が悪いんだけど。でもさ、ちょっとは慣れてくれても良いと思うの。ここしばらくは殺してないよね」
地龍は不満を言いながら、師匠に触れて、こちらにも魔力を流した。師匠は触れただけで肩を跳ねさせ、ガタガタと震えてレイラーニにしがみつくだけで、物を言わない。
「もうお兄ちゃんのことは、レイラちゃんにあげるって決めたから、何もしないよ。あの子と違って、レイラちゃんなら、ずっとお兄ちゃんと一瞬にいられる。もう私の割り込む隙間なんてない。だから、安心してよ」
優しく話しかけたつもりだが、師匠は少しも顔をあげなかった。最後に殺した日と、何も様子は変わらない。地龍は嘆息した。頼ってはくれるが、ぬいぐるみ越しでなければ、もう話すこともできない。
「じゃあ、行くね。力になれることがあったら、また呼んで。治してみたけど、中身がレイラちゃんのままだったらいいね。私もレイラちゃんが好きよ。だって、お母様に似てるんだもの」
地龍は現れた時と同じように、魔法で消え去った。師匠はもう居なくなったと思っても、身体の震えが止まらずに、ずっとそのままであり続けた。
次回、ピンチに推参。




