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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
399/463

398.牛との再会

「我が呼び掛けに応じんとする者よ、我が願いを叶えん! 不可視なる手により、滾る炎の渦に身を委ね、灼熱の風よ春風のように我を包み給え」

 師匠はレイラーニの身体を抱き、精霊に願った。精霊は師匠の願いを聞き、周囲の水分を蒸発させた。一気に湿度が急上昇する不快感で、レイラーニは目を覚ました。目の前に心配そうな可愛い顔がある。レイラーニはぴしりと身体を硬直させた。

「師匠。パドマに触らないでくれる? 意識がない女の子に触るなんて、ルール違反だよ」

 師匠の背後方向から声が聞こえて、レイラーニは自然とそちらに視線を向けると間に師匠の顔が挟まった。何故だ、邪魔だ、どけよ、させるかと無言の攻防を制したレイラーニの視界に、半裸のカイレンの姿が映った。

 カイレンの華やかな顔に濡れた髪が影を落とし、均整の取れた身体が瑞々しくツヤ感を増し、色気を匂い立たせている。ただの父親似で、本人の努力は何もないと断じたい師匠は、ヤキモチでそれを見せないようにしていたのだが、見たレイラーニも後悔した。一気に恐怖の一夜を思い出したのである。振り切って師匠のバリケードを突破した割に、首を戻して師匠の胸にうずめたので、師匠はよしよしと愛でた。レイラーニがふにふにと師匠の脇腹を摘んでも、今なら怒らない。カイレンよりいいと言ってくれるなら、愛されているのが贅肉だけでも許す。

「カイレンの無体からは守り切りましたから、大丈夫ですよ」

「うん。ありがとう」

 人に触れられるのが苦手なレイラーニが、師匠と抱き合って礼を言っている。先程、カイレンに向けた目は、汚物を見るようだった。カイレンは自分の姿を見て、蒼白になった。師匠が変なことを言って、誤解をされているかもしれないと気付いた。

「何がありがとうなのかな。師匠は何もしてないよ。助けたのは、お兄さんだからね」

「そんなことない。師匠さんは、お父さんだもん」

「そうですね。半裸男とは、口を聞かない方が宜しいと、お父様は提案します」

「うん」

 最後の返事がおかしかった。師匠の声は聞こえないカイレンも、師匠がレイラーニに何かを吹き込んでいることに確信を持った。

 カイレンが無事だった部分だけ服を着直すと、レイラーニが立ち上がった。気分が落ち着くと、師匠に抱かれていることも嫌になったし、バイロン牧場のことを思い出したのである。

「イレさんたち、食べられちゃったのかなぁ」

「どうでしょうね。いくらも現状確認していないので、何とも言えませんが」

 師匠はあの牧場にはパドマを慕う姉弟がいたよなぁと思うのに、レイラーニは牛の心配しかしていない。無事か確認が取れていないし、忘れているなら言わない方がいいかなと思うのだが、あまりのど忘れぶりに、師匠も自分の記憶に自信がなくなった。

「牧場はどっち?」

「あちらですよ」

 師匠は、先導するように道を進む。レイラーニが走り去る後ろを、カイレンはついて行った。

「お兄さんは、食べられてないよー」



 レイラーニはとっとことっとこ走っていくと、コッペキリの町に着いた。町が見えた時点で師匠はあれあれおかしいなと言っているが、芝居である。そろそろ日暮れが近いし、お腹が空いたので、わざとうっかりしたのだ。

「あれ? ひょっとして方向が全然違った?」

「すみません。間違えてしまいました」

 師匠は、しょぼんとして腹をさすった。こそっとカスレと言うと、レイラーニの耳がたった。

「そっか。しょうがないよね。長期滞在してたウチもわからなかったくらいだし。昨日今日やられた風にも見えなかったし、少しだけ休憩しようか」

 素直にレイラーニは応じて、町に向かった。町に近付くと、町の方からルイが歩いてきた。

「あ、こんなとこにいたんだ。合流できて良かった」

「どちらを探せば良いか分かりませんでしたので、こちらでお待ちしておりました。牧場の主人も探しておきました」

 ルイは、町側に流されており、牧場に戻るべく位置情報を聞いて歩いた結果、バイロン家族を探し当てた。ならば、レイラーニはこちらに来るのではないかと、待っていたのである。

「牧場の主人? ああ、イレさんのお父さんみたいな人か。あの人、名前なんだっけ。確か、息子と娘にも名前があったよね」

 レイラーニは真面目な顔で話しているから、師匠はそっと涙した。パドマが妙な格好で歩いていたばっかりに、姉弟ともにパドマに惚れていたのだ。当時も扱いが酷かったものだが、それなりの期間同居をしていたようなのに、もう記憶から消えそうなのが哀れであった。ひょっとしたら、自分もモンスター師匠に埋もれて同じように消えそうになっているかもしれないから、心が揺さぶられた。

「牧場主の名前はバイロン氏ですが、ご家族の名前までは伺っておりません。今から確認して参ります」

 ルイが確認しに走ろうとしたので、師匠は手を上げて制した。大した付き合いはなかったし、呼んだこともないが、師匠は覚えていた。

「バイロンの妻はリア、息子はダドリー、娘はジェスですよ」

「え? あの奥さんにも名前があったの? 流石、師匠さんだね。人妻の名前まで覚えてるなんて。お兄ちゃんがああなるのも納得だよ。それにしても、ダドリー? 本当に? そんな名前だったかなぁ」

 レイラーニは何度かダドリー、ジェスと繰り返して覚えようと奮闘した結果、無理だと投げ出した。


 レイラーニは、適当な民家から野菜や肉を買い取って、バイロン宅を訪れた。ルイに案内されて行ったのだが、まったく知らない人物が出てきて、固まった。年齢的にはバイロンなのだが、バイロンはイレ牛の父のような風貌だった。だが、目の前の男性は大人なのにレイラーニよりも背が低く、筋骨隆々でヒゲが生えていなかった。ヒゲは剃ってしまえばなくなるだろうが、背はなかなか縮まないだろう。こんなに小さい人と知り合ったら親近感を湧かして絶対に覚えているだろうから、急速に老けたダドリーかな、などと失礼なことを考えた。

「バイロンの弟のブレットと申します。会えて嬉しいです。パヴァンさん」

「おお!」

 レイラーニは得心いった。バイロンの家だと言うから、あの4人の誰かではならないと思い込んでいたのだが、別人も混ざって住んでいたのである。なるほどと感心している間に、先程買った品は土産だとブレットに渡され、家の中に案内された。ブレット宅はよくある民家その1だが、アーデルバードの民家よりもゆったりと広めに作られている。だから、今はバイロン一家も避難してきて一緒に住んでいるらしい。

 奥へ行くと、リアとジェスがいて、レイラーニとの再会を喜んだので、拒否した。

「ごめん。ウチはパヴァンじゃないの。パヴァンの姪っ子のレイラーニ。ウチは師匠さんの娘なの」

 顔は双子以上にそっくりだったが、身体つき――主に胸回りが微妙に違ったので、2人は納得した。以前は胸板に偽装されていた部分が、詰め物してるよねとツッコミを入れたいほどに膨らんでいる。パヴァン本人なら、そんなことはしなそうだと思ったのと、ジェスはカイレンに恋のはじまりの予感を抱いているので、レイラーニは別人でいいやとなったのである。かなりわかりやすく矢印を向けられて、カイレンは精一杯、気付かないふりをしている。ルイの後ろに隠れたのをどうぞお座りくださいと突破され、大人しく座ったら、甲斐甲斐しく1人だけ世話を焼かれ始めた。

 ルイはそっとレイラーニの視線から隠すような位置に立ったので、レイラーニは新しい恋を応援すべく、カイレンに気付かないふりをして話を進めた。


「20日ほど前に小型の竜種が現れて、牧場は襲われました。夫と息子は、なんとか牛を牛舎におさめて隠しました。今も、そのまま」

「え? そのまま? いたの? ごめん。誰もいないと思って、こっちに来ちゃったよ!」

「不思議と牛舎と家屋は竜種が近寄らないようなので。少しずつ飼料を持ち込んで凌いではいるのですが、そろそろ諦めるべきなんでしょうね」

 ブレット家の晩餐は、カスレだった。カスレが食べたいと思って、カスレの材料を土産として渡したのだ。レイラーニは思惑が当たって、ご機嫌で食べている。食べるだけなら師匠が作れるだろうが、やはりその土地でその土地の人に料理を作ってもらうのは違う。正直、リアとジェスの料理は好きではなかったが、ブレットの妻は料理上手だとレイラーニは思った。煮込む野菜と食べる野菜を別に用意されている。おかげで、見栄えも味も食感も良い料理が出てきた。インゲンマメのほくほくを楽しむ料理なので野菜はなくても良いと思うが、レイラーニは甘い玉ねぎも好きだし、ガチョウの肉の脂も好きだ。

 しかし、今まさに困っている人がいるならば、放置できない。最大限急いで食事を終え、救出に出かけることにした。カイレンにブレット家の警備をお願いし、休みたがる師匠に寝床の提供をお願いして、レイラーニはこそーっと家を出たのだが、後ろからきっちり3人ついてきた。



 夜道を迷子にならないように、レイラーニは慎重に道を確認しながら小走りで先に進んだ。

「何故、ついてきた。ウチだけでいいのに」

「私の防御魔法が効いているから無事だと言うのに、不良娘が夜遊びに行くと止まらないからですよ。父として、放置できません」

「牛の世話を頼まれていますので」

「何で置いてくの? 何か嫌なことを企んでるよね? 企んでるよね?」

「別に企んでないよ。ジェスの婚期を心配はしてるけど、イレさんのことはもう諦めてるから」

 そんなことを言って走っているとすぐに息があがるので、レイラーニはルイの背中に乗って先を進んだ。このパーティならルイが格下だから、荷物運びに適任だと言ったのだが、師匠とカイレンは納得しなかった。レイラーニも本音は、師匠とカイレンが面倒臭い上に気持ち悪くて嫌だっただけだ。だから、気を遣って秘めておいてあげたのに、仕方がないなと明かすと、静かになった。


 バイロン牧場に着くと、何もいなかった。

 放牧場は柵が折れて踏み潰されていたが、よく見ると、牛舎は無傷で残っていた。元がオンボロだからわからなかったのだが。

 ノックして、助けにきたよと声をかけると勢いよく扉が開けられて、何かが飛び付いてきたので、レイラーニは避けて師匠を人身御供に突き出した。結果、出てきたダドリーは、会いたかったと師匠を抱きしめた。レイラーニはパヴァンとは別人だが、師匠は師匠本人だから、今回のメンバーで再会に当たるのは師匠だけだ。久闊を叙するならば、師匠が適当である。師匠はしっかりと代役を務めた。だが、ダドリーとしては、師匠との再会はどうでもいい。顔は可愛いのだが、前回会った時は顔にクマを山盛り飼っていたし、機嫌も態度も悪かった。差し入れてくれる飯はパヴァンが作った物より美味しかったが、ただそれだけの仲だった。今抱いてみたところ、あまり抱き心地も良くなかったし、ぷるぷる震えていた。だから、即離した。

 ダドリーから解放された師匠は、ぺたりとその場に座った。解放されて猶、ぷるぷる震えている。キス魔だの抱き付き魔だのという不名誉なレッテルを返上するための、レイラーニを参考にした演技だ。カイレンとルイは冷めた目で見ているが、レイラーニは釣れた。ダドリーに抱かれるなんて、最悪なのだ。申し訳ないことをしたと、少し後悔している。

「ごめんね」

 レイラーニは師匠の隣に座って謝ると、師匠はふるふると首を振る。

「問題ありません。貴女が抱かれるのを見るより良かった」

「ありがとう。お父さん」

 レイラーニが師匠に張り付く気配を感じて、カイレンは師匠を担ぎ上げた。レイラーニをさわることはできないが、止めたいのであれば、師匠を取り上げればいい。今はちょうど腰を抜かした演技をしているのだから、反撃はして来ない。

「師匠、大丈夫? 歩けないなら、お兄さんが運んであげるね」

「そうですね。中が安全ならば、入れて頂いても宜しいでしょうか」

 カイレンとルイが笑顔で言うと、ダドリーは塞いでいた場所を退き、中へ案内した。



「うわぁ、イレさん、久しぶり。元気だった?」

 中に入れてもらい牛を見つけると、積極的にレイラーニが旧交を温め始めた。牛に声をかけ、撫で回している。それはあれ以降に生まれた牛だけどなぁとダドリーは思ったが、口にはしない。個体識別をして付き合っている方がどうかと思うからだ。

 牛にしか興味がなさそうなレイラーニは牛に任せて、男たちは自己紹介をし合った。その際に、レイラーニはパヴァンとは別人だと説明したが、牛に接する態度がパヴァンと同じだから、ダドリーは納得しなかった。パヴァンは男装をしていたが、ダドリーはずっと女だったらいいのにと思っていたのである。満を持して女装で現れたのだから、別人だなんて認めることはできない。男になりきっているつもりなのだから、設定上、別人だということにしてやれという話であれば、付き合うのも薮坂ではないが。

「バイロン氏は、いらっしゃらないのですか」

「夜は竜が出てこないから、飼料を取りに出かけてるんだ。そのうち戻るよ」

「ええっ? イレさんのお父さんいないの? イレさん、迎えに行ってきなよ。多分、お父さんだから。ね、イレさん。ふふ、可愛いな、お前」

 たまにレイラーニが話に混ざってくるが、カイレンも牛も同じ名で呼ぶから、話がわかりにくくなっている。師匠はバイロンの容姿を思い出し小さく吹き出したし、カイレンは自分が可愛いと言われている気分でむず痒い気分でいる。ルイは、なるほどヒゲありカイレンにそっくりだが、可愛いのは牛だけだと納得した。

「昼は竜が出て来るのですか?」

「そうだ。大体、毎日、来る。牛を狙って来ている様に見えるけど、今のところは牛舎の手前に来るだけで、お互いに噛み合って暴れて、そのうち帰る。

昼に外に出れないと飼料の必要量が増えるし、単純に怖いし、すごく困ってるんだ」

「なるほど、理解した。皆は、夜の警護を頼む。ウチはもう眠いから寝るね」

 レイラーニはうんしょうんしょと柱を上り、梁の上で横になった。あんなところで寝る美人なんて、絶対にパヴァン以外いないだろと、ダドリーは思った。

次回、竜種。

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