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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
37/463

37.胡椒!

 パドマは、酒場の手伝い後、数時間仮眠を取ると起きだした。ヴァーノンが、完全に寝入っていることを確認し、武装を整えると、こっそり部屋から抜け出す。

 1人でダンジョンに行くためである。朝まで待てば、師匠の同行を断ることはできない。ならば、寝ている隙に行けば良い。

 イレは、日帰りでとんでもない距離を行ったりきたりしているようだが、普通の深階層プレイヤーは、泊まりがけで挑む。そのためダンジョンは、何時でも開いていた。センターは、ダンジョンの入り口以外の機能は休みになっているが、入り口だけ開いていれば、問題ない。パドマはヤマイタチをつれて出かけた。



 ヤマイタチにハジカミイオを1匹乗せて、22階層へ到達した。眠気が抑えきれず、うっかりして目隠しをしないままここまで来てしまったが、通り抜けられたのだから、いいだろう。

 階段すぐの部屋には、白、緑、茶の3匹のツノガエルがいた。昼間見たのと同じ色で、同じ場所に鎮座していた。誰にも倒されることなく、同じ個体がいるのだろうか。足が生えていたカエルは緑で、口がキレイな薄桃色だったのは白い個体だった。パドマが見た限り、あの時、緑と白は、真っ二つになっていたと思うのに。


 パドマは、階段から部屋に降りたが、カエルはまったく反応を示さなかった。カエルに近寄らない方向に少し移動したら、ヤマイタチからハジカミイオをおろして、10個ほどに切り分けた。それを試しに、緑のカエルに放ってみる。肉は見事にカエルの口に当たったが、そのまま下に落ちた。

「まさか、小さく切りすぎた?」

 もう一度、ハジカミイオを持ってくるのは、大変面倒臭い。それならばと、投げる場所を変えて、今度は2つ同時に投げてみたら、そのうち1つに食いついた。

「うわぁ、マジか」

 自分とそれほど大きさに違いを感じなかったカエルだったが、捕食現場を目撃して、なんでパドマが口に収まってしまったかを理解した。

 そもそも身体の半分が頭のような体型であるのに、噛み付く一瞬は、頭が全部口だと言わんばかりに開いていた。あれなら、パドマも中に入ってしまうかもしれない。その後、飲み込めるのかは知らないが。


 続いて、パドマは、カエルの周囲に肉を放ってみた。食いついてくる範囲は、さして広くなかった。結果、遠回りして後ろに回り込んでしまえば、何の抵抗もなく、切れた。今度は、それをヤマイタチに乗せて、20階層に戻る。

 適当に小さく刻んで、火蜥蜴で炙った。ミミズトカゲを刻み続けて半年以上。解体技術はまったくないものの、生き物っぽいものを刻むことにも、大分慣れてきた。ゲテモノ食いも、同じくらい慣れた。

 カエルは、一皮むいたら、とてもキレイな色の肉に変わった。口の中は大変臭かったので、何の処理もせずに焼いて食べるのはダメではないかと思ったが、案外、普通の肉だった。鶏肉を食べているのと、何が違うのか、わからない。これはいただけなかった。持って階段を上がるほどの価値が感じられない。無限に湧いてくるのはいいが、持ち運びを考えたら、森で鳥を狩る方が楽だ。ヘビ皮を超える売り物にはならないだろう。


 お腹が満たされたら、23階層に行ってみた。その途中、2度ほどカエルの口の中に入ってしまったが、師匠の妹の話を参考にナイフで切ってみたら、簡単に出られた。

 生臭さは最悪だし、インパクトはスゴイが、大したことはなかった。騒ぐほどのことじゃない、と機会があれば、師匠を糾弾しようと思った。

 よくよく思い返すと、イレは、師匠の可愛い方の妹と言っていた。妹が複数いるのは構わないが、可愛い方とは何だろう。可愛い方と可愛くない方で分類されているのだとしたら、最悪だ。お前にだけは言われたくない、と妹さんは思うに違いない。あれだけ金回りが良くてモテないのも、納得だ。


 23階層は、ヤドクガエルとフキヤガエルがいた。どれがヤドクでフキヤなのかは知らないが、青や赤や黄色のとてもキレイなカエルが沢山いた。

 パドマの膝丈くらいの大きさのカエルが、小刻みにトコトコと歩いていた。触るだけで猛毒にやられて死ぬらしいので、すり抜けていくのは難易度が高いし、迂闊に斬りつけると、剣に毒物が付着して、危ない剣に変わってしまう。

 持ち帰りにも危険を伴う所為か、そこそこ高値で売れるのだが、持って帰るところを人に見つかるだけで、大変よろしくない噂が拡散される獲物である。

 エサを少量放り込み、動きの確認をした後、撤退してヘビ皮狩りをした。



 ヘビ皮を売り払い、パドマは懐中を膨らませて、ヴァーノンの職場へ行った。

「お兄ちゃん、やっほー!」

「パドマ、お前、どこに行ってたんだ。今朝は大変だったぞ」

 言付けもなく勝手に消えたので、心配されていたら申し訳ないと考えて、帰る前に店に寄ることにしたのだが、ヴァーノンは、師匠対策の心配しかしていないようだった。これなら、風呂に入ってから来ても良かったな、とパドマは思った。

「早起きの小鳥は虫を捕まえやすい、だよ。ちょっと早起きしてみただけで、変わったことは何もしてないし、怒られる筋合いないよね」

「1人で出かけて、危なくないか?」

「師匠さんに助けられる時もあれば、師匠さんに窮地に陥れられる時もあるんだけど、総合的にどっちがマシかは知らないよ」

「それは、大丈夫なのか?」

「一般的には大丈夫じゃないから、おかしなことになって、新星様が生まれたんじゃない? 師匠さんのおかげで、フライパン屋はウハウハだよ」

「やっぱりあの人は、おかしな人なんだな?」

「そうだね。それは間違いないんだけどさ、ウチ、今日は、お客さんになりに来たんだよ。売り上げに微力ながら貢献するからさ。調味料売ってるよね。見せて!」


「調味料? 何に使うんだ、そんな物」

「おやつを味変したいんだ。塩とか胡椒とか欲しい」

 ヴァーノンに話をするだけなら、帰りを待てばいい。わざわざ店に来た第一目的は、調味料の入手だ。何もしなくても、ミミズは大変美味しいのだが、毎日食べていれば飽きる。いつぞやの花嫁修行で、調味料の存在と使い方をなんとなく知ったので、買い求めたらダンジョンおやつに革命が起きないかと、期待した。

「お前な。塩ならいいが、胡椒は高いぞ。時期にも寄るが、金とどっちが高いか、いい勝負だ」

「マジで? アレって、そんなに高いの? イレさんちでは、使いたい放題使ってたよ!」

 師匠の料理教室をしていた頃、師匠は何の料理でも大体、胡椒をガンガン振りかけていた。当然のように、パドマもマネをしていたが、イレからは何も言われなかった。

 師匠は、毎日高級宿に宿泊させているし、ほぼ寝るだけの寝床は庭ごと借り上げているし、薪を使い放題しても、何も言わずにそっと補充がされている。

 師匠は、どれだけ甘やかされているのだろうか。一緒になって、やりたい放題していた自分は悪だ。今更ながら、パドマは青くなった。

「使いたい放題は、ダメだろう」

 ヴァーノンは、睨みつけてきた。だが、パドマは口応えすることもかなわなかった。

「もしかして、小金持ちじゃなくて、お金持ちだったのかな」

「胡椒の使いすぎで破産しなけりゃ、そうかもしれないな」

「うううー。庶民の調味料って、何?」

「まだ勉強中で、料理までは手が回ってないんだが、香草の類いじゃないか? この辺りのオレガノとか、ローズマリーなんかは、比較的売れている。だが、塩と唐辛子の方が手軽だと聞いた。胡椒ほどではないが、唐辛子もそこそこするぞ。唐辛子を買うくらいなら、芋を買って食った方がいいんじゃないかと思うんだが」

「ウチは、お兄ちゃんみたいな食べ盛りじゃないからさー。塩と唐辛子を買うよ。あ、しまったな。ケースを買って来なかった。ケース付きで買えないよね」

「チェルマーク食品店を侮るな。そんな物は、隣のミーチャ雑貨店で揃うようになっている。客は逃がさない。隣も案内しよう」

 ヴァーノンの目が、キラリと輝いた。寝ぐらでは、家賃も食費も請求されたことはないが、商魂は妹にも向けられるのかもしれない。

「なんかお兄ちゃんの顔、リンカルスより怖いわー」

「是非、イレさんに、うちの胡椒を勧めてくれ。無料配達をすると」

「イレさんは、多分、無料には惹かれない人だよ」

「そうか。では、何がいい?」

「ちょっと前なら、女の人に釣られただろうけど、もう師匠さんを超える逸材を見つけてくるのは、無理でしょ」

 師匠は男だから、女の人のつけ入る隙もありそうなものだが、師匠を構うニヤケ面を思うと、もう戻っては来ないと思えてならない。

「顔以外なら、簡単に勝てそうじゃないか?」

「師匠さんは、サボりぐせが半端ないだけで、やらせたら何でもできる人だよ」

「性格の良さで勝負しよう」

「無理だよ。師匠さんが育ての親だって言ってたし。あれが普通で大好きだから、胡椒を湯水のように使われても怒らないんだよ」

次回、師匠と仲直り? いや、それは諦めるしかない?

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