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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
387/463

387.告白

 次の種目は、全校生徒と教職員で踊るフォークダンスである。そこまで合わせて、ちょっと人数が多い1クラスくらいしかいないので、体育祭の出し物としては少し寂しい。トラック3分の1くらいの円を作って踊る。

 1曲目はオクラホマミキサーが採用された。師匠が最も愛するフォークダンスだ。女子が外側、男子が内側のダブルサークルに並んで踊る。次々とパートナーを変えて踊るので、男役になれば全員レイラーニと踊るチャンスはある。女役の師匠は、男役の師匠と同じ身長だからちょっと踊りにくいなと感じる。師匠の目指す形にはならないが、仕方がない。


 パットがそっと輪から抜け出そうとしているのを見つけて、レイラーニが捕獲した。気配を完全に絶っていたつもりだったので、師匠は驚いた。背中側の裾をつかまれてしまって、また身動きしにくい状態になった。

「フォークダンスに加点はないので、参加せずとも宜しいですよね」

「宜しくない。皆で楽しむのがルールだよ」

「今日は遠足ではなく、体育祭ですから。異なるルールのもとに運営されます」

 パットはそろりそろりと逃げ出そうとしているが、レイラーニに危害を加える覚悟を持てないので、身体の位置は変わらない。手を外せないし、引きずることもできない。

「2人ペアのフォークダンスなのに、1人いなくなると、1人あぶれるんだよ。迷惑だと思わないの?」

「私と手を組むのは、嫌でしょう。無理と言われるのは、わかっています。我慢しなくていいのですよ」

 パットは背を向けたまま答えた。じわじわと外に向けて足を動かし続けているが、レイラーニにつかまれたままなのだから、あまり意味はない。

「ウチは精霊の神様なんだよ。手をつなぐくらいなんでもないし! 師匠さんこそ、この踊りが好きだから、プログラムに入れたんでしょ? 何を遠慮してるの? そんなの師匠さんらしくないよ。ウチが泣いて嫌がっても、笑ってモンスターの前に蹴り入れるのが、師匠さんでしょ」

「ヴァルソビアナ・ポジションが好きなんです。左手でリードしているように見せて、そっと見えない位置で右手を支えてもらえるなんて、素晴らしいと思いませんか? 表面上は私を立ててくれているのに、その実、手のひらに乗せて転がされているのですよ。それに、2人とも同じ方向を向いているのです。女性は私を見ることなく、私は至近距離で観察できる。最高ですよね!」

 好きかどうか問われ、師匠はついハメを外して答えたら、レイラーニは頬を引き攣らせた。好きなのはわかっていたが、好きな理由が気持ち悪くて、ぞっとした。カイレンの実兄であり、育ての親である。ひょっとしたら、カイレンよりも気持ち悪いかもしれないと思った。きっとずっとしゃべらなかったから、気持ち悪さに気付かないでいただけだ。

「ち、違います。好きですが、だからといって、貴女の嫌がることを無理にさせるのはもうやめようと決めました。貴女の幸せには、私の居場所はないのはわかっています。未練がましくて、申し訳ありません」

「ガチうるさい。時間だ。黙って踊れ」

 レイラーニはパットに背中を向け、左手同士を繋いで、右肩の上に右手を構えた。ほら手を出せと右手を動かす。

「はい」

 パットはレイラーニの右手の上に右手を添えた。もう前奏が始まってしまったのだ。今から新しいパートナーを組む話し合いは間に合わない。パットは、この素晴らしい踊りをレイラーニに踊らせてあげたかった。授業中、懸命に練習していた姿は可愛らしかった。すさまじく覚えが悪いところを含め、とても愛おしく思った。その時は逃げてしまったから、パットはその場にいなかった。だから、一度も踊っていない。できることなら、レイラーニと共に踊りたかった。

 レイラーニは加点のないフォークダンスは、授業でやらされた範囲内でしか練習していない。そんな余裕がなくて、手が回らなかった。後ろから師匠が、「左、左、右、右」などとヒントを出してやらないと踊りを間違う。師匠の声を聞いて、必死で踊っている姿は愛おしくて、踊りを止めて抱きしめたくなるが、レイラーニが可愛すぎて師匠にはできなかった。

 この角度から見ると、髪の柔らかさと胸の大きさがよくわかるなぁなどと考えていることに気付き、師匠は青褪めた。レイラーニが変態呼ばわりをしてくるのも当然と言える思考パターンに陥っていることを自覚した。

 師匠の肉体年齢からすれば、やむを得ない結果なのだが、年齢を変更するのも問題がある。考え抜いて決めた年齢だった。年齢を下げれば子ども扱いは免れないし、年齢を上げれば精霊たちが好む容姿を失い、魔法の使用に支障をきたす。精霊たちの愛で、魔力を節約させてもらっているのは大きい。師匠もアデルバードくらい魔力を持っていたら、レイラーニに釣り合うように一緒に年を重ねたいと願っている。ただ思いきれないだけだが。


 至福の時間は、すぐに終わりを迎えた。前奏を含めても、30秒もしない間にレイラーニは次のパートナーのもとへ行ってしまった。奪い返したいが、そんなことをしたらレイラーニは戻って来ない。一周すれば戻ってくることはわかっているのだから、じりじりとした気持ちを抱え、パットは自分のコピーたちと順に踊った。相手が自分でも心が湧き立つ踊りだが、レイラーニには勝てない。レイラーニが戻ってきたところで、曲は終了した。そのように曲の長さを調整したからだ。


 一曲踊りきった余韻にひたる時間もなく、次の曲が始まる。パティケーク・ポルカという軽快で楽しげな音が鳴り響いた。

 今度は男女向き合って右手と右手、左手と左手を繋いで踊る。かかとをつける可愛いフリの後に反復横跳びの要領でともに横方向にぴょんぴょんと跳んだら、手を合わせ打ち鳴らす踊りである。

 レイラーニの顔は真っ青で引き攣っている。オクラホマミキサーを師匠たちと踊り、心身をすり減らしたところにとどめを刺されている気分なのだろう。繋いだ手の揺れを感じて、師匠も辛い気持ちになるが必死に笑顔を作った。

 その時間もすぐに終わりを迎え、レイラーニはまた旅立っていった。大好きな踊りなのに、心は晴れない。フォークダンスではなく社交ダンスにすれば良かったと思ったが、すぐにパートナーが変わるダンスだからこそパートナーになれたのもわかる。レイラーニは優しさと根性だけで付き合ってくれているが、パットは恐怖の対象なのだ。おばけよりも恐ろしい者である。そうなる行為をした心当たりはあるので、悪いのはそんなことをしたバカな師匠だ。レイラーニは戻ってきたが、曲は終わった。もう共に踊ることはできない。とても残念な気持ちが胸に広がった。

「幸せの時間をありがとうございました」

「うん。痩せ我慢は身体に良くないよ」

 レイラーニは真っ白な顔で、ふふと笑った。痩せ我慢の大変さを嫌という程味わった直後のレイラーニは、心の底からしみじみとそう思っているところだ。

「もう、この世界から解放して差し上げますね。最後の儀式をします。少しだけ我慢してくださいね」

「やたっ。わかった」

 パットがレイラーニの真正面まで歩み寄ると、背景が満開の桜に変わった。



 レイラーニにとっては、2度目の景色である。余程この花が好きなんだなぁと見上げると、パットと目が合った。漏れそうになる悲鳴を、手で押さえて止めた。パットはその手に手を添えた。

「貴女に暢気に暮らして欲しくてこの世界を作ったと申しましたが、あれは間違いでした。私自身が貴女と青春時代を過ごしたくて、こんなことを企んだのだと思います。願わくば、夏休みも文化祭も音楽祭もともに過ごしたかった。卒業式を終えても、ここにいたかった。でも、もう終わりにします」

 パットは涙をあふれさせた。だが、師匠の嘘泣きになれているレイラーニは、さして揺れない。

「過ごしたいなら、過ごせばいいじゃん。ただ、できたら3年まとめないで、小出しに体験させてくれない? それなら付き合ってあげるけど」

「いいえ。そうではないのです。ともに過ごしたいというのは文字通りの意味ではなく、貴女のことが好きだということです。まったく気付いておりませんでしたが、ずっと、ずっと前から好きだったようなのです」

 パットがレイラーニの腰を引き寄せて、くちびるを落とすと、上空から文字が沢山降りてきた。前回のゲームでは、この沢山の文字が止まると元の世界に戻った。レイラーニは、キスが終了条件だったのかと思った。

「ウチは、薄々気付いてたよ。違うちがうって、必死に否定してたけど、かなり露骨だったよね。足を伸ばしたり、胸を膨らませたり、師匠さんの好みに合わせた身体にしたんでしょ。ウチがそういう家の子なんだって言ったから、丁度良いやって思ったんでしょ。ずっと嫌だったって言ったのに、本当に人の気持ちは無視するよね。丁度良いやじゃないよ。勝手にウチをストレス発散のおもちゃ要員にするなよ。散財させて断りにくいけど、そればっかりは断りたいよ。顔が妹に似てるんじゃなかったの? このくそ変態」

 レイラーニはうつむいてから吐き捨てた。パットからは表情は窺えないが、耳は赤いし、震えているのは見える。モニターには、レイラーニの表情もばっちりと映っている。モンスター師匠たちはそれを見て、「うわぁ、サイテー」と言った。

「す、ストレス? 何を」

「ちょっと寝てるとキスするし、変なものを膨らまして押し付けてくるし、でも惚れられたら困るって、もうそれしかないじゃん。ウチの身体で遊びたいんでしょ。手軽に遊びに付き合ってくれる相手にしたかったんだよね。何なの? 本当は妹が良かったけど、妹は流石に手を出したらダメだし、大事だからこっちにしとこうとか、そういうヤツ? いい加減にしろよ。そんな変態、ウチだって嫌だっつーの!」

「や、そんな」

 師匠も誤解の内容と原因は理解したが、長生きはしてもろくろく恋愛はして来なかったから、そんなことを言われたことはない。師匠はずっと、変な文化の帰国子女枠の優等生でいたのだ。知らぬ場所でおかしな噂になっても、直接その手の話を振られたことはない。どう返していいのか、咄嗟には思いつかなかった。もう話題自体が恥ずかしく、悪友とすらしたことかないくらい破廉恥なのに、話題の主人公が自分で、話者は初恋の可愛い可愛い、可愛いはずのレイラーニである。爆死寸前で震えた。

「ねえ、やっぱり断っちゃダメ? 親子だから抱きつくとか、ウソだよね。イレさんは、そんな話しないよ」

 レイラーニは疑問を投げかけてくるが、パットには口を挟ませず、次々と爆弾を投下した。

「違います。ちがいます!!」

 パットが叫んだところで、エンドロールが止まった。



「ちょっと待って。クラス全員サイコロリレーはどうなったの? 優勝は? 優勝できた?」

 兜を取ってくれたモンスター師匠に、レイラーニは飛び付いた。何日も何日も熱心に練習し、かなりガチで目指した目標である。

「1年1組は、レイラーニ様がいなくなったので、探しに出て、リレーは欠場しました。リレーで勝てたら1位は取れる圏内にいたのですが」

「ったく、あいつはいつもいつも中途半端なところで終わりにしやがって。ふっざけんなよ!」

 練習に協力してくれたクラスメイトにも、お礼を言っていないし、お別れも言えていない。レイラーニは体育祭が終わったら、クラスメイトを連れて打ち上げに行く予定でいた。そこでどーんとバイト代を吹っ飛ばして飲み明かし、礼を伝えるつもりで財布に10万仕込んでいた。アルバイトをしただけで、お金を使い切らなかったことも思い出し、更に怒りは増した。

「もう絶対に、師匠さんを許さない!」

 清純で従順な妻としか付き合ったことのない師匠はもう耐えられず、レイラーニが座っているイスの後ろで倒れていた。全力で違うと否定したいが、もしかしてそうだったらどうしよう、とも思っている。パドマが大好きだったのに、ずっと気付かずにいたのだ。その通りだと、気付く日がくるかもしれない。どこまで自分を信用できるか、わからない。いつでもそばにいたいし、触っていたい。抱きしめたいし、口付けしたい。清廉な気持ちだけではない。確かに邪な欲望もある。変態と言われてもやむを得ない。レイラーニの言う通りな気もするのだ。顔はかなりリシアにそっくりなのだから、そんな相手にこんな気持ちを持つなんて、どうかしているような気は前からしていた。足は故意に伸ばしたが、どうして胸が膨らんでしまったのか、師匠にもわからないのである。これが自分でなかったら、ストレス発散のためだろうと、師匠も考える。そう思われても仕方がないのは、認める。

 こんな気持ちを相談したら、半身には鼻で笑われる。学友が恋バナに花を咲かせている時に、なんで真剣に話を聞いておかなかったのかと、心の底から後悔した。

次回、フェーリシティの変化。

レイラーニは飲み食い睡眠を省いても生きられる体質のため、ぶっ続けで長いことゲームをしてました。その間に起きた周囲の変化について。

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