表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
400/463

399.vsシアッツ

 師匠は火をおこし、焚き火の上に鍋を吊った。鍋が十分温まったところに、ベーコンを数枚投下する。師匠好みの脂多めのベーコンである。ベーコンを入れたら少し上に鍋を吊り直して、弱火でじっくりじんわりと焼いていく。ベーコンから出てくる脂を鍋に広げ、余った脂は拭き取って、いい匂いがしてきても我慢に我慢を重ねて、ひっくり返したい気持ちも堪えて、焼く。こんがりキレイな焼き色がついて初めて裏返しにした。とても美味しそうだから、裏面が焼け次第、1枚だけ失敬してかぶりつく。上手く焼けていた。カリカリとした食感がたまらないし、脂の甘みと旨みが口に広がる。ああ、素晴らしい。だから、ベーコンは好きなのだ。残りのベーコンも食べてしまいたいが、決死の覚悟でカット野菜を投入した。適当にじゅうじゅうと炒めたら、先程無断で失敬してきた牛の乳を更に加える。師匠は乳搾りも得意だから、無限に搾れるのだ。それに故郷から取り寄せた魔法のブイヨンとスパイスを放り込んで味を整えた。

 作り置きのエビグラタンと、ツナマヨコーンをパンに挟んで焼いていたら、牛舎の上から無邪気な明眸が覗いていた。かなりの匂いが発生する料理をしていたから、竜が現れる危険すらあった。何よりも先に鼻が利く魔法を習得したレイラーニが引き寄せられるのは、当然のことだった。

 師匠は手招きしてレイラーニを呼び寄せ、朝餉を馳走した。カイレンとルイも現れたので、4人で焚き火を囲んだ。


「やはり父親の価値は料理の腕ですよね」

 レイラーニがエビグラタンサンドにかじりついたら、師匠はにこにことして言った。また仲良し父娘ごっこかと、面倒になっているレイラーニは半目になって答えた。

「できないよりはできた方が良いと思うけど、他所ではお母さんの仕事らしいよ。でも、まぁ、師匠さんの婚約者さんに料理をさせるのは心配だから、師匠さんちは師匠さんが料理した方がいいかもね」

 レイラーニはズレて受け取っているようだが、料理をネタに口説いているなと感じたカイレンは、すかさずいらないエピソードを口にした。

「そうか。師匠はね、妹にご飯を食べさせるために料理を覚えた、って言ってたんだよ。なんだ、お姉様に食べさせたくて料理を覚えたんだ。お姉様も師匠の料理が大好きなんだよ。もう結婚しちゃえば良いのにね」

「料理を食べるために結婚するなんて、ナンセンスですよ。そんなもの、金を払えばいくらでも食べれます。ペンギン食堂では、チーズ栗山ケーキとチーズ羽二重餅がレイラーニ様のお越しをお待ちしております」

 結婚に興味を持つこと自体を否定するルイは、更に燃料を投下した。北西のダンジョンで季節を無視して栗を収穫できるようになった今、パドマを魅了した栗ケーキの研究開発が盛んにされている。高級砂糖もただ同然に手に入るようになってしまったので、研究の障害は味見のし過ぎで太ることくらいになってしまった。

「チーズ栗山ケーキ。栗山チーズケーキではないんだね」

「ええ。ヴァーノンさんの監修を受けておりますので、味は折り紙付きですよ」

「ああ、なんでこんなところまで来ちゃったんだろう。ペンギン食堂が遠すぎる」

 第一ラウンドは、ルイが勝利した。レイラーニは、大好きなイレ牛たちのピンチに駆け付けることができて良かったとは思っているが、その前にケーキを食べて来なかったことは、一生の不覚と感じている。栗、餅、栗、餅と呟くから、師匠は作り置きの羽二重餅で作り置きの栗きんとんを包んで、レイラーニの前に置いた。レイラーニは震えながらツナマヨコーンサンドとミルクスープを食べて、栗きんとん餅を手に取った。口に入れると、優しい素朴甘みが広がる。

「うん。婚約者さんがお母さんになっても、ちゃんと仲良くできるから」

 レイラーニはメロメロになったが、師匠の望まない場所に着地した。カイレンもルイも、それが良いと後押しした。



 朝食の匂いが呼び水になったのではないと思うが、ズシンズシンと地を揺らすような音を響かせて、昨日の大トカゲ――獣脚類の竜種が現れた。竜は恨めしそうにレイラーニを見ている。レイラーニは取られまいと慌てて栗きんとん餅を食べ尽くしたが、多分それが狙いじゃないよとカイレンは思った。

「昨日は師匠さんとイレさんに取られちゃったから、あの子はウチの獲物ね。横取りしたら、許さないから。特に師匠さん。蹴ったことは忘れてないよ」

 大水に流されてすっかり忘れていたが、竜種を見て、レイラーニは昨日の恨みを思い出した。師匠はビクッと肩を跳ねさせた。

「剣よ。おいで」

 レイラーニは無色で透き通る剣を手に掴み、竜種に向けて走った。


 師匠とカイレンは、オロオロとその後ろをついて行く。2人はレイラーニから獲物を横取りするつもりはない。どうしたって遅くて間に合わなくて、やられそうだったから介入しただけである。お前が弱っちぃから守ってやったんだよ、なんて言う勇気を持ち合わせていない2人は、ひとまず後ろをついて行った。ルイは、更に現れた別個体に向かって走った。レイラーニが負けることはあり得ないが、勝負の邪魔にならない様に引き受けるのだ。


 レイラーニは昨日と同じように真正面から斬りつけるから、昨日と同じように食われそうになっている。カイレンは竜種の横っ面を軽く弾き、師匠はレイラーニを抱いて回避した。

「邪魔するなぁ!」

 レイラーニが怒声をあげると、カイレンと師匠は同時にかぶりを振った。

「邪魔じゃないよ。心配してるだけだよ」

「可愛い娘に傷1つつけたくないのに、死んだりしたらどうするのですか。後悔してもしきれません」

「やられたって構わない。自力でやるの!」

「一撃で内臓が破裂します。許可できません」

「内臓がどうした。それが生きてるってことだ。どけ!」

 レイラーニは大量の水をぶち当てて、師匠を引き剥がした。呪を紡ぎ筋力を上げて、カイレンに迫る。

「邪魔するなら、斬る!」

「邪魔なんてしてないよ。ほら、しあっちは元気だし、ケガはさせてないよ」

 レイラーニは水の剣をぶんぶんと振り回すが、カイレンは全て紙一重で避けた。カイレンはギリギリ何とか避けた演出をしているつもりだが、レイラーニは余裕があるからあえてギリギリで避けているのがわかった。

「バカにするなぁ!」

 牽制するのをやめて、レイラーニが本気で命を取りに行くと、カイレンは焦った。まだまだ余裕はあるが、レイラーニをより怒らせてしまい、どう収拾したら良いかが、わからない。

「余裕なんてないよ。めちゃくちゃ困ってるよ。胸が痛くて死にそうだよー」

「く、そ、む、か、つ、く!」

「ひぃ!」

 レイラーニは完全にカイレンをターゲットにしていて、竜種を無視していた。だが、竜種はレイラーニを狩ることを諦めていなかった。しっぽの横払いが襲いかかってきたので、カイレンは腕を差し入れて止めた。殴り返せれば良かったが、邪魔しない約束なので腕はへし折れてしまった。レイラーニが無事に済んだから、尊い犠牲と諦めた。

「お前も邪魔をするのか!」

 カイレン狩りを竜種に邪魔されて、とうとう怒りにねじきれたレイラーニは、紅蓮に燃えた。身体中に炎を纏い、手を振れば炎が飛んでいく。その炎で竜種の目は焼けて、痛みに暴れ出した。

「逃げるな。卑怯者!」

 竜種は目が見えないから適当な方向――ルイと別の竜種が騒いでいる方に人気を感じて走っただけだが、レイラーニは更に怒りのボルテージをあげた。それに伴い炎の温度が上がり、師匠もレイラーニの側に寄れなくなった。地面もジリジリと焼けているので、大変危険な状態である。師匠の守りの魔法など簡単に突破しそうだから、牛が黒焦げか蒸し焼きになって全滅するかもしれない。


 ルイは、レイラーニの邪魔をしないように他の竜種を引き受けるつもりで特攻をかましたが、何もできなかった。師匠は自前の剣で簡単に斬りつけていたし、カイレンなどはひと殴りで沈めていた。だから自分もなんとかできるものだと思っていたのだが、斧を叩きつけても何事も起きなかった。傷も入らないし、打撃の痛痒も感じているようには見えなかった。斧は壊れずに済んだのを幸いに、ヘイトだけは稼げたので、走って逃げ回って時間稼ぎをすることにした。レイラーニの邪魔にさえならなければ、ルイが倒す必要はないのである。ルイはパドマもレイラーニも身体能力的にはヘボだと思っているが、どうにかして敵を倒す能力だけは超一流だと信じている。訳のわからない力を上乗せして最終的には倒してしまうので、そういうものだと信じているのだ。竜種は鈍重で足は速くないようだが、足が長い分、ルイよりは若干速い。だから、走っているだけでは追いつかれてしまうので、障害物を利用して、どうにかこうにか逃げている。先に体力が尽きてしまえば死あるのみだが、パドマと一緒にダンジョン内を駆け回っていたからか、綺羅星ペンギンの冬のマラソン大会の効果か、結構な時間を生き延びていた。

 だが、そこにレイラーニと戦っていた竜種とレイラーニの追撃が増えた。竜種はどうにかなるが、レイラーニの攻撃が、どうにもならない。近くに寄られるだけで火傷しそうな熱を感じるし、不可視の謎の衝撃波が飛んでくるらしく、竜種がたまに血を噴き出す。おまけにルイの存在に気付いていないのか、考慮してくれている気配がない。

 ルイはあんなのをどうやったら回避できるんだと絶望していたら、ひょいとカイレンに担がれて離脱させられた。ルイの仕事は終了した。レイラーニは更に現れた竜種も殲滅し、師匠は類焼を防ぐために魔法を撒き散らしてついて行った。その暴れぶりは、レイラーニの魔力が尽きるまで続けられた。

次回、魔力回復。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ