383.師匠たちの確執
千樹ワンダーランドに着くと、レイラーニは隣の席のリュックの中から遊園地滞在用のリュックを出して、背負っていく。バス用の荷物をなくせば、自力で背負うことができた。水色師匠は、失敗を挽回するために荷物持ちをする予定だったが、仕事を失った。
全校生徒で1列に並んで、遊園地の門をくぐった。くぐってすぐの場所で集合写真を撮ったら、解散になる。一緒に遊園地内を回るのは、クラスメイトである。一応、名称は班行動と言っているが、都合により1クラス5人しかいなくなってしまったので、実質クラスごとだ。
何をするかは、学活の時間に話し合ってルートを決めてある。レイラーニがどんな乗り物なのか明確に理解していないのが不安材料であるが、一応、乗り物の写真と動画は見せて、簡単な説明をして乗れそうなものを選んでもらった中からコースを組んだ。
だが、最初の乗り物から予定が狂った。レイラーニ最推しの空飛ぶぞうさんの乗車を選んだ本人が嫌がったのである。レイラーニのテンションを上げるために、最初に乗せてやろうという作戦だったのだが。
「ぞうさんが美味しそうだから、乗りたいのではなかったのですか」
「飛ぶのは知ってたよ。空飛ぶって言ってんだし。でもさ、鈍重なゾウが、あんなに高く飛ぶとは思わないじゃん」
空飛ぶぞうさんは、可愛い装飾をされたぞう型のイスに座って、高いところをくるくる回る乗り物である。空を飛ぶと言っても、すべてのぞうは中心の支柱と繋がっており、支柱とつながるアームの角度が変わるから上に持ち上げられるだけである。実際には空を飛んでいないし、支柱のまわりをくるくる回るだけだ。高さも2階と変わらないのではないかと思う。1年1組の教室は2階にあって、レイラーニは窓際の席だから、何を今更と師匠たちは思った。
「じゃあ、空中自転車も空中ブランコもバイキングも、やめた方が良いかな」
「ごめんね。ウチは見てるから、皆は乗ってきていいよ」
「いけません。遠足は皆で楽しむのがルールです」
レイラーニは遠慮をしたが、そもそも空飛ぶぞうさんに乗りたがったのはレイラーニだけである。すぐに別の乗り物を提示した。こんなことも想定して、本日のルートは40ルートほど学校に提出済みだ。如何様にも対応できる。
「見た目が可愛く、空を飛ばず、真横にあるから移動時間もかからない。代替え乗り物は、スワンで如何ですか」
スワンは、水に浮いているように見える白鳥型のボートに見える乗り物である。回転する支柱から伸びたアームでつながれており、空を飛ばない以外は空飛ぶぞうさんと変わりない乗り物である。
「あ、あれならきっと乗れるよ。ありがと」
レイラーニは親友師匠ちゃんと並んで座って、初めての遊園地乗り物体験をした。白鳥型をしているのに、座面はカッチカチでつるつるで冷たい。待ち時間は微動だにしないし、動き出せば均等にすべての白鳥が同じ速度で動く。ゾウは空を飛ぶのに、白鳥は飛ばない。師匠の故郷は変なところだな、とレイラーニは思った。
次に乗ったのは、ゴーカートである。猪レイラーニはアクセル全開の上ハンドル技術がないので、クラッシュするだけで、全然先に進まない。助手席に座っていた幼馴染師匠は、見かねて運転を変わった。師匠は、卒なく運転をこなす。格好良いと惚れてもらう予定でいたのだが、「なんだ、こっちに座ってる方が楽だな」と言われただけだった。
次は、お化け屋敷に入る。乗り物で一周するタイプではなく、自力で歩いて回るタイプである。ライバル師匠ちゃんは、さっとレイラーニの手を取った。
「怖いから、手を繋がせて下さいな」
「怖いなら、入るのをやめようよ」
レイラーニと繋いだ手の反対側は、親友師匠ちゃんと手を繋いでいる。女子3人で手を繋ごうという趣旨は理解したので、他の人とつなげよという台詞は改変した。
「怖いけど、好きなの!」
レイラーニは、うわウザいと遠くを見ていたため、どさくさに紛れて好きと言って見つめる作戦は不発に終わった。ライバル師匠ちゃんは、そのままお化け屋敷に突撃して「こわ〜い」とレイラーニに抱きつくと、レイラーニが泣いた。お化けが井戸から飛び出しても、空を飛んでも、逆さ吊りで降ってきても全く動じなかったレイラーニが、ライバルちゃんに抱きつかれただけで泣いた。ひとまず緑師匠は、橙師匠を引っぺがして、様子を伺った。
「大丈夫ですか?」
「変質者嫌い。怖い」
本当は、レイラーニを怖がらせて慰める予定だったのだが、レイラーニには番町皿屋敷も牡丹燈篭も通じない。日本式のオカルトの意味がわからなかった。暗いだけなら、アーデルバードの夜は毎日暗い。びっくり箱としての驚きならいざ知らず、恐怖は感じない。だから女キャラに乗じて、怖いふりをして逆に慰めてもらおうとしたら、橙師匠は変質者扱いをされた。
「もしかしてですが」
師匠は、お化けの扮装をして脅かし役をやっているモブ師匠たちを、パット様のビジュアルに差し替えた。脅かすつもりもなく、立っているだけでレイラーニは緑師匠の袖をつかみ、「こんにちは」と挨拶するだけで、悲鳴をあげて抱きついてきた。思った通りの反応であるが、とても胸の痛くなる結果だった。レイラーニが心底嫌がっているから、すぐにビジュアルを元に戻した。だが、レイラーニの震えは止まらなかった。
「申し訳御座いませんでした。改めて反省致しました」
緑師匠は、棒立ちのまま謝罪した。ふるふる震える可愛い娘に抱きつかれ、脇腹を摘まれているが、反撃するのは控えた。我慢の絶頂をすぐに超えてしまいそうだが、目をつぶって耐えた。これは、リシア。これは、リシア。これは、リシア。心中で念仏を唱えてみても、沸き立つ心は止められないので、師匠は叫んだ。
「ベリーベリーキャラメルチーズケーキスペシャルは、本日で終売です!」
レイラーニの震えは、瞬時に止まった。師匠からもすぐに離れ、ゴーカートを運転していた時のようにあらぬ方向に突進していく。柳の精を跳ね飛ばしながら、どんどん走っていった。
師匠の話題転換により、売店でおやつを食べることになった。レイラーニはメニューを見て、驚いた。クレープが30種類ほどあるのだが、全商品に本日限定と書いてあったのだ。ウインナーのクレープは食べなくてもいいかと思ったが、チーズケーキが乗っているクレープも、いちごアイスが乗っているクレープも、白玉団子が乗っているクレープも食べたい。しかし、くまちゃん人形焼きも、チュロスも、ワッフルも、ビスコッティも、たい焼きも食べたい。だが、そんなにお金を持っていない。お小遣いも3000円までと決められているのだ。
うーうーうなって半泣きで、ベリーベリーキャラメルチーズケーキスペシャルを注文した。よくわからないが、師匠のオススメなら、間違いはないと思ったのだ。師匠店員さんが特別だよと、いちごアイスをサービスしてくれた。あまりのイケメンぶりに、レイラーニは惚れるかと思った。思わず見惚れそうになったが、水色師匠に急がないとアイスが溶けるよと言われたので、師匠のことなんて放っておいて食べることにした。
初めて食べたアイスは、冷たくて、甘くて、美味しかった。雪のように冷たくて、砂糖のように甘くて、果物の様にすっきりと食べれるアイスクリームは格別だった。こんなに美味しいスイーツが、たったの748円で食べられるのである。アーデルバードなら、中銀貨が数枚は必要になるだろう。もちもちした生地も、もったりとしたチーズケーキも、ビターさの欠片も感じられないキャラメルも、甘くて美味しい。レイラーニは、お化け屋敷の恐怖体験も、売店のイケメン店員のことも、すっかり忘れて甘さに蕩けた。
夢中になって食べていたら、レイラーニのクレープにくまちゃんが生えた。できたら後で食べようと思っていた、人形焼きのくまだった。
「チーズを分けてくれたお礼」
顔を上げると、水色幼馴染師匠が困り果てた顔で佇んでいた。1匹分けてくれたのかと思ったのだが、袋ごと進呈されているようだ。残りがレイラーニの目の前に置いてある。
「ありがと。一緒に食べよう」
甘さに蕩けたレイラーニは、これ以上ないほど上機嫌で、空よりも広い寛大な心を持っている。ふわりと微笑みを浮かべたら、献上品がこれでもかというほど集まってきた。
クラスメイトのモンスター師匠たちだけでなく、先輩たちや先生、遊園地スタッフまでかけつけてきて、お菓子を分けてくれた。あまりの食いっぷりに、1人寂しくかき氷を食べていた緑師匠は、半眼になった。やはりデートは食い倒れが必須なのかと、残念な気持ちになったのだ。
売店の全商品を2巡ほど半分こしたレイラーニは、大分魔力が溜まった。たまりすぎて爆発注意なので、師匠はレイラーニの魔力をダンジョンに流した。
あまり食い気に走っていると、遊園地の乗り物に乗る時間がなくなってしまう。みんなにお礼を言って、さよならすると、シューティングライドアトラクション『アーデルバード防衛戦』に行った。ダンジョンマスターがうっかり昼寝している間に、フェーリシティのダンジョンから危険な魔物が逃げ出したので、アーデルバードに到達する前に殲滅しようという、なんとも縁起が悪く、レイラーニに失礼なアトラクションである。
レイラーニは、隣に座る水色師匠なんてガン無視で、鼻息荒く光線銃を撃ちまくった。持ってるだけで嫌になる重い銃をカチカチビュンビュンと、かなりいい感じに撃ったのだが、結果は10点だった。10回モンスターに当てたのではない。10点のモンスターに1回当てただけだ。
「何この乗り物、ちっとも面白くない!」
と、設計を担当した水色師匠の心をへし折りながら、悪態を付き続けた。緑師匠は、3億2105万点を達成して、記念品を受け取った。それをつまらなそうに見て、レイラーニのリュックにこっそり付けた。黄色いくまが青の光線銃を構えているマスコットである。
「え? くれるの? ありがと」
それを見ていきりたった赤橙水色師匠は、もう一度同じアトラクションに駆け込み、マスコットをゲットしてきた。相席の友だちとキャッキャうふふと遊んでいただけで、できないんじゃないから! という無言の主張だ。しかして全員、記念品を手に入れてきて、自分のリュックに付けた。レイラーニとお揃いだもんね! とやっているので、レイラーニは申し訳なくなった。
「返す? それとも、もう1個取りに行く?」
レイラーニが緑師匠に言うと、いりませんと次のアトラクションへ向かった。
次に来たのは、ティーカップである。巨大なカップの中に座面があり、座っているとくるくる回る乗り物である。カップが乗っている床は自動で回転するが、個々のカップもカップ中央のハンドルを回すと回転する。
ここで、レイラーニもさすがに変だと気付いた。ティーカップは4人乗りの乗り物なのだが、緑師匠だけ1人で別のカップに座っており、他の3人がレイラーニと同じカップに座っている。今までは2人乗りの乗り物ばかりで、順番に別の師匠と座ったから気付かなかったが、いつも1人で座っていたのは緑色だった気がした。
「5人一緒に乗れないんだって。仕方ないよ」
「いやいや、2人と3人に別れれば良いよね?」
「あ! それには気付かなかったよ」
「ええ? やだやだ。私はレイラーニと乗りたい」
「私も」
「私も」
レイラーニは誰と一緒でも構わなかったから、席順なんてどうでも良かったのだが、これは流石にちょっと変だ。遠足は、皆で楽しむのがルールだ。緑師匠は、そう言ってレイラーニを庇ってくれたのだ。だから、レイラーニはティーカップから飛び降りて緑師匠のところに行こうとしたのだが、それを緑師匠に止められた。
「乗り直しは、迷惑行為です。こちらに来るのは、やめてください。並んで待っている人もいるのですよ。私のことなら、心配ありません。1人でも乗れます。ただ、次のアトラクションは、私の趣味に付き合って頂けると、大変嬉しく思います」
「わかった。付き合うよ。今まで気付かなくて、ごめんね」
限界までハンドルを回そうとする師匠たちを、レイラーニは止めた。回るのは、気持ち悪いからだ。結果、緑の師匠は高笑いを上げながら1人でビュンビュン回し、レイラーニたちのカップはほぼ回らなかった。赤と橙と水色の師匠は、消化不良な顔をして降りた。
次のアトラクションの前に来て、レイラーニは嵌められたことに気付いた。
「付き合ってくださいますね? 嬉しいです」
と、緑の目が笑った。
次回、師匠と2人で乗り物。




