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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
402/463

401.牛の交換

 料理を始めたところだったのに、面倒な! と師匠はぷりぷり怒った顔をしているつもりでいるが、レイラーニにはにやけ面に見えた。その顔で、またレイラーニを抱えてダッシュして、先程魔力回復魔法を使った場所の近郊にやってきて、魔法を使った。どんなに取り繕ってみたところで、レイラーニの仕草が師匠の弑逆心をくすぐる。もっとひどい目に合わせたい気持ちを抑えているだけで、褒めて欲しいような状態なのだ。内心ではカイレンの阿呆発言を褒め称えているのが顔に漏れ出ても、致し方ない状況とも言える。師匠の身体は多感なお年頃である。内面が熟成しても、どうしたって身体はそちらに釣られてしまう。

「大変申し訳御座いませんが、調理の途中でやむを得ず! こちらに参りました。肉が心配なので急ぎ戻りたいので、このまま移動します」

 師匠は言い訳をして、レイラーニを抱いたまま連れ帰ることに成功した。倒れるレイラーニを見る度に肝が縮むが、温かで柔らかな身体を抱いて、ようやく安心できた。幸せの時間は長くはないが、今だけはレイラーニの物臭は最高だと思う。



 師匠は牧場に戻るとレイラーニをうっちゃって、料理を手早く進めた。

 胴肉はナス味噌炒めにし、同じ味噌と樽を出して、ルイに味噌漬けを作る指示を出した。巨大生物を小さな燻製機で全て燻製にするなんてなんて馬鹿げている。終わる気がしない。1樽仕上がれば氷漬けにしてしまえばいい。

 足肉はステーキにして焼いて、作り置きのソースをかけた。骨付き部分は肉焼き機を作ってダドリーに回させ骨付き焼肉を作らせた。

 しっぽ肉は大きめにカットしたものを濃いめのバッター液につけて、漬けおきなしで揚げた。

 亜空間からテーブルセットを引きずり出し、配膳する。イスは2脚しかないが、意地悪ではない。2脚しか持ち合わせがないのだ。必要ならば家からでも出してくれば良い。もう1脚は誰でも好きな者が座ればいい。師匠は自分のイスがいいから座る。どうせ指定しなくても座るのはレイラーニに決まっている。余計なことはしなくていい。

 師匠の味噌樽のおかげで、ようようルイの作業は終了した。バイロンとダドリーも一緒に正餐を食す。途中、竜種が現れて仲間に入りたそうに見つめてきたので、カイレンが仕留めに行った。


「イレさん、生き別れのお父さんが見つかってよかったね」

 レイラーニは師匠が1人だけ食べていた竜の味噌カツ丼を奪って食べながら、にこにことして言った。

 レイラーニは寝ていたが、カイレンは昨晩のうちにバイロンとは顔を合わせて挨拶を済ませていた。カイレンは師匠に育てられていたが、実父も近所に住んでいたし、養父と呼んでいいやら微妙な父も2人いた。実父は、実父か疑う必要もないくらいカイレンと似ていた。一緒に住んだことはないが、生き別れになった覚えはない。カイレンは、何を言っているのだろうなと思った。バイロンもキョトンとしている。ダドリーは、こんなキラキラした顔の男がオヤジの子の訳ないじゃんと思った。だが、バイロンはつけヒゲありのカイレンにそっくりなのである。目鼻立ちはわかるし、カイレンほどヒゲに埋もれてはいないが、親子と言われれば、そうかと思う風貌である。師匠は口元を押さえたし、ルイは涙を流して震えた。どちらも懸命に笑いを堪えている。

「お兄さんのパパは、もう大分前に死んだよ」

「そうか。死に別れだったか」

 レイラーニは意見を翻さなかった。

「死に別れの息子が帰ってきたから、もう心配はいらないよ。今度は、あの竜を全部ぶっとばして食べてあげるからね」

 レイラーニの言葉に、カイレンはここに置いていかれないか、とても心配になった。そしてダドリーは、やっぱりパヴァン本人じゃないかと思った。



 怒り狂ってストレス発散したレイラーニは、憑き物が落ちたように穏やかになった。イレ牛の心配はするが、竜種を見つけても積極的には戦いに行かない。魔法があれば、恐竜は人類の敵にはならない。さして強くもなかったから、もう戦うのは満足した。カイレンが油断している間に牛舎に接近されると打って出るが、剣でスパンと斬るだけで終了する。力任せに噛みついて、力任せに引っ掻いてきて、力任せにしっぽを振るだけの相手に、早々に飽きた。これならオオエンマハンミョウと戦う方が、素早くてスリリングだった。

 かじりつかれても、そのまま口を割るように斬って倒し、返り血を浴びてもさして気にしないレイラーニに、師匠は唖然とした。やはり教育を間違えたと洗浄魔法をかけに行く。すると、キレイになったのを確認したら、魔力を欲してすり寄ってくるようになった。師匠からはおさわり厳禁を守っているが、魔力を放出してやると、師匠に張り付いて恍惚の表情を浮かべる。これ、襲ってもいいんじゃないの? と、師匠はそわそわした。


 カイレンが竜を仕留めると、レイラーニはルイとダドリーを従えて、竜を加工し、コッペキリに持って行って雑貨屋に卸した。

 師匠はまた獣鍋屋をやれと言われたので、率先して着替えてきた。頭はくるりんぱねじねじツインテールで、服はオフショルダーのミニスカワンピースである。胴回りはぶかぶかだが、師匠は出るところが出ていないばかりか、ひっこむべきところも出ているのだから仕方がない。下は履いてるから安心だし、こんな格好したら可愛いでしょう、と父として教育的指導をしたつもりだったが、レイラーニは引いていた。

「なで肩なのと、ふくらはぎがふっくらしてるのは知ってたけど、腿もあれって、どういうこと? 実は綺羅星ペンギンの皆もあんな感じなの?」

「いえ。確認はしていませんが、ああいう体形の人間はいないと思います」

 ルイの後ろでふるふると驚愕しているレイラーニに、カイレンが余計なことを吹き込んだ。

「あれでお父様をトリコにしてたんだ。親子だけど、どれだけ遡っても血の繋がりはないらしいから、別にいいよね」

「やっぱり、そういうことなの?」

「違います。こういう服装の娘が欲しかっただけです」

 師匠はすごすごと引き下がって、屋台の設営を始めた。師匠が手を上に伸ばすと、ショートパンツが見えてしまう。見せて履く下履きだから出ても問題ないのだが、客の夢を壊してはいけないと、レイラーニはそれを止めて、ルイに屋台を作ってもらった。

 レイラーニが客寄せをする前から、客はそこかしこにいる。雑貨屋に竜の素材を売りに行った時に、前回獣鍋を食べたお客がめざとく見つけてついてきてしまったのだ。商機を逃さぬためにも早く商品を作らねばならないが、まだ屋台の設営も終わっていない。師匠はカマドを組んで、網を乗せ、肉を串打ちして並べた。塩だれをくぐらせ2度焼きし、レイラーニの口にそっと寄せる。レイラーニは反射でそれをくわえてとろけた。肉を捌くのが目的ならば、食べさせたいのはレイラーニしかいない。客など知るか! 師匠は自由に商売した。別に竜肉が売れずとも、金には不自由していない。

 師匠は次々と簡易カマドを築き、鍋を乗せた。煮竜、酢竜とどんどん料理を仕込んでいく。中でも白菜と竜薄切り肉をミルフィーユ状にして鍋に詰めた時のレイラーニの反応は良かった。真ん中に大きなチーズの塊を落としたら、テンションが爆上がりしたのである。師匠の夢の時間が訪れた。レイラーニが「がーんばれっ、がーんばれっ」と師匠を見守ってくれるのだ。応援されているのはチーズかもしれないが、作っているのは師匠である。師匠が応援されていると思ってもいいだろう。

 ルイは師匠が作りすぎた分を売り捌き、カイレンは牛の警護をしているからいない。カイレンが牛をみていてくれるから、バイロンとダドリーは久しぶりに家族とゆっくり過ごすよう伝えた。だから、より一層カイレンは出てこないだろう。つまり、今はレイラーニは師匠だけのものだ。


 師匠はせっせと料理して、せっせとレイラーニを餌付けした。こつこつ毎日餌付けを続け、竜種が出てこなくなったら、竜を魔法で召喚しようとして、レイラーニにどつかれた。

「やーっぱり、犯人はお前か!」

「ち、違いますよ。私は何も知りません」

「イレさんが謎生物の名前を知ってるみたいだったんだよ。だったら、やらかすのは師匠さんしかいないよね」

「本当に、私は何もしていませんよ。またダンジョンが壊れただけだと思います。肝は保管しておいたので、許してください」

「だったら、師匠さんの所為じゃん。ちゃんと壊したって言ったのに、また出て来ちゃったんだから」

「そうと言われればそうかもしれませんが、養父の仕掛けたトラップにまんまとしてやられただけなので、怒らないでください。あの人に敵うのは、100万年経っても無理です」

 レイラーニは、自白が取れたと思った。師匠をキリキリ働かせて、牧場を修繕させ、バイロンに頭を下げさせた。いつまでも違う違うと首を振って泣いている師匠に、バイロンは憐れを感じて、すぐに許した。レイラーニは、未だにカイレンをバイロンの息子だと勘違いしている。師匠も、同様の勘違いをされていると思ったのである。

 そうして牧場だけでなく家も牛舎も新築に建て替えて、満足したレイラーニは牛を連れて帰ることにした。竜種の売り上げで牛を2頭買い上げたのだ。母娘牛が欲しいと言われ、バイロンはそれでは牧場を経営できないと助言したのだが、ルイを通訳にした師匠はペットにするだけだから問題ないと答えた。肉にすることなく繁殖させる計画なので、最初から数が多くても後々困ることになる。そのうち種を借りにくると伝えて別れた。


 師匠が引っ張る母牛の上に座って、レイラーニが口を開いた。

「イレさん、ジェスがね、大銀貨5枚でイレさんを買いたいんだって。売ってもいいかな」

「嫌だよ。なんでそんな安値で売ろうとしてるの? 大金貨5枚でお兄さんが買い取るから、売らないで!」

「だって、師匠さんが大銀貨5枚でイレさんを買ったんだよ。親子で小金貨1枚ね。2頭も分けてもらっちゃったんだよ。1頭くらい返さなきゃケチじゃない? こっちは大銀貨5枚で売ってもらったのに、大金貨5枚にしてなんて、ふっかけてるみたいで嫌だなぁ」

「心配いりません。私がジェスに大金貨を50枚融通しましょう。今後も牛のことで毎年お世話になる予定ですので、先払いするという形にすれば良いのではないでしょうか。あの牧場であれば、毎年、カイレンとは顔を合わせられますから、寂しくありません。私は弟の幸せを望みます。丁度良いと思います」

「おお、流石、弟思いのお兄ちゃん。イレさん、師匠さんが大金貨50枚出してお婿にやってくれるって。良かったね」

「我が家の当主は私ですので、カイレンの結婚は私に責任があるのです。良い相手が見つかって、宜しゅう御座いました」

「大金貨50枚? 卑怯だ! 嫌だ」

 カイレンは走って何処かに逃げてしまったので、縁談はなかったことになってしまった。


 母牛の綱は師匠が持ち、娘牛の綱はルイが持ち、帰り道はゆっくり牛の歩みに合わせて帰った。綱につないではいるが、そんなことをせずとも牛は師匠の言うことを聞いて、綱を持たずとも逃げない。人里があれば宿を借りる。貨幣経済がなくとも適当な持ち物で交渉を成立させ、人里がなければどこからかテントが出てくる。お腹が減れば、その辺でイノシシを狩ってきて、その辺の草をむしって調理する。面倒になると、どこからか弁当箱が出てくる。アデルバードやモンスター師匠がレイラーニのために食事を準備して亜空間に仕舞っておいてくれるので、師匠は食べ放題ができるのだ。

 トレイアまでパドマを追いかけて旅をしたことがあるルイは、格段に楽な道行きに、パドマがよく旅に出る理由を知った。雨が降っても、自分たちの頭上だけ雨が落ちてこない魔法なんてものまであったのである。遠い昔の神話の中の魔法使いのやることに驚いても仕方がないが、次元の違いを嫌と言うほど味わって、パドマとレイラーニを師匠に取られないで済ます方法を考えた。

次回、牛絡みの話終了。

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