380.廃品回収プレゼント
レイラーニは家に帰ると、姉師匠がダイニングでポテトチップスを食べていた。姉師匠はコーラを片手にハシでつまんでパリパリと食べていたが、レイラーニが部屋に入ってくると慌てた。レイラーニは、ゲームのシステム上、家に帰った途端に自室に飛んでいくようにできている。だから、ダイニングに入ってくるとは思っていなかった。姉師匠役のモンスター師匠は、リアルでポテトチップスを食べながら待機していたから、ふざけてVRにも食べるモーションをさせていたのだ。もう食べ終わるところで、ポテトチップスはカスしか残っていない。これをレイラーニの口に入れるのは可哀想だが、レイラーニに限って食べ物に興味を示さないことはないだろう。大急ぎでポテチを作ってこい、塩味でいいから! と絶叫し、モンスター師匠はじゃがいも掘りに出かけた。
「ただいま帰りました。ねぇ、お姉ちゃん。師匠さんの誕生日がいつか知ってる?」
「も、もちろん、知ってるよーう? 師匠は必修科目だし、この世界観では、大事な情報だからね。攻略対象に誕生日プレゼントをあげると、好感度大幅アップなんだよ。何でも良いんじゃないのよ。それぞれ気に入る物をあげないといけないの」
「プレゼントって、基本、そういうものだと思うけど」
「そうね。誕生日は4月23日。2年3年になるとライバルが増えるけど、1年生なら、まだバレてないから、一歩リードできるかも? 誰にあげるの?」
「師匠さんだよ」
「それは、あげなくても良いと思うわ!」
姉師匠を動かすモンスター師匠は、またあいつかよと、心の中で舌打ちした。急にテンションの下がった姉に、レイラーニは驚きながら、4月23日がいつなのかを教えてもらい、貯金箱に入っていたお金の正体を教えてもらい、買い物に出かけて、物価とお小遣い額の折り合いがつかずに、頭を抱えた。
もう師匠なんて見たくないと家に帰ったレイラーニだったが、結局、家にも師匠はいて、学校を休みたいと言ったら、甲斐甲斐しくお世話してくれることに嫌気がさして、次の日、学校に行くことにした。自転車師匠先輩が朝練だぞと、家まで迎えに来たからである。剣道部や弓道部の活動ならお断りだが、今日の朝練はピザ部だと言う。それは行かねばならない。食べるだけでも良いと言われているものの、たまには作る方も参加しないと申し訳ない。
速やかに制服に着替えてくると、自転車先輩はレイラーニの口にピザトーストを差し込んだ。これからピザ部に行くのに何てことしてくれるんだと思いながら、自転車の荷台で味わった。ペパロニとチーズのコラボが王道過ぎて、レイラーニは自転車先輩の脇肉をむにむにと確認したら、やり返しても良いか問われ悩んだ。触られるのは嫌だし、触っても安心感はないよと答えると、自転車先輩は絶叫を上げながら加速した。
「柔らかいのが可愛いから良いんだー!!」
レイラーニがピザ部の活動場所である調理室に到着すると、ピザ部部員は全員揃った。先輩5人と新入部員は2人だ。隣のクラスのクリーム色の師匠くんとレイラーニがピザ部に加入したのである。
今日は初回だからと、見学することになった。エプロンと三角巾をつけ、手も洗ったが、先輩たちの勇姿を拝ませていただくだけだ。
先輩たちは手分けをして材料を計量し、ボウルに生地の粉と生イーストと塩を入れて混ぜると、氷水を加えた。レイラーニは冷たそうだなと怯んでいるのに、先輩たちは眉ひとつ動かさず、指先で混ぜている。まとまってきても、これといった感動もなく、練り始めた。
ある程度練ったら、打ち粉をふった台に取り出し、生地を折りたたむ。たたみ切ったら押しつぶし、生地を少し回してまた折りたたむ。何度も何度も繰り返し、途中乾いてしまったら水を塗ってもんで回復させる。
折りたたんでつぶし、折りたたんでつぶし、何度も何度も繰り返すだけだったから、レイラーニは飽きて、知らぬ間に寝ていた。さして話したこともない隣のクラスの師匠くんの肩にもたれて寝るだけでは飽き足らず、最終的には膝枕をしてもらい、ぐっすりガン寝体勢になった。その間に円形に丸めて、ぬれ布巾をかけ、ねかせて一次発酵させた。
「寝不足でしょうか」
「寝顔、可愛いね」
「ここまで信頼されると、イタズラしたくなりますね」
発酵を待つ間、ツノを突き合わせてお茶を飲み、レイラーニのほっぺをつねってみても、起きてはもらえなかった。
時間がきたら発酵具合を確認し、中の空気を抜いて、ピザ1枚分に切り分ける。師匠は目で見れば重さはわかるので、秤はいらない。切り分けた生地を丸めて、打ち粉を振った密閉容器に入れて、また発酵タイムに入る。今度は寝かせ時間が長いので、朝練は終了である。
クリーム師匠が抱いて運び、レイラーニを保健室のベッドに寝かせたら、飛び起きた。「背中スイッチだ」「寝かしつけ失敗しちゃったね」とピザ部の先輩が言ったから、レイラーニも状況を正しく察した。部活中に寝てしまったことを謝ると、「寝顔が可愛かったから許す」と返されたため、もう絶対に寝ないとレイラーニは鳥肌を立てた。
1時間目は、昨日のテストの返却と答え合わせの時間だった。100点満点のテストなのだが、師匠たちはお揃いで159点をとっていて、レイラーニ1人がマイナス1282点だった。再試験決定である。正解で加点、不正解は0点だと思っていたが、不正解は全て減点されていた。
特に最終問題の減点が酷く、1000点も減点されていた。レイラーニが弟と書いた問題である。師匠の1番大切な人は誰でしょう、という問題だった。死んだあの日のことを考えて、弟と書いた。だが、奥さんの方だったかと、それはそれで悲しい気持ちになった。パドマをあんな目に合わせておいて、それほど大切な人のためでもなかったのだ。
「基本がなっていないと積み重ねができませんから、追試はやめて補講を行いたいと思います。申し訳ありませんが、対象者は放課後毎日30分、追加で授業を受けてくださいね」
師匠先生は、とても悲しそうな顔をして、そう言った。師匠クイズである。客観的な質問はなかったから、師匠が赤点はあり得ない。レイラーニに師匠たちの視線は集まった。あいつ、追試をしても見込みがないほどヤバイらしいぞと晒し者になっているが、レイラーニは鬱々としているので気付かない。
師匠先生は顔を赤らめて、模範回答の解説を始めた。クラスメイト師匠も、それぞれ照れている。テスト作成時は気付いていなかったが、愛の告白どころではない辱めの時間だと気付いてしまったのだ。大好きなレイラーニの前で、理想のデートだの新婚旅行のプランだのを語り、最終問題は最愛の人としてレイラーニの名を告げるのだ。誰だよ、科目として勉強させようって言ったヤツ! と、他クラス担当のモンスター師匠も含めて、皆が身を悶えさせ始めた。
好きな花は、好きなアニメソングは、好きな必殺技は、と解答を披露する度に師匠たちはドキドキが止まらないのに、レイラーニは無表情でカリカリと正答を書き込んでいく。夢の新婚旅行プランも、『熱海で梅を見て、揚げカマを食べて、温泉に入る』と無感動に書き込まれ、師匠たちは悲しい気持ちになった。結婚して温泉に入るのだ。一緒にきゃーと恥じて欲しかった。もう一緒に風呂に入ったことがあるからではなく、師匠への興味がない。ただひたすら暗記科目を勉強する目をしている。師匠先生が、最終問題の答えをレイラーニだと明かすと、舌打ちされた。
「ああ、そう。そっちなの」
と、明らかな不満の声が漏れた。最近の師匠は愛娘の父ごっこにご執心だったなと、レイラーニは思い出したのだ。
1年1組の仲間たちだけでなく、全師匠がくずおれた。完全に心を打ち砕かれた。若者が突然死した葬儀会場のように、師匠たちはしくしく泣いたり、わんわん泣いたりした。
師匠たちは傷心の果てに、2時間目以降は普通に授業をした。養父が翻訳した小学生向け教科書をアーデルバード語に再翻訳したものを小学1年生用から順に扱っていく。算数は、動物の絵と果物の絵が描かれていて、線でつなぎ、どちらが多いか問いかけるものから始まる。レイラーニがバカにするなと怒り出すかと師匠先生はびくびくしていたのだが、レイラーニは大人しく授業を受けた。ほぼ教科書を読みあわせただけの授業だったが、教科書1冊1時間のペースで進めてもレイラーニはついてきた。
仮想現実の世界は何を手に入れても現実に持ち帰れないが、知識だけはその限りではないとレイラーニは学習していたからだ。パドマは正しくヴァーノンの妹であり、必要もないのにダンジョン攻略は勤勉に取り組んでいた。サボり癖ばかりが注目されがちであるが、レイラーニも同等の生き物である。
放課後、調理室を訪れると、ピザ生地は見事にむらなく均一に膨らんでいた。先輩たちはピザ窯に火を入れてくれたから、レイラーニたちは、ピザ生地を成形していく。先輩たちは宙に投げて円盤型にしているが、1年生は台の上で押し伸ばす。いい感じに広がったら、用意されていたチーズを全種類乗せ、チーズだけピザにすると、先輩に焼いてと提出した。隣のクラスのクリーム師匠くんは、魔法の白ソースを目を背けながら塗りたくった後に、ベーコンと薄くスライスした餅を乗せ、レイラーニを見た後にチーズを撒いた。レイラーニが爛爛と見ていることに満足し、後で一緒に食べようねと約束すると、師匠先輩たちの目付きが変わった。
部長は食べる白ソースを引っ張り出してきたし、副部長はカスタードクリームを絞りだした。レイラーニのおしりからしっぽが生えていたら、ぶんぶん振ったことだろう。
焼き上がりまで少し時間があるので、レイラーニは人形浄瑠璃部に顔を出した。
人形浄瑠璃とは、日本の伝統芸能の人形劇である。太夫と呼ばれる語り手と三味線の音に合わせてその情景を人形で表し、物語を見せるものだ。人形1体を動かすのに3人も必要になるくらいに、細やかにあちこちが動く人形は見事だ。
師匠が気に入ったのは、人形浄瑠璃の人形は人間の役者のように作り込まねばならないところである。一部、役専用人形もあるが、基本的には役に合わせて同じ人形をカスタマイズして使い回す。役柄に合わせて顔を塗り替え、髪を結い直し、着物を着替えさせて使う。
師匠は人形の頭に青いカツラを被せ、青い着物を着せて、猫型ロボットのパロディを文化祭で講演したらOGに激ギレされた経験を持つ。推しの与勘平に主役を張らせたい一心だったのだが、帰国子女だからって調子に乗るなと怒られたので、腹が立った。顔の良さと学業の成績の良さしかひけらかしておりませんよとやり返したら、顔の造作と受験の失敗を契機に想い人に失恋したばかりだったOGは更に怒った。だが、OG在学中に口説かれた経験があったから、師匠も引けなかったのである。愛しい恋人について滔々と語り、OGを遠回しにディスって、OBとして部活動に参加していた理事長にたしなめられた。
レイラーニは、一緒に入部した親友師匠ちゃん(名札に親友と書かれているだけで、親友になった覚えはない)とともに人形の動かし方の説明を聞いていたが、ピザが焼けたと一報を受けたら人形浄瑠璃部の皆も誘って、ピザを食べに戻った。今日は30枚も焼いたのだ。本気を出したら、レイラーニは1人でも食べ切るが、食事は大勢の方が美味しく食べられる。
そんな日常を過ごし、めきめきと学力をあげたレイラーニは、意気揚々と学級委員長師匠の首元を締め上げた。挨拶もなく突然のできごとであった。
「おはようございます?」
ゲーム内の出来事であり、現実に締め上げられているのではないので、師匠はひとまず挨拶を返した。すると、目の下に大きなクマを飼育中のレイラーニは、ひゃっひゃっひゃと謎の笑い声をあげ、茶色い物を突き出した。茶色は、先日のテストに出た師匠のトレードカラーである。だからなのか、茶紙に包まれ、ビニール紐で土産縛りにされた謎の物体を押し付けられて、師匠は困惑するしかない。モンスター師匠たちは、廃品回収だとひそひそと話している。師匠はゴミ捨てパシリかと涙目で震えていると、レイラーニは「お誕生日おめでとう」と言った。
「誕生日? え? あ、プレゼント? これが? あ、ありがとうございます!」
これがと言った時点で、レイラーニの顔は渋面になった。頂き物に対してなんて失礼なと、モンスター師匠たちが噂を始めたので、師匠も失敗を悟った。
「これが噂に聞く、誕生日プレゼントというものですか。初めて頂いたので、驚きました。開けてみてもよろしいですか」
と適当すぎる誤魔化しをいれると、レイラーニの目尻は元に戻った。許可を得た後、茶紙を開封すると、紺色の巾着袋が出てきた。
「あのね、茶道部の先輩が、帯や袂に物を詰めすぎると格好悪いから、財布は信玄袋に入れた方が良いよって言ってたの。だから」
作ってみたけど、師匠さんより下手くそなのに、ごめんね、と声を小さくしていくレイラーニに、師匠はきゅんきゅんした。
師匠たちが手作りアイテム好きなのは知っているが、レイラーニはそれ以外にも手作りする以外に道はなかったのだ。お金が足りなかったのである。姉師匠のアドバイスにより、100円ショップに出かけて材料を買ったら300円で巾着が作れたのだ。デパートに言ったら5000円以上して、全財産を放出しても買えなくて驚いたのだが。
「素敵です。ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
心の中では配色センスにツッコミを入れているが、茶紙にビニール紐の廃品回収ラッピングを見た後では、頑張ったことが伺える。胸に抱いて、心からの感謝を伝えた。これだけ沢山の同じ顔が並んだ中で、自分だけを選んでプレゼントをくれたのだ。それだけでも価値がある。
「うん、それは良かった」
そう言ったレイラーニは、流れ作業的に茶紙ビニ紐プレゼントを配り歩いた。水色幼馴染師匠には、牧草クズがジャージにつくのを防止する砂場着を、橙色ライバル師匠には、化粧マワシを、親友師匠ちゃんには、黒衣の頭巾を、ピザ部一同には、6枚合わせたら丸になるピザ用まな板を、自転車師匠先輩には『飛べ!』という文字とペンギンの刺繍をした面手ぬぐいを、姉師匠にはマクラメポーチを、それぞれプレゼントした。すべて材料を100均で買い揃えたレイラーニ手作りの品だ。知り合いがすべて同じ日が誕生日とかクソ迷惑な世界だなと、徹夜して頑張って作ったのである。
師匠たちは喜んだが、もらった物をゲームの世界から持ち出せないことに苦悩し始めた。大量の手作りグッズ制作にゲーム中のレイラーニは寝不足になっていたが、これからリアル師匠とリアルモンスター師匠たちが寝ずにゲーム改良をすることになる。
次回、アルバイト。