385.体育祭〈前編〉
遠足の次の日、登校すると、教室にパット様がいた。頭が緑だから、緑師匠の成れの果てだろう。同一人物なのはわかっているのに、レイラーニは耐えられずにドアを閉めた。
呼吸を整え、もう1度開けると、パット様はいなくなっていた。なんだ見間違いかと、ほっと息を吐くと、明らかに机が1つ足りなかった。生徒が減って以来、教卓前に横並びに5つ机が並んでいたのだ。真ん中が緑師匠の席だったのに、ぽっかりと空いている。視線をずらすと、後ろのドアの真横辺りにパット様が座っていた。ご丁寧に、レイラーニの席から対角線上にある最も遠い場所に移動してくれたらしい。それでもレイラーニは入室を躊躇した。まごまごとドアの前に立つだけで、時間を使った。朝学活前にやってきた先生に早く入れと言われ、レイラーニは思い切って走って席に向かって、走るなと怒られた。
遊園地での様子は、少し変だった。皆にいじめられていたり、レイラーニにあまり構ってくれなかった。いつもなら、もっと食べ物をくれたり、食べ物をくれたり、食べ物を、、、抱きついていいか聞いてきたりするのが、師匠である。他の師匠たちから浮いてしまうなど、師匠にあるまじき行為だ。本来なら、どれが誰だかわからないのが、師匠たちである。
レイラーニが視線を向けても、パット様は微笑んでくれなかった。いつもの外面を捨て、不機嫌そうな顔をしているから、余計に怖い。
1時間目は学活で、遠足の反省会をする。机を5つ突き合わせて話し合い、まとめたものを先生に提出するのである。どうしようと思っていたら、パット様は食い過ぎで腹が痛いと保健室に行ってしまった。絶対にウソだと、レイラーニは思った。
2時間目以降は戻ってきたが、1人教室の隅にいる。たまに水色師匠が話しに行くが、対応がそっけなく、すぐに戻ってくる。性格の悪いことを言っていても師匠の平常運転な気もするし、いじめられてグレてしまったとしたら、そんなものかもしれない。何あれ何あれと思いながら、1週間が過ぎた。
大変なことが起きた。体育祭の練習が始まってしまった。
そんな行事があることは知っていたのだが、レイラーニは体育祭の全貌は知らなかったのだ。体育の祭って何だよと、他人事のように思っていた。だが、フタを開けてみたら、やたらと接触のある競技ばかりだったのだ。綱引き、騎馬戦、大玉転がし、デカパンリレー、フォークダンスなど、密集度が高い競技がある。
パット様は練習をサボっているので、師匠に触れられて不快なだけで済んでいるが、このままでは緑師匠は体育祭に参加できないだろう。やりたくないからサボっているなら知ったことではないが、レイラーニに気を遣って参加していないような気がするから、気になっていた。参加したいなら、イケメンメイクをやめてくれれば良いだけなのに、何がしたいのかわからなかった。
自宅の机の中に、レターセットがあるのを見つけた。姉師匠に見せたところ、使い方を教えてもらえたので、手紙を書いてみることにした。『どうしてパット様になったの? できたら可愛い師匠さんに戻って欲しい。レイラーニ』と書いて、白い封筒に入れ、赤いハートのシールで封をして、下駄箱に投函した。返事はすぐに来た。
『日ごとに暑さが増してきましたが、レイラーニ様におかれましてはお元気でご活躍の由、何よりと存じます。
さて、先日は心のこもったお便りをありがとう御座いました。日頃、お手を煩わせ、ご迷惑をおかけしてばかりいますのに、ご不快な思いをさせ、ご心配をおかけしましたこと、申し訳なく存じます。お心にかけて頂きまして、温かなお心遣いに大変感謝致しておりますが、心苦しく存じます。今後はお気遣いなくお過ごしください。
甚だ不躾ではありますが、書中にてお詫びを申し上げます 。
敬具
○○○年5月15日
コハク』
レイラーニは、目が点になった。あの手紙がこの返事になる意味がわからない。手紙を書くなら形式をちゃんと守れと、添削をされた気分である。ご丁寧にも、難しい言葉には振り仮名や訳注までついていた。文章の内容を読み解いたらいいのか、文体に腹を立てたらいいのか、そんなの知ってるわ! と思ったらいいのか、どうにも始末の悪い手紙だった。間違いなく言えるのは、やっぱりあいつ性格悪いだろ、と言うことだけだった。パット様になった理由に触れられていない。レイラーニは、み、て、や、が、れ! と思った。
レイラーニは、毎日体育祭の準備と練習を頑張った。レイラーニは魔法を使えないのに、師匠たちは魔法使用時の身体能力を持っているのだ。どう考えてもレイラーニのいる1年1組は分が悪い。そこにきて、師匠が1人欠けるのだ。リレーなら代走でなんとかなるが、綱引きは勝てる気がしない。だから、授業前も昼休みも放課後も使って、できる限り練習に明け暮れた。練習したくらいじゃ超人に敵いっこないのだが、せめてもの誠意である。
クラスTシャツも、クラス旗も、デコハンマーも、デコタンバリンも仕上がった。準備は万端である。
レイラーニはクラスカラーである紫のTシャツを着て、運動会に出席した。参加意欲はあるのだろう。緑師匠も来ている。
「絶対、優勝するんだから、皆で頑張ろうね!」
体育祭で優勝すると、優勝トロフィーが教室に飾られ、ゲーム的にはパラメータの上がりが良くなる効果がある。レイラーニはそんなことは知らないが、緑師匠を元通りに皆の輪に戻してやろうと思っている。それが体育祭の主目的だ。体育の先生が、団結力の高いクラスが優勝すると言っていたのを信じて、体育祭で優勝すればすべてが丸くおさまると頑張っている。
師匠先輩たち司会の大喜利のような開会式で大笑いした後、競技が始まる。
体育祭は、クラス対抗戦だ。3学年各2クラスの計6クラスで争う。人数がすくなすぎるため、学年混合で1組対2組で競う競技もあるが、加点はクラスごとだ。
あまりにも人数が少ないため、担任も混ざって競技を行う。サッカーの時は、男も女も皆師匠と言っていたが、先輩も後輩も先生も皆師匠だから、有利も不利もない。弱点はレイラーニだけである。だから、レイラーニが師匠を上回ることさえできれば、優勝できる。
第一競技は、石拾い競争だ。
危なくないように事前に清掃したいのだが、物臭師匠たちに石拾いをさせてもサボって働かないため、競技にしてしまったのである。トラック内の石のみ有効で、わざわざ石をばら撒いたりもしないから、得点の取れる石は少ない。
レイラーニは水色師匠を引き連れて、グラウンドを駆けずり回った。競技になって猶、師匠たちのやる気はないので、準備運動をしている時に見つけていた石を拾いまくって、水色師匠に持たせた袋に入れる。やる気のない師匠たちは、レイラーニに石があるよと教えてくれるので、どんどん拾う。おかげさまで、1年1組は首位に躍り出た。きっとレイラーニが最弱だから、あいつらは優勝できないとバカにしているのだろう。バカにされている間に、レイラーニは得点を重ねる予定だ。
第二競技は、デカパンリレーである。
レイラーニには秘策があった。少々いろいろなことに目をつぶれば、レイラーニも速く走っているように見せかけることはできる。
レイラーニは第三走者で、担任の先生と走る。赤橙の師匠からデカパンを受け取ったら、デカパンの右側にレイラーニが左側に先生がぴょんと飛び入って、履く。履く行為も人任せで、レイラーニは先生にしがみついた。
デカパンリレーは、二人三脚同様、2人の息を合わすことが重要な種目だ。師匠たちは身体能力が揃っているから適当に走ってもそこそこ速いが、レイラーニはそうはいかない。そもそも師匠たちのトップスピードに合わせることはできない。
だが、師匠たち並に、それ以上速く走る方法を見つけた。一緒に走る師匠に、抱えて走ってもらうのだ。師匠2人が協力して走るより、1人で走った方が速い。そして、どうしてかはわからないが、1人で走る師匠よりも、レイラーニを抱えて走る師匠の方が速いのである。レイラーニだって、人並みに重いのに。練習時にその特性を見つけ、どうしてか聞いたところ、顔を背けられて教えてもらえなかった。しかし、理由よりも速く走れることが重要である。
先生にしがみつき、先生に抱えられ、走ってもらえば、頭ひとつ飛び出した。そのまま「頑張って」と耳元で囁けば、また加速する。
レイラーニは背中の悪寒と戦いながら奮闘し、2年1組の先輩たちにデカパンを託した。
結果、見事に1組チームが勝利したが、レイラーニの行動に審議が入った。ヤツは走っていなかったが、あれはアリなのかと2組から抗議されたのだ。
「デカパンリレーは、2人で協力して速く走る競技だって言ったじゃん!」
というレイラーニの主張は無視されたが、
「私は幸せ体験をしましたから、もう禁止にしてくださっても宜しいですよ」
と紫先生が余裕綽々に発言したから、次回に繋げるために、「アリですね」「次は私が」と収まった。
第三競技は、大縄跳びである。
クラスごとに各人順に5回ずつ縄を跳び越し、最後に全員一緒に30回跳べたら終了で、1度引っ掛かったら最初からやり直すという競技だ。回し手も交代で跳んだ後、最後は一緒に跳ばねばならないのが、難しいところである。どう考えても、回し手は師匠にやってもらうしかない。
師匠たちは回す綱を止めることなく交代して、ぴょんぴょんと跳んで綱を越えることができるが、レイラーニには難しい。止まって跳ぶタイミングをはからないと跳べないから、最下位になってしまった。
「ううう。練習したのに、ごめんね」
「大丈夫、大丈夫。勝ったり負けたりするのが胸熱だから」
「次、また頑張ろ」
「うん、ありがと」
レイラーニが凹んでいても、緑師匠は慰めてくれなかった。1人外れた場所にいて、そっぽを向いている。レイラーニの方を見てもくれない。リアル師匠はモニターごしにレイラーニの様子が見えるから顔を向けずに過ごしているのだが、それを知らないレイラーニは寂しくて本気で半泣きした。
第四競技は、大玉転がしである。
この競技は2人1組で大玉を転がして、50m先のロードコーンを回って、バトンタッチする。レイラーニは水色師匠とコンビを組んで、第一走者を務める。師匠が師匠を追い抜くことは、滅多にない。やつらは失敗を知らない可愛げのない存在だから、レイラーニが遅いと、負けは濃厚だ。水色師匠は、責任の重圧で、ドキドキが止まらなかった。
「負けたら、やだからね」
レイラーニは、先程の失敗で、かなり凹んでいる。また負けたら、泣いてしまうかもしれない。
水色師匠は奮起して、大玉を破壊寸前のパワーで押した。一撃でロードコーンをぶち倒し、追いかけて追いつきざまに反対向きに大玉を押し戻す。
戻ってきた大玉にレイラーニが引かれてケガをしたが、第一走者は1組が1位通過した。レイラーニは、やったー! と、まったく関係ない2年2組の自転車先輩と抱き合って喜んでいたので、水色師匠はむくれた。だが、自転車先輩は自分の走る順よりもレイラーニを優先したので、自分が走る順になっても列に戻らなかった。2組は自転車師匠が戻るまで、待たねばならない。1組はその間にガンガン走って余裕勝ちをしたのだから、役に立ったとレイラーニは胸を張った。
第五競技は、部活対抗リレーである。皆、沢山部活を掛け持ちしているが、各々好きな部活を1つ選んで出る。リレーと言ってはいるが、部員を集められなかった部長は、1人マラソンをするし、それが嫌で部長も逃げてしまった部は不戦敗になる。
クラスの得点にはならないが、1位を取った部活と、仮装がユニークだった部活には部費として金一封が進呈される。今年度はどの部活も部費が潤沢にあるが、生徒が大幅に減ってしまったため、来年度からは部の存続から怪しくなる。最後の一花になる部もあるだろう。
レイラーニは、ヤギ部でエントリーした。体育祭で着る衣装なら経費精算できるから、作業着用のヤッケ上下を買ってあげようと、ヤギ部部長に誘惑されたのだ。他の部の仮装には興味がそそられないどころか、誰がそんなものを着るか! という服もあったので、ヤギ部が無難だった。体育祭用だから明るい色にしてねと、部長がピンクを選んできたのには頬が引き攣ったが、それは部長用だった。レイラーニはブルーグリーンで、水色師匠は黄色で、ヤギは赤である。
ヤギ部は走る必要もない。バトンがヤギの生体付き散歩紐なので、お散歩気分で歩いて、脱線当たり前の時間オーバーになるまで適当に過ごせば良いというものだった。部長は金一封よりも、ヤギ可愛さに新部員の獲得を目指していると言い切った。だから、子ヤギを連れた部長は、レイラーニに母ヤギを託して歩かせた。レイラーニはヤギ部を大切にしています、と印象付ける作戦である。水色師匠は、落とし物拾い係をしっかりと務めた。
走力1位は相撲部で、コスプレ1位は吹奏楽部だった。サッカー部、自然科学部、書道部は不戦敗だった。来年度の継続は難しいかもしれない。
第六競技は、午前中最後の競技で、一球入魂くす玉割りである。くす玉割りは、通常玉入れ用の玉や棒をぶつけるものだろうが、全校生徒総サッカー部なので、サッカーボールを蹴り当てて、くす玉を割る競技になった。順に蹴って、最初にくす玉を割ったチームが勝ちになる。当たっても割れねば勝利できず、うっかり別チームのくす玉を割ってしまえば、割れたチームの勝ちだ。
総サッカー部員とは言っても、レイラーニは体育祭練習前にサッカーボールにさわったこともない。だから、ボールを蹴る順を最後に回してもらった。レイラーニに順番が回ってくる前に、誰かに割ってもらうのを期待した方がいい。
「がーんばれ、がーんばれ」
他力本願に専念していたら、パット様が一撃で1年1組のくす玉をぶち抜いた。とんでもない勢いのボールだった。他クラスも全てボールを当てているが、割れたくす玉はない。
本来なら、くす玉は亀裂が入って半分に割れて、
グミやラムネやマシュマロやチーズとともに、チームカラーのマスコットとアクセサリーと紙吹雪とリボンが出てくる予定だったのだが、粉砕されたくす玉とボールは何処かに飛んでいった。パット様は、顔を赤くして、走って探しに出かけた。
2発目3発目と、他クラスの師匠たちはくす玉に着実にボールを当てて、割った。割れてお菓子が降ってくると、レイラーニは何故パット様がいなくなったのかを察した。
「お菓子の恨みが怖くて、逃げ出しやがったな?」
真相ではないが、レイラーニはそう決めつけた。
次回、運動会の続き。こんなに長く書く気はなかった。。。