386.体育祭〈中編〉
すべてのクラスのくす玉が割れたら、お昼を食べることになった。お弁当を食べながら、くす玉の中身をわけっこするのである。1年1組のくす玉はなくなってしまったが、一応1位の点数は入ったので、不幸な事故だったと思うことにした。
残念だったねと、他クラスのくす玉の中身を分けてもらえたし、なんならそちらの方が取り分が多そうだったから、レイラーニは特に不満に思ってはいない。吹っ飛んでくれたおかげで、持ち切れない程のお菓子が手に入ったのだ。
どこで食べてもいいのだが、1年1組は銀杏の木の下でお昼ごはんを食べることにした。この学校のシンボルツリーらしく、隅の中央に生えている大きな木である。花の頃を終え、青々とした葉を茂らせている。風が吹くとさやさやと葉なりの音がして爽やかな気分になれるのだが、レイラーニの周囲は師匠のおしゃべりがかしましくて、それらはあまり聞こえない。喋らない方が良かったかもと、こういう時は思ってしまう。
レイラーニたちが座ると、その周りに他クラスもクラスごとにまとまって座った。皆が注目しているのは、レイラーニの弁当箱が、やたらと大きいことである。誰と食べるつもりで五段重なんて持ってきたのかと聞きたい。
1段目は、おにぎりが入っていた。半分は鶏五目おにぎりで、半分は鮭おにぎりだ。ブロッコリーやハムの飾りもあるが、おにぎりは12個も入っている。絶対に1人で食べる量ではない。
2段目は、唐揚げとスコッチエッグとハッシュドポテトと温野菜サラダが入っていた。
3段目は、伊勢海老の中納言焼きと天ぷら、鯛の塩焼き、牛ヒレ肉のステーキ、ローストビーフ、抱き合わせが入っていた。
4段目は、だし巻き玉子、セイボリータルト、キッシュが入っていた。
5段目は、フルーツポンチといちじくとサクランボが入っていた。
バイト先からの差し入れの焼き菓子は、別途弁当箱の上に乗っている。
すべてのおかずが6の倍数で入っていたから、6人前か、もしかしたら3人前かなと周囲は見ているのに、レイラーニは1人で食べる気満々でいる。6人前だからフルーツポンチが6個に分かれてるんじゃないの? と誰も言えないから、レイラーニは気付かない。
そんな中、弁当を持っていない男が1人いた。レイラーニの弁当箱を運ぶ係の水色師匠である。弁当を作ったレイラーニの姉に、一緒に食べてねと言われたから自前の弁当を持って来なかったのだが、レイラーニに言い出せなくて、困っていた。
あいつ弁当持ってないな、もしやあいつが一緒に食べるのかと、皆が見て、噂をしてたから、レイラーニも大概気付いた。
「お弁当、どうしたの?」
「ああ、うん。持って来なかった、みたい」
「マジか。しょうがないな。お姉ちゃんが張り切っていっぱい作っちゃったみたいだから、少し分けてあげるよ。でも、家に帰ったら、作ってもらったお弁当も食べるんだよ。約束ね」
「うん。ありがとう」
話を聞いていた師匠たちは、なんで弁当を忘れなかったんだ! と悔しがったが、レイラーニが弁当を分けてやるのは、水色師匠が弁当運びをしてくれたからである。レイラーニの弁当なんて持ってるから忘れてしまったのかもしれないと、申し訳ない気持ちになったのだ。
「ええと、おすすめはどれ?」
「好きに食べていいけど、唐揚げとスコッチエッグは数が多いから手伝って欲しい」
「わかった。おにぎりもいっぱいあるから、1個ずつ、、、鮭おにぎりを2個もらってもいい?」
水色師匠は、レイラーニの機嫌を損ねないように、慎重に顔色を読んでお弁当に手をつけた。それを見た皆は別に同じ弁当じゃなくていいやと思った。レイラーニの好物を食べると嫌われてしまうなんて、面倒臭すぎる。どうせ実際に食べるのは、同じ調理班が作った料理だから、大人しく自分の弁当を食べることにした。
お昼休憩がそろそろ終わる頃、パットが戻って来た。買い物袋を下げている姿が、とても似合わなかった。パットは銀杏の下に集まる師匠たちの隅にいた師匠に袋を渡し、託けると背を向けて立ち去ろうとしている。ひとまず、くす玉の中身の代わりのお菓子を買ってきたので、これからくす玉の中身を捜索するか、作り直すつもりでいる。
レイラーニは、鶏五目おにぎりを1つつかむと、パットを追いかけた。追いつくと、裾を掴んで止め、顔の前におにぎりを突き出した。
「食べて。帰ったら、許さない。優勝するって決めてるんだから。もうパット様も怖くないから。昔のことだよ。いつまでも気にしてないってば」
レイラーニの顔は白いし、おにぎりを持つ手が揺れていた。痩せ我慢をしているのは明白である。師匠の眼鏡は曇りきっているが、レイラーニの変化には気付く。そのまま無視して帰ろうとしたが、裾の手を振り払えない。
「詫びるって言ったのは何だったの? あと半分、手伝って!」
レイラーニがにじり寄ると、パットはつまらなそうな顔で突っぱねた。
「私は練習に参加しておりませんから、何をするか存じません」
「嘘吐き。何でもできるくせに。今すぐに覚えたら、できるんだよね?」
パットは視線を逸らしただけで、出来ないとは言わなかった。
午後は、応援合戦から始まる。各クラス持ち時間5分以内で、それぞれが考えた出し物を披露する。
1年1組は、応援ソングを歌って踊る。
レイラーニは、師匠たちが出した数ある候補を全て嫌だと断ったのだが、自分では何の案も思いつかなかった。応援合戦も加点がある以上、高得点を狙うつもりでいるのだが。
しかし、敵はなんでもできる師匠軍団である。何をしても勝てる気はしない。レイラーニは恥も外聞も捨てるから、絶対に勝てる策を授けてと師匠たちに相談した。その結果、歌って踊ることになったのだ。
普通に歌っても、師匠には勝てない。師匠は即興でアリアも民謡も歌える男である。普通に踊っても、師匠には勝てない。師匠は即興でブレイクダンスでもジャズダンスでも踊れる男である。それに比べて、レイラーニに提供できるものはほとんどない。最大の武器は、師匠の妹に見目が似ているということだろう。点数をつける先生や来賓も、師匠なのだ。亡くなったただ1人の両親が同一の妹だにそっくりなのだ。それなりの効果はあるだろう。そのビジュアル以外に師匠に勝てそうなものも、心に響かせるものも持っていない。橙師匠が、そう言ったのだ。師匠の中ではそうなのだ。
だから、ビジュアルだけは頑張らねば勝てない。レイラーニは師匠たちにされるがままに飾りつけられた。トップスはクラスTシャツのままだが、ボトムスはレースとフリルの多いミニスカートを履いている。制服が似たようなスカートだったから、レイラーニも慣れてきていた。
それだけで充分珍事なのだが、薄紫のウィッグを被り、名前入りのデコタンバリンを背中に背負って、紫のデコハンマーを持っている。フライパンではない。
ひょこひょこと校庭に出てきただけで、師匠たちが通常では見られない反応を示した。ある者は食い入るように見つめ、ある者は顔を赤らめて視線を外す。笑いがこみ上げて耐えているというのでなければ、心に訴えかける何かがあるのだろう。
「いつも変な格好をさせたがるとは思ってたけど、妹の頭は紫だったのか」
レイラーニは、これが妹のいつもの扮装なのかと納得した。見る度に色が違う師匠の妹なら、紫頭でもおかしくないと思ったのだ。それを聞いた者は、違うぞ、それはクラスカラーだと思ったが、誰もツッコミは入れなかった。
1年1組の応援旗は大漁旗だった。真ん中に宝船があり、鯛と海老とレイラーニが乗っていて、静かな波と松の木の後ろには富士山が隠れていて、太陽が燦然と輝き、梅の花が散り咲いている。太陽光が半分紫色のため、少々毒々しいが、それを見た生徒はソーラン節でもやるのかなと思っていた。Happy Sports Dayなどと書かれているが、絶対に祝大漁の方が似合う旗だった。
それなのに、レイラーニは、あざとい系アイドルダンスを応援合戦で披露した。照れるな、全力でやれと師匠たちに指導されながら、練習した歌と踊りだが、歌いながらは踊れなかったので、歌は決めポーズのところだけにして、後は師匠たち任せだ。
しかし、いざやってみたら、可愛さも歌も踊りも緑師匠が頭抜けていた。レイラーニの優勝のために全力で踊ってみたのである。あざとい系は師匠の得意分野である。次々と無駄に同性の学友を怪しい道に落とした実力をなめるな! と、本気を出した結果だった。
他の師匠たちは、やっぱりあいつむかつくよねと噂した。師匠は練習なんてしなくても、ずっとモニターで練習は見ていたし、自分だったらこう踊るのになと、客観視しながらうずうずしていたのだ。それがどーんっと解放されてしまっただけだった。
1年2組は、ボディビル応援。2年1組は、マスゲーム。2年2組は、和太鼓。3年1組は、演舞。3年2組はチアダンスを披露した。応援合戦の1位は、3年1組だった。
扇の使い方が美しく、負けたこと自体は納得したが、負けるならば、あんな格好も踊りもしたくなかった。こんなことをやらせやがって! と、レイラーニは師匠たちに八つ当たりした。
午後2つ目の競技は、十字綱引きである。2本の綱を中心で結んで一体化させた物を、4組が同時に引っ張って勝敗を競う綱引きである。敵チームを誘導したり、協力しあえば、力の弱いチームもそれなりに勝つ見込みはある。
総当たり戦で全敗したら、さすがに泣いちゃうんじゃない? とレイラーニを心配した師匠たちが採用した競技である。だから、1年1組は勝てないなりに、負けることもなく終了した。
次の種目は、借り人競走が行われる。
スタート位置から10m離れた場所にメモが置かれており、そのメモに該当する人物を見つけ、その人と一緒にゴールをする競技である。なお、1度拾ったメモを交換するのはルール違反とする。
レイラーニは最終走者だった。他のものが「尊敬する先生」や「頭がいいヤツ」などの課題をクリアしているのを見守った。毎回、レイラーニを借りに来る者も数人いたが、他クラスは焦らした上で断り、クラスメイトのみ応じてゴールまで行った。
レイラーニは、1位を取る秘策を考えていた。
冷静に考えて、メモの内容は何でも構わないのである。それが何だったとして、どうせ選べるのは師匠しかいないのだ。ならば最速でゴールするためには、メモをとって、手近にいる師匠を捕まえ、その師匠にゴールまで担いで連れて行ってもらうことである。
メモに「頭が黒い人」などと書かれていたら失敗してしまうが、今のところはどうとでも言い訳可能なふわっとした条件ばかりのようだから、いけると思っている。先生と書かれていても、裁縫の師だと言い張れば良い。
レイラーニはスタートすると、全力でメモを取りに走った。頑張ったが、師匠たちには負けた。だが、メモを拾った師匠は全員その場で困った顔で立ち止まっていた。今なら勝てるとレイラーニは残ったメモをつかんで、近くにいたボランティア部部長に声をかけた。
「ウチを抱えて、ゴールに連れて行って」
「はい」
ボランティア部部長は、満面の笑みを浮かべ請け負ってくれた。さすが、ボランティアを愛する男だと安心して、レイラーニは師匠の腕の中で休憩した。大した距離は走っていないが、全力を出して、呼吸が乱れていたのが、落ち着いていく。
ゴールに着いたら、お題の確認がされる。あまりにもどうかと思う人をはじくと言うよりは、AさんはBというお題でCさんを連れて来ましたと囃し立てる役割である。
確認係がレイラーニのメモを開くと、「大好きな人」と書かれていた。借り人競走のお約束なお題である。レイラーニは悲鳴をこぼしそうになったのを、慌てて口を押さえて止めた。真面目に受け取ってはならない。どんなにこっぱずかしいお題でも、結局、答えは師匠しか用意されていないのだ。正解も不正解もない。流石に、誰を選んでも不正解で死が降りかかるというのはないと信じたい。
「そう。大好きな人なの。だって、髪の色がキレイだし」
目を三角にしていた確認係の師匠は、色の好みなら仕方がないと、納得して自分の頭も同じ色に変えた。
レイラーニの1位を認めようとしたので、ボランティア部部長も、メモを差し出した。こちらにも「大好きな人」と書かれている。借り人競走のお約束で、最終レースは全員お題が好きな人だったのだ。だからこそ、借りる相手が全員レイラーニだと気付き、師匠たちがレイラーニの到着を待っていたのである。レイラーニの身体は凍った。
「両想いですね」
そう言って微笑むボランティア部部長は、レイラーニを抱く手に力を込めた。レイラーニは楽でいいやと、まだ抱えられていたのだ。ボランティア部部長の顔が急速に近付いてきて、レイラーニは耐えられず悲鳴を上げた。
結果、レイラーニは助け出され、ボランティア部部長は大勢の師匠にふるぼっこの刑に処せられた。助け出されても、レイラーニは泣いて震えている。
師匠は、それをモニターごしに見ていた。
競技の準備の間にレイラーニは復活を果たした。レイラーニは休ませようと話し合っていたのに、どうしても優勝したいから、出場したいと聞かなかった。
次の種目は騎馬戦である。人数が少ないため、2人で馬を作り、1人が上に乗って、刀を振り回す。刀の素材はスポンジで、騎手の帽子と両手首と胸と背中に付けられた紙風船を叩き割るのだ。全ての紙風船が割れてしまった者は、死亡したとみなし、ゲーム時間中でも戦いから離脱する。全クラス1度に戦い、最後に無事な紙風船の数で勝敗を決める。落馬して割れても負けになるし、刀を振るのに、思い切り手を振っただけで手の紙風船は割れる。
1年1組は騎手はレイラーニとライバル師匠が務める。師匠が上に乗った方が強いのはわかるが、体重が重すぎてレイラーニには馬役ができなかったのだ。身長は大したことはなくても、腹回りに浮き輪がくっついているのだから、仕方がない。レイラーニの筋力不足ではない。レイラーニは親友師匠ちゃんと幼馴染師匠が作ったあぶみに足をかけて上り、紙風船の無事を確認し、剣を手に取った。
「頑張って、優勝しようね」
声をかけると、ライバル師匠の表情が変わった。
騎馬戦は、ライバル師匠の独壇場だった。馬から馬へと飛び移り、野獣のような咆哮を上げ、紙風船を割って回っていた。本人の紙風船も割れてしまっているが、胸と背中の紙風船だけは生きていたから、先輩たちを襲い続けた。
レイラーニは何も活躍できなかった。戦いに行くのだが、敵に逃げられてしまうのだ。レイラーニを倒すのは簡単だが、割っても加点はない。レイラーニに嫌われるだけだ。だから、関わり合いになりたくなくて、皆が逃げてしまう。
結果、無傷で生き残っているのは、レイラーニだけで終わった。だが、ライバル師匠は囲まれて倒されてしまったので、1年1組は1位にはなれなかった。
次回、愛の告白。後編はありません。