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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
407/463

406.お兄ちゃんはもう1人いる

 師匠に連れ去られたレイラーニは、師匠の島で鶴鍋を食べ、酒盛りをし、星を見ながら師匠が天文学の講義を始めたのをあれはおにぎり座、あれはエビフライ座と茶化してふざけている間に、眠りに落ちた。


 レイラーニは目を覚まして、蒼白になった。いつの間にやら寝室に運ばれていて、師匠に抱きつかれていたのは、どうでもいい。小さかった時は毎日そんな風だったから、慣れてしまった。最初の頃はドキドキしていたが、師匠は子ども扱いしているだけだった。照れたら笑われたのが、レイラーニの心の傷になっている。畜生と魔法混じりに蹴飛ばして、師匠を引っぺがして部屋から出ると、太陽は空高くに登っていたのである。

「お兄ちゃんに怒られちゃう!」

 唄う黄熊亭にレイラーニの部屋ができて以来、レイラーニは概ね唄う黄熊亭で暮らしていた。フェーリシティに用があった日は南のダンジョンに帰るが、アーデルバードに用があった日は唄う黄熊亭に帰る。フェーリシティに大した仕事がないレイラーニは、大体アーデルバードに滞在している。ごはんは店で食べればいい。特別の準備もいらないから、何の約束もせずに勝手に唄う黄熊亭に棲みついているのだ。朝帰りにこうるさいヴァーノンは、どれだけ怒っているだろう。レイラーニは戦々恐々としながらダッシュで帰り、こっそり自室に入ろうとして、目を吊り上げているヴァーノンに遭遇した。

「ぐっもーにん」

 ゲームの世界で覚えた朝の挨拶をしてみたが、ヴァーノンは何の反応も見せなかった。師匠お姉ちゃんは、覚えて偉いねと褒めてくれたのに。

「へろお?」

 もう昼すぎだろという無言の圧力を感じて挨拶を変えても、ヴァーノンの吊り目は直らなかった。朝ごはんも返上して駆けつけた、レイラーニの真心は伝わっていないようだった。レイラーニが降参して目に涙を浮かべると、ああもうとヴァーノンはレイラーニを担ぎ上げた。

「昨日から師匠さんが押しかけて来て、仕事にならない。頼むから、責任を持って片付けてくれ」

 ヴァーノンは調理場経由で店舗へ行く廊下を進む。担がれたレイラーニの目の前に、師匠はいる。島からついて来たのだ。昨日も大体ずっと一緒にいた。ヴァーノンは何を言ってるんだろねと師匠を睨むと、師匠は首を傾げた。

「師匠さんが変なことをしたなら、師匠さんに怒ってよ。ウチの所為じゃないよ」

 レイラーニは自信満々そう言ったが、実際のところレイラーニの所為だと自分でも認めることになった。


 唄う黄熊亭の店舗は、師匠であふれかえっていた。何人いるか数えられないくらいに、ぎゅうぎゅうに師匠が詰まっていた。レイラーニが店舗に顔を向けると、その視線がレイラーニに集まり、近寄ってきた師匠で視界が師匠だけになった。沢山のモンスター師匠が集結してきたのだ。


 モンスター師匠は、日々増えていた。酒造りにしか使わない予定だったが、実際は便利なので至るところで働かせていた。兵器工場でも働かせているし、農場にもいる。街の清掃活動も任せているし、歌劇場で沢山遊んでいる。今日は群舞をしようよ、と言っている日はそうでもないが、今日はフルオーケストラをしようよ、と言っている日はモンスター師匠が足りなくなる。皆出払ってレイラーニをお世話する係がいなくなってしまうから、レイラーニはモンスター師匠を新たに作成してしまう。

 モンスター師匠の数が増えてくると、仕事が少なくなるから、休暇を与えるようになった。すると、モンスター師匠はチケットをとって、歌劇場に遊びに行く。そうなると歌劇場でサボって遊んでいたモンスター師匠たちは仕事として、力を入れた公演を始めた。そしてまたモンスター師匠が足りなくなって、新たに増員させる。その繰り返しで、モンスター師匠はどんどん増えている。初期は気軽に力を使い果たして勝手に消えていたモンスター師匠だが、死なないでというレイラーニのお願い(命令)により、数は滅多に減らなくなった。だからどんどん増えていく一方だった。

 その一部が唄う黄熊亭に押しかけている。めちゃくちゃいっぱいいるが、一部だ。モンスター師匠も全員で来たら迷惑になることはわかっているから、人数は絞った。唄う黄熊亭の店舗に入り切れるだけにしようねと決めてきたから、店舗にちゃんと収まっている。だが、他の客の都合までは配慮していないから、モンスター師匠だけで貸切状態になっていた。モンスター師匠もお金を払って注文して食事するので客かもしれないが、閉店しても帰らない迷惑な客だった。


「レイラーニ様が帰っていらっしゃらないから、寂しくて」

「硝石や硫黄の運搬をしていただかねば、作業の続きができません」

「お肉を食べさせてください」

 モンスター師匠が1度にしゃべるから、レイラーニには聞き分けが出来なかった。皆、同じ声でしゃべるので、親和性が高すぎるのだ。だからまったく話はわからないが、フェーリシティに帰らねばいけないのだということは、なんとなくわかった。ペットの世話は、ちゃんとしなさいというのは、こういうことなのだろうと思った。

「お兄ちゃん、ごめん。ウチは何がなんでも、あっちで暮らさないといけないみたい」

「そうか。危ないから、暗くなる前には戻って来いよ」

「ええ?」

 ヴァーノンは死んでしまうなら仕方がないと諦めていただけで、最愛の妹との暮らしは継続すると決めていた。リフォームした結果、魔力の補充ができるようになり、レイラーニはこちらで不自由なく暮らせることになったのだから、諦める必要はなくなったのだ。そういう話をしているのだが、説明は全て端折ったので、レイラーニには何も伝わらず、困惑した。

「師匠さん。俺の妹は全員、婿取り希望です。嫁には出しません」

 ヴァーノンが微笑みを師匠に向けると、師匠の背に稲妻が走り、モンスター師匠の中に飛び込んだ。師匠はモンスター師匠を捕まえて、フェーリシティに連れ戻す予定でいたが、頑張っても実力差は埋まらない。大勢のモンスター師匠に踏まれて、ぶち切れて、全てのモンスター師匠を魔力に戻した。

「帰ってって言えば、帰ってくれるのに」

 モンスター師匠が消えた絵面にショックを受けたレイラーニは泣き出して、ヴァーノンと師匠はしまったと思った。しばらくヴァーノンに貼り付いてぐずぐずと泣いた後、2人に絶対についてくるなと言って、レイラーニは出かけた。



 レイラーニに言われたから、ヴァーノンは気付かれないようにしかついて行かないが、師匠はそんな技能はないから、3歩下がって普通について行く。レイラーニは師匠を睨みつけたが、何も言わずに歩いた。

 まっすぐにダンジョンに行き、床に沈み、99階層に到達した。アデルバードが自室でモニターごしにダンジョン内を観察する背後にレイラーニは立った。

「おいで」

 アデルバードは後ろを向いて、レイラーニを呼んだ。レイラーニはまだ泣いていたから、アデルバードはレイラーニを呼び寄せ、膝に抱き、よしよしとあやした。


 レイラーニはうだうだと不満を呟き、アデルバードは「それは困りましたね」「大変でしたね」「頑張りましたね」などと言うだけである。アデルバードは共感している風を装っているだけで、特になんとも思っていない。ダンジョン外のことは専門外なので、何があったか情報収集しているだけだ。質問せずとも、レイラーニは必要な情報を勝手に話すから、頭をぽんぽんと撫でているだけで良かった。昔からそうだった。

 今回は、師匠とそのコピーの愚痴が大半を占めていた。少しだけヴァーノンも混じっていたが、ヴァーノンは暗殺するとレイラーニが復活できなそうだから、アデルバードは聞こえなかったことにした。

「私にお手伝いできることはありますか?」

「うん。100階層を抜ける手伝いをして」

 レイラーニはがばりと顔を上げた。おねだりチャンスだと思ったのである。目がキラキラと輝いたから、もう慰めはいらないなとアデルバードは切り捨てた。

「それは今回の件と関係ありませんね」

「関係あるよ。100階層に行けば、嫌なことなんて忘れるから」

「そうですね。そうかもしれませんね」

 アデルバードは侵入者の気配を察して、レイラーニを連れて空間転移した。侵入禁止にしている部屋で話をしていたのだが、師匠とヴァーノンが2人がかりで道を切り拓いているので、突破されてしまうかもしれないと危惧したのだ。師匠はこのダンジョンの構造を知っているし、妹を取り戻そうとするヴァーノンは狂っている。だから、76階層の最奥の部屋に移動した。漂うクラゲはアデルバードを害さないし、アデルバードが命じれば近寄っても来ない。故にレイラーニも安全だ。こちらは立ち入り禁止にしていないが、放っておいても誰も来ないだろう。ここに移動したヒントは残していないし、探索者は滅多に訪れない部屋だった。来たとしても、また移動してしまえばいい。


 アデルバードはテーブルセットとティーセットを出して、茶会の支度をした。レイラーニは断りもなくイスに座った。

「そろそろ服が出来上がったんじゃない?」

 レイラーニがダンジョンに来た理由は、それだ。アデルバードに甘えたのは、ついでに過ぎない。忘れてないからねと、ふふーと笑った。

「そうですね。最速で仕上げて頂けていれば、出来上がっているかもしれません。しかし、これから地龍の試練を果たさねば手に入れられません。もう少々お待ちください」

「試練?」

「養父御用達の呉服屋は、異世界に御座います。私は独力で伺うことはできません。地龍に代理で注文していただいたのですが、そのお礼をせねば、品物を渡して頂けません。簡単なお題であることを祈るばかりです」

「お礼? 難しいことを頼まれるの?」

「過去の事例で言えば、簡単なものは料理を作る依頼、難しいものは連れ立って出かけることでしょうか」

「難しいところに行くの?」

「いえ。顔を見ただけで、全身が凍り付くだけです。片腕を失うくらいであれば、上等。魔法がない異世界であれば安全かと思っておりましたが、水族館の特殊強化ガラスを割られた日には、本当に困りました。養父が咄嗟に特殊段ボールで塞いで下さらねば、大洪水に巻き込まれていたでしょう」

「そうなんだ。魔法なしでも、危ないのか。ウチも五体不満足にされたことがあるよ。なんか、こう、急すぎて逃げる隙もないよね」

 レイラーニは、おいしくなーれの呪文事件を思い出した。悪意どころか、レイラーニへの関心がなくても巻き込まれた。あれを避けるのは、難しい。

「そうですね。代わりを務めて頂きたかったのですが、貴女は犠牲にできません。己れで解決致します」

 アデルバードは、前回そっとレイラーニを生贄に捧げて逃げたのだが、他人のレイラーニでも遠慮をしないのかと、ガッカリした。

「話をする予定があるからさ、ウチは料理を推しとくね」

「ありがとうございます。私の得意料理は、牛頬肉の赤ワイン煮込みですよ」

「わかった。サラダとスープもつけてね」

「ええ。ムースとケーキとパンも用意致しましょう」

「ケーキ!」

 地龍に用意するという話なのに、レイラーニは瞳を輝かせた。

「何か食べたい物がある顔ですね。レアチーズケーキとベイクドチーズケーキでよろしければ、こちらにご用意が御座いますよ」

 アデルバードは、スリーティアーズを指し示した。今日は、マフィンとチーズケーキとゼリーが乗っていた。サンドイッチやスコーンはチーズを入れなければレイラーニは食べないので、諦めてしまった。以前であれば、健康のために好き嫌いなく食べなさいという指導をするべきだっただろう。だが今は、ハイカロリーの物を食べると魔力が回復するようだという報告を何度か聞いている。それが本当であれば、身体がそれを求めるのはごく自然のことであるし、ダンジョンマスターの身にはむしろ健康的と言える。故に、叱れない。

「ベリーベリーチーズケーキスペシャルって、作れる?」

「さて。それは、どのようなケーキでしょうか。スペシャルと言われましても、どんなものか存じません。レアチーズケーキにベリーソースをかけるのでしょうか。焼成前にベリーを乗せるのでしょうか。成形前に練り込むのでしょうか」

「薄い生地の上に泡立てた生クリームを乗せて、チーズケーキを乗せて、いちごアイスを乗せて、液体ジャムをかけて、くるくる巻いた上に木苺をいっぱい乗せて、その上にクマちゃんが乗るの」

「クマちゃんの正体がわかりませんが、クレープやガレットでしょうか。まさかラングドシャロールやエッグロールではありませんよね」

 アデルバードは席を立ち、調理台と調理器具と食材を召喚した。ボウルに目分量で薄力粉と砂糖を入れ、混ぜてから牛乳を半分入れて更に混ぜる。卵を割り入れ、残りの牛乳も入れ、また混ぜる。混ぜる間に魔法で熱しておいた鉄板に油を引いて、混ぜた生地をお玉1杯分流し入れ、トンボで薄く広げて焼く。スパチュラで皿に乗せるとレイラーニの顔が輝いた。

「そうそう、多分、これ」

 アデルバードは生地を2枚焼くと、火を落とした。そして、クリームを泡立て、2つに分けた。片方にいちごジャムを加えてゴムベラで混ぜ合わせる。それを魔法で時間を巻きつつ冷やした。何も混ぜていない方のクリームを生地の上に少量乗せ、スリーティアーズに乗っていたチーズケーキを半分に切って乗せる。レイラーニがもっといっぱい、もっと大きくと注文をつけるが、アデルバードは「今はこれしかないので」と申し訳なさそうな顔で答え、聞き流した。ストックはいくらでもあるが、作りたいように作る。いちごクリームアイスを乗せ、ベリーを散らすと折りたたんでテーブルに配膳した。

「お待たせ致しました。ベリーベリーチーズケーキスペシャル風で御座います」

「おお! かなり近い物が出てきた」

 レイラーニが以前食べた物は、紙に巻かれていて手で持って食べた。アデルバードが作った物は、皿の上に乗り、ナイフとフォークで食べるらしい。果物の種類と量は少々違うが、同じ物のように見える。

 アデルバードが食べる手順を見て、レイラーニも真似をして食べると、かなり近い味がした。ソースが足りないし、クリームだって作る人によって味が変わるのが普通なのに。

「味が一緒」

「レシピが同じなのでしょう。半身が作ったものであれば、不思議ありません」

「自分で作ったものでも、味が変わるよね」

「そんなことは御座いません。分量、熱量、タイミングが全て同じであれば、同じものが出来上がります。ダンジョン内であれば、気温や湿度も同一ですから、簡単に再現できます。この程度が出来ねば、養父の魔法薬の調合には付き合えませんから、自然と身に付きました」

「そっか。お兄ちゃんは常識ではかれない人だから、そういうものなんだと思うことにするよ」

 アデルバードは、袋を傾けてざらざらとボウルに粉を入れていた。同量と言い張っているが、目分量もいいところだった。師匠はパドマに料理を教える際、計量カップや計量スプーンを用意して、きっちり量るよう指導していた。オカズは兎も角、お菓子は適当では許されないと何度も量り直せという蝋板を見せられたのだ。アデルバードの言っていることは、おかしい。

「心外な評価ですね。1000年も毎日やっていれば、誰でもできるようになります。嘘では御座いません。ですが、料理についてはそれでよろしいでしょう。100階層についての講義を受けて頂けますか」

次回、100階層について

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