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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
38/463

38.謝罪

 ヴァーノンから少量の塩と唐辛子粉を買うと、パドマは唄う黄熊亭に帰った。店の前に師匠が、知らない人に囲まれて立っていたが、無視して建物に入る。

 部屋に戻ったら、大きなタライを引きずり出してきて、その中に水を張って、風呂の代わりにしようと思う。以前は、それほど頻繁に身体を洗おうなどと考えたこともなかったが、風呂に入り慣れてしまった。ヴァーノンが帰ってくるまで待てば、水運びを手伝ってもらえるだろうが、早起きが祟って、もう眠くて待てない。そのまま寝てしまいたいところだが、さすがにカエルの口に入ったままの格好で、ベッドに上がりたくなかった。

 渋々、井戸と部屋の往復を始めたが、3回目にタライに水を入れている途中で、師匠が部屋に入ってきた。

「師匠さん。この部屋に入って来ない、って言う約束は、どうなったのかな」

 パドマが睨みつけると、師匠は一瞬ピタリと止まったが、いつも通りの微笑みを浮かべた。そのままパドマからバケツを奪い取り、パドマを抱え上げる。

 文句を言っても、暴れても、何の効力もないまま、パドマは、イレの家に連れ去られた。道中、理解したことは、師匠に抱えられた子どもが、悲鳴をあげても、口汚く罵っていても、周囲の人は温かい目で見てくるだけで、助け出す以前に問題視もされないということだった。



 一歩も歩いていないのに、到着時には、もう疲れ果てて何をするのも嫌になったのに、降ろされたのは、風呂場の隣の部屋だった。

「これから、風呂に入れって?」

 パドマは睨みつけているのに、師匠は微笑みを崩さず、濃紫の布を差し出してきた。着替えだろう。

 唄う黄熊亭前で、ずっと待ちぼうけをしていたのではなかったことは、着いた時点で、風呂がわいていたことで知れた。

 風呂で寝てしまわないか心配になったが、いずれにしても洗って着替えなければ、寝台に上がれない。風呂にまで入ってきたら、もう城壁外に家出をしても誰も止めないだろうと納得して、さっさと寝る準備をすることに決めた。


 風呂から出ると、何故か師匠も着替えていた。ウグイス色だった服が、赤茶色に変わっている。パドマを抱いた所為で、カエル臭がうつったのかもしれない。

 パドマは、無視して帰ろうとしたら、師匠にダイニングに引っ張って連れて行かれた。

 テーブルには、料理がいっぱいに並べられていた。あれと、あれと、それは、確実にパドマの好きな何かである。パドマは、吸い寄せられるようにイスに座り、許可も取らずに食べ出した。

 師匠が用意したのは、チーズフルコースだった。

 ただチーズを切っただけの盛り合わせから始まり、サラダにも、リゾットにも、ピザにも、これでもかと言うほど、チーズが盛られていた。ハンバーグを切ればチーズが出てくるし、ステーキのソースもチーズでできている。パドマが、チーズフォンデュにスプーンを入れて食べようとしたので、師匠が実演してみせると、パドマの顔が輝いた。

 パドマが嬉しそうに食べる様を師匠は嬉しそうに見ていたが、いつもの半分も食べないうちに、パドマは寝てしまった。



 そのまま、パドマは朝まで寝ていた。目が覚めて、今いる場所に気付いて、しまったと思ったが、自分が寝ていたソファの下にヴァーノンが転がっているのを見つけて、少し悩んだ。怒られるか、怒られないか、どちらだろう。

 今から悩んだところで、結果は変わらない。パドマは、水をもらいに部屋を出たら、幸せそうに微笑む師匠を発見してしまった。

 食卓には、水が入ったカップが1つ置かれていた。


 師匠がイスを引いて待っているようなので、座って水を飲んでいると、サラダとスープとハムエッグチーズトーストが出てきた。チーズの上に、赤いソースで「ごめんなさい」と書いてあった。

「約束破りを謝るために、更に約束を破ったら、ダメじゃない?」

 昨日のチーズ祭の理由は理解したが、パドマの気持ちは複雑である。カエルに食われて錯乱したと言われれば、情状酌量の余地はなくもない。だが、そもそもカエルに食われたのは、師匠に蹴られた結果であり、恐らく蹴られなければ、別のカエルに食われていた。結果は同じかも知れないが、蹴られたのは余計だ。いちいち蹴らないで欲しいし、やめろと言ったことはやめて欲しい。

 ついつい料理を食べた手前、美味しさに帰りそびれて寝てしまった手前、兄まで呼んできてもらってしまった手前、大きな顔はしづらいが、それでも言いたいことはある。

 師匠は、さっと皿を出した。白いチーズケーキの上に紫のソースで「ごめんなさい」と書いてある。

「もしかして、『ごめんなさい』しか書けないの?」

 師匠は、申し訳なさそうに頷いた。

「しゃべれない美人が、申し訳なさそうに差し出してくるとか、ズルすぎない?」

 睨んだら、また皿が増えた。白くて小さい丸い物が積み重なっている。

「団子? あのさ。もう増やさなくていいし」

 その時、2階から物音がして、イレが部屋に入ってきた。

「パドマ、ごめん!」

「えっとー、こっちこそ、ごめんね。まったくそんなつもりはなかったんだけど、不法侵入の上、勝手に寝てて」

「いや、パドマは悪くない。悪いのは、師匠だ」

「そうなんだよ。悪いのはイレさんじゃなくて、師匠さんなんだよ。本当に、なんなのかな。ウチは、弟子じゃないし、赤の他人なんだけど。

 いや、泣きながら首振ってもダメだから。最初は、妹と似てるのかな、って騙されてたけど、絶対に似てないよね。師匠さんの妹なら、どんなに失敗しても美人なんでしょ?」

 可愛い妹ではない方の妹に似ている可能性も検討したが、じゃない方でも結局、パドマより可愛いのではないかと思った。

「そうでもないよ。パドマの方が可愛いよ」

「ハイセンスなイレさんに言われても、何の価値もない!」

「ひど!」


「おはようございます?」

 隣の部屋で騒いでいたからだろう。ヴァーノンが顔を出した。

「お兄ちゃん、おはよう。朝ごはんあるから、食べちゃってー」

 パドマは、師匠が出してきた皿を次々と、ヴァーノンに差し出した。師匠は、泣きながら首を振っているが、気にしない。

「師匠さんが、泣いているぞ。今度は、何したんだ? それ、パドマの朝ごはんじゃないのか?」

「嫌だなぁ。違うよー。ウチは、もっとすごいの作ってもらうんだー。

 そこの金髪! さっさと3人前、飯を用意しろ。急げ!!」

 パドマが声を荒げると、師匠は釜戸に逃げて行った。ヴァーノンはイスに座って、イレは手を叩いた。

「すごいな。師匠に強気な人なんて、久しぶりに見たよ」

「嫌われて、付きまとわれなくなるくらいで丁度良いし、ウチにだって怒る権利くらいはある。昨日なんて、風呂に入ろうとしてるとこに、侵入してきたんだよ。イレさんだって、ごはん作ってもらうくらいしてもらえばいいじゃん。師匠さん、やれば他人のご機嫌伺いだって、できる人だったよ?」

「師匠のごはんも、美味しいから大好きだったけどさ。生きててくれるだけで嬉しいんだ。パドマに何してもいいとは思ってないけど、お兄さんはどんな扱いをされてもいいんだ〜」

 散財させられて、蹴飛ばされて、荷物持ちをさせられてとロクな扱いをされていないイレが、にこやかに言いきった。

「良くないでしょう」

「全財産捧げても、命を取られても構わないんだ。師匠ならね」

 イレの顔は、溶けていた。いつも師匠を見る眼差しは、デレデレニヤニヤしていたが、毎日見ても飽きないくらい大好きらしい。パドマは、そういう感情には興味がないし、できることなら関わり合いにならずに生きていきたいと思っているのだが、見ただけで、わかってしまった。

「ダメだよ。そこで商人が目を光らせてるよ」

「師匠を喜ばせてくれるなら、金は惜しまない。いくらでも出すよ。だけど、師匠の時間を無駄にするなら、許さないよ。お兄さんが甘やかすのは、師匠とパドマだけだーかーら」

「ウチは、赤の他人だからね」

「師匠が気に入っているうちは、大事な妹弟子だよ。奥さんを亡くして、もう生きるのは嫌だって言ってた師匠が今生きてるのは、パドマのおかげだよ。本当に赤の他人って言うなら、師匠に何されてても師匠の肩を持って、助けたりするのはやめるけど、そっちがいいかな?」

 いつもいつも2人のイチャイチャに混ぜられて迷惑をしていたのだが、混ぜられている理由がわかった。まったくの誤解だと思うが、それがイレの真実なのだろう。

「それは悩む。師匠さんも、イレさんも、どっちも怖いし、2人から助けてくれるスーパー兄を募集したい」

「死ぬまで助けようとし続けることは可能だが、いい結果は出せないだろう。それでもいいか?」

 ヴァーノンは、サラダを食べながら応じた。

「助けなくていい。自力で頑張る」

 毎日困っているパドマには、自分の要望の無茶さ加減をよくわかっていた。兄は兄ではなかった。養育義務もなければ、師匠を拾ってきた自分が悪いという自覚もある。兄任せは、よくない。兄も兄だ。何でも気軽に応じてくれなくていい。

 勝てる気はしないと言ったのに、ヴァーノンは、ニヤリと笑っている。

「最悪、森に戻るか。あそこでなら、少しは戦えるだろう。いくらか戦術を検討しておく。ナイフと剣は見た。他に情報があれば、後で共有してくれ」

「そだね。次があったら、森でボコろうか」

 森に住んでいた頃は、毎日のように魔獣に転がされて逃げ回って過ごしていたが、最後まで負け続けてはいなかった。武器などなくても食ってやる、と毎日2人で奮闘していたのだ。獣向けと人間向けの戦闘法や罠の作りは多少違うかもしれないが、応用できるものはあるだろうし、あの頃よりもいい武器を持っている。身体能力も戦闘経験も上がっているし、地の理では、勝てるだろう。森で戦うのが最も勝率が高い、という意見は妙案だ。

「君たち、なんで人んちで恐ろしげな相談してるの?」

 イレは、パドマ兄妹の表情の変化に寒いものを感じた。2人は、話す内容とは裏腹に、とても楽しそうに話している。

「も少し修練積んで、イレさんを刺せるアタッカーを目指すよ」

「なら、こちらは師匠さん担当か。どちらにも勝てる気がしないから、どちらでも請け負おう。問題ない。確実に落とす」

「いやいやいや、言ってることおかしいよね。不気味すぎるよ。やめて!」

 パドマが時々おかしな発言をするのは、自分か師匠の所為だとイレは思い込んでいたのだが、ヴァーノン由来なのかもしれない、と思った。酒場で見かけるヴァーノンは、至って普通の子だと思っていたのに、今この場のヴァーノンは、正しくパドマ兄だった。凶悪なパドマが2人に増えてしまったと、イレは泣きたくなった。

次回、ヤドクカエル用の武器を模索

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