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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
391/463

390.交換日記から、よろしくお願いします

 レイラーニは、ルーファスの馬車に揺られて白蓮華に連れて行かれた。パドマが育つまでは、代表代行を務めろと説得されたからだ。以前はチーズを買ってきて食べさせたくらいしか、仕事をした記憶がない。そのくらいでよければ、できないこともないと思った。家が遠いから、前より仕事をしないよ、という承諾を得たので、引き受けることにした。レイラーニも、皆と縁が切れるのは寂しく思っていたから、構わない。


 しかし、行ってみたら白蓮華に師匠がいたから、レイラーニは脱兎の如く逃げ出そうとして、テッドに捕まえられてしまった。テッドは当然のようにレイラーニの腰に手を回して、ガッシリとホールドしていた。色気はなく、どちらかというとヤンチャ坊主を捕まえるお母さんの構図だったが、師匠はテッドに嫉妬した。触っても怒られないのが、ズルい!

「兄ちゃん。ここの代表代行は姉ちゃんになったから、何かするなら姉ちゃんの許可を取ってからにしてくれる?」

 レイラーニは明らかに師匠を見て、逃げ出そうとしていた。だから、また師匠が何かやらかしたのかと、テッドは気を遣ってレイラーニを師匠のところに連れて来たのだ。それなのに、師匠の顔つきは険しくなった。前回の大人げなく嫉妬する様を思い出して、失敗したかなと思ったが、今更、後には引けない。

「姉ちゃん、仕事だからな」

 と、レイラーニを前に突き出したのだが、レイラーニはくるっと回ってテッドの後ろに隠れた。師匠が更に怒り出すとテッドは警戒したが、何も起きなかった。

「学校を稼働させるために、教師役を募集しております。希望者に教育を施しても、よろしいですか。待遇は個々の都合や能力に合わせて相談させて下さい」

「うん。基本的には、嫌になったらすぐに辞めれるようにしてね。辞められるなら、多少のことは大丈夫だと思うから」

 師匠が仕事の話しかしなかったから、レイラーニは安心してテッドの後ろから少しだけ目を覗かせた。こんな公衆の面前で、先日の弁解を始められたりしたら、どうしようかと心配していたのだ。

「そうですね。いつでも辞められては困りますが、辞めたくならないようにすることで対応致します」

 師匠はガリガリと蝋板に募集要項を削って、並べて置いた。勉強を教えてもらうまでは無料で、試験に合格し、先生に採用されると試験の点数と勤務時間に応じた給金が支払われることが記載されていた。

「うわぁ。1日何時間も勉強するのに、給与ゼロはキツイ」

 とレイラーニがこぼしたのに、ルーファスとテッドとパドマが食いついた。仲間に入れろ、嫌だの攻防が目の前で繰り広げられているのを、レイラーニは何やってるんだろうと見守った。

「お姉ちゃん、俺を推薦して! 仲間に入りたいんだ」

「え? ああ、うん。入れてあげて?」

 レイラーニが右から左に応じると、師匠は蒼白になった。

「それは卑怯ですよ。私は学校を運営する人材を育てたいのです。この3人は無償で学んで消えるつもりです。そんな人間は、開校してから学びにくるべきです。邪魔です。貴女から、引き下がるように説得して下さい。文字の読み書きは教えました。彼らには不用の教育です」

 師匠は真剣に困っていた。ルーファスやパドマに甘えられている師匠を見ているのは、レイラーニも不快だった。

「文字の読み書きを教える学校なんだって。面白いことは何も教えないから、やめてって言ってるよ」

 レイラーニは師匠の味方をしてみたが、誰一人話を聞き入れてくれなかった。

「教師役を育てるところに興味があります。わたしを仲間に入れれば、テッドの教育を改善できるかもしれませんよ」

「姉ちゃんは甘いな。この兄ちゃんは、おだてて持ち上げれば、とんでもない情報を無償でくれるんだぜ」

「本気でルーファスさんの妻に収まるつもりなら、並みの努力じゃ足りないの。孤児だからって、イギーさんから身を引いたお姉ちゃんなら、わかってくれるよね?」

「イギー?」

 パドマの声に反応して、師匠の動きが止まった。師匠の目がギラリと光り、どす黒いモヤが背中から吹き出して広がっていく。ルーファスは危険を感じ、パドマを抱えて、距離を取った。テッドは周囲に避難指示を出して、レイラーニを師匠の前に突き出した。

「節穴もいい加減にしろよ。姉ちゃんが好きなのは、兄ちゃんだろうよ」

「ち、違うよ。違うよ。そんなんじゃないから!」

 テッドは、師匠のことも兄ちゃんと呼んでいる。いずれ姉と結婚するんじゃないかなと思って、そう呼び始めた。結婚しなくても、白蓮華では兄分なのだからいいだろうと、特に断りは入れていない。それがレイラーニには正しく伝わって、必死に否定を始めたが、師匠には伝わらなかったので、みるからにしょぼんとしてイスに座り、脱力した。そうだよね、ヴァーノンの方がいいよねと、いじけ始めたのだ。それを見たレイラーニは、殺人計画を練っていると勘違いし、今度こそ逃げ出した。ダンジョン内に逃げ込めば、師匠にも負けない。最悪、負けてしまったとしても、人生目標を先に終えてしまえば、レイラーニの勝ちだ。

 レイラーニはアーデルバードのダンジョンの1階層の床に沈み、99階層の自室に移動した。



 レイラーニの寝室に、お友だちが増えていた。激甘設定のクロアシネコと、レッサーパンダである。レイラーニの気配を感じて、擦り寄ってきた2匹を座って抱きしめて、撫で回した。ついついクロアシネコの可愛さに蕩けてしまうが、レッサーパンダの胴回りも魅力に溢れている。お腹の張りと温かさに和んでいると、アデルバードもやってきた。レッサーパンダと同サイズに小さくしたキヌゲネズミを抱いて、抱っこの順番待ちをしている。レイラーニもアデルバードの存在に気付いていたが、しばらく放置していた。だが、アデルバードの腕にふさふさの大福が乗っているのを見て、ころりと態度を変えた。

「お兄ちゃん、おはよう!」

「こんにちは。私もこの子たちも、首を長くしてお待ちしておりましたよ」

 アデルバードはキャンベルハムスターをひざに乗せてやると、レイラーニは嬉しそうに抱きしめた。野生動物にそんなことをすれば嫌がらせにしかならないが、ダンジョンモンスターはダンジョンマスターに絶対服従のぬいぐるみ同然の存在である。レイラーニは思う存分、ふくふくと可愛がり倒してから、アデルバードに向き直った。

「あのね、あのね、パパラッチーを持ってきたよ。これで100階層に行ける?」

 レイラーニは背負っていたリュックから、カイレンにもらったアクセサリーの箱を取り出すと、本が床に落ちた。レイラーニの知らない本である。アデルバードはそれを拾い上げると、顔を背けてクツクツと笑い始め、しまいにはうずくまって動かなくなった。

「え? 何? 笑い茸? 危険物?」

 アデルバードが拾った本は、レイラーニの両手を並べたくらいの大きさと厚みを持つ本である。師匠愛用の均一紙でできているため、薄いながらかなりのページ数がありそうに見える。革張りの表紙は、細かな植物の絵の箔押しがあり、細いベルトで閉じられていた。

 アデルバードが差し出すので受け取ったが、レイラーニには心当たりのないものだった。ベルトはワンタッチで外れたので、表紙を開いてみると、文字がびっしりと書かれていた。

『生まれた時代、場所、性別、何もかもが違うから、私はあなたのことを理解することができません。これ以上、嫌われてしまう前に、あなたのことを教えて下さいませんか』

 そんな言葉から始まり、このノートの使い方が書かれている。

「面倒臭。何でこんなのをやらなきゃいけないのか」

 更にめくると、私の今の気持ちと言うのが小さな文字でずらずらと綴られ、最後に『あなたにとっての正しい父親像を教えてください』とあった。

「お兄ちゃん、書くもの貸して」

 アデルバードはまだ丸まっていたが、壁際にある家具を指差したので、そちらに移動する。机らしきものの引き出しを開けると右の引き出しにペンとインクがあったので、席について返事を書いた。

 『お母さんと遊んだお客さん。子どもが産まれたことも知らずに、どこかで適当に生きてるかもしれないし、死んでるかもしれない人。誕生の契機をくれたことに感謝もしてないし、不満をぶつけるつもりも特にない。ウチには関係ない、どうでもいい人』と返答を書いた後に、『ほっかいどうぐるめは、どんな味』と質問文を追加した。

「これで良し」

 レイラーニはインクが乾くまで、そのまま放置した。笑いのツボから復帰したアデルバードは、レイラーニが書いた内容を見て、更に笑いの渦に飲み込まれた。

「お兄ちゃん、さっきから何やってるの? 約束の服を出してよ。100階層に行くからさ」

「ふっ、くっ、く、大変申し訳御座いません。嬉しくなって、完全誂えで注文を出してしまいました。まだ布の染めも終わっていないかと思います」

「染め? じゃあ、完全に仕上がるのはいつ?」

「特急依頼は出しているので、60日くらいで仕上がるといいですね。更に取り寄せに時間がかかるのですが」

「60日? なんで、そんなに」

「素人誂えの品では通用しないからですよ。玄人はこの辺りにはいない、特殊な民族衣装です。それを用意できるということで、選別条件になります」

「ぐう」

「それに、服を手に入れただけでは、まだ足りません。一瞬で胴が生き別れになりますよ」

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「それは教え、、、ああ、折角ですから、先程の交換日記を使って調べてみては如何でしょうか」

「調べる?」

「ええ、貴女のお父上は、我が半身。ここが作られることになった諸悪の根源であり、100階層のモンスターの中心的存在ですよ。何も知らないとお思いですか」

「おお! 質問を間違えたね。いや、ホッカイドーグルメの方が大事だ」

「さあ、用事は済みましたね。お茶会を致しましょう。今日はお酒はなしでいきますよ!」

「うん。甘い酒を切らしたお兄ちゃんには、特に用はない。またね」

 レイラーニは無情にも、クロアシネコにお別れを言っている。執着しているペットで気を引けなければ、アデルバードに引き留められる見込みはない。アデルバードは師匠の酒をくすねて、レイラーニの前にかざした。

「用意が御座います。しかも、今日はなんと、ロバのチーズも用意致しました。本当に帰ってもよろしいのですか?」

「ロバ? ロバって何?」

「いえ、お帰りになる方には関係のない話ですよ」

「なんか、急に喉渇いちゃったかな。お茶会しよっか。今日は朝まで付き合うよ」

 レイラーニはスキップして、ダイニングに出かけた。

「ええ、たくさんお話ししましょうね」

次回、唄う黄熊亭の最期。


なのですが、明日は387の次にssを挟みます。

順番通りでなくて、済みません。

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