377.攻略されるシミュレーションゲーム
エビフルコースを食べて、ご機嫌になったレイラーニを誘い、師匠は西のダンジョンまでやってきた。地階のゲームダンジョンは、綺羅星ペンギンの男たちに好評を博している。金を取っても、訪れる者は絶えない。
「皆に大人気のゲームをやってみませんか」
と、師匠はレイラーニを誘った。レイラーニは前回のゲームの続きだと思ってついてきた。
もう船に乗った後の目的地の名は忘れてしまったが、チーズを食べる予定があったのは覚えている。食べれないで終了してしまったのが、心残りだったし、魔力消費を気にせず身軽に動いてトゲトゲを倒すのは、楽しかった。ポン父が実父をモデルにしているのなら、1度くらい顔を見てみたいような気もする。そう思ったのだ。
だが、師匠はそのゲームの続きのシナリオは用意していない。あれは、ただのチュートリアルゲームだ。
モンスター師匠は、学習機能がないらしく、また兜を被せた後、レイラーニを抱いてイスに座らせた。なんだか無駄に頬を寄せられていた気がするが、兜越しなのでレイラーニには確証は持てなかった。モヤモヤしていると、呪が紡がれ、夢の世界に落ちた。
桃色のモヤがけぶる中に、レイラーニはぷかぷかと浮いていた。目の前には大量の文字が流れて行き、師匠の声が聞こえてくる。
『これから、とある学校で生活して頂きます。入学から卒業までの3年間を、その学校で勉強や部活動をして過ごして下さい。そこで出会う様々な人と、ともに学ぶ中でよりよい体験をされることを期待します。素晴らしい卒業式を迎えて下さいね』
声が途絶えると、景色は暗転し、部屋に落とされた。
「3年て何? そんなに長くゲームなんてしたくないんだけど!」
アデルバードが用意してくれたような白い装飾過多な家具が並べられた部屋で、レイラーニは絶叫した。壁紙とファブリックは桃色と薄紫で揃えられ、師匠の妹に相応しい部屋になっている。部屋着がドレスでなかったのだけは良かったが、薄紫のワンピースだから、なんとも頼りがいはない服である。
「どうしたの?」
レイラーニが絶望して地に臥していたら、ドアがノックされ、可愛い師匠の顔がのぞいた。文句を言う吐口を見つけ、レイラーニは師匠に詰め寄った。
「ちょっと師匠さん、話が違うじゃん。ウチはチーズを食べに来たんだよ。なんで3年もゲームしなくちゃいけないの?」
「まだ着替えてないの? 入学式に遅れちゃうじゃない。早く着替えて。あと、お姉ちゃんのことはお姉ちゃんって呼んでくれないと、返事をしてあげないんだからねっ」
そう言って、師匠お姉ちゃんは、レイラーニのワンピースをはぎとると、白のブラウスと黒のタイツと赤いスカートと黒のブレザーを着せ、胸元に青いリボンを結び、外に追い出した。チーズチーズうるさいので、ピザトーストを口に差し込まれて、黙らされた挙句、「走れ!」と言われ、レイラーニはなんとなく走り始めた。何処へ行ったらいいのかは知らないが、身体は軽い。前のゲームのように敵を倒すのは不自由しなそうだが、住宅街だからかトゲトゲトゲトゲは出て来ない。ズァコランのように狭い町なら良かったのだが、今度の町は果てが見えない。アーデルバードよりも大きな町な予感がしている。どうやって生計を立ててるんだよ、なんてツッコミを入れなければ良かった。町なんて小さい方が便利だと、レイラーニは後悔しながら走った。
「ふにゃあ!」
トゲトゲを探して走っていたら、交差点で右手から来た自転車にぶつかって、レイラーニは跳ね飛ばされた。
「一年生? うわぁ、ごめんね、大丈夫? ほら、遅刻スレスレだから、頑張って!」
自転車から降りた師匠は、レイラーニを拾い、前カゴに乗せて走り始めた。お約束は走って体当たりだよねと話し合ったのに、モンスター師匠は体当たりしたら痛そうと自転車に乗ってきたのである。レイラーニの被害が増えても、自分が痛いのは嫌だったのだ。生身ではないVRキャラクターだからモンスター師匠は痛くないのだが、聞き入れなかった。因みに、レイラーニもVRキャラクターだが、こちらは痛い思いをすれば、係のモンスター師匠にぶつけた箇所を叩かれる。今の事件ではモンスター師匠5人に結構な打撃を加えられたが、魔法を使われているので、夢からは覚めない。
遅刻確実だったレイラーニは、通りすがりの師匠先輩の自転車走行に救われ、入学式に間に合った。そこで気付いたのだが、校内は師匠で溢れかえっていた。
家にいた自称お姉ちゃんが師匠だったから、このゲームでは師匠は姉役なのだと信じていたのだが、自転車に乗っていたむかつく男も、連れて行かれた保健室にいた自称先生も、その後連れて行かれた教室という部屋にいた自称生徒も、全員師匠だった。男の服を着ている師匠と女の服を着ている師匠がいる。隣の部屋もその隣の部屋もカラフルな師匠がいっぱいいた。
「もしかして、彼はモンスター師匠さんAで、彼女はモンスター師匠さんBとか、そういうオチなのかな。髪と目の色は違うけど、覚えられる気がしない」
レイラーニの感想は、ある意味で正解で不正解だった。前回のゲームもキャラクターの移動や会話は、それぞれのキャラクター担当のモンスター師匠が、ライブでアナログ入力して動かしていた。師匠が提供したゲームはギャルゲーと乙女ゲームを融合した上で、スタートからハーレムエンドのフラグが立っている、面白さの欠片もない恋愛シミュレーションゲームである。是が非でも師匠と恋愛させるために、モブを含め、全員を師匠にした。それぞれの役割によって台詞は違うが、性格の違いはない。俺様もクールガイもヤンデレもなく、全て師匠である。師匠が姉だったら、師匠が先輩だったら、師匠が先生だったらという立場の違いで少々台詞が変わるだけで、皆、師匠の性格のままである。自分のままキャラクターに落とし込んでレイラーニと擬似恋愛しようと言ったので、モンスター師匠も喜んで賛同した。
レイラーニは3年もゲームしたくないと言ったが、誰かと恋愛しないのであれば卒業式はいつまでも延期するつもりだし、そうでないなら小一時間で終わらせて、師匠の胸に飛び込ませる予定でいる。
レイラーニは教室に入ると、隣の家に住む幼馴染の師匠くんに忘れ物だとカバンを手渡され、隣の席の師匠さんに笑われた。前の席の師匠くんに、幼馴染の師匠くんは彼氏かと聞かれて、私語は厳禁だと師匠先生に怒られた。どちらを向いても、師匠、師匠、師匠。頭がおかしくなりそうだった。
「ごめん。誰が誰だか全然わからない」
レイラーニは心が折れて机にうずくまったから、モンスター師匠たちは師匠を見つめた。師匠も、レイラーニの気持ちが少しわかった。モンスター師匠は、師匠の双子ではない。ぶっちゃけ、師匠もモンスター師匠をシャッフルされたら、誰が誰だかわからない。そもそも同一人物なのである。愛があっても見分けられないだろう。
とりあえず、師匠はモブを全て消した。レイラーニのクラスは5人で1学級で、1学年2クラスにした。師匠はこんなに人数の少ない学校に通ったことはないため、体育祭や文化祭のイベントをどんな風に運営したらいいか思いつかないが、それは後ほど調整する。残った師匠は、髪と瞳の色を赤、橙、緑、紫、水色にして、親友、ライバル、学級委員、先生、幼馴染と名札を付けた。
レイラーニの前でチーズを焦がすと、がばりと頭を上げた。ゲームの中ではレイラーニの前にピザトーストがある。いつの間にやら、先生が話をする時間は終了していたようだ。誰だか知らない師匠が、ピザトーストを持って立っていた。
「朝はごめんね。これはお詫び。受け取ってもらえるかな」
「朝の自転車野郎か」
朝見た時は金髪翠眼だったのだが、白髪桃眼になっていた。こんな短時間で色を変えやがって、気付くか! と、レイラーニは思った。だが、分かればピザトーストを手に取った。朝、跳ね飛ばされた時に紛失した朝ごはんを返せと、学校で意識を取り戻した時にブチギレていたので、お詫びの品を持って来たのだろう。なくしたピザトーストはサラミとピーマンが乗っていたが、お詫びのピザトーストはエビとアボカドとマッシュルームが乗っていた。どちらもチーズが乗っているから、レイラーニは許すことにした。どうせ、ここはゲームの世界だ。人付き合いを真面目にやっていても、オニイチャンたちには再会させてもらえないのだ。
「これで仲直りでいい?」
「うん、いいよ」
「ケガとかしてない?」
「してるかもしれないけど、別にいいよ。薬か魔法で治してもらうから」
「魔法? 面白い子だなぁ。魔法を信じてるの?」
「え? 魔法はないの? じゃあ、トゲトゲは剣で倒さなきゃいけないのか」
「剣? 入部ありがとう。歓迎するよ」
自転車師匠は崩れ落ちた。レイラーニに抱きつこうとして、失敗したのだ。レイラーニの手はピザトーストで塞がっているが、足はあいていた。机を蹴飛ばして、自転車師匠にぶつけたのだ。伊達にお育ちは悪くない。
「触るなよ?」
「ううう、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだよ。剣道部に入って欲しかっただけなんだよ。レイラーニちゃんが覚えられないって言うから、さっきいきなり生徒数が千人くらい減っちゃってさ。部の存続危機なんだ。入部しろとは言わないから、とりあえず見学に来てくれない? 来てくれたら、他の1年生も興味を持ってくれるかもしれないし」
「剣道部?」
「部活動の1つだよ。どこかに入部しないと、ゲームが終わらないんじゃないかな」
自転車師匠は秘密だよと、メタな発言をした。確かに、モヤモヤの世界で、師匠はそんなことを言っていたような気がしなくもない。忘れてしまったが。
「なるほど、部活動をする遊びなのか」
レイラーニには、恋愛シミュレーションゲームは理解できなかった。
次回、部活と恋。部活頑張ってる先輩なら惚れてもらえるかな。かなりの茶番。