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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
396/463

395.妹2人からの

 師匠はショックを受けたが、レイラーニは助かったと思った。ダンジョンに入れられ、完全復活を果たすと、綺麗さっぱり忘れた。

 師匠は、元気に戻ったレイラーニを見て、ホッとしたのも束の間、交換日記の返事を見て、また凹んだ。掘ってはいけないところを掘り当てただけで、聞きたい答えを聞けていないし、質問が師匠個人に向けられていない。直接聞きにくい嬉し恥ずかしい質問合戦をするための交換日記なのに、北海道グルメって何だ。そんなの沢山いるモンスター師匠に適当に聞けよと思いつつ、丁寧に丁寧に文字を書いた。

『先日、学校の屋上で食べた麺料理や唐揚げが、北海道グルメです。カニやハスカップやカレーなど、食べきれないくらい沢山美味しいものがあります。乳製品も豊富で、チーズケーキも数えきれないくらい売っています。熱海に行った帰りに寄りましょうね』

 とりあえずチーズと書いておけば、レイラーニはほいほい釣れる。これで良しと、質問文を書いた。

『理想の父親像を教えて下さい』

 理想のの部分に目立つように二重下線を引いた上、吹き出しも付けた。これでわかってくれるだろう。まずは父親として仲良くなるが、師匠の目標だ。兄ではヴァーノンに勝てる気がしないし、弟になる気はない。父親として認められたら、家族だし夫も大して変わらないよと丸め込むつもりでいる。他の人では無理だろうが、レイラーニならそのくらい変なことを言う方が上手くいく気がするのだ。正攻法でなんとかなるなら、既に誰かがどうにかしていただろう。

 それと、レイラーニの返事はインクが染みてしまって、裏移りが酷かったので、可愛いペンギンのボールペンをベルトに挟んだ。



 レイラーニは夜が明けると、モンスター師匠に乗って、師匠宅を訪れた。御伽話のような城のどこを住まいにしているのかわからなかったが、モンスター師匠は知っているらしい。迷いなく歩く後ろをついていくと、2階の奥の部屋に着いた。師匠が広い部屋でぽつんと1人で朝ごはんを食べていた。

 とても不思議な景色だった。大きな暖炉があり、煌びやかにガラスが光るシャンデリアが下がり、何人座れるかわからない長いテーブルと薄気味悪くなるくらいにところ狭しと肖像画が壁に飾られている、そんな部屋で師匠は1人で朝ごはんを食べているのだ。大人数用のテーブルで1人で食べるなんて、寂しすぎる。

 そのメニューも師匠らしさはなく、五穀米ごはんとタケノコときのこの味噌汁、チヌイの塩焼き、だし巻き玉子に金平蓮根、沢庵漬けというものだった。レイラーニは美味しそうだなと思ったが、師匠の好む食卓ではない。肉がない。

「おはよう、ございます?」

 師匠は目を白黒させていた。いつもは師匠がレイラーニのところへ遊びに行く側で、来られたことはほとんどない。その上、こんな時間にレイラーニが起きているなんて、信じられない出来事だった。

「お肉は?」

「一緒に仲良く同じ釜の飯を食す仲になりたいと、練習しておりました」

「ふーん。仲良くなれるといいね」

 レイラーニは適当に聞き流して、空いている席に座り、モンスター師匠に出してもらったメロンパンケーキを食べて時間潰しをした。



 師匠がごはんを食べ終わったら、片付けはモンスター師匠に任せて、レイラーニは出かけるよと言った。アーデルバードまで走っていく。師匠はレイラーニに走らせるのは嫌な予感しかしない。背負っていくと申し出たが、レイラーニは最後まで1人で走り切った。ダンジョンに寄って魔力を補給したら、カイレンの家に寄る。

「あのね。イレさんちを直して欲しいんだけど、できる?」

 レイラーニがおねだりすると、師匠は嫌そうな顔をした。

「これは、いつ壊れたのですか? すぐに修繕するならば簡単に直ったでしょうが、時間経過が長いなら、迂闊に直すと不具合が出ますよ」

 師匠がよく使う壊れ物を直す魔法は、時間の経過を戻す魔法である。3秒前に戻す分には特に問題は起きないが、1月前1年前に戻せば、巻き込まれたものがついでに消える事故が起きることがある。他にも直す魔法はあるが、大変面倒臭い。適当に大工に頼んで直せば良いだろうと言いたいと、師匠は思っている。

「そっか。直せないのか。じゃあ、お兄ちゃんに頼むしかないんだね。イレさんは、壊して建て直すっていうの。いっぱい思い出がある家だから、そのままにしておきたかったんだけど、ウチの家じゃないし、しょうがないよね」

「断片化した木端を手繰り寄せ、元の姿を取り戻せ。裂け目を縫合し、癒着し、噛み合わせ、魂を注ぎ、甦らせよ」

 師匠はレイラーニの声を聞き、気を変えて、即座に魔法を唱えた。できないと思われるのは不快であるし、レイラーニの気持ちを考えたのだ。

 師匠は以前、パドマをカイレンの嫁にしようと画策していた。だが、カイレンの何を勧めたらいいのかが、よくわからなかったのだ。カイレンの父は、師匠の憧れの人だ。顔は父親似だから推せると思うが、阿呆弟はつけヒゲを絶対に取らなかった。師匠が甘やかし過ぎたのか、これといった特技もないし、甘ったれも直らなかった。だから、とりあえず家があるぞと、家を猛プッシュするべく、事あるごとにカイレンの家に連れて行っていた。

 よくカイレンの家に滞在していたが、大体カイレンはいなかった。カイレンの家での思い出は、概ね師匠との思い出だろうと気付いたから、速攻で直した。不具合が起きて困るのはカイレンくらいだろうから、気にする必要はない。レイラーニのためだと言えば、苦情も引っ込めるだろう。

「あれは、レイラーニが壊したのですか? ならば、父親として私が直さねばなりませんね」

 不具合については言及せずに、師匠は優しい笑顔を作った。素敵な父になるために。

「ああ、そういえば、そんな設定だったね」

 なんだ、愛してるって父娘ごっこの続きだったかと、レイラーニは安心して次の予定を消化することにした。



 次の予定は、唄う黄熊亭のマスターたちに謝りに行くことである。無事は確認したが、そのままにしてしまった。パドマだった頃からそんな風に生きていたが、今回は師匠を連れてきて、謝らせると同時に企んでいることがある。師匠は小器用で太っ腹なところがいいところである。マスターの助けを借りて師匠を丸め込むと、蝋板を取り出して、ガリガリとクマの絵を描いた。

「こんなの、できる?」

「そう言うことでしたら、私にお任せ下さい」

 師匠は全て任せろと請け負った。


 マスターは仕入れを終えて戻ってきたヴァーノンにミラを連れてくることを命じ、レイラーニはパドマを探しに行った。

 レイラーニは、ヴァーノンより先に戻らねばならない。適当に走り見知った顔を見つけると、パドマの現在地を聞いた。きのこ神殿からパドマ情報を垂れ流しているから、読み方を知っている者がいれば、すぐにわかる。レイラーニは、ダンジョンに走った。


 ダンジョンセンターに入った時点で、アデルバードに呼ばれているらしく、足が床に沈むから、レイラーニは飛んで進んだ。空なんて意識的に飛んだことがないから上手いことはいかないが、ミミズトカゲに激突したり、アシナシトカゲに激突しながら先に進んだ。

 36階層で、ジュールと遊ぶパドマを発見した。ジュールのサシバ撃退チャレンジに付き合っていたのだ。パドマの護衛の力を借りてここまで来たのはいいが、まったくサシバが見えないらしく、ジュールは1羽も狩れなかった。それをパドマが「そこだ、やれ! 適当に剣をかざせば、何となく斬れる!!」と、あまり役に立たないアドバイスをしていた。ジュールの剣では当たったところでサシバは斬れない。ジュールの剣は打撃武器である。

「パドマ、至急の用事がある。事情は道々話すから、付き合って」

 レイラーニはそうパドマに声をかけると、付き添いをしていたモンスターヴァーノンにパドマを連れてついてくるよう指示し、来た道を戻った。ミラの家は36階層よりは近い。早く戻らねばならない。

 パドマがいなくなれば、護衛たちもジュールには用はない。適当に置いて行かれたので、ジュールは懸命に追いかけた。だが、日々パドマを追いかけて走っていた護衛たちの足は速い。そして、止まらない。気を抜かなくても、どんどん引き離されていく。



 レイラーニが唄う黄熊亭に戻ると、既にヴァーノンたちは到着していた。マスターたちと仲良くお茶飲みしていたところを、ちょっと来てと外に連れ出す。

 ここまで来る途中で了承を得たので、パドマは師匠の腕に収まっていた。茶色の石の指輪も装着済みである。全員が外に出たことを確認すると、師匠は呪を紡いで設計図を放り込み、ダンジョン作成魔法に似た呪文を唱えると、唄う黄熊亭はひと回り大きく成長した。

「おめとー」

「おめでと。ちょっと早いけど、お兄ちゃんとミラに結婚祝いだよ」

 パドマとレイラーニがそう言うと、お店の扉が開き、黄色いクマが顔を覗かせた。ダンジョンモンスター代わりに設置された看板モンスターである。

「本当に、気が早いな」

「結婚祝いは、もうもらってるのに」

「そうは言うけど、結婚後じゃ遅いだろうし、こないだ壊した詫びを兼ねて、師匠さんに頼んだんだ」

 レイラーニは入れはいれと、ミラの背を押した。


「じゃじゃーん。お店をちょっと広くしたの。これで新しい常連さんも、座って飲めるでしょ」

 店舗の入り口から中に入ると、部屋の広さが倍以上に広がっていた。客席は増えていないが、それはこれからマスターか師匠が増やす。店の内装は、まったく変わっていない。木材は少し日に焼けて変色しているし、棚の配置も中身も変わっていない。少し大きくなった部分はスペースが空いてしまっているが、それだけだ。拡張した部分も真新しい雰囲気はなく、何処が広がったかわからない程度に馴染んでいる。マスターと師匠は新しくしても良かったのだが、レイラーニが寂しがるだろうと、そのままの状態を維持することにしたのだ。

「このクマちゃんもね、ウチの代わりにお手伝いするから。可愛がってね」

 レイラーニは、黄色いクマを抱き上げた。ダンジョンで動くダンシングクマではなく、リアルなクマの方の子熊である。しつけはしているから人を襲うことはないが、クマだから戦える。給仕ができるかは知らないが、番熊にはなるだろう。


 店の仕込み用の厨房は、最新式の魔法キッチンにがっつりと取り替えられていた。部屋自体は半分以下に狭くなってしまったが、今までは兼用になっていた食料庫を別にしたのだから、実質の広さはあまり変わりない。カマドやオーブンも魔法式に変わって着火が楽になったが、食料庫は保冷ができる部屋になった。氷室が常時利用できるようなものだと説明すると、マスターはとても喜んだ。夏場の肉料理や魚料理の幅が広がるだろう。レイラーニも楽しみにしている。

 魔法を使えないマスターも、魔力は多少持っていた。だから、問題なく使えることを確認し、師匠は魔法式調理器具を導入することにした。着火が大変楽なのだ。変わらず薪は使うから、味に違いは出ない。食料庫の使用魔力量は少々多いが、充電式だからパドマかレイラーニか師匠が補充しても構わないし、実はヴァーノンは師匠よりも魔力量が多いので、ヴァーノンがやればいい。跡取りとして大きな顔をできるようになるだろう。


 他に変わった部分は、ヴァーノンとミラの部屋と未来の子ども部屋とレイラーニの部屋を増やして、今までの子ども部屋をパドマの部屋にした。師匠がこの仕事を乗り気で引き受けることにした主原因である。唄う黄熊亭に、レイラーニの寝られる場所が子ども部屋しかないから、あんな事件が起きるのだ。それをマスターに指摘されたから、師匠は全力でこのプロジェクトに協力を申し出たのだ。あの日は何もなかったとして、次も何もなく終わる保証はない。こんなに可愛いレイラーニが横に寝ていたら、師匠はヘタレだからこれといったことはできないが、ヴァーノン先輩は何かしてしまうかもしれない。そう思ったら心配で心配で、血を吐きそうな気持ちになる。だが、増築すれば、全て解決するのだ。そのためなら、魔力でも資産でも、いくらでも投資する。

 ミラとは通い婚で構わないヴァーノンと、レイラーニを他の男に近付けたくない師匠と、ヴァーノンがミラと寝ればパドマを自室に引き取って育てようと企むマスターが揃った故の増築計画だ。アーデルバードでは、乳児が寂しがって泣いても喚いても放置して自室で寝かせるのがスタンダードであるが、師匠はその企みに賛同したから、マスターとママさんの寝室にベッドを増やせるように拡張するサービスも付けた。師匠は両親と寝室は別だったが、弟妹はいらないくらい同室だった。定期的に夜泣きする妹が増えて困らされていたから寂しくなかったし、カイレンに3時間おきに起こされても何も思わず授乳していたのだ。パドマは一緒に寝る兄弟はいない。師匠はパドマにも情はあるから、泣いてもいいやとは思っていない。

「安心して嫁いできてね」

 レイラーニが開けて見せた部屋には、大きなベッドがどーんっと真ん中に1つ置いてあるだけだった。そこまで面倒見切れないし、寝られればいいだろう、後は勝手にしろよという師匠の気持ちが反映されている。レイラーニも部屋とは寝るところが確保されていればどうでもいいタイプなので、何も気にならなかった。ヴァーノンはだったらいっそベッドも自分で用意するし! と思ったし、ミラは寝るだけの部屋なんて! と思ったので、即座に扉を閉めた。

「レイラの部屋を見に行こうか」

 妹の純粋培養を諦めきれないヴァーノンは、自室は見なかったことにして、レイラーニの部屋を見に行くことにした。


 便宜上レイラーニの部屋と言ってはいるが、正確には客間である。レイラーニ以外に客が来る予定はないが、来た場合は通すことになる部屋である。

 だが、扉を見ただけでヴァーノンはここはレイラーニの部屋だと悟った。それ以外の用途は考慮されていないから、扉に金が使用されているのだろう。開けても、やはり想像通りの別世界になっていた。ごく一般的な平民の我が家に、トレイアの王族の城の家具より格調が高そうな品物が並んでいるように見える。イライジャ邸にも、こんなに金は使われていなかった。部屋は少々狭いが、2人部屋のヴァーノンの部屋より倍以上は広い。白地に金模様が入る家具だけでなく、部屋中に下げられたドレープカーテンも高そうである。カーペットは踏んだだけで柔らかさを感じる厚みだが、カーテンは細糸で編まれたレース生地なのに、先が見通せないくらいにたっぷりと使われているのだ。泊まるだけで住む予定はないから、生活感を感じさせる家具はなく、すっきりとしているのにくつろぎスペースはあちこちにあった。

 それらは物臭なレイラーニのための配慮とも取れるし、店舗に行って男性客と関わる時間を減らすためとも受け取れる。ヤキモチのやきすぎでレイラーニが殺されないか、ヴァーノンは心配になってきた。レイラーニ本人は、部屋が桃色に染められていないことに満足していた。部屋が豪華なのは慣れてしまったから、気になってもいない。師匠一族に組み入れられてしまったから、やむを得ない事象だと思うだけだ。

「この部屋にいるうちは、魔力の補充もできるようにしました。身の回りの世話は、クマに頼むと良いでしょう」

「あのツメの手で? まぁいいや、そうするよ」

 レイラーニは、適当に聞き流した。師匠がエスコートしようと手をつかむのに、何度もするすると逃げられている。

「お兄ちゃんとケンカした日は、ミラも使っていいからね」

 ふっふっふとレイラーニは揶揄いに来るが、ミラは師匠の光る瞳が怖かった。私のレイラーニを取るなと、目が語りかけてくる。ここに来る道で、家が壊れた話は聞いている。手が届く範囲にいれば守れると思うが、パドマとレイラーニを優先するから助けられるかわからないとヴァーノンに言われたのである。そもそもパドマを助けるという動機がなければ、ヴァーノンは単独でも避ける自信もないから、ミラだけ救うという奇跡はやろうと思っても出来ない。

「うーん、そういう日は、パドマちゃんの部屋に行って、ヴァーノンさんの愚痴を言おうと思ってるんだ」

「それではケンカも出来ませんね。パドマに嫌われたら敵わない」

「ええ。覚悟して下さいね」

 ミラは、そもそもパドマだったら浮気をしてもいいよというスタンスで、この結婚を承諾した。2人の間に恋愛感情は今のところない。だから、お互いにさばさばしたものなのだが、仲良しに見えるから師匠はいいなぁと見ていた。捕まえても捕まえても逃げられるから、交換日記を渡したら、レイラーニはその場で広げて読み出した。文字が読める人間はそうはいないとはいえ、師匠はひぃい! と驚いた。レイラーニは音読して感想まで言っているので、文盲でも関係ない。文化的壁を乗り越えるためのシミュレーションゲームであり、交換日記だったのだが、交換日記の文化も理解されていないことを知った。

「お返事書いてくるね」

 レイラーニは明るく卓に向かって行ってしまったが、師匠は眩暈がした。

次回、レイラーニの理想の父親。

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