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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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41.逆鱗

 パドマは、9階層に上がる階段の途中で、道を男にふさがれた。こんなことは、クマをカツアゲされた時以来なかった。自然とあの日のことが思いおこされ、パドマは不機嫌になり、一気に目が吊り上がった。

 今はもう、あの時ほどは無力ではないし、イレとは別れてしまったものの、師匠は真後ろにいる。恐れる必要はないと信じてはいるが、怖くないとは言えないし、不愉快な気持ちは漏れ出すほどに持っていた。

 立ちふさがったのは、兄と同じ年頃の男が1人だ。殺すことはできそうな気はするが、無傷で切り抜けられるかまでは何とも言えないし、ダンジョンマスターの制裁に巻き込まれるのが面倒だ。殺すなら、ダンジョンを出た後が望ましい。

「何か用?」

 勝手に立ちふさがっておいて、見上げたら尻込みをして動かない相手に痺れをきらして、パドマは問いかけた。

「お、お帰りでしたら、この後、す、少しお話しをさせていただけませんかっ?」

「知らない人と話をしたら、父に怒られる。無理」

 パドマは、そのまま脇をすり抜けて通り抜けようとしたら、男は手を広げて更に道をふさいだ。

「お父様は、いらっしゃいませんよね」

「ふぅん。調べてから来てるんだ。最悪だな。亡き父との約束を、今でも大切に守ってんだよ。悪い?」

 更に嘘を重ね、パドマは横に倒れながら回し蹴りを放ち、男を階段の下に落とした。油断していたのか何なのか、狙い通り膝裏に打撃が入って、助かった。後ろにいる師匠を巻き込む可能性も考えないではなかったが、師匠ならどうせ避けるだろうし、巻き込まれたらそれはそれで面白いからいいか、と思った。

 間髪入れずに、ダンジョンセンターまで走って逃げた。ダンジョンマスターの制裁があるなら、この先である。息を整えるため、手近なイスに座って休んだ。

 絡まれて逃げ出すのに仕方がなく暴力を振るって、それで死ぬんじゃ割りに合わない。走って逃げても、あちらの方が足は速いだろうし、師匠に助けさせて師匠が制裁を受けるのもおかしい。階段の落ち方が上手かったかどうかの確認はしていないが、1番穏便な逃げ方を選択したつもりだった。あれに捕まってどうにかなるよりは死んだ方がいいか、と息が整い次第、外に出たが、何ごとも起きなかった。

 ため息をついて、武器屋に向かった。



 他に客がいないのか、暇なのか、店主は店の前でパドマを待ち構えていて、着いて早々に店内に引き込んだ。

「おう、嬢ちゃん、待ってたぞ。武器を考えよう!」

「おっちゃん、ごめんね。お土産の薄氷をあげるから、許して。もう武器はもらって解決しちゃったんだ。だから、新しいのは、もういらない」

 用事は済んだので、さっさと帰ろうとしたが、店主に前をふさがれた。本日2回目の通せんぼであった。先程、理不尽に死の恐怖を天秤にかけさせられたばかりである。パドマは、目を吊り上げそうになったが、武器屋の言葉で元に戻った。

「何処の店の物だ!」

「ああ、ここの店のだよ」

「ここ?」

「ああ、違った。師匠さんだよ。申し訳ないけど、おっちゃんの店と師匠さんの趣味が業種かぶりしてるのは、ウチの所為じゃないと思う」

 パドマは、店の端に置いてある席に腰掛け、薄氷の包みを開けて、食べ出した。師匠も、隣に座って、一緒に食べる。

「師匠さんが、商売敵なのか? そりゃあ、勝てねぇな」

 店主は、人数分茶を淹れて、テーブルに並べた。

「師匠さん、ウチに謎のキラキラ金属を持たせることに執着してるから、おっちゃんの武器は採用されないんだよ」

「キラキラ金属?」

「ほら、フライパンが変な色にされちゃったじゃん。籠手もこんな色だしさ。黒とか銀とかが、嫌いなんだよ、きっと」

「なるほどなぁ。色を塗らなきゃいけないのか。にしても、どう塗ったら、こんな風になんだろな。絵描きにでも頼まなきゃ、無理だろ、こんなの」

「絵描きに任せるなら、師匠さんに任せた方が確実な上、無料で納期が異常に早いよ」

 パドマと店主は師匠を見るが、本人は菓子を食べるばかりで、菓子しか見ていなかった。

「嬢ちゃん用しか、やってもらえねぇだろう」

「ああ、そうかもね。手広くやりたいなら、おっちゃんだって、専門外じゃん」

「そうなんだよ。新しい武器はなんだ。そろそろフライパンにフタでもつけたか?」

「フライパンで儲けたくせに、バカにするなら、もう来ない。隣も隣も武器屋だし、ここに来る必要はない」

 立ち上がりかけたら、店主が慌てて店の奥に向かった。

「待て、今日は、良い物を用意した。少し待て。絶対に後悔はさせない」

 店主がいなくなった間に帰ろうかと思ったが、パドマは座り直して薄氷をつまんだ。もう1回買いに行けばいくらでも食べれるだろうが、面倒だったからだ。

 店主は、すぐに戻ってきて、パドマにプレゼントを渡した。

「わわわっ。可愛い。美味しそう。何これ何これ」

「すげぇだろう。うちのカミさんが作ったみかんチーズケーキだぜ」

 店主が持ってきたのは、側面には丸ごとみかんの断面が並び、上面にはみかんの房を花びらに見立てて並べられたホールケーキだった。パドマのご機嫌取りのために、店主が妻を拝み倒して用意してもらった品だった。

「いいカミさんじゃん! もう武器屋やめて、ケーキ屋に変えなよ」

「ケーキ屋は、もうあるんだよ。売り上げで負けたくないから、助けてくれよ。ケーキを毎日食う人間はいても、毎日武器を買うヤツぁいねぇんだよ」

「棒で儲けたんでしょう? 知らないよ。ウチは、この店のただの客なんだよ。買ったことないけど!」

「嬢ちゃんは、買わんでいい。新しい武器を見せてくれ。次も、ケーキを用意すっから」

「ほんっと、他力本願なおっちゃんだなぁ。武器屋の差別化がケーキって、おかしいじゃん。聞いたことないよ」

 師匠が特に嫌がっていないのを確認して、パドマは短刀を出した。それを受け取って、店主が抜いた。

「なんだ。これは、地金のままじゃねぇか。また変わった物使ってんな。これ脇差じゃなくて、剣鉈だろ? ストレートのツバ付きか。獣解体用ナイフだろうよ。これで、斬れんのか?」

「とりあえず、リンカルスは斬れたし、折れなかったよ。肉なら、何でも行けそうだと思ったけど、どうだろうね」

「作った師匠さんの手柄か、使った嬢ちゃんの手柄か、なんだろな。俺が作って、ルーキーに持たせたら、カマキリしか斬れんな」

「案外、ダンゴムシに向いてるんじゃない?」

「ダンゴムシに武器を新調するヤツぁ、いねぇだろ」

「そだね」 

 カマキリでもいないんじゃないかな、とパドマは思ったが、どうでもいいので言わなかった。


 次の日、いつもの3人で出かけて、ダンジョン入り口前に見たくない人物を見つけて、パドマはイレの後ろに隠れた。

「ん? どうしたのかな?」

「ちょっと急用を思い出して、お腹が痛くなったから、森にピクニックに行こうかな、って」

 パドマは見つかる前に隠れたが、パドマの目印として有名な師匠は、何もしていない。師匠の姿を見つけて、少年が1人、近付いてきた。

 少年は、ダンジョン探索者としては、よくある出立ちをしていた。武装は、革の胸当てと肩当てにロングソードとナイフが1本ずつ。金の髪と薄青の瞳は珍しいかもしれないが、それに胡座をかいて声をかけてきたとしても、パドマが相手では無理だろうな、とイレは値踏みした。

「おはよう御座います。パドマさん、師匠さん、師匠さんの彼氏さん」

「おはよう。君は、誰だろう。パドマの友だちかな? 師匠のファンかな?」

 パドマが一切後ろから出て来る気配がないので、イレが応じた。パドマがどうして後ろから出て来ないのか、想像するだけで顔がニヤけてしまうが、仕方のないことだろう。

「わたしは、ジュールと申します。是非、パドマさんの友人の1人に加えて頂きたい、と思っています」

「なるほどなるほど。妹弟子の新しい友だちなら、兄弟子であるこのお兄さんが、面接官を承ろうじゃないか! そういう訳だから、師匠は、パドマを連れて先行ってて。よろしく〜」

 イレの後ろにかじりついていたパドマだが、師匠に引っ張られたので、諦めて師匠の陰に逃げて、ダンジョンに入場した。


 おやつのアシナシトカゲを解体している間に、イレが合流した。

「やっほー。お話し聞きに来たよ」

 楽しそうに笑うイレに、パドマはつい目付きが悪くなる。

「話したいことなんてないよ。アレは、何処に行ったの?」

「気になっちゃう? お兄さんのお話、聞きたくなっちゃったね?」

 イレは、面白くて仕方がない。照れているのか、嫌がっているのか、年頃の娘のような反応を見せるパドマに、安心してしまう。

「話さなくていいから、さっさと深階に行けばいい。ウザい」

 機嫌が悪いパドマの態度の悪さも、イレは慣れてきた。雑になる刃物使いは少し心配になるが、師匠が監督している間は、問題はないだろう。

「怒んないでよ。ちょっと経歴と志望動機を聞いて、第一の試練を与えてきただけだから」

「試練? やめてよ。突破したら、どうすんの?」

 薄くスライスしていた肉に、豪快にナイフがつきたてられた。

「いや、普通に突破すると思うよ。武器用フライパンも持ってないヤツが、パドマ流を名乗れる訳ないだろう、って言っただけだし」

「何言ってんの? パドマ流なんてないよ」

「この街のフライパン戦闘術の開祖でしょ? 上手くいけば、武器屋のおやっさんが、第二の試練を引き継いでくれるかもしれないし、何もしてくれなかったら、火蜥蜴をフライパンとロングソードだけで、1人で倒すのにチャレンジしてもらう予定だから、しばらくはパドマに近寄る暇はないと思うよ」

「そんなのじゃ、2、3日悩めば、来ちゃうじゃん」

「未だにできない兄弟子にイヤミですか!? 大丈夫だよ。ミミズクッキングに挑戦とか、まだネタはあるし、飽きたらパドマ兄とかイギーとかいろんな人に回して、ラスボスの師匠を倒せたら終了だから。師匠を倒せるのは、パドマくらいでしょ。大丈夫だよ。

 しかも、もし倒せたとしても、周りが勝手なことを言ってるだけでパドマは関係ないから、その時点で断ればいい」

「なら、いっか」

「さっきは、なんで隠れてたの?」

 返答次第では、身の振り方を考え直さないと、また年頃の娘は、むくれておかしなことを始めるかもしれない。イレは、からかわないように、丁寧に話を聞くつもりだった。

「ダンジョンマスターの説教が、怖いから。簡単に殺せてしまえそうな人には、ダンジョンで近寄ってきて欲しくない」

「殺してしまうことに、ためらいはないのかな?」

 青春の1ページとは無関係な返答に、イレは、冷や汗が流れた。師匠も、両手を口に添えて震えている。

「一寸の虫にも五分の魂だよ。数えきれないほどの虫を葬ってきたんだから、もう人に換算したら、とんでもない人数をやってしまってるよね。もう人に手を出しても、変わらないんじゃないかな」

「うん。そのことわざの意味は、そういうことじゃないからね。ある程度の腕か好感度のない人は、危ないから、パドマには近付けないようにしようね」

次回、ジュールvs兄

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