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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
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4.ニセハナマオウカマキリとダンシングくま

 2階層までは、歩けば誰でも行ける。問題は、2階層名物のニセハナマオウカマキリを倒せるかどうかだった。2階層に歩いてくるだけで瀕死に陥っているこのメンバーで、本当に倒せるのだろうか。イギー以外のメンバーの共通の思いが、イギーには伝わらない。

 ニセハナマオウカマキリは、本来なら、10cm前後のちょっと格好良いだけのカマキリなのだが、このダンジョンのニセハナマオウカマキリは、かなり大きい。本来の大きさの10倍くらいのサイズで、するどいカマを振るってくる。通常のカマキリでも、それだけ大きければ十分怖いのだが、ニセハナマオウカマキリは、それ以上に恐ろしい。赤い楕円形の目に太い触角。白と黒のシマシマボディに、関節のコブ。ところどころに入る緑と赤が毒々しい。

 見るからに強そうで恐ろしく、とても倒せそうにないのだが、実は、このニセハナマオウカマキリは、ハリボテなのだ。見た目は怖いし、殺傷能力も持ち合わせているのだが、倒し方さえ知っていれば、パドマにも倒せるモンスターであった。実際、ヴァーノンに秘密にしているだけで、3日前に1人で倒していた。初めて会う敵が見た目通りの凶悪なモンスターであれば、ダンジョンは今ほど流行ってはいなかったろう。


 前回のパドマは、ヒゲおじさんからもらったナイフを次々投げて、倒れたところをフライパンで叩き潰した。ナイフの回収に手間がかかる上に、2匹同時に接触すると扱いきれない。やはり芋虫が効率がいいという結論に達し、3日前は1匹倒したら帰った。

 だが、今回は、手駒が3人もいる。パドマは、試してみたいことがあった。

「レイバンさんは、重装歩兵スタイルだから、壁役。前に出て」

 モンスターの威容に、すっかり怖気付いてヴァーノンの後ろに隠れていたレイバンを引っ張り出すと、先頭に立たせた。イギーはその通りだと同意し、ヴァーノンはイギーでないならいいかと止めなかった。味方がおらず、渋々どころか力づくでイギーに引き出されたレイバンを、パドマは押した。

 1人で歩くのも難儀していたレイバンである。簡単に転んで、ニセハナマオウカマキリを押し潰した。このモンスターは、殺傷能力はあるが、耐久性は全くない。肝心の殺傷能力も、金属を貫くほどではなかった。全身金属装備を身に付けていれば、敵ではなかった。

 ニセハナマオウカマキリが完全に息絶えたことを確認し、イギーはレイバンを無理矢理どけた。

「見かけ倒しだな。俺たちにかかれば、こんなもんよ。妹、感謝していいぞ」

 何もしていないイギーが、ご機嫌にしゃべり倒しているのを無視して、パドマは、倒したモンスターから、商品になるカマを回収する。

「それ、どうするんだ?」

 俺たちに任せておけ、と頼もしいことを言う男たちは、ダンジョンの知識をまったく持たない。パドマは、ため息をついた。

「高値は付かないけど、一応、売れるから。売れはしないけど、お腹のところは、食べると美味しいらしいよ。食べてみたければ回収するけど、ウチはいらない」

 全員一致で食べたくないとのことだったので、カマを入れたナップザックをヴァーノンに渡して、荷物持ちに任命した。いらない部分は、そのうち消えてなくなるらしいので、放っておく。共食いに出会うと、とても気分が悪くなるのだが、他の部分を自分で片付けるのは、もっと嫌だった。

「レイバンさん、登録証のポイントは、どうなった?」

 レイバンは、登録証の確認も、自分ではできないらしい。転がったまま、じたじたと動くだけだった。無理だようと弱音を吐いて、その動きも止まったので、イギーがスリ取った。レイバンは3ポイント加算されていた。もしかしたら、レイバンは武器判定で、自分にポイントが加算されないものか期待をしていたのだが、パドマは1ポイントも増えていなかった。先を進む役には立つが、ポイント加算には邪魔になることが、わかった。


 その後は、自分もポイントが欲しいと騒ぐイギーに、パドマの倒し方をレクチャーし、接待で倒させてあげたり、せめて1人くらいまともに戦えるようになって欲しいと、ヴァーノンを前線に送り出し、下げていた剣を活躍させたりする半日を過ごして、帰ることになった。

 カマの売り上げは、4人で割ると、それぞれが屋台の焼き鳥が1本買えるかどうかというところだった。男たちは憤慨して、ダンジョンから足を洗うことを提案してきたが、お前らがいなければ、もっと稼げたよ、とパドマは思った。思うだけで言わないのは、パドマなりの優しさだった。



 店が開くと、パドマはいつものように、ヒゲおじさんの奢りでスコッチエッグを食べていた。ゆで卵にまとう肉に、それを包む揚げ衣はまだジュウジュウと音を立てている。それらを1度に味わえるスコッチエッグは、背徳感がある。お年を召しているかもしれないおじさんの胃を労わるべきか悩んだけれど、イライラする日は、ガッツリ食べるに限る。マスターが作ったものは、衣はサクサク、中身はとろり、ソースは塩気が強く、パドマは好きだが、作った本人であるマスターは、胃が受け付けないと言っていた。

「パドマのオススメは、毎日違うけど、結局、何が好きなの? 肉か魚かすら、わからないんだけど」

「好きな食べ物? マスターの作る料理かな。全部美味しいから、全部食べて欲しいよ」

 パドマは、営業スマイルを貼り付けて言った。どれか1つと言われれば、カドの煮付けを選ぶが、カドの煮付けを毎日食べて過ごしたいとは思わない。大好物は、たまにでいい。

 自分の料理も兄の料理も母の料理も、基本的になんでも焚き火で焼くだけだった。そんな生活をしてきたパドマは、マスターの料理はなんでも美味しく、魔法のようだと思っている。

「もしかして、パドマは、料理が得意な人が好きなのかな?」

「そうだね。できないよりは、できた方がいいんじゃない。おっちゃんは、できない方がいいけど」

 ヒゲおじさんは、料理を覚えて貯金を増やした方が良いとは思うが、できないでいてくれた方が、店の売上げとパドマの食い扶持的に有難い。そういう意味の発言だったのだが。

「そっか! お兄さん限定で、できない方がいいか!」

 ヒゲおじさんは、とても上機嫌にエールのジョッキを一気に開けた。自分だけは特別かと喜ぶ姿は、最高に気持ち悪いなと思って、パドマは少し席を離した。


「そういえば、プレゼントの使い心地は、どうかな」

「あー、一応、使ってみたけど、怖くて封印した」

 それほどかさばる物ではないため、念のため持ってはいるものの、雷鳴剣の使い所は難しすぎた。少なくとも、兄たちが同道する日は使えない。別の部屋で待機しろと言っても、イギーとヴァーノンは言うことを聞かなそうだ。レイバンは、置き去りにしてしまえば、問題ない。最もお荷物かと思われたレイバンが、武器代わりにも使えて一番便利だったと、パドマは思い直した。

「怖い? 可愛いクマを選んだのに?」

「え? クマ?」

 ヒゲおじさんは、あの日、いろんな物をくれた。雷鳴剣に始まり、傷薬や、宝石のようなキレイな色のナイフを沢山。ダンジョンで使えそうな物の他にも、ネックレスやクマのぬいぐるみももらった。ネックレスなら、デートで渡すのもアリかな、と思ったと同時に、ポイント交換品かと、しょっぱい気持ちになったことを思い出した。

 使い心地と言われて、真っ先に思ったのは雷鳴剣だったが、まさかクマのことだったとは。唄う黄熊亭に引っ掛けて、黄色いクマのぬいぐるみをくれただけだと思っていた。

「クマなら、部屋で寝てるよ」

 もらったその日にベッドに投げて、そのまま忘れていました、とは言わない。

「あー、気に入っちゃったのか。あれは、ダンシングクマなんだよ。ダンジョンに持ってくヤツだったんだけど、気に入っちゃったなら、別のをもう一個もらってくるよ」

 ダンジョンに持って行ったら、クマが踊る。それはまた、なんてどうでもいい機能を付けたものだろうか。意味はわからないが、頂き物だから、一度くらい踊る様を見て感想の1つも言うべきだろう。パドマは、とても残念な顔をしたが、ヒゲおじさんは可愛いクマをダンジョンに連れて行くのは気が進まないのだなと、微笑ましい気持ちで見ている。

「新しいのは、いらない。明日、クマも連れていくよ」

 面倒臭いなと思ったが、今のパドマは酒場の子である。客商売には客の機嫌取りが大事なことは知っているので、クマでいいと言った。パドマの部屋はそう広くないのに、無限にぬいぐるみを増やされても困るのだ。



 ヒゲおじさんに宣言したので、クマをダンジョンに持って行かなければいけないのだが、1つ問題があった。ヒゲおじさんがくれたクマは、パドマの座高よりも大きい。持って帰ってくるのも閉口したが、持って行くのも大変だった。重くはないが、かさばって邪魔だった。今日も収穫はゼロになることを覚悟して、いつもフライパンを背負うのに使っていた紐をクマの背中に回した。脇の下から前に出して、自分の肩にかける。前方でクロスしたら、クマの腰の辺りかと思われるところに一巻きし、パドマの腹の前で縛った。荷物を入れたナップザックは、前面に背負って、フライパンを手に持つ。格好悪い上に、薬草採取セットが持てない。ポイント交換品に、ぬいぐるみとナイフその他が一緒に入るリュックはあるだろうかと考えだして、ぬいぐるみを持って行くのは今日だけだ、と思い直した。

 途中まで一緒に出かける兄は、妹の姿に驚いた顔をしたが、何も言わなかった。パドマは、1人の日は1階層にしか行かないことになっている。ぬいぐるみを背負っていられるくらい安全な場所だし、1人が寂しいのだろう、と納得した。次の休みも、また一緒に過ごしてやらねばならないようだが、ダンジョンのカマキリはもう見たくない、とヴァーノンは悩み出した。違う予定を組んだところで、イギーの賛同を得るのは難しそうだった。イギーと休みをズラしたところで、あちらはワガママ息子特権で、好きなだけ休める。末息子の彼は誰にも期待されておらず、甘やかされて好き放題に生きているのだ。逃げられる気がしなかった。


 採取セットを持ってくるのは諦めたが、パドマは1階層の少し奥の部屋にやってきた。クマの踊りの見学には、芋虫もカマキリも人間も、誰もいらない。

 誰も何もいないのを確認し、紐を解き、クマを下に下ろした。紐を緩めた途端に下に落ちたのだが、驚くことに、クマのぬいぐるみは2本の足で着地した。そして、そのまま立っている。ふわふわのぬいぐるみが自力で立ったのはスゴイが、ただそれだけだった。まったく動く気配がない。

 パドマは、何度か抱えて落としたら、その度に1人で立つが、それだけだ。両手をつかんで、右に左に動かしてみたが、踊らない。

「どうしたら踊るんだろう」

 考えてみても、わからない。ナップザックを背中に背負い直し、クマを右手で抱え、フライパンを左手に持った。考えてもわからないから、芋虫を潰して今日は終わりにしようと思った。またクマをダンジョンに持ってくるのは嫌だが、ヒゲおじさんに、クマを踊らせる方法を聞いて来なくてはならない。


 奥の部屋に移動する途中で、クマが動いた。

 何だかわからないが、踊るのかもしれない。地面にクマを下ろすと、クマはパドマの背中に飛び付いた。急なことにバランスを崩して、パドマは尻餅をついた。ダンジョンは、壁も床も石のレンガでできている。ちょっと転んだだけだが、おしりを打って、痛かった。

「いてて」

 腰をさすりながら立ち上がると、クマは、2mほどジャンプして、天井を突っついていた。

「ひょっとして、これがダンス?」

 クマは、パドマのナップザックから引っ張り出したらしい赤いナイフを両手に持って飛び回り、天井にくっついていた芋虫退治をしているらしい。可愛いクマが、毒々しい色合いの芋虫を突き回っている姿は、シュールだった。

「何がダンスだよ。センスが悪すぎる」

 そんなんだから、ヒゲおじさんは、女性にフラれまくっているのだと、とても納得した。しばらく、パドマの夕飯は贅沢できそうだ。

 部屋から芋虫が一掃されると、またクマは静かに直立した。登録証を確認すると、ポイントが加算されていた。レイバンより役に立つ武器を手に入れたらしい。

 ヴァーノンたちより役に立ちそうな相棒が得られたのであれば僥倖だが、正直、芋虫だけならパドマでも倒せる。一緒に階段を降りてみることにした。


 2階層の敵は、ニセハナマオウカマキリだ。レイバンなら躊躇なく投入できたが、クマを戦わせるのは可哀想だと思った。クマの素材は、柔らかいボア生地である。不思議魔法コーティングで丈夫に加工されていることを期待したいが、人間の皮膚を切り裂くあのカマが相手では、切り裂かれてしまう危険があった。カマキリを前にして、投入を躊躇していたら、クマが暴れ出し、止める間もなく、ナイフでカマキリを引き裂いた。

次回、おじさんへ相談と兄へ報告

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