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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
411/463

410.イギーへのヤキモチの発露

 アデルバードは身支度を終えると、ダンジョンを出た。服装はいつも通りの身なりであるが、人避けに雑面をつけている。朝も早いため、ダンジョンセンターは混み合っているが、そこをするりと抜け出した。アデルバードを知る男もいたが、面妖な風体をしていたし、特に用はないから声はかけなかった。アデルバードはそのまま城壁まで歩き、城壁を垂直に飛び乗ると、フェーリシティに向けて跳んだ。


 雑面を取ったアデルバードが南のダンジョンに着くと、1階のロビーでレイラーニと師匠がお茶を並べて座っていた。

「おはよー」

 レイラーニは、抱えている緑色のクマのぬいぐるみの腕を振った。師匠は、怪訝な顔をした。師匠は、レイラーニにお出掛けがしたいと呼び出されている。アデルバードが、そう指示をしておいた。デートだと思ってのこのこと出てきたところに、同行者が増えたのが気に入らないのだろう。

「お父さん、今日はね、お兄ちゃんが素敵なところに連れて行ってくれるんだって。面白そうだと思ったんだけどさ、お兄ちゃんって、ちょっと性格悪いでしょ。心配だから、付いてきてくれないかな」

 レイラーニは、にこにこ言った。騙して連れ出した罪悪感をまるで持っていない。師匠を騙す最高潮はアデルバードではないから、少しも気にしていない。師匠は、レイラーニが師匠とデートをするためにアデルバードを利用していると理解して、優しく微笑み、大きく頷いた。

「そういうことでしたか。わかりました。貴女のことは、私が守りましょう」

 師匠は立ち上がって、アデルバードの前に立った。己れの半身とはとても思えない単純さに、アデルバードは失笑した。

「随分と落ちたものですね」

「これが、ずっと求めていた私の幸せですから」

 師匠の声はアデルバードには届かなかったが、口の動きから、それは伝わった。

「それは羨ましい」

 アデルバードは朗らかなままだが、師匠はすっかり機嫌を損ねている。不穏な空気を察して、レイラーニも立った。

「さあさあ、出発するよー。お兄ちゃんの魔法で一瞬でぶっ飛ぶから、捕まってー」

 レイラーニは、師匠の右腕をがっしりとつかんだ。今日の獲物は師匠だから、逃がすことはできない。師匠はレイラーニの手にちょっと頬を緩めたが、アデルバードがレイラーニの肩に触れたから、またムッとした。

「ときをこす力よ。我が身ををちへと移し給え」

 アデルバードは、師匠を無視して呪を唱えた、フリをした。それに合わせて緑クマが転移魔法を使い、一行を遠方(をち)へと連れ去った。



 レイラーニは、広大な池の端に連れて来られた。湖かもしれないと思う広さであるが、水中から丸い葉っぱが生えているので、池か沼か、その程度の深さだと思われる。地平線まで広がるような大きな池には、丸い大きな葉ととりどりの色の花のツボミが突き出していた。赤、桃、白、黄、青、紫と、レイラーニはこの花でそんな多彩な色は見たことがなかったが、恐らく全て蓮だろう。「おお」という、意味のない声が漏れた。

 それらを見て挙動不審になった師匠を尻目に、アデルバードはレイラーニの手を取って歩いた。池には無数の橋がかかっている。遠方には朱塗りの反橋や亭橋が見えるが、手近にあるのは質素な八つ橋である。2人並んで歩くには手狭過ぎるから、前後に並んで歩く。師匠も負けじと傘を差し掛けてついて行った。

「如何ですか」

「すごいね」

「たまたま発見致しまして」

「たまたま? お兄ちゃんの庭じゃないの? 橋があるんだし、誰かの家だったりしない? 勝手に入って大丈夫?」

 八つ橋は水面とそう変わらぬ高さの細身の橋だから、すぐ近くで蓮の花が見れる。まだツボミだけで咲いていないが、それでも充分な見応えだった。しばらく歩くと、花の色が偏るようになった。白一色になり、黄色が混じり、黄色だけになり、そのような色の変化を何度か繰り返していると、花がほころび始めた。

「見事だね。人の名前にしたくなる気持ちは、わかるよ。つけられた方は、プレッシャー半端ないね」

 最終目的地の亭橋までたどりつくと、一面赤の花に囲まれていた。パドマの由来になった花がメインになっているが、大小様々な赤い花が咲いていた。

 あらかじめアデルバードがセッティングを済ませていたので、テーブルセットと長椅子も小亭に並べられていた。

「いや、絶対、ここ、人んちだよね。断りもなく侵入しちゃダメなところだよ」

「持ち主は連れてきたから、だいじょーぶっ」

 緑クマはレイラーニの手を離れ、自力で立った。水に落ちる心配がなくなったので、遠隔操作で動かすことにしたのである。遠隔と言っても、自宅から参加をしてはいない。アデルバードと師匠の心の平穏を保つために姿を現さないだけで、そう遠くない場所にいる。だから、緑クマを動かすのに、レイラーニの魔力は使用していない。

「持ち主?」

「私が作った、私の庭です。紅蓮華の庭を見て、作りました。私の庭の方が価値がある」

 師匠は、レイラーニに背を向けたまま言った。小亭に入って以来、傘を差し掛ける必要がなくなったからか、側には寄って来なくなっていた。

「あれに対抗して作るには、規模が全然違くない? 個人宅のちょっとした庭の池と、一緒にしないでよ。これ、湖だよね」

「これは、個人宅のちょっとした庭の池です。あちらの木の裏手に私の家がありますから」

 師匠は、向かって右手前方の林を指差した。レイラーニはそちらに顔を向けたが、家は見えない。だが、木は生えているから、その裏に家があるのだろう。家から池を見えるように作らなかった理由は謎だが、師匠の趣味までとやかく言う気はレイラーニにはない。

「そっかー。そうなんだ」

 師匠の家の感覚はこんななのかと、レイラーニは白目をむいた。緑クマとアデルバードは、バカだよねと笑いあっている。師匠はバカにされるのがわかっていたから、拗ねていたのだ。師匠も、はじめはこんな規模で作ろうとは思っていなかった。やり始めたら、少し白熱してしまっただけだ。イギー小僧なんかに負けないと言う気持ちで始めたのだが、段々と凝り始めて、池を拡張したり橋を増築したり品種改良をしたりしてしまっただけだ。赤の品種は本当に沢山増やした。1つひとつ解説したくてうずうずするが、アデルバードの前ではしたくないから、師匠は大分我慢している。

「それで、こちらで何をなさるのでしょう」

 レイラーニはリュックを下ろして、袋を2つ取り出した。それをそれぞれ緑クマと、師匠に渡す。

「日頃お世話になってるお礼。恥ずかしいから、ここでは開けないでね。あとね、お兄ちゃんに食事を用意してもらったの。緑クマちゃんとお父さんで食べてね。じゃあ、後は青い人間たちに任せて、ダンジョンマスターはお暇しようか、お兄ちゃん」

 ふふーと笑って、レイラーニはアデルバードの腕をつかむと、その手を外して、緑クマに握られた。

「それなんだけど、私ね、牛の頬肉抜きダイエット中だから、代わりにレイラちゃんが食べて。お兄ちゃんはいつまでもヘタレてないで、さっくりとくっつきなさい。じゃあ、アデルバード行くわよ」

「行きたくありません」

 レイラーニは気を利かせて消えるつもりが、緑クマに先を越されて、アデルバードと魔法で消えられてしまった。緑クマと師匠の食事デートをセッティングして服のお礼代わりにしようと考えていたのに、2人に消えられてしまっては、どうしようもない。食べてと言われても、料理もない。帰り道は師匠に聞けばわかるだろうが、アーデルバードは遠そうだ。


「食事は、牛の頬肉でなければいけませんか」

「いや、お兄ちゃんが作りたいって言っただけだから、何でも良かったんだけど、緑クマちゃんって、頬肉だけ嫌いだったのかなぁ。お兄ちゃん、やっぱり性格悪いー」

 計画の失敗は、緑クマの好みを知りつつも、あえて好まない食材をアデルバードが扱ったことだとレイラーニは思ったが、騙された師匠の方が現状を理解していた。

「違いますよ。貴女が騙して私をここに連れて来たように、貴女も騙されていただけです。妹に好き嫌いはありません。あれは(アデルバードが作った物なら)何でも食べます」

「ふーん。そっか。また騙されてたか。歩いて帰るミッションだったら、嫌だなぁ」

「とりあえず食事にしませんか。食べてと申しておりました。もしかしたら食べ終えたら迎えが来るかもしれません。来なければ来ないで、家はすぐそこです。折角連れて来て頂いたのですから、蓮の景色を楽しみましょう」

 師匠は、作り置きのストック食事セットを並べた。今日の献立は、きのこチーズリゾットと、ほうれん草のポタージュと、アボカドとツナのタルタルサラダと、アルマジロステーキである。作り置きと言っても、魔法で時間を止めて保管していたので、出した途端に暴力的な芳香が漂う。断ろうと思っていたレイラーニは、そそくさと席に着いた。

「仕方ないなぁ。食べて待つか」

「ええ。召し上がってください。お飲み物は、こちらでよろしいですか」

 師匠は、いつもの激甘梅酒の瓶を取り出した。

「ありがとう」

 レイラーニの美しい顔が、幸せそうに輝いた。食い倒れは嫌だと思いつつ、こういう時は、師匠も簡単でわかりやすくていいことは、認めざるを得ない。師匠の妻は何をしたら喜んでくれるか、何が好きか、結局最後までわからないで別れた。

「美味しいし、キレイだね」

「そうですね。赤い蓮はパドマの花ですが、天国の花のようでもあります。貴女のように華やかです。見ているだけで幸せで、今にも召されてしまいそうですね」

「それって、ウチといると苦しくて死にそうってこと? ごめんね。心配かけてるんだね」

「違います。違います。どうして素直にまっすぐ受け取ってくださらないのでしょう」

 師匠は、レイラーニのどうにもならない国語力を残念に思った。拗らせているから、人の好意をまっすぐに受け取らない部分もあるが、単純に国語力もねじ曲がっていることをゲームの世界で知った。小学生2年生レベルの読解力もなかったのだ。『この時のキツネさんの気持ちを答えなさい』などと問えば、『そんなの本人だって、わからないよ』と答えるのを筆頭として、とにかく話の裏を読んだ回答しかできず、赤点脱出はできずに終了した。

「ウチは娘になることに決めたから。緑クマちゃんの娘になりたいんだよ」

「大変申し訳ございません。力不足で、私には叶えて差し上げることはできません」

「うん。構わないよ。無理強いするつもりはないから。でもね、それが嫌だって言うなら、ウチのことも理解して欲しい。何を言われても、嫌だし無理」

「了解、致しました」

 それからは、2人は無言で食事を終えた。

次回、地龍の本体登場。

一生出すまいと思ってたのに。

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