403.お見合いパーティ
レイラーニが師匠に交換日記を渡したところ、磯遠足に行くことが決定した。確かに言われてみれば、竜を殴ったり牛を散歩させたりしている間に、それらしい季節になっていた。
託児施設白蓮華の遊びとして始まったのが、磯遠足だ。当初は、お金をかけずに何か楽しいことができないだろうかと、考えたのだったと思う。ハワードに任せた後も、そのコンセプトは生きていた。だが、師匠が発起人になってしまうと、なんとなく別物になってしまった気がする。
まず単純に、参加人数が増えた。白蓮華と孤児院の子と綺羅星ペンギンの男たちだけではなく、紅蓮華の有志と黄蓮華の女たちも参加することになった。師匠は、お見合いパーティですよと言った。1対1で会うよりも、みんなでまとめて会って、何か楽しいことを一緒に体験した方が効率が良いでしょう、と笑った。レイラーニの思う皆の幸せはそういうことではなかったのだが、師匠はカップルを増やすことだと理解したらしい。そういう幸せもあるだろうから、別に否定はしないが、そんな会の主催者を自分にしないで、とレイラーニは思った。
そしてBBQの食材が大変豪華になった。フェーリシティのダンジョン食材を山盛り亜空間に仕舞い込んで、師匠が運んだのである。余物ではない肉と野菜と果物と香辛料と酒が食べ放題飲み放題なのだ。もうこれは子どもの遠足ではない。富裕層の大人の宴席である。
紅蓮華を巻き込んだ時点で馬車も使いたい放題なので、みんな揃って仲良く出かけた。贅沢な貴族の遊びのようになってしまった。事実、隣国の元王太子一家がしれっと混ざり込んでいるのだから、優雅な遊びだと言い張っても異論は出なそうな雰囲気はある。
着いたらまず、着替えや日除け用のテントやタープを設営してもらう。その間、お偉いさんの皆様は馬車で待機だ。レイラーニは偉くないので、勝手に馬車を飛び出して、波打ち際まで歩いて行く。師匠がついてきて傘をさしかけてくれるが、レイラーニは邪魔だなぁと思った。
その姿を見て、皆がざわりとした。レイラーニが町娘のようにスカート姿でいるのである。上衣も長袖を着ているが、透け感のある素材で、実質タンクトップのような服装でいる。師匠の努力の結果だった。スカートの下にロングパンツが隠されていたり、いろいろな工夫を凝らして、娘っぽい服装をするように拝み倒したのである。今までそんなことに情熱を傾ける人材はいなかったが、レイラーニの意見を聞き、じわじわと削ることで泣かせることなく町娘スタイルにすることに成功した。本物の町娘は冬でも半袖を着ているのだが、今日は日除けがいるから師匠もそこまでは求めなかった。
「どんな服を着ていても可愛いですが、今日は一段と可愛いですね」
師匠が二言目には服装に言及してくるので、レイラーニはどんな格好をさせられているか忘れられず、大変恥ずかしい思いをしていた。
着替えを済ませた食料調達班が、海にざぶざぶ入っていくのをレイラーニは止めた。
「ハワードちゃんは、ちょっとストップ!」
声をかけると、ハワードはレイラーニの方へ歩いてきた。他の男も足を止めたが、自分らに用はないと見てとると、海に向かって走って行った。
「なんだよ。今年こそはカニを取ってやろうと、暇を見つけて素潜り練習をしてきた俺に何か用か?」
やる気を見せつける様に、網やモリを前に突き出すハワードに、レイラーニは怯んだ。ちょっとした思い付きがあっただけで、どうしてもという信念まではなかったのだ。
「え? 練習? そこまでしてたなら、止めちゃダメなのかな」
「ああ、何か用があるなら、引き受けてやるぞ。気にしなくて良い」
ハワードは、モリの柄を砂地に刺した。毎年カニを獲れずに揶揄われるのを脱却してやろうと思ってはいたが、レイラーニの命令があるならば、そちらが優先である。名目上のトップはパドマだが、それと同じくらいレイラーニも至高の存在である。カニ取りこそ、ハワードでなくてもできる。食べるだけならば、積荷にダンジョンのカニがいるのだから、取りに行く必要すらない。食料調達は、今日はただの娯楽だ。男を見せるためのスポーツ以上の意味はない。
「何も用はないんだけどね。ハワードちゃんを海に入れると、大海蛇に食われたり、大魚に食われたり、ロクなことがないからさ。あんまり入って欲しくないなって思って。皆、ウチがいると何か起きるみたいなこと言うけどね。ウチに言わせれば、ハワードちゃんに会った時くらいしか、変な生き物に遭遇してないんだよ」
「ま、じ、か! 姐さんはたまたま居合わせて倒してくれただけで、呼んだのは俺だった説?」
「そう。カニはダンジョンで獲って来ちゃったし、パドマの旦那さんはテッドに決まっちゃったらしいし、今日は陸で遊ぼうよ。ウチは泳げないし、ね?」
レイラーニはふふと笑って、ハワードを誘った。真後ろにいる師匠は太陽光から守ってあげているのに、邪険にされていたのに。だから、段々と師匠が膨れっ面になっているが、だれも考慮しない。師匠は綺羅星ペンギンの敵扱いのままだった。
「おう、そうだな。そうする。レイラーニは何するんだ?」
「ウチはね、貝を獲って、それをエサにして魚を釣るんだよ。どっちが大物を釣り上げるか、競争しよう。負けたら、打ち上げの飲み代は持ってやろうじゃないか」
「よし、負けねぇぞ。釣りなんてしたことねぇけどな!」
レイラーニとハワードは勝手に盛り上がり、貝はあっちだ! と走って行ってしまった。外見だけ取り繕っても、中身は何も変わりなかった。師匠は怒りをためて、ふるふる震えた。
レイラーニがそこを掘れと命令すると、任せろわんわんとハワードが前肢で砂をかく。そうして、レイラーニは手を汚さずに貝を掘り当てて、指定釣り場にしている岩場に行った。
すると、そこには1組のカップルが仲良く並んで座っていた。べったりと横並びに座っているので、ハワードとレイラーニの護衛役は、お邪魔になるから場所を移した方がよくね? と目配せをしているが、レイラーニは構わずに突進していく。広い岩場だし、まぁいいかということにしたら、カップルは脈絡もなく歌い出した。鳥の歌のような美しい声だった。歌詞はないので、何の歌かはわからない。
そこで初めてレイラーニはカップルの存在に気がついた。キャメルブロンドの男と、バターブロンドの女が歌っている。美しい声も納得の美男美女のカップルだった。どこかの師匠とは違い、首から下の体型も美しい。体型がよくわかるような身体のラインにそった羽毛の服を着ている。このくそ暑いのに何だその服と思ったが、2人揃いで着ているのだから、流行っているのかもしれない。服よりもっと変なものもある。女の耳は尖っていて、男の口はクチバシだった。人は顔で判断してはいけないと思うのだが、あれは何か変じゃないか? ツッコミを入れたら失礼だろうかと逡巡していたら、師匠はふらふらとカップルの方へ歩いて行った。歌が好きな師匠だ。一緒に歌うのかもしれないとレイラーニが見ていたら、カイレンもカップルに向かって走って行った。
師匠はカップルの前に着くと、崩れ落ちた。何を考えたか急に睡魔に襲われたらしく、すぴーすぴーと昼寝を始めたのだ。仰向けに姿勢よく寝転んで、胸の上で手を組んでいる。すごい変! とレイラーニは思った。カイレンもその隣で寝始めたが、こちらはどちらかというと寝相が悪い。横向きに転がっている。それを見ると、カップルは歌をやめ、立ち上がった。崖の向こうに足を投げ出していたので見えなかったのだが、2人とも膝から下はダチョウの足が生えていた。変なブーツだと思うものの、何だか生々しく見えて気分が悪くなり、レイラーニはハワードの裾をつかんだ。女は師匠の前に膝をつくと、服を裂いて師匠の腹を喰らった。男はカイレンの前に膝をつくと、カイレンに蹴飛ばされて海に落ちた。
「ひぃいっ!」
レイラーニは全身の毛を逆立てて、恐怖を感じてハワードにしがみついた。だが、すぐにそれどころではないことに気付いた。ヴァーノンに危ないからやめておけと言われたのを、師匠とカイレンを連れて行けばクラーケンより強いから大丈夫だと言ったのはレイラーニだった。その最強の護衛が、真っ先に喰われているのだ。カイレンは今のところ無事だが、寝ているのだから役には立たないだろう。
「避難! 全員退避して! 絶対、全員だ。海の中のも出て来て逃げろ!!」
レイラーニはパドマだった頃の癖で、皆に指示を出し、師匠を食う女に向かって走った。
「剣、来い!」
走る間に魔法でいつもの剣を作り、女に向かって振り抜いたが、避けられた。師匠を盾に使われて、斬れたのは師匠の左足だけだった。
「いやー!!」
レイラーニは、地に落ちた師匠の左足を拾って泣いた。そうしている間に、女は師匠を足でつかんで飛び立った。女の腕は翼になっていた。師匠は腹の中身が見えているし、足の切断面から大量の出血がある。顔に生気はなく、寝ているのか死んでいるのかわからない状態だった。
「レイラーニ、師匠さんが攫われたぞ!」
ハワードに呼ばれて顔を上げると、レイラーニの視界に飛び去る鳥女と、それを泳いで追いかけるヴァーノンが見えた。レイラーニはハワードに師匠の足を預けて、岩壁から飛んだ。飛ぶ魔法なんて知らないが、気合いを入れれば何でも叶うのが、レイラーニとパドマの日常だった。師匠は子どもの頃、よく空を飛んでいたと言っていたから、信じれば人は空を飛べるのだ。
飛んで追いかけてくるレイラーニを見て、鳥女は驚いた。この2000年、人は空を飛ばなかった。鳥女は翼がないのに飛ぶ者を初めて見た。必死で飛んでも、鬼の形相で追いかけてくるレイラーニの方が速い。鳥女は師匠を捨てて、全力で逃げることにしたが、レイラーニは鳥女を許さなかった。
「行っけぇええ!」
今まで追いかけているだけで何も仕掛けなかったのは、師匠が邪魔だったからだ。また師匠を傷付けてしまうのを恐れて攻撃できなかったのに、鳥女は師匠を手放した。遠慮するものがなくなったから、レイラーニは剣を上段から振り下ろした。鳥女との間に距離はあるが、そんなものは関係ない。高圧力の水が噴出して真っ直ぐに飛び、鳥女を唐竹割りにした。
「ざまあ」
レイラーニは気を抜いたから、海に落ちた。気合いを入れれば何でも叶うが、気合いが継続しなければそこまでだ。レイラーニは泳げないし、泳ぐ努力もしないから、海にぷかぷかと浮いた。但し、呼吸は出来ない。呼吸をしようとすると、鼻にも口にも水が入って、塩辛くて苦しいだけだった。
次回、磯遠足お見合いパーティ続き。