384.観覧車の罠
緑の学級委員師匠がレイラーニを連れてきたのは、観覧車前である。高所恐怖症のレイラーニがいの1番に却下したアトラクションだった。師匠は箱型の平和な乗り物だと主張したが、その箱の設置面に遊びがあって、ゆらゆら揺れるようなつくりなのだ。絶対に大丈夫なんて信じられない。レイラーニは何も安心できなかった。故に乗りたくないのだが、今まで皆に爪弾きにされて寂しい思いをさせられていた師匠が、乗りたいな、やっぱりこれも1人かなと言うのである。
「くっ。悪意しか感じないけど、約束しちゃったからな。乗ってやる! これも4人乗りだから、2人3人で別れるからね」
レイラーニは、なけなしの男気を発揮して乗ってしまった。緑師匠も乗ってしまった。2人3人に分かれるなら、レイラーニ側を3人にしなければと残りのメンツは思ったが、誰が乗るかでモメている間にゴンドラは行ってしまった。1つ後ろのゴンドラすら行ってしまったので、その次のゴンドラに3人で乗った。景色なんて見ない。2つ前のゴンドラに飛び乗ってやろうぜと睨みつけている。
勢いで乗ってみたのは良かったが、そこで勇気を使い果たしたレイラーニは、震えていた。想像通り、床面にこれっぽっちも信頼感を持てなかったため、動けなくなったのだ。緑師匠は座って少し待ってみても、座るよう頼んでも、無理だと言って動かないレイラーニにしびれを切らし、実力行使で座らせた。
「やだ。ウチも、そっちが良い。1人は無理」
欲張らずに対面に座ったのに、相席を希望され、また師匠の我慢力が試されることになった。レイラーニを移動させるより、自分が移動する方が現実的なので、師匠は歩いてレイラーニの方へ行き、隙間に腰を下ろした。レイラーニが真ん中にいたから、ちょっと狭いが、仕方がない。師匠だって男の子だから、あまりレイラーニに触れられない事情がある。観覧車は、乗車時間がそこそこ長い。遊園地の乗り物ではトップクラスだが、その間、きちんと理性を保たねばならないのだ。
師匠が歩くと揺れるのだろうか。足を動かす度にびくびくと動いていたレイラーニは、師匠が座った瞬間に張り付いてきた。ヤバイ体勢である。師匠は隙間になんとか収まったのだ。逃げ場が微塵もなかった。だが、ぷるぷる震える小動物をひっぺがすことはできない。師匠をたらしこもうとした女たちと違うことは、見なくても知っている。
「済みません。そんなに怖いですか? 今日は天気も良いですし、大観覧ですので、ゴンドラもしっかりしていて、揺れないですよね?」
「そんなことない。ティーカップに乗ってる時から、ずっと揺れてるよ。ふわふわしてるよね」
「それは、乗り物酔いですね。観覧車の所為ではありませんよ。気付かずに、済みません。これが終わったら、休憩致しましょう」
「うん。師匠さんて、ことある毎に高いところに登りたがるのは、なんで? 高いところが好きなの? 煙なの? 何が楽しいのか、全然わからないんだけど!」
レイラーニはぶち切れているが、師匠は愛しさが込み上げて止まらない。そっと優しく髪を撫で、風で乱れていた部分を直した。
「バカだと言いたいのですね。違う、、、とは申しません。私が育った村の子どもの遊びは、魔法で空を飛び回ることでした。慣れている上、魔法を使えば落ちることはありません。何度か墜落死したことも御座いますが、魔法で傷はすぐ癒えますから、怖いとは思いません。見晴らしが良いと思いませんか」
「思うけど、思いません! 高いのは嫌い。高いのは悪」
「そうですね。いつもいつも無理ばかりさせて、本当に申し訳ありませんでした。これで最後にしますから、許して下さい。この大観覧車に乗ったカップルは、別れるという伝説があるのです。貴女と私は恋人同士ではありませんが、想いを断ち切る言い訳を下さい」
触っていても振動が伝わらなくて気付かなかったが、師匠の身体は小刻みに揺れていた。そして、泣いていた。他の色の師匠と触れ合う時は、リアルの身体がモンスター師匠に触れられていたため不快感があったのだが、緑の師匠と触れ合う時は、誰もレイラーニに触れていなかった。師匠は、カメラワークだけで身悶えしていたのである。だから、レイラーニは緑師匠には嫌悪感は湧かないんだなと気付き、少しだけ冷静になって、師匠の様子に気付いた。いじめられていたからだろう。悲しげな瞳をしていた。
「そっか、ごめんね。ウチも頑張るよ」
「はい。ありがとうございます」
べったりとくっついたまま上に上がっていき、モンスター師匠たちのアイカメラからは2人の姿は見えなくなった。レイラーニを映し続けるモニターに切り替えて、イチャイチャしている構図を見て、キーキー騒いだ。レイラーニを誰とでもいいから恋愛させようがコンセプトのゲームだったのに、皆、結局、自分以外では嫌だったのだ。全員自分だから大丈夫ではなかった。師匠は、くそやきもち焼きなのだ。
ゴンドラが頂上付近までいくと、モンスター師匠たちはアイカメラに切り替えた。自分たちのゴンドラの高度が高くなった瞬間に、飛び移ろうと思っている。物差しを差し込んで鍵をこじ開け、ドアを開けて、レイラーニたちの隣のゴンドラに飛び移る準備を始めた。
すると、今まで話もしないし、動きもしなかったレイラーニが動いた。まったく動かないでくっついているのも、会話のいらない熟年カップルみたいで嫌だと思っていたのだが、頭を持ち上げたレイラーニが、こともあろうに師匠にキスをした。それを見た色違い師匠たちは、ショックのあまりにゴンドラから地表に落ちた。
突然、キスされた師匠も驚いた。何が起きたか、わからなかった。もうレイラーニは元の位置に戻ってしまっている。白昼夢かもしれないし、だとしたら、聞いても恥の上塗りである。
「な? あ? う?」
師匠は、言葉にならないうめきを漏らした。見たことのない反応が見れて、レイラーニもやってやったぜと思った。ぷるぷる震えたままで、足腰の立たない情けない姿のままであるが。
「知ってる? 観覧車の天辺でキスすると、幸せになれるんだって。剣弓道部の師匠さんが言ってたの。頑張ってみたけど、口は無理だった。ごめんね、お父さん」
レイラーニの発言により、自転車師匠役のモンスター師匠は、他のモンスター師匠に袋叩きにされた。袋叩きに参加していないモンスター師匠は、「お父さんだからね!」と師匠に言っているが、師匠は聞いていない。
「ほんっんとうに貴女という人は。なんてことをしてくれるのでしょう。私の一大決心を、何だと思っているのですか。ああ、もう、こんな密室で2人きりで口付けなどと。なんて、破廉恥な」
師匠は空を仰いで、顔を両手で隠した。だが、耳まで赤くなっているのは、隠しきれていない。レイラーニはそれを見ていないので気付かないが、モンスター師匠たちはカンカンのぷんぷんである。
「親子なら普通にするって言ったのは、誰だ」
「親子ならいいですけど、今の私は同級生その1なんですよ」
「キスした同級生その1が説教してくるとか、ウチが可哀想すぎる。ぎゅーして、ありがと、頑張ったねって言えよー」
「してもいいなら、しますよ」
「ダメに決まってんじゃん。したら泣くから」
「それがわかるから、しないのですよ。不満を言われるとは思いませんでした」
「ありがと」
「こちらこそ、ありがとう御座いました。貴女の頑張りのおかげで、私は幸せ者になりました。この幸せを胸に生きていきます」
「いや、そこまで大層なことはしてないけども」
決死の覚悟で勇気を振り絞った結果、レイラーニは疲れてしまい、またへしょりと師匠に張り付いて過ごした。そして、そろそろ師匠の幸せ時間が終わるなという頃合いに、レイラーニが慌て始めた。
「どうしよう。立てないよ。もう一周はヤダ。無理。助けて!」
やだやだやだやだと暴れて、べしべしと胸を叩いてくるレイラーニを師匠は愛おしく思った。
「救助のためですから、不満を言わないでくださいね」
緑師匠は、慣れた手つきでレイラーニを片手抱きにしてゴンドラから降りた。一足先に降りていた色違い師匠たちが、『みんな平等』『みんなが楽しい遠足』などと書かれたプラカードを持って、レイラーニに一緒に観覧車に乗ることを迫った。
「え? やだよ。こんな殺人マシン。もう2度と乗らないよ」
レイラーニは拒否するのに、先輩や教員まで集まってきて、一緒に乗ろうと順番に並んだ。
「ウチ、そんなに嫌われてるの? これに一緒に乗ると別れるって伝説があるからって、師匠さんに誘われたんだよ」
レイラーニがそう言うと、蜘蛛の子を散らすように、師匠たちは逃げて行った。
歩けないのでは、まともに遊べない。時間的にもいい頃合いだろうと、園内の飲食スペースで弁当を食べることになった。
師匠たちは、もう間違えない。きちんと6人席を見つけてきて、班全員で座れる席を確保した。レイラーニを3人席の真ん中に座らせ、両脇に親友師匠とライバル師匠が座った。女の子席である。文句は言わせない。レイラーニの対面には水色師匠が座り、その隣に緑師匠を座らせる。完璧な配置である。レイラーニも緑師匠も何も言わなかった。
レイラーニは姉師匠の飾り切りテクが光る花散らしサラダ弁当を大人しく食べ、師匠たちは焼肉ハンバーグ弁当をきゃっきゃうふふと食べた。
残りの時間は、揉めないように皆で一緒にできることをした。ふれあい動物園でミーアキャットを抱いて、ライオンにエサやり体験をした。乗アルパカは体重制限の壁があり、乗れるのはレイラーニだけだった。「背が(比較的)低いのに、重いの?」とレイラーニが口にすると、師匠たちが怒って「ちっちゃいお子ちゃまくらいしか乗れないんですー」と答えたから、レイラーニもぶち切れた。
迷路で迷子になって友情を育み、帰りのバスで高級焼き菓子食い放題をして、先生に厳重注意を受けた。バイト先の廃棄物だからゼロ円です、と主張したのだが、もらうのは構わないが、遠足に持って来れるのは、元値300円以下にしましょう、というルールを作られてしまった。レイラーニは、次の遠足はサボろうと思った。
無事、おやつを食べきったレイラーニのリュックは軽い。水色師匠の帰宅の誘いを断って、自転車の荷台に乗った。自転車師匠は、レイラーニの分のヘルメットも用意してくれるし、後部シートも付けてくれたから、逆に乗らないと申し訳ない。水色師匠は2人乗りは禁止なんだよと、また怒っていたが、勘違いだとレイラーニは思っている。そんなにいけないことならば、後部シートなんて売ってないし、堂々と付けられないだろう。
次回、運動会。