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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
373/463

373.従順すぎる妹

 寝室に降り立ったレイラーニは、カイレンにもらったアクセサリーの箱を開けた。いかにもカイレンが好みそうな可愛らしい桃色の小花が散らされた装飾品の数々が入っていた。レイラーニの容姿には似合うかもしれないが、レイラーニの好みではない。飾りたててキレイにしても、良いことは起きないと言う刷り込みが、オシャレの障害になっていた。可愛い格好をすると可愛いと褒めてくれるのは、ヴァーノンかイタズラ目的に近付いてくるおっさんしかいない生活をしていたのだから、仕方がないのだが。

 レイラーニは暫しアクセサリーを眺めて、放っておけば飾りたててくれるモンスター師匠がいないことに気がついた。

「そっかー。自分でつけないといけないのか」

 無理矢理つけられてしまったという言い訳ができなくなるのはとても気が進まないが、100階層に挑む戦装束だと心に念じて、箱に向かって手を伸ばした。


「いけませんよ」

 唐突にレイラーニの背後に現れたアデルバードが、伸ばした手を取って止めた。

「お兄ちゃん?」

「ご自分の服装をご覧なさい。そんな服でつけて良い飾りではありませんよ」

 レイラーニは、灰色のセットアップの作業着を着ていた。用意してくれたモンスター師匠には、大変評判の悪い服だ。恐らく、アデルバードの好みからも外れているのだろう。そんな顔をしている。

 だからといって、どうすることもできない。着替えは持っていないし、アデルバードの前で着替える趣味もない。レイラーニも嫌そうな顔をしていたら、なおもアデルバードが言葉を続けた。

「ご心配には及びません。可愛い妹の服くらい、優しい兄は用意しております。どれがよろしいでしょうか」

 アデルバードが手を向けると、桜色のドレスを着たマネキンが15体出現した。プリンセスラインもあれば、エンパイアラインもある。形は様々だが、全て似た色で作られて、刺繍は桜がモチーフになっている。それを見て、急速にレイラーニは思い出した。師匠の家の部屋着は、ドレスなのだ。思い返せば、アデルバードが用意した寝巻きも、絹でできていた。この人たちにとって服とは、こういう物なのだ。師匠は腹がだるだるしているからかズルズルのオーバーサイズの服を着ているが、仕立てはいい。アデルバードはいつもかっちりとした服を着ている。酒の席すら、くつろぎ着で来ない。

「私のオススメは、こちらです。先程仕上げました」

 うわぁと、レイラーニが困惑していると、アデルバードが手前のマネキンを推してきた。オフショルダーのAラインドレスである。レイラーニはドン引きして、両手で二の腕を擦った。

「お兄ちゃんまで、人を脱がす趣味があるとは思わなかった」

 ジト目で見ても、アデルバードは揺るがない。

「私の故郷では、そんなものは露出のうちにも入りません。水に入る時などは、裸同然の格好でいても、誰も何も言いません。下着は恥ずかしいのに、同じ形の水着は人前で着ても恥ずかしくないという文化で育ちました」

 アデルバードは面白くもなさそうに言うので、レイラーニは、蒼白になってフリーズした。下着同然まで脱がされて露出に当たらないとは、今後、どんな衣装を用意されるか知れたものではない。あり得ないと思っていた神様服は、師匠の故郷では平服なのだと思って、絶望を感じた。

「賢きシュトライヒトラベスーラにお頼み白す。願わくば、妹の衣ぞぬぎかえ給え」

 アデルバードは問答が面倒になり、魔法で強制的にレイラーニを着替えさせてしまった。マネキンがレイラーニの服を着ているのを見て、レイラーニは悲鳴を上げた。そんな魔法があるとは、知らなかった。手ずから着替えさせられるよりはマシかもしれないが、着ることを了承していない。

「太りましたか」

 勝手に着替えさせた犯人は、不満そうな目をレイラーニに向けている。レイラーニは、その理由に気付いて、手を胸の前で交差した。

「食べすぎじゃないよ。いくら食べても太れないし、痩せられないって聞いたの。トレーニングを積んでもマッチョになれないし、だらけても筋力不足にはならないんでしょ」

「そうですね。それが私の趣味だと思われると大変不快ですが、そのくらいの方がドレスは映えると言うことにしておきましょう。そのドレスは、清楚さを引き出すデザインですよ。妖艶さなど求めていないのに」

 赤らめた顔で猿のように騒ぐレイラーニにアデルバード片眉を上げ、魔法でドレスのサイズ調整をした。その結果、双丘は完全に布の下に収まったが、レイラーニはまだ赤い顔で肩を抱いている。

「往生際の悪い子ですね。誰も見ていません。見ていたとして、その程度は露出に値しません。気にせずとも構わないでしょう。手を退けてください。ラリエットがつけられません」

「お兄ちゃんがいるよ」

「私は人ではありません。フェリシティも、クロアシネコが全裸で歩いていても、何も思わないでしょう。私も気にしませんよ」

「可愛い猫ちゃんを露出魔みたいに言うな。むかつく! でも、ここでお兄ちゃんに逆らっても、無駄だもんね」

 レイラーニは、肩を抱いていた手をひじまで下ろした。余程、気に入らないらしく、レイラーニは肩を震わせているところまでは、抑えられないようだが。

「そうですね。同種の生き物はこの世に2人だけなので、ある意味では私たちは似合いです。危険かもしれません。ですが、私はそういう感情を持たないことを望まれてしまいましたから、何も起きないでしょう。安心して下さい」

 アデルバードは、慣れた手付きで、レイラーニに装飾品をつけていく。ラリエットから始まって、イヤリングにブレスレットにと、カイレンが選んだものだけでなく、髪も櫛削り、飾りを編み込んでいった。

「なんで、そんなに慣れてるの?」

「実家で接客の手伝いもしましたし、妹を飾って遊んだり、自分も飾っていましたから。世間一般では高級品かもしれませんが、魔法でいくらでも作れる代物ですからね。失敗作はその辺に投げてましたから、我が家は庭の小石も宝石でしたよ」

「そっかー。庭の小石が」

 そりゃ、ドレスが部屋着になるわけだよね! と、レイラーニは心から納得した。

「はい、できました。今日の貴女は、とても素敵ですよ。いつもこうだと、兄として鼻が高いのですけどね」

 アデルバードは満足するまで飾り立てると、レイラーニの手を取って歩き出した。ダイニングに出ると、何もなかった壁にドアが出現し、そこをくぐると廊下に出た。レイラーニの部屋の真正面の壁に手をかざし、アデルバードが呪を唱えると壁に穴があき、階段が出現した。100階層に至る下り階段である。


「あ、パドマだ。可愛い!」

 廊下に、ダンジョンセンターで別れたカイレンが現れたが、アデルバードは廊下を壁材で埋め尽くして、見なかったことにした。

「カイレンの声が聞こえたような気がしましたが、空耳でしょう」

 そんなことを言いながら、階段を下っていく。

「お兄ちゃんも、イレさんと仲が悪いの?」

「アレは、血を分けた弟です。生まれてきた時は本当に愛おしくて、可能な限り可愛がりました。ですが、ここのところは無理難題ばかり押し付けられるので、少し閉口しております。嫌いになったのではありません。疲れてしまっただけです」

「そっか。それは大変だね。でも、お兄ちゃんが引き受けてくれてる間は、ウチもパドマも助かるから、是非受け入れて欲しい。無理のない範囲でいいから」

 アデルバードは歩みを止め、レイラーニを見た。レイラーニは、好まない肩出し服のまま、いつも通りの顔をしていた。先程、アデルバードがレイラーニにカイレンを押し付けたことにも気付いていないようだし、アデルバードが気にするなと言ったから、服装を気にするのを辞めたのだろう。従順で素直で無邪気すぎる。これは危険な生き物だなと、ため息を漏らした。どれだけハニートラップを仕掛けられても罠に落ちることができなくなった、女性を嫌悪していた師匠を沼に浸からせただけのことはある。

「何? 何ががっかり? やっぱり背が低すぎる? まだ足が短い?」

「いえ、貴女を妹に選んで良かったなと思っただけですよ。次は、もっと布地を増やした衣装を用意しますから、楽しみにしておいて下さい」

 アデルバードはレイラーニから視線を外し、歩みを再開させて、コピーたちのもとへ進んだ。

次回、カイレンが追いついてきます。

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