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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
39/463

39.棒

 パドマは、武器屋を訪れた。いつもの如く師匠が後ろから付いて来ているが、気にしない。

「こんにちはー。おっちゃーん。相談があるんだけど、今いーい?」

「おう、嬢ちゃん。いいぞ。なんだ?」

 店主は、カウンターで、柄巻きをしていたようだ。売り上げは上がったと聞いているのに、暇そうにしているところしか、見たことがない。

「とにかく小さくて嵩張らない武器って言ったら、短剣?」

「また新しい武器が欲しいのか」

「うーん。欲しいか、って言われると微妙だなぁ。欲しい訳じゃないんだよ。手持ちの武器を汚したくなくてさ。使い捨ても嫌でさ。そういう場合、どうするのかわからなくて、困ってんだけど」

「具体的には?」

「ヤドクガエルを切った剣で切った肉を食べたくない」

「毒蛇は切ってるんだろ? 変わらなくないか?」

「ホントだ! もう斬らない!!」

「嬢ちゃんの考えは、良心的なんだろうし、嫌いじゃねぇけどな。こんなのは、どうだ? ちょいと重いが、コンパクトだぜ?」

 武器屋の店主は、直径が小指ほど、長さが前腕程度の金属棒を差し出した。

「棒?」

「ああ、嬢ちゃんが、二言目には、小さいのがいいだの、軽いのがいいだの、って言うだろ? だから、作ってみたのよ。使わねぇ時は短くて、使う時に伸びる棒だよ。面白そうだろ? どうだ」

 店主は、話しながら、実際に伸ばしてみせた。もう一度、短く戻してから、パドマに渡す。

「面白いかもしれないけどさ。棒じゃ切れないし、力のないウチには向かない上に、使い方もわからないんだけど。本当の勧めた理由は何?」

「嬢ちゃん、ノリが悪いな。わからないか? 作ってみたんだが、これっぽっちも売れねぇのよ。どうしてくれる」

「それで、責任とって、ウチに買い取れと。なんでだよ。そんなの知らないよ」

「俺だって、そこまで酷いこたぁ言わねぇよ。タダでくれてやるさ。嬢ちゃんに持たせときゃ、ちっとは売れんじゃねぇか、っつー算段くらいさせてくれよ」

 店主は、カウンターに突っ伏して、泣きまねを始めた。可愛い顔をした師匠が、本当に涙を流して泣きまねをしているのを見慣れていて、かつウザいと思っているパドマにとって、厳ついおっさんの泣きまねなど、好印象ポイントなど微塵も感じられなかった。

「何本作ったの? おっちゃんの涙なんて、なんの価値もないし。ウチは、師匠さんのおかげで、泣く男は大っ嫌いなんだよ!」

「50本」

 店主は、顔をあげて、指を5本立ててみせた。パドマは呆れるしかない。値段にも寄るかもしれないが、閑古鳥が鳴く誰も訪れない武器屋で、面白い変な棒が売れるとは思えないのに、試しに作る数ではない。

「バカだ」

「フライパンは、倍は売れたんだぜ?」

 失敗してる最中なのに、店主は何故か胸を張った。とても反省しているようには、見受けられなかった。

「はぁ、師匠さんは、棒は扱える?」

 師匠は、店主とパドマが話をするのを、ずっとパドマの横で見ていた。最初からずっと微笑みを浮かべていて、話を振っても表情は変わらない。

「これ、どっちなんだ?」

「わっかんない。でも、師匠さんだから、使えるよね? 左脇腹辺りに、棍っぽいのを隠し持ってたと思うし」

「じゃあ、持って行け。そして、派手に使いまくってくれ」

「思うんだけどさ。ウチが使うより、師匠さんにあげた方が売れるんじゃないの? 饅頭でもハンカチでも、師匠さんのって言えば売れる人だよ」

「よし、2本持ってけ」

 師匠は、首を振っている。好みではないらしい。呆れるほど武器が仕込まれている身体に、これ以上はいらないのかもしれない。

「残念だね。いらないって」

 パドマは、棒を1本だけ受け取って、店を後にした。



 武器屋の宣伝のためではないが、早速、ダンジョンに潜った。師匠は、珍しく2階層で脇道に入った。今日の獲物は、ニセハナマオウカマキリらしい。

 師匠は、今まで見せたことのない棒を持っていた。腕と同じくらいの長さで、少し弓形にカーブしている。パドマがもらった棒とは、大分趣きが違うが、それで使い方を見せてくれるのだろう。それまでは、棒を左右に振って、カマキリを吹き飛ばしながらスタスタと歩いていた師匠が、急に足を止めた。

 気持ち悪いほど集まっていたカマキリの集団を相手に、師匠が棒を振り回し始めた。ただ倒すだけなら、ひたすら横に薙ぎ払えば一撃で倒せるところを、1匹1匹丁寧に、違う動きで処理してくれた。正面の敵を貫突きからの前出突きで2匹吹き飛ばし、回転しながら横打ちや裏打ちをして、四方の敵を屠る。上段から振り下ろして床に叩きつけたかと思えば、そのまま上に返してもう1匹吹き飛んだ。1つひとつの動きが、型通りかのように美しく、型と型の間も淀みなく繋がる。腹立たしいほど整った演武だった。

「基本は、突くか、叩くか、払うか、振り回すかなぁ? だけど、あの手は、どうなってんだろ」

 金属棒を伸ばすとパドマの身の丈と同じくらいの長さになった。真似して振り回してみるも、持ち手が違う気がする。

「ぐるっと回すと後ろが前に来るのかな? え? ねじれた手をどうすんの? あれ? 師匠さんが片手持ちになってるし。なんかキレイでムカつくな。たまには、うっかり足にでも打ちつけたらいいのに!」

 見せてもらったものの、結局、突きと打撃しかわからなかった。振り回している部分と右向きと左向きが交替する時の持ち手が、どうなっているのかわからなかった。見ている分には、簡単そうだし、ぎこちない動きで無理矢理できたことにするのは可能だが、同じ動きを再現することは出来ない。

 パドマが、棒を振り回して悩んでいたら、師匠は真後ろに立って、パドマの棒をつかみ、ゆっくりと実演してくれた。

「ああ、そのタイミングで持ち替えるのか。そっか」

 納得はしたが、上手くはできない。慣れが必要だと思われる。



 師匠のように思うままに操ることはできないなりに、なんとなくわかったので、そのまま棒を使って敵を突きながら下階層に向けて行ってみることにした。

 虫だけは、倒さなくても先に進むのに支障はない。火蜥蜴も小さいから、なんとかなる。問題は、ミミズトカゲ以降の巨大生物もどきたちだ。


 最近は慣れたもので、倒さなくても死なない程度に翻弄出来るようになってきたので、気軽に棒のまま挑んで、失敗した。力のない人間でも、棒の打撃で落とすことができるかチャレンジだったのだが、初手の中段突きでミミズの皮膚を貫いてしまい、パニックになってしまったのだ。パドマは、触感と見た目の気味悪さに意識を奪われて、棒立ちになった。師匠がミミズトカゲを棒で殴り飛ばして制圧したので、ケガすることはなかったが、アシナシイモリのことを思い出してしまった。

 目隠しなしで行けるようになったところだったのに、逆戻りである。

「師匠さんなら、棒でもいけるんだね」

 パドマは、剣を抜いて、動かないミミズトカゲに斬りつけた。棒で突いた時のような弾力は感じなかった。今まで、武器の性能に助けられていたことに気付いた。

「しかも、蹴らずに助けることができることも、とうとう立証しちゃったしね」

 と言うと、師匠は驚愕の表情を浮かべた。

 証拠は出せないものの、皆が皆、そうだろうな、と気付いていることを師匠は、わかっていなかったことをパドマは初めて知った。

「師匠さんの周りには、師匠さんの性格がねじまがっててもまぁいいやって人と、マジふざけんなって思ってる人しかいないと思うよ。ちなみにウチは、クソふざけたおっさんだな、って思ってる。感謝が霞んで消え失せるくらい、イライラしてる」

 目に涙を貯め始めた師匠を放って、パドマは次の部屋に歩き出した。



 ミミズトカゲは剣で倒し進み、固そうなアシナシトカゲで、再度棒チャレンジをしてみたが、何度叩いても何のダメージを与えられた気もしなかったし、突いても突き通せなかった。倒せなくて安心したのは初めてだ。

 だが、アシナシトカゲを棒で倒せないということは、ブッシュバイパーやリンカルスを棒で倒すことはできないだろう。棒でなんとかするよりも、剣を2本持って来た方が早いという結論に達した。



 問題の23階層のヤドクガエルとフキヤガエルは、ミミズトカゲと同じ結果になった。

 上段から体重を乗せて打ちこんでもダメージは与えられず、貫突きをすると皮膚を貫いてしまう。身体が小さいため、横打ちをすれば吹き飛ばすことはできるので、通路を作ることはできそうだが、あえて棒を選ぶ理由は、特になさそうだった。

 そのため、今日も階段上から少しカエルを突き回しただけで、フロアに降りることなく帰った。



 ダンジョンセンター近くに出ていた屋台で買ったハニーナッツパイを持って、武器屋に顔を出した。何の許可もなく、店の端にあるイスに座り、おやつを広げた。

「おっちゃん、ダメだわー。棒は使えないわー。ウチには、向いてないよ」

 パドマは、ダメ出しをしにきたのに、店主はいい笑顔で迎えてくれた。おやつを持って感想を言いに来る約束などしていないのに、お茶を人数分持ってきてくれた。

「俺の目に狂いはなかった。流石、嬢ちゃんだ。棒は完売した。もう使ってくれなくていいぜ。真剣に、嬢ちゃんの武器を考えようか」

 お茶を置いた後、蝋板を持ってきて、店主も席についた。店の状態は、朝と何も違いがなさそうなのに、50本の在庫がはけた理由が、パドマにはわからなかった。

「は? なんで?」

「今日、フライパンを持って行かなかったんだろう? おかげさまで、フライパンを上回る武器が出たって、評判でなぁ。行列までできちまって、びっくりしたぞ」

 店主は、ニヤニヤしている。こんな方法で武器を売るから、リピーターがいないのではないかと思われるのに、まったく気にしていないようだ。

「詐欺商法じゃない? ウチは、これっぽっちも気に入ってないけど」

「新しい武器の使い心地を試してただけなのに、勘違いしたヤツが大量発生しただけだ。フライパンは愛用の武器として売り出したが、棒に関しちゃ何も言ってねぇ。だから、詐欺じゃあなかろう」

 堂々と言い張る店主を諌めなくてはならない言われもないし、乗せられやすい人たちの責任も取りたくない。パドマは、考えることを放棄することにした。

「まぁ、虫相手なら使えないこともなかったし、師匠さんくらい力持ちなら、何が相手でも使える武器かもしれないから、いっか」

「そうそう。買ってったのは、野郎ばっかりだ。使えるヤツも、中にはいるだろう。

 それはそうと、師匠さんは、どうしたんだ?」

 師匠は、いつものようにパドマの後ろをついて歩いていたが、珍しくどんよりとした顔で泣いていた。いつもの同情を引くための泣き顔とは、また一風変わった泣き顔だとパドマは思ったが、あえて無視している。

「ちょっと本音をもらしたら、本気で傷付いたみたいでさ。やっぱり、いつものは嘘泣きだったか、と思ってるところ」

「嬢ちゃん、強くなったなぁ。でも、イジメは感心しないぞ」

「うん。ウチも、こんなことしたくないんだけどさ。やらないと蹴られるんだよ。1回師匠さんに蹴られた後に言ってんなら、その意見も聞こうと思うんだけど、無理だな。おっちゃんは、師匠さんを可憐な乙女だと思ってる派なんでしょ? 蹴られた後、吹っ飛ぶんだよ? 助けられても、全然感謝できない痛さなんだから」

次回、ヤドクガエル用武器実装。

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