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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
388/463

387.5.if体育祭〈後編〉

もしもパットがゲームを終了しなかったらの、もしもの世界線になります。

 フォークダンスが終わると、最終競技クラス全員サイコロリレーが始まる。泣いても笑っても、これで優勝が決まる。

 現在の得点は、1年1組は306点、1年2組は184点、2年1組は219点、2年2組は179点、3年1組は349点、3年2組は271点である。1年1組は2位につけているが、1位との得点差が大きい。サイコロリレーで1位を取っても、自力優勝はできない。1位を取らねば絶対に優勝できない上に、3年1組に5位以下になってもらわねばならない。かなり苦しい状態だった。応援合戦の配点が高かったことと、縄跳びの負けが祟った結果だった。レイラーニが師匠並みに縄跳びを跳べたら、現在2位には変わりないが、リレーで1位を取れば自力優勝できたし、他クラスの結果次第では1位でなくても優勝の可能性はあった。両手を使って計算して、それに気付いたレイラーニは、くちびるを噛んで悔しがった。

「サイコロの神様! ウチに1を下さい」

 レイラーニは真剣に祈った。レイラーニがサイコロで1以外を出せなければ、勝てる見込みはない。レイラーニがトラック1周走る間に、師匠は6周走りきるかもしれないくらいなのだから。これはリアルではない。ゲームバランスを調整しているゲームマスターの心を動かすことができれば、1は出るのだ。だから、いち、いちと願い続けた。「1を出さなきゃ、許さない」と呟くと、全師匠がレイラーニを見た。ただのゲームの体育祭なのに、何故あんなに気合いが入っているのか、理解できた者はいない。レイラーニはゲームをクリアして、帰りたいだけなのだが。

 サイコロリレーは、足の速さよりもサイコロ運がものをいう競技である。クラス全員1回ずつ走るのだが、走る距離はサイコロで決める。バトン代わりの特大サイコロを振って、出た目の数だけトラックを走る。1が出れば1周で済むが、6を出せば6周走る。だから1位を独走していても、最終ランナーがサイコロを振るまでは勝敗はわからない。


 第1走者はレイラーニである。リレーは最終ランナーは足が速い人が選ばれるんだよと、水色師匠が言ったので、だったら1番遅い自分が第1走者かなと思ったからだった。スタートからビリになったら居た堪れないのだが、わざわざ進言してきたからには上策なのだろう。

「ビリになったら、挽回してね!」

 走る順番が決まっただけで半泣きになっているレイラーニにガッシリと腕をつかまれ、水色師匠のやる気に火がついた。

「任せて! 光速を超えられるよう、コーディングするよ」

 笑顔で答えたのだが、担当のモンスター師匠が師匠に殴られたので、水色師匠は動かなくなってしまった。レイラーニは、薄気味悪さにそのまま逃げた。


 競技スタートのピストルの合図で、第1走者は一斉にサイコロを投げた。レイラーニは不正なく回転させて足下に転がしたが、見事に1を引き当てた。師匠たちも何もしていないが、勝手に1を出したのである。

「やたっ」

 喜びを爆発させて、誰かと分かち合いたい気持ちを抑えて、レイラーニはすぐにサイコロを拾い、走り出した。他の第1走者が、余裕をかまして遠くに投げたサイコロを追いかけている間に、少しでも距離を離さなければならない。

「各クラスの選手、一斉にサイコロを投げました! 出たサイコロの目は、1、5、3、5、1つ飛ばして2。3の1は豪快に吹っ飛ばして、校舎まで飛んでった。拾ったら戻ってきて出目を教えてね!!」

 オッフェンバック作曲「地獄のオルフェウス」をBGMに、レイラーニは懸命に走った。1周46秒ペースという女子としては脅威的なスピードで走ったが、ゲーム内のミラクルな師匠の群れに入ってしまえば、ダントツで鈍足になる。超速の師匠は次々とレイラーニを追い抜いて、最終周になったところでレイラーニの後ろで足踏みを始めた。全力で走る後ろで余裕をかまされて、レイラーニはくそムカついたが、抜かないでいてくれるのは歓迎すべきことだった。怒りをパワーに変えて、更に加速しテイクオーバーゾーンに迫った。バトンパスする水色師匠の隣には、3年1組の第1走者である人形浄瑠璃部の部長が立っていた。レイラーニに見せたサイコロの目は1だった。

「い、ち?」

 レイラーニが呟くと、人形浄瑠璃部部長はにこりと笑い、全速で走った。3秒でレイラーニの真後ろにつけて他の師匠と横並びになった。「いえーい」とハイタッチしあう師匠たちへの怒りを押し殺して、水色師匠にスタートの合図を出した。

「はい」

 レイラーニは巨大サイコロを前方に突き出すようにして突進していくと、水色師匠はそれを受け取って転がした。サイコロの出目は6。最悪だとレイラーニは思った。

「ひぃ」

 やらかしてしまった水色師匠は、涙目で走った。やっちゃったねーと、けらけら笑う師匠たちを振り返ることもなく、6秒で走りきり赤師匠にサイコロを渡す。他の師匠たちは30秒ペースで走っているから、余裕で1位だ。だが、そんなものに意味はないことに、レイラーニは気付いた。


 本気でレースをしているのは、レイラーニだけだと気付いて、虚しくなった。師匠は本気を出したら1周1秒で回れてしまうのだ。それではレースがすぐ終わってしまうから、ふざけているのだろう。また3年1組の師匠はとんでもない方向にサイコロを投げ飛ばしているし、他の師匠も流して走っている。デッドヒートを装って、抜きつ抜かれつしてみたり、明らかにふざけていた。

 赤師匠は真面目に取り組んでいる。サイコロで2を出し、1周20秒ペースで走った。レイラーニから特別な応援をされていないし、それが限界だった。

 紫師匠が走り、橙師匠が走り、緑パットが走り、1年1組は1位を取ったが、それ以外の師匠は一緒にゴールしたため、同率2位となり、レイラーニたちは総合優勝を逃した。



 レイラーニは、リレー後ずっとぐずぐずと泣いていた。縄跳びの失敗を、ずっと悔いて泣いていた。万に1つも師匠たちより縄跳びが上手くなることはないだろうと思われるし、そうなったらなったで、リレーを勝たせてはもらえなかっただろう。師匠たちの間で、3年1組の優勝は決まっていたのだ。

 水色師匠は初めて抱いてあやすことができたが、あまり嬉しいと思えなかった。仮令自分が蔑ろにされたとしても、レイラーニが笑っている方が良かった。だから、閉会式終了後、周囲に集まってきた師匠先輩たちに腹を立て、睨みつけた。

「レイラーニ。はい、プレゼント」

 人形浄瑠璃部部長が、優勝杯をレイラーニに差し出した。優勝したがっているレイラーニを見て、一緒に優勝を目指すことができないから、優勝杯を捧げるために優勝したのだ。何度やってもあいこになる、じゃんけんの激戦を経て手にした優勝資格で、手にすることができた。

「そんなものはいらない」

 レイラーニは泣きはらした顔を上げ、師匠たちを睨みつけた。

「ウチが本気でムカついてるのは、ふざけてるヤツに負けたからだ。雑魚相手でも真面目にやれよ! 何がしたくて、こんなゲームをさせてんだよ。やる気がないなら、もう終わりにしてくれないかな」

「いや、でも、あのね。この優勝杯を教室に置いておけば、授業を受けた時のパラメータの上がりがよくなるんだよ。私たちは、勉強も運動もこれ以上上げようがないし」

「うるせぇよ。できが悪くて悪かったな! でも、お前らがおかしいだけだから。人をバカにするしかできないなら、失せろ!」

 レイラーニは先輩を蹴散らして、戦友たちを打ち上げに誘った。



「大変申し訳ありませんが、生徒と飲み会はできません」

 レイラーニは打ち上げに居酒屋に入店しようとしたところ、師匠先生にお断りをされてしまい、アルバイト先に設定されていたファミリーレストランに移動させられた。

「この世界では、飲酒は20歳になってからと決められているのですよ。若いうちの飲酒は、脳細胞の破壊や脳萎縮が早まる可能性があると言われています。臓器に障害が起きたり、性ホルモンの分泌に異常が起きるおそれがあるそうですし、、、骨の成長も妨げると言われています。20歳未満と知りながら止めなかった私も、提供した飲食店も罰せられますので、諦めて頂けると助かります。レイラーニさんは、あと19年は飲酒禁止ですよ」

「くっそ。ウチの背が低いのは、変態どもの所為だったのか! どこまでもムカつくヤツらだ!!」

 そして、師匠たちの勧めで、ドリンクバーのサイダーで乾杯することにした。ファミリーレストランは、ピザもドリアもティラミスもあって最高だった。少し真面目に転職も考えた。喫茶店のパフェやケーキも、少し食べ飽きてきたのだ。

「今まで練習に付き合ってくれて、ありがとう。それと、今日は体育祭お疲れ様。残念ながら優勝はできなかったけど、2位もすごいよね。何より本気を出して、楽しかったよ。次の行事は何かな? また一緒に頑張ろうね」

 カンパーイ! と杯を掲げ、レイラーニはサイダーに口を付ける。アーデルバードのサイダーはアルコール飲料なのだが、ファミリーレストランのサイダーはノンアルコールだった。飲んだことのない強炭酸が口に弾け、とても不思議な飲料であることにレイラーニは目を丸くした。

「お口に合いますか? 合わなければ、発泡なしの飲み物も御座います。果物名のジュースは濃い果実水のようなものですから、取り替えましょうか」

「んーん、平気。飲む。皆も遠慮なくお代わりしてね。お礼に、ここの勘定はウチが持つ!」

 レイラーニは、持ち前の男気を発揮した。すっかり野郎どもを従えて飲む癖がついてしまっていた。師匠たちはそんなレイラーニも好ましく思うが、奢られるつもりはない。

「いやいや、ドリンクバーは何杯飲んでも定額だからー」

「生徒に御馳走して頂いたら、処分が下ると思います」

「財布にアルバイトをさせています。お金には困ってませんよ」

「ジュニアNYASAは非課税だからね」

「非課税枠だけだと、お小遣い足りなくない? 私はBコインを買ったら、溶けたよ」

 1度に回答が降ってきて、レイラーニは頭の中がごちゃごちゃになった。えっと水色が紫色が緑色が橙色が赤色がと反芻して、とりあえず代金を支払わせてもらえないことは理解した。

「そのために、お金を貯めたのに」

「じゃあさ、そのお金は私たちのために使ってよ。それを軍資金に、休みの日に遊びに行こうよ。ね」

 赤色師匠が提案すると、皆の顔が華やいだ。レイラーニは了承していないのに、どこ行くどこ行く? と作戦会議が始まっている。美術館と郷土資料館と映画館とカラオケとボーリングだったらどれがいいと聞かれ、レイラーニは美術館とは何かと訊ね返した。

「私もともに行きたいと思っておりますので、水を差したくはありません。ですが、心置きなく遊びに行くためには、期末考査対策が先ではないでしょうか。夏休み中毎日補講でも、私は一向に構いませんけどね」

 紫師匠先生がそう言うと、他の師匠の顔付きが変わった。私は化学を担当しましょう。私は技術家庭と美術と音楽と保健体育を担当しましょうという具合に、レイラーニの家庭教師をする分担が勝手に決められていく。レイラーニは自分の家庭教師の話だと気付いていない。期末考査は白蓮華の会計報告のようなものだと思って、届いたサラダをもりもり食べた。

「期末考査を満点で乗りきったら、遊びに行きましょう。この世界には、アーデルバードにはないものが、沢山あるのですよ。楽しいところで遊んで、美味しい物を食べて、幸せに暮らしましょうね」

 緑パットにそう言われ、レイラーニは元気に「うん」と答えた。帰らなければならないが、美味しい物を食べ尽くした後でも良いか、と思ってしまったのだ。

以上、10万PV達成記念ssでした。

急に後ろに増やして申し訳ないです。

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