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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
369/463

369.ナウマンゾウ

 レイラーニが83階層に着くと、身体が宙を飛んだ。同じように飛んで追いかけてきたアデルバードに捕獲され、ツツボヤに吸い寄せられるのは止まったが、やはりレイラーニだけが、ぷらぷらと浮いていた。アデルバードだけでなく、ペンギン男たちも地に足が付いていた。

「なんで、みんなは飛ばないの?」

「飛ぶのは、女性だけですから」

「体格差だけじゃなくて、性差別までされてたの?」

「養父の優しさです。ダンジョン作成当時は、巷に女性が溢れていましたので、私目当てに集まらないようにして下さったのだと思いますよ。養父は女性の世話は面倒だと、申しておりましたから」

「ああ、それで7階層にあの罠が」

 7階層のクロスジヒトリのフェロモンで、恋する乙女は捕獲されて先に進めなくなるという恥ずかしい罠がある。男は何事もなく通過できることからズルいと思っていたが、男に適用したらいにしえの魔法使い自身が入窟不可になってしまうため、そんな決まりになったのかなと、レイラーニは考えた。

「養父は女性は殺せない性分だったので、入り込めないシステムにしたのでしょう。私には、そのような趣味はないのですけれど」

「え? 殺せ?」

 その昔、アデルバードは何の躊躇もなく人を殺めていたなぁと、レイラーニは思い出した。いつも通りに、にこやかに手をかける姿が恐ろしくて、嫌なことをしてきたおじさんよりも怖かったのを、ぼんやりと覚えている。微笑みを浮かべて、何でもないことのように命を奪ったその手でその顔で、優しく守られても何も安心できなかった。日常の風景などほぼ覚えていないから、印象強い記憶に分類されるのだろうが、ショックすぎて、それはそれで自主規制で思い出せない部分も多い。特にアデルバードの手元にいるおじさんの姿は、モヤがかかったように見えない。

 レイラーニは、その件については深掘りしてはいけないなと思い、口をつぐんだ。詳しく思い出すことは希望していない。

「ゾウはどうやって倒したらいいかな?」

 ツツボヤは倒したことがあるし、食べるものではないと思った。気持ちは美味しいゾウに移っている。アデルバードもそれを察したようで、まっすぐに下り階段に向かって歩いていく。

「人がゾウを仕留めるならば、鉄板は落とし穴か崖から落として槍衾でもしかけておくことでしょうか。ちょっとした段差にも弱そうですが、ダンジョンでは難しいですね。やはり魔法で輪切りにするのが、早いのではありませんか」

「魔法で輪切りは怖いから嫌だ。雷鳴剣は慣れてきたけど、魔法はまだ慣れない」

 魔法でモンスターを刻むのは、大変楽だった。魔力を使いすぎることがなければ、ノーリスクで勝手に死んでくれるのだ。だが、あまりにも手ごたえがなさすぎて、怖かった。これに慣れてしまうと、アデルバードのように無感動で人に手をかけるようになるのではないか。大切な人も、うっかり傷付けてしまうのではないか。そういうことが心をよぎって、たまらなくなった。雷鳴剣も似たような理由で怖かったのに、当たり前のようにアイゴに使っていたことを思うと、いずれ慣れてしまう気もするが。そういう事情で、キリン相手に魔法を使って倒すのに、回りくどい方法を試したのだ。

「師匠さんは、馬鹿力で倒してたから、筋力を上げれば倒せるんだよね」

「そうですね。力で上回れば、何でも倒せるでしょう」



 アデルバードに階段まで連れて行ってもらうと、ようやくレイラーニの足も地に着いた。自力で階段を降ると、水の剣を作った。

 剣の形をしているため水の剣と呼んでいるが、水の剣は剣ではない。刃を打ちつけると、そこから加圧した水を噴出し、水が当たった部位を痛めつける武器だ。だから、正直、柄を当てても同じ打撃を与えられるし、なんだったら空手チョップでも遠隔攻撃でも同じ効果は得られる。レイラーニの心の平穏のために、剣の形をとっているだけだ。込めた魔力の量だけ効果が上がるから、注ぐ魔力量を増やせば何でも破損させることができる。その結果、剣の刃で斬れているように見えるのが、水の剣の正体だ。

 アデルバードの好意で、魔力消費に障害はなくなった。レイラーニは安心して、走ってゾウに接近していく。


 レイラーニは、ナウマンゾウを標的に決めた。比較的に大型でなく、やたらとキバが長く、頭の四角いゾウである。ゾウの買取品はキバが最も高価だから狙ったのではない。最初に目についた近くにいたゾウだからである。

 レイラーニは、卑怯にも後ろから斬りかかった。風の精霊の助けを借りて飛び上がり、上段から振り下ろしたら、ゾウが振り向いた。たまたまか、襲うのがバレていたのかはわからないが、その場でくるっと半回転したのである。

「うひぃ」

 回転しても、無視して剣を叩きつければ良かったのに、レイラーニは驚いて固まったから、ゾウの鼻で叩かれて吹っ飛んだ。

「にゃん!」

 幸いにも穴に落ちることはなく、床や天井に叩きつけられることもなかったので、レイラーニは軽症だが、アデルバードの目は凍った。ゾウなどより、余程危険だ。

「殺さないで!」

 レイラーニは魔法障壁を作って、ナウマンゾウに向けられた悪意を止めた。完全に食い止めることはできなかったが、おかげでナウマンゾウは消し炭にはならずに済んだ。

「何故、止めるのですか」

 アデルバードは、氷の視線をレイラーニに向けた。まるで乳母(ママ)のように人間味がなくなった表情をするアデルバードに、レイラーニは怯んだが、腰が引けながらも主張はした。

「それはウチの獲物だから、横取りしないで」

 レイラーニはそれだけ言うと、ナウマンゾウ目掛けてもう一度走り寄った。


 今度はゾウも完全に気付いている。耳を広げて、レイラーニに注目している。ゾウなりの威嚇行動であったが、レイラーニは知らない。キバを向けてレイラーニに突進するゾウを上方に飛んでかわすと、ゾウはキバを振り上げた。レイラーニはキバを蹴って飛び上がると、襲いかかる鼻を斬った。思いの外柔らかく簡単に斬れたので、勢いが殺せず地に落ちて、着地のために剣を手放した。

 水の剣を作り直す魔力は、好きなだけダンジョンからもらえるレイラーニに対し、ゾウは痛がって暴れていた。怒り狂った目をレイラーニに固定し、レイラーニに駆け寄り、前脚を叩きつける。

 レイラーニはひょいと内に回って、水の剣を作り出し、振り下ろされた前脚の付け根に突き刺すように剣をあて、力を込めた。予定通り前脚を切り離すことはできなかったが、ゾウは苦悶の声をあげて、横倒しになった。


 前脚を切断することができなかったのは、アデルバードの所為だ。レイラーニは無事に倒して逃げる予定でいたのに、アデルバードのもとに転移させられたのである。レイラーニはゾウを突いていたままの体勢でいるのだが、背中にアデルバードの腹が張り付いている。

「お兄ちゃん、邪魔だよ?」

 アデルバードが震えているのがわかったので、レイラーニは控えめに苦情を言った。

「すみません。妹喪失恐怖症になったようです。ずっと両親を恨んでおりましたが、今ならば気持ちがわかります。貴女に不死の呪いをかけてもよろしいですか」

「よろしくないよ。どうしようもなく嫌になったら死ねばいいか、ってことを心の支えにして明るく楽しく生きてるのに、最後の逃げ道を閉ざされたら困る! そういうことをすると心が壊れるって、師匠さんが言ってたよ!! 絶対にやめてね」

「そうですね。私も苦労した思い出が御座います。ですが、嫌われても壊れても、貴女を失うことに比べたら、些細なことですよ」

 レイラーニが逃げ出そうとじたじた暴れるので、アデルバードは手を離した。どうせ捕まえていてもいなくても、ダンジョン内にいるうちは手中と変わらない。

 放逐されたレイラーニは一目散にナウマンゾウのもとに逃げて行き、苦しみ暴れる身体に鉄鎚を下した。ゾウの声がしなくなり動きも止まり、確実な死を見届けると、レイラーニはウキウキと解体を始めた。ゾウの皮膚は切りにくいのだが、水の剣ならば腕力はいらない。解体用ナイフの大きさに縮めて、魔力を多めに使って、スススと切っていく。ゾウは何もかもが大きくて大変なので、皆が手伝ってくれた。ある程度ブロック肉を切り出すと、残りは氷漬けにして、アデルバードにお願いする。

「私のことを荷物係だと思っていませんか」

「お兄ちゃんだから、やってくれると思ってたけど、お兄ちゃんは叔父さんだからダメだったか。ダメならいいよ。後日、誰か他の人にお願いするよ」

 アデルバードが剣呑な眼差しを送ると、ペンギンたちが自分に任せろと騒ぎ出し、レイラーニはそれに甘えて鍋を借りてゾウ肉を焼いたり煮たりし始めた。一度食べただけだが、もう部位別に料理が決まっていて、迷いなく調理していく。ぶつぶつと、ネギが欲しいな、生姜があったらいいのになと呟くと、どこからともなくネギや生姜が献上される。それを見て、アデルバードはこれが日常なら、当たり前のように使われるのは当然かと納得した。気の所為でなければ、以前よりも周囲の過保護が酷くなっているようだ。パドマを失ったのはペンギン男たちも同様かと理解はできたが、アデルバードは取り巻きの存在を認めるつもりはない。下心丸出しの男は、妹の周囲にはいらないと思っている。

「今日の目的地は、どこなのですか? 料理ばかりしていたら、まったく進みませんよ」

「目的地なんて知らないよ。お兄ちゃんがダンジョンを楽しめって言うから、料理してるんだよ。ゾウは、シャチの次に美味しいからね。シャチは前に食べたけど、ゾウは皆に食べさせたことがないからさ」

 百獣の夕星(にくや)にゾウ追加で! ペンギン男たちの脳裏に同時に指令が降ってきて、少し気が遠くなった。パドマたちがいつでも食べれるように、切らさず置いておくのは、それなりに大変なのだ。肉は日持ちがしないが、塩漬けにすると味が変わってしまうから、パドマ用肉にその処置はしていないのだ。

 男たちは悩みつつも、レイラーニの指示に従って、肉をミンチにしたり、ホワイトソースを作ったりし始めた。レイラーニが調理をしていたのは始めだけで、いつの間にか、全部人任せになっていた。レイラーニの仕事は、魔法で加圧したり時間をいじって、煮物料理を急いで作ることである。師匠のモノマネだから、教わっていないが何となくできる。レイラーニはして欲しいな、そうだったらいいのになと、精霊にお願いするだけだ。人に甘えることは得意中の得意だから、精霊へのおねだりも抵抗はない。


「頭四角ゾウ、めちゃくちゃ美味しい。前の巨大ゾウより美味しい!」

 レイラーニは焼き肉をつまみ食いして、瞳を輝かせた。

「どうしよう。こんなに味が違うなんて、食べ比べが大変すぎる」

 レイラーニは、他の部屋でウロウロするゾウの種類を数えながら、口もとを緩めた。

 レイラーニはゾウを倒す難易度を言っているのではない。完食する難易度で語っている。ゾウ肉を残さず食べ切るのは大変なのだ。ペンギン男たちは、ゾウパーティの企画を上げねばならないなと、心に留めた。

「それは、ナウマンゾウですよ。そんなに味が違いますか」

 アデルバードは、焼肉のたれと薬味を差し入れた。レイラーニは使い方がわからないようなので、たれにコチュジャンとおろしにんにくとすりゴマを入れて、肉を付けて、レイラーニの口に入れてやったら、悶え始めた。辛かったらしい。甘口のたれに卵黄と刻みネギとすりゴマを入れたものに肉を付けたら、レイラーニは受け取りを拒否した。ハワードを人身御供に差し出そうとして、直前でルイに差し替えた。

「お? 俺を犠牲には出来ねぇってか?」

「違うよ。ハワードちゃんじゃあ、お兄ちゃんに惚れちゃうかもしれないでしょ。お兄ちゃんがウザがるかな、って思ったの。ルイなら大丈夫だよね?」

 レイラーニは、真面目な顔をしている。アデルバードが殺人を犯すことを心配しているのだ。アーデルバードでは、殺人は犯罪なのだ。今のところはアデルバードの所業はバレていないから、何事も起きていない。しかし、どう考えても街議会が総力をあげてもアデルバードは捕まえられるとは思えないから、発覚次第、大事件になってしまうだろう。レイラーニは、それを心配しているのだ。

「はぁ、そうですね。特に男性には興味を持ったことはありませんから」

「心配はご無用ですよ。排除は容易です」

 ルイはアデルバードに許可をとって、自前の肉にタレをつけさせてもらって味見をした。甘口でしたと確認が取れたら、レイラーニはアデルバードの持つ肉を食べた。卵のとろみとまろやかさが気に入って、美味しいのハンドサインを出した。

「ちょっと待てよ。人を勝手に男色家に仕立てあげてんじゃねぇよ。俺は、師匠さんだって興味ねぇかんな」

「それは心強いですね」

 いきりたつハワードに、アデルバードが微笑むとハワードの頬に赤みが差した。それを見た人間は、ぴたりと口を閉じた。

「ボスは慧眼でいらっしゃる」

「でしょでしょ? お兄ちゃんは人を惑わす危険物だから、取り扱いは要注意だよ」

「最悪、アーデルバード法129条に『ダンジョン王は、法律の定める手続によらず、愚民の生命若しくは自由を奪っても構わない』というものがあります。心配は無用ですよ」

 アデルバードは、微笑みを崩さない。法律を知っているらしい一部の男が「ダンジョン王」と言いながら青ざめている。レイラーニはそれを見て、困惑した。

「そんな怖い法律があるの?」

「ええ。ダンジョン王は、正確には私のことではなく、私の半身の一族全員のことですが。養父や半身の婚約者が街で暴れても取り締まることができませんので、天災扱いにすることになったのですよ。如何にも妹らしい文言でしょう。その理論からいくと、パドマもダンジョン王ですから、刑罰は科されませんね。街議会にお伝え頂けますか。

 そんな堅苦しいものを知らない者も多いでしょうから、ダンジョン入場前には、私に殺されても不満を言わないと誓約をさせているのですよ」

「あ」

 誰も気にしていなかった約定を例に出され、皆の顔がそう言えばそんなものもあったなぁと変化した。ダンジョン内の事故についての責任の所在だと理解していたが、それにダンジョンマスターの制裁が含まれるとは認識していなかった。

「でもあれは『ダンジョン内で起きたことは、ダンジョンセンターは一切責任を負わないこととする』だったよ。なんかちょっと違うよね」

「そうなのですか。当初はアーデルバード法と同じ文言だったのですが、言葉の変化とともに、わかりやすく言葉を直す過程で、内容も変わってしまったのかもしれませんね。後ほど、修正依頼を出しておきましょう。

 それと、私は貴女に全てのモンスターを倒して食べて欲しいとは思っていませんから。勘違いして、危ないことをしないで下さいね」

 アデルバードは、レイラーニの頭をそっと撫でた。その姿を見ていたハワードは、妬くなやくなと周囲に揶揄われた。

次回、アデルバードの悪戯心。

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