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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
370/463

370.クラヴィコードとビーフジャーキー

 一行は、85階層に到達した。だが、何と戦っても何を食べても100階層は抜けられないと言われたレイラーニは、やる気を失っていた。ダンジョンに来て、モンスターと戦わず、モンスターを食べずにどう楽しめと言うのかが、思い当たらなかったのだ。

 このダンジョンは、師匠の養父が師匠のために作ったものだ。現行、師匠も100階層で家族に襲われるようだが、それは変だと思っている。寿命の尽きることのない師匠が、永遠に家族とともにあれるように用意された場所だと思うのだ。師匠しか入れないということなら理解できるが、師匠も入れないのは変である。何のために作ったのかがわからない。

「お兄ちゃん孝行? 違うよね」

 アデルバードは、師匠の兄ではない。レイラーニにとってのパドマのようなものだ。離れてからの年月が長いからか、同一人物とは思えない部分が多々あるが、元は同じ人間だったのだ。孝行する相手ではない。

「孝行していただけないのですか。して頂けるのでしたら、是非、ケガをしないところから始めて頂きたいのですが」

「えー? ケガなんてしてないよ」

「レッサーパンダ、ラーテル、ナウマンゾウ。可愛いあの子たちを憎らしいと思ってしまったのは、貴女の所為ですよ」

「でも、どこも痛くないし! あ、サイちゃんだ。ちょっとナデナデしてくるね」

 レイラーニは左腕を上げて無事アピールをしてみたが、アデルバードの冷たい視線に言い負けると感じた。レイラーニが誰かに勝てるのは、誰かが譲ってくれた時くらいのものなのは気付いていた。アデルバードは甘やかしてくれないようだから、目に飛び込んできたサイに向かって走って行った。



 レイラーニが行く先には、ケブカサイがいる。その名の如く、毛深いサイだ。アデルバードは、レイラーニが到達する前に、ケブカサイたちに身動きしないように命令した。レイラーニはケブカサイをモフるつもりで飛び付いたが、毛がごわごわでこれじゃないと思ってしまった。だから比較的近くにいたジャワサイに標的を変え、張り付いてから思い出した。

「ごめん。傷薬を持ってくるの忘れた」

 前回、そんな約束をしていたのを思い出した。

 サイにしか聞こえない呟きだったのだが、ペンギン男たちから傷薬が献上され、レイラーニはジャックの傷薬をサイに塗りたくった。だが、何も変わらなかった。

 レイラーニは、パドマの古傷が消えたように、サイの肌も潤すべになると期待していたのだが、そんな効果は出なかった。サイの皮膚がガサガサなのは、ケガでも皮膚病でも肌荒れでもないから、傷薬で何とかなるものではなかった。

「お兄ちゃん、家に帰りたい」

 急速に何もかもが嫌になったレイラーニは、帰ることにした。戦うことも食べることも否定された今、やるべきこともやりたいことも、ここにはなかった。

「希望者は、まるっと全員ダンジョンセンターに送って」

 レイラーニのおねだりに、アデルバードは渋面になった。

「フェリシティだけなら構いませんが、彼らを送る義理はありませんよ」

「ケチだなぁ。今日だけでも、ぽんと連れ帰ってくれればいいのに」

 アデルバードがペンギン男の移送を断ったから、レイラーニは自力で歩いて帰ることを選んだ。元だが、部下を見捨てて自分1人で帰るレイラーニではない。寝室には入れてやらないが、置いては帰らない。だから、渋々、アデルバードは全員をダンジョンセンターに転送し、人数が多すぎて隠し立ても諦めたから、響めきが起きた。また無用な人間が押寄せてくるかもしれないなと、アデルバードはげんなりとした。

 今度こそ、レイラーニの取り巻きを解散させて、アデルバードはレイラーニをフェーリシティに送り返した。戦利品の肉を運ぶのは自分だと主張すればレイラーニは黙ったし、送り狼を心配する者にはフェーリシティのダンジョン内でレイラーニに逆える者はいないと伝えた。それでもゴネる者はいたが、最終的にはレイラーニを俵抱きにして空を飛んでしまえば、アデルバードの勝ちだ。レイラーニは高い怖いと悲鳴をあげたが、大人しくしていればすぐに着くと、アデルバードは聞き入れなかった。

 そして、南のダンジョンに到着早々に深い笑みを見せた。アデルバードは、イタズラを思い付いたのだ。

「禁を犯して、貴女の願いを叶えたのです。私の望みを叶えて下さい」



 家として使えるように、城の改装を頼んだつもりでいたのだが、師匠が一仕事終えて戻ると、生活の場は整っていなかった。玉座やシャンデリアや廊下を飾る甲冑が増えていただけで、ご飯を食べるテーブルや、寝る寝台がなかった。とりあえず玉座で食事をとってみたが、大変食べづらい。偉くなったというより、罰ゲームのように感じた。手持ちの家具を収納場所から引きずり出し、体裁を整えてみたが、手持ちの家具は質素で、城に置くと使用人部屋のようになってしまった。一般人は、王様の家具なんて持っていない。仕方のないことである。だから、師匠は急場はそれで済ませて、目覚めとともに、部屋を整えることにした。レイラーニの期待する城暮らしを整えねばならないと思ったのである。カーテンや絨毯が揃っていたから、それだけは良かったと思い、無駄に装飾性の高い、少しも落ち着ける気のしないギラギラとした家具を作っていった。飽きてしまったのか、モンスター師匠たちは手伝ってくれなかったので、師匠は孤独に作業を続けた。


 ひと段落がついたところで、師匠はレイラーニの顔を見に行ったら、不在だった。次の日もいなかった。不良娘の無断外泊だと、特に管理もしていなかった師匠は、急に父親面して悲しみに暮れた。やけ酒は匂いだけでやられ、飲めなかった。片付けようと集まったモンスター師匠も、皆、臭気にやられてしまったので、モンスターヴァーノンが片付けると、ようよう師匠は起き上がった。


 起きてすぐ、師匠は南のダンジョンに行った。やはりレイラーニは自室にいなかったが、その隣の部屋から音がした。なんだ、別室にいただけかと扉を開けて、愕然とした。レイラーニの寝室の隣に、男の寝室が出来上がっていたのだ。

 ウォールナット色の木材と黒のファブリックで統一された部屋である。ソファセットくらいなら構わなかったが、ベッドやタンスまで置かれて、住むことを前提としているように見える部屋だ。男の部屋だと確定したのは、色味の問題ではない。アデルバードがいたからである。

 アデルバードは、部屋の中央近くに置かれたクラヴィコードを弾いている。小型のピアノのような楽器で、鍵盤が黒、周囲がウォールナット色の木でできている。これに合わせて家具を整えたのだろう。その他の家具と馴染んでいる。師匠が部屋を訪れたのを気付いているだろうに、アデルバードは何事もないかのように曲を奏で続けているし、レイラーニは隣のソファで、ジャーキーを食べていた。クラヴィコードは、何もしなくとも音が小さい。集合住宅にはうってつけだとアデルバードが選んだのだが、本当に音量が小さいので騒音に負ける。だから、レイラーニも近くで黙ってジャーキーを食べているのだ。

「ひどいじゃないですか! 私は城に追いやったのに、何故、半身はこちらに部屋があるのですか」

「お兄ちゃんのダンジョンにもウチの部屋があるから、お返し。お兄ちゃん、酒に弱くてすぐ寝るから、北西のダンジョンにも部屋を作ったよ」

 レイラーニは何でもないことのように答えた。

 南のダンジョンの3階の西側は、全てレイラーニの住居である。寝室以外にもダイニングや書斎やトレーニングルームなど、部屋が沢山ある。ほぼ寝室しか使っていなかったため、衣装部屋にする予定になっていた部屋をアデルバードが所望したのだ。衣装部屋は地階にもあるので、レイラーニも快く明け渡したのである。レイラーニの感覚なら、服なんてベッドの下における分で十分で、専用の部屋なんて必要ないくらいなのだ。

 師匠は住むと言ったが、アデルバードは遊びに来た時に滞在する客間だと言ったので、たまにのことならいいかと思った。何かあった時、家では追い出したら可哀想だが、遊びに来ているだけなら家に帰ればいい。安心して追放できる。

「私もこちらに部屋が欲しいです」

「何のために? いらないよね。家近いし、モンスター師匠さんに送ってもらえばいいよ」

「そうですね。いらないでしょう。どちらかと言うと、コピーたちに部屋を作って差し上げたら良いのでは。彼らは、何処を住まいにしているのですか」

「実は、昼夜構わず働いてるから、部屋はない。可哀想だね」

 師匠の望みは、アデルバードの介入によって、邪魔された。相談されたことがあるので、アデルバードは師匠の気持ちを知っているが、アデルバードはレイラーニの兄のつもりでいる。妹の影には不埒な男などいらないのだ。迂闊に男が寄ってきて、また死なれたら困る。それを防ぐために、部屋を所望したのだ。ここに部屋があれば、南のダンジョン内で色恋イベントが発生した際に、介入しやすい。

 アデルバードの部屋で、レイラーニの給仕をしていたモンスター師匠は、喜んだ。アデルバードは、モンスター師匠たちを味方につけた。

次回、主人公にパドマ復活?

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