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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
381/463

381.アルバイト

「お姉ちゃん、お小遣いをちょうだい」

 師匠宅では伯父から小遣いをもらうと聞いていたが、この家には姉しかいなかった。親は仕事の都合で別居しているが、生活費は支給されているという。だったら、そこからお金を出してくれないかと甘えることにした。

 師匠に甘えるのは簡単だ。抱きついて、キスをすればイチコロである。流石にキスまでする気はないが、ソファでポップコーンを食べてだらけている姉師匠に、後ろからとうっと勢いよく飛び付いた。姉師匠役のモンスター師匠は悲鳴を上げて喜んだ。

「誕生日プレゼントを買ったら、お小遣いがなくなっちゃったんだ。お父さんとか、お母さんとか、ウチにお小遣いをあげていいよ、って言ってたりしてない?」

「そんなことは聞いてないかなぁ。でも、チューされたら、思い出しちゃうかも?」

 姉師匠の身体は女体だし、後ろからだから大丈夫だと油断していたのだが、姉師匠が振り返ると顔と顔の距離がかなり近かった。レイラーニの背中がザワザワとした。

「やだ!」


 レイラーニが飛び退いて、自室に逃げ帰ると、机の上に冊子が置いてあった。かなり薄い本で求人情報誌と表紙に書いてあった。右上に付箋が貼られており、『お小遣いが欲しかったらアルバイトしましょうね。優しい姉より』とあった。

 中をぱらぱらとめくってみると、アルバイトとは何かという説明から、応募の仕方、あなたにおすすめのアルバイト診断などの読み物とともに、アルバイトを募集している会社の情報も載っていた。

 この家から通える範囲で、学生アルバイトの求人募集は5つあった。コンビニエンスストア、ケーキ屋、レストラン、ガソリンスタンド、引っ越し屋のアルバイトである。ガソリンスタンドというのがまったくわからないが、お店の絵が描かれていたのでガソリンと言う名前のモンスターを売っているお店だと解釈した。

 給料だけで選ぶなら、引越し屋がダントツで高値だったが、あまり大変な仕事なら、やりたくない。億万長者を目指しているのではなく、ちょっと小遣いが欲しいだけなのである。そんな仕事はないかもしれないが、できるだけ楽してお金を稼ぎたい。ダンジョンでモンスターをしばき倒すような、簡単で楽しい仕事がしたい。どこも近所なので、散歩がてら載っていた職場を見学して歩くことにした。仕事内容や職場の雰囲気がわかるかもしれない。お金がないので、店の中には入らないことにする。

 コンビニエンスストアは、ガラス張りの店だった。ケーキ屋もガラス張りの店だった。レストランもガラス張りの店だった。ガソリンスタンドは外だった。引越し屋はトラックがいっぱいで、建物があるかどうかもわからなかった。

 外観を見ただけなので詳細は不明だが、散歩する間に気に入るお店を見つけた。外観がとても可愛いメルヘンチックなお店である。外から見えるショーカウンターのケーキが美味しそうだったからではない。店前に置かれたお店のシンボルキャラクターが、パドマのクマちゃんにそっくりだったので気に入ったのだ。

 求人誌に訪ねる前に連絡しろと書いてあったのに、レイラーニはアポを取ることなく、そのままお店に入り、働きたいと申し出た。従業員は驚いた。求人は出していなかったのだ。ケーキを売っているが、ここはケーキ屋ではなく、喫茶店である。レイラーニのアルバイト先としては想定されておらず、デートで選択すると訪れる予定の店だった。

 店長は諸手をあげて大歓迎した。店長もモンスター師匠である。レイラーニが誰かとデートするのをアシストするより、レイラーニと一緒に働く方が楽しいに違いない。アルバイト先の従業員は気に入られたら、デートに誘ってもらえるかもしれない立場である。従業員一同一致団結し、総力をあげてレイラーニを歓待することに決めた。

 空いている席にレイラーニを案内し、ケーキとジュースを提供し、履歴書と契約書を書いてくださいとお願いした。さくらんぼのムースケーキだった。全力で可愛さを追及した桃色のケーキだが、食べても甘酸っぱくて美味しい。師匠のケーキは何度食べても飽きずに美味しいと思える優しい味である。この味なら、お店が潰れることは考えられない。安心安定の職場だと、レイラーニは納得した。

 因みに、人間関係はどうでもいい。どうせ、何処に行っても師匠しかいないのだ。考えるだけ時間の無駄である。



 翌日改めて喫茶店『夢見るクマの隠れ家』に仕事に訪れると、従業員総出で会議に会議を重ねてデザインされたメイド服を支給された。スカート丈はロングだが、狂気を感じるほどにレースがびらびらとついている。袖は広がり、スカートはドレスのようで、レイラーニは目が点になった。どう考えても、仕事に向く服ではない。師匠のセンスをなめていた。多分、職場を変えても似たような服を着ることを強要されるのだろう。着るか、アルバイトそのものを諦めるか、そういう選択しか許されていないに違いない。なんなら、ここで断れば、別の機会に着せられるだろう。回避不能の罠である。唄う黄熊亭での給仕歴は約10年。給仕仕事なら任せとけ! と思っていたのだが、パドマが任せてもらえないタイプの高級飲食店だったかと、悟った。金が欲しければ、自分を売るしか道はない。


「ゆめみるくまのかくれがへようこそいらっしゃいました。ごゆっくりおくつろぎになってくださいませ」

「ご注文のお品は、コスタリカ・コフィアディベルサ・グアドループティピカ・カーボニックマセレーションでよろしいですか」

「ご一緒に、いちごのメレンゲクッキーは如何でしょうか」

「お待たせ致しました。練乳いちごクリームマキアートウィズブラウニーです」

 師匠好みのレイラーニが、師匠好みの服を着て、師匠好みの丁寧語でしゃべるお店が爆誕してしまった。萌えもえしてしまって、他の従業員は若干役立たずになっているが、レイラーニが注文を取りに来てくれるなら、客としてはむしろ好都合だった。

「ああ、どうしよう。自分が食べたいばっかりに新商品と偽って勝手に作ったクッキーが、これっぽっちも売れない。商品ぽくプレッツェル型にしたのに。人型にすれば良かったかな」

 悲壮な顔でレイラーニが呟けば、瞬く間に売れる。客師匠たちは、ハート型のクッキーに狂喜乱舞した。イタズラでも黒字を出し、レイラーニは売上げにも貢献した。

 夢見るくまの隠れ家は、連日行列のできる人気店に変貌した。学校の同級生、先輩、先生を筆頭に、ゲームの担当でなかったモンスター師匠までモブとして復活して並ぶ。同僚はデレデレしているだけで動かないし、くそ忙しすぎてもう嫌だと思ったレイラーニは、退職を申し出た。客に奢ってもらって食事する時間もない給仕仕事なんて、面白くもなんともなかった。これなら、他の仕事の方がいいと思った。すると、不思議なことに、ぴたりと客入りが止まった。モンスター師匠がお店の入場も順番制にしたのだ。直接自分がお話ししたいから入店したいが、見るだけならモニター越しで充分観察できる。やめられてしまっては、もう丁寧語レイラーニは見れなくなる。それは残念すぎる。

 店長師匠が、特別手当を支給して、売上げアップ感謝会を開き、チーズケーキを振舞ってレイラーニの怒りは鎮火した。感謝会などと言ってはいるが、ただ店長がレイラーニと一緒にお茶したかっただけだ。デートを見守る立場から、デートを誘ってもらえる立場に昇格したので、ふんわりとデートに誘ってみただけだ。ちょっとした職権濫用だった。1人だけ抜けがけしたのではなく、ちゃんと従業員は全員誘ったから問題ない。モブたちがずるいと怒っているが、モブを仲間に入れる理由が思いつかないのだから、仕方がない。

 しかし、結果として客の入りを抑え、モンスター師匠たちが真面目に働くようになったら、レイラーニは客席に座って、お客とケーキを楽しむ時間を作れるようになった。すると、モブ師匠たちもデート気分を味わうことができた。モンスター師匠たちは一部の例外を除き、また仲良しになった。

次回、遠足。

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