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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
374/463

374.リビングデッド

 アデルバードとレイラーニは100階層のフロアを見渡せる位置に来た。

 アデルバードは階段に置けるテーブルセットを出し、茶と菓子を並べると、レイラーニをイスに座らせ、自分も隣に座った。

「フェリシティは、こちらで何をなさりたいのですか」

 アデルバードは茶で喉を潤し、チーズスコーンをがっつくレイラーニに視線を向けた。レイラーニはアデルバードが昔教えたテーブルマナーを思い出したのか、シュッと背筋を伸ばして、スコーンを皿に置いた。

「何もしないよ。ただ通りたいだけ。お兄ちゃんの大切な人たちと戦ったりしないから、行ったらダメかな」

 レイラーニはカイレンを落とす用の可愛らしい仕草で、アデルバードに対峙した。気に入らない服を着たままなのも、アデルバードを懐柔する作戦に過ぎない。ぶりっ子でも何でも、ダンジョンを攻略するためであればやってやると瞳に炎を宿しているから、ぶりっ子には失敗している。

「許可できません。私は彼らの心配はしておりません。万が一があったとして、後々リポップしますから。ですが、貴女の命は1つです。今は特に、争いが起きている最中ですので、禁止させてください」

「争い?」

 レイラーニはフロアを見ると、以前見た時と変わりない風景が広がっている。カイレンを背負った師匠がとことこと走って、金髪美女を追いかけたり、それを黒髪の魔法使いが邪魔をしたり、魔法使いの隣に黒髪の少女がいたりする。少女に視線を向けると、レイラーニに向けてにこりと笑った。

 黒髪の少女は、チビ師匠と同じ年頃で、乳母に面差しが似ていた。透き通るように美しい肌と、人形のように整った造作をしている。よく見れば、魔法使いにも似ていた。少女が魔法使いの子というより、乳母と魔法使いの顔が似ている。どちらも魔性の美しさなのだ。師匠とアデルバードより余程似ているように見える。魔法使いと乳母は夫婦なのではなく、兄弟なのかなと、レイラーニは思った。

「この部屋はまだ平和ですが、奥では母と養父が争い、死人が出ております。その服装では貴女も受け入れられませんから、絶対に入らないで下さいね。こちらも父2人が一触即発の空気を出していますから、危ないですよ」

「ええと、着替えたら入っていいのって言うのと、皆仲が悪いのって言うのと、どっちの話を聞いたらいい?」

 レイラーニは、疲れたような顔をしている。師匠とカイレンの仲の悪さだけで、困り果てるレイラーニには、夫が3人妻が2人いる夫婦の愛憎劇は想像がつかない。一夫多妻や多夫一妻ならまだしも想像できそうだが、多夫多妻は何がどうなって結婚したのかからわからない。アデルバードも、そんな説明はしたくない。誤魔化しきろうと、笑みを浮かべた。

「仲は悪くはないですよ。力が人外すぎて、ちょっとしたじゃれ合いで、自然破壊規模の被害が出るだけです。巻き込まれると被害甚大ですが、本人たちは無傷で終わります。

 服装に関しては、こちらは養父の夢の世界ですからと、申しておきましょう。理想の息子であれば、皆が温かく迎えてくれます。私は親不孝者でしたから、父は残念に思っていたのでしょう」

 アデルバードは、サンドイッチを食べ始めた。特に食欲は湧いていないが、甘味が並んでいたらレイラーニはサンドイッチは食べない。そう思ったのと、美しく食べる手本を見せようと思ったのだ。子どもはやれと躾けても、不満を漏らすだけでやろうとしない。だが、周囲に手本しかなければ、いつの間にか身につく。そうするべきものだと刷り込まれたり、自分だけできないのは恥だと奮闘するからだ。アデルバードはそのように育てられたので、実践することにした。レイラーニの周囲の男たちをスパルタで教育したら、レイラーニも自然と身につくかもしれない。そんなことを考えている。

「やっぱり、通れるのは、師匠さんだけなの? ウチじゃダメ?」

「どうでしょうね。個人特定は条件付けられていないので、もしかすると行けるのではないかと思います。貴女は、私の可愛い妹ですからね。望みは極力叶えて差し上げたいですが、危険なことをするのであれば、止めますよ。私もこちらの管理者権限は持っていないので」

「通る方法は教えてくれないの?」

 レイラーニは必死で教えろ教えろと、ビームを送っている。比喩表現ではない。魔法を使うアクションはしていないが、精霊が味方して幻術をかけにきている。アデルバードは腐っても龍の端くれなので、稚拙すぎる罠にはかかってあげられないが、甘えられるのは嫌いではないので、微笑みを返した。

「そうですね。……貴女が気付いた部分だけ開示しましょう。服は、私が用意致します。正装姿は、歓迎できますからね。父の好みならば、桃柄の着物で良いかと思います。飾りは、パパラチアサファイアでしょうね。カイレンが用意していた、もう一方の石です。それ以外は、また悩んで下さい。成否のみお答えします」

 本当は、全てを開示しても構わないのだが、それを明かせばレイラーニはアデルバードのもとに遊びに来ないし、甘えてもくれない。それがわかるから、アデルバードは秘密とハンドサインを送った。

「お父さんは、桃が好きなの? 桃は美味しいもんね!」

 ミステリアスで格好良いいにしえの魔法使いは、桃が好き。目の前で、チビ師匠を抱き上げて頬ずりしている黒髪の男と桃園でともに桃を食い散らかす妄想にふけり、親近感を湧かせているレイラーニに、アデルバードは苦笑した。

「桃は桃でも、桃の実ではなく、花桃です。毎年嫌がらせの如く桃の着物を誂えて下さったので、好みなのだと思いますよ。妹たちは、赤や黄緑などとりどりでしたが、私だけはいつも淡い桃色で桃柄でした。成人後も変わることなく続けられていました。やめて頂きたくて、妹たちを桃色に染める企みをしていた時期も御座いましたが、私が最も似合うと仰る姿勢は変えられませんでした」

「へえ」

 レイラーニは、師匠の妹色はピンクという話を思い出した。自分がピンクから逃れるために、妹をピンクにしようとは、流石性格の悪い師匠だなと、とても合点がいった。

「理想の息子って言われてもなぁ。お兄ちゃんは、どんな親不孝をしたの?」

「ちょっと嫌なことを言われると、すぐに家出をして帰らなくなりました。魔法を使うと自活は容易で、お金もすぐに手に入りましたから、飛竜や強盗を蹴散らして、幼児期から1月は無断で家をあけました。帰る道に友人を同道することがあったのですが、結婚を申し込まれることも御座いまして、父母を困らせていました。最終的に、反対を押し切って、その中の1人と結婚してしまったのですから、相当嫌だったのでしょう。私が恋愛感情に疎くなるように設計されたのは、それが理由だと思います」

 師匠の初恋もごく最近のことだから、そもそも疎く生まれたのだが、アデルバードが恋愛をしないことは、養父があえて明言したことである。そのため、生殖機能も一部制限された。わざわざ他人を使わずとも魔法で子どもを作成した方が早かろうと思うアデルバードは、今のところそれを負担に思ってはいない。

「お父さんは、婚約者さんと結婚して欲しいと思ってたんだよね。婚約者さんを連れてきて、一緒に手でも繋いで行ってもらえばいいのかな」

「そうですね。彼女であれば、ダンジョンを丸ごと壊して通過できるでしょう」

 実話だ。過去に悪気なく、何度も壊された。地龍という特性上簡単に壊せてしまうというなら仕方がないと思うが、地龍は単純腕力でダンジョンを爆破する。養父にも止められなかったのだから、アデルバードにどうにかできる気はしない。本人も気をつけているのに壊れてしまうらしいので、恐らく来た時点で破壊される。地龍がアーデルバードを訪れない理由は、それではないかと思っている。レイラーニが地龍を連れてきたらどうしようかなと、アデルバードは視線を泳がせた。ダンジョンは、少々壊した程度なら自動で修復する。あんまり地龍が壊すから、養父がそのように改変したのだ。だが、地龍が破壊の限りを尽くせば、修復機能も壊れる。以前は養父が修繕したが、今は頼めない。アデルバードが直せる範囲だったら良いなと願うしかできない。最悪、ゼロから作り直すしかないだろう。

「壊しちゃダメじゃん!」

 レイラーニも、アデルバードと同じような顔色に変わった。たまに緑クマ通信でおしゃべりしているので、地龍の力加減がおかしいのは知っていた。

「彼女は破壊王ですから、破壊以外の依頼は期待しない方が無難です。父が地龍を婚約者にしたのは、私が貴女にカイレンを押し付けたのと同じ理由です。地龍は、養父の実子です。義理でも本当の半身の父になりたかったのでしょう。だから、養父の血さえ入っていれば、私の結婚相手は誰でも良かったのでしょうに、人間不信の私は、養父の子どころか人を選ばなかったのです。養父の子であれば星の数ほどいたそうなので、探せば気にいる相手も見つかったかもしれません。しかし、兄弟のうち私と血の繋がらない養父の子は地龍しかおりませんでしたし、わざわざ婚外子を掘り起こしてくる趣味もありませんでした。仕方がなかったと言い訳させて頂きたいですね」

 アデルバードはアデルバードになったことで、地龍の標的から逃れた。養父が恋愛ができないと太鼓判を押したので、視界に入れられなくなったのだ。だが、それまではアデルバードも師匠と同一だったのだから、地龍には大変困らされていた。あれは好きにはなれない。あれと恋愛するならば、マスクト・バーチ・キャタピラーを愛する方が簡単だ。地龍よりはイモムシの方が断然可愛い。地龍との結婚を逃れられるなら、いくらでも太鼓を叩く。

「えぇえ、じゃあ、理想の息子って、何?」


 今後のレイラーニの方針が暗礁に乗り上げたところで、上階からカイレンが現れた。いつぞやの師匠のように、目を光らせている上、全身血みどろになっている。再生される壁に押し潰されながら壊して、ここまで強引に入り込んだ結果である。折角の美形が、なかなかの恐怖を呼び起こす絵面になってしまった。動く死体のようなものが、パドマと呟きながらレイラーニに迫ってくる。

「貴方が悪いのですよ。フェリシティに会いに行かないから、この子はカイレンの移り気を心配して、私のもとに相談にやってきたのです」

「は?」

 アデルバードは真剣な顔をして、カイレンに語りかけている。まったく心当たりのない話をされて、レイラーニは困惑するしかなかった。

「いや、そんな心配はしてないよ。これっぽっちもね」

「ふふふ。照れなくてもいいのですよ。もちろん、私は誤解を解いておきました。カイレンは魔法の練習をしに、こちらに通っていただけだと伝えましたよ。

 それでも不安が消えないようなので、おめかしをしたのですよ。カイレン好みに髪を伸ばしただけでは飽き足らず、カイレンにプレゼントされたアクセサリーに似合う服を悩んでいました。頑固な冷え性をおして変身したのですから、怒る前にすることがありますよね。女の子は大変なのですよ。あまり追いかけ回すのは、やめましょうね」

「誰も照れてないし! 冷え性って、なんなの?! へんし? うにゃあぁああ!!」

 レイラーニは、すっかり忘れ去っていた自分の服装に気付いて、また両手で肩を抱いた。みるみる顔は青くなり、目に涙を浮かべている。赤くなるのであれば放っておいたが、青は危険信号である。こだわりのデザインだったのだが、仕方なく、アデルバードは魔法で袖を作ってやった。だが、それに気付かないのか、レイラーニの様子は変わらない。

「私、のため、に? ありがとう、パドマ。とても似合ってるよ。絶対に似合うと思ってたよ。思った通りだ。すごく可愛い。やっぱりお兄さんは、目利きだね!」

 カイレンがそう言うと、アデルバードはため息を漏らし、アデルバードに付き従う精霊が、カイレンをフロアに落とした。レイラーニを褒めるだけでいいのに、自慢話に移行させたことを精霊なりにツッコミを入れたのだ。侵入者に反応し、金髪美女が剣を抜き振るう。距離があるから安全だと思われたが、魔法のような風の刃が飛んできた。カイレンのそばにいたチビ師匠に当たって、顔と左肘と右腿から血が噴き出た。カイレンが咄嗟に盾に使ったのだ。

 それを見たレイラーニは小さく不満をこぼして、イスから落ちた。アデルバードが精霊に受け止めさせたので床には落ちなかったが、意識は怪しかった。目は開いたままなのに、口は動いているのに、心が見つからない。アデルバードはレイラーニを部屋に連れ帰り、ベッドで寝かせた。

次回、パパラチアサファイアを手に入れたい。

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