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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
368/463

368.ラーテルの瞳

 レイラーニは99階層の自室で好きなだけ寝た後、好きなだけ風呂に入ってから81階層に戻った。一応、ジャイアントムースは殲滅しておいたが、いつリポップするとも知れない危険地帯なのに、皆はずっと止まっていた。

「おはよー。帰らないの?」

「おはようございます。我らは、ボスの大切な人を守る使命が御座いますので。ご心配を頂かずとも、交代は致しますから、問題ありませんよ」

 ルイは変わらず昨日からいるが、セスはいなくなったし、それ以外も半数ほどは別人に変わっていた。レイラーニは納得して、ベッドを見た。

 部屋の中心にあるから、嫌でも目につく。簡易式のベッドだったから、持ち込もうと思えばペンギン男たちでも持って来れそうだが、持って来ないだろう。アデルバードが出すならば、もっと立派なベッドを出しそうだ。そう思って、このベッドの中身を判断しきれずにレイラーニは黙したままベッドを見ていた。人が乗っている膨らみはあるのだが、ピクリとも動かない。

「叔父様がお休みですよ」

「ふーん」

 レイラーニはスタスタと近寄って、布団をめくると、きれいに仰向けで寝ていたアデルバードと目が合った。目は閉じているものだと思っていたので、レイラーニは驚いて悲鳴をあげて、布団を離した。

 アデルバードは、気だるそうに起き上がった。寝衣に着替えてもいないし、着衣に乱れもないのだが、色気がにじみ出ている。そういう男はどうなの? と皆が見守っていたが、レイラーニは平常運転のままだった。

「おはよー。部屋に帰らなかったんだね」

「おはようございます。皆様に誤解を招くといけません。不用意に誰かが寝ている布団をめくってはいけませんよ」

「んー? それ、なんか、前も誰かに言われた気がするな。ダンジョンにいる時点で、お兄ちゃんには敵わないんだから、気にするだけ無駄じゃない?」

「そうかもしれませんが、もう少し気にかけて生きて頂きたいですね」

「うんうん。朝ごはん食べたら気にすることにするから、何か出して。それとも、ラーテルを食べた方がいい?」

「あれは美味しいから採用された動物ではありません。食べて食べれないことはありませんが、美味しく食べるには少々時間がかかりますよ」

 アデルバードはベッドから出て、魔法で一瞬で身支度を整えると、テーブルセットを並べてピザとサラダとスープを並べた。

「皆様も召し上がりますか」

 と尋ねてみると、欲しがる人間もチラホラいたので、集めてレイラーニと同じ物を支給した。

 レイラーニは食べる必要はない。だから、アデルバードは紅茶しか口にしていないのに、コンソメスープとシーザーサラダとサルモーネピザをおかわりまでして人一倍食べた。

「くう。チヌイがチーズに合うとは盲点だった。帰りに持って帰らなきゃ」

「近所なのですから、すべて持ち帰らずとも、また来れば良いのではないですか。私は1人で暇ですから、遊びに来て頂きたいですよ。パドマは、なかなか来てくださいませんし」

「お兄ちゃんと違って、簡単に行き来ができないんだよ。張り切って走ると、死ぬから」

「そうですね。ダンジョン内の獣を手懐けるくらいの魔法に大した魔力はいらないのに、レッサーパンダの実物に興奮して世界中のレッサーパンダに干渉するような魔力を放出する魔力制御力では、心配すぎます。外では魔法を使わない方が宜しいでしょう。

 いいことを思い付きました。そちらに行って、魔法制御訓練を致しましょう。ここ最近、カイレンの訓練に付き合わされて、あまりの成長のなさに飽きてしまいました。断る口実を下さい」

「イレさんが訓練してるの?」

「ええ、貴女と結婚するために頑張っているようです」

 アデルバードが頷き、答えた。

「え? 結婚?」

「勘違いなさらないで下さいね。結婚を推進しているのではなく、殺人を防止するために付き合っているのですよ。あのままでは、カイレンのパートナーは、貴女以外でも、誰でも死んでしまうでしょうから」

「イレさんが、モテない男で良かったね」

 レイラーニは、ほうと安堵の息を吐いた。

 それを見た面々は、アデルバード相手にもその態度かと安心と絶望を覚えた。誰かと恋に落ちて欲しくはないのに、一縷の希望も絶たれた気がしたのだ。



 82階層にいるのは、クズリとラーテルである。黒地に茶褐色の模様が入る少し大きい方がクズリで、黒地に灰色の背を持つのがラーテルである。今日も牙をむいて、元気に同士討ちに励んでいた。そこに、レイラーニは剣を抜いて突っ込んで行った。

 前回から、クズリは大した敵ではなかった。バッサバッサと斬り捨てて、ラーテルは蹴飛ばして穴に落とし、最後の1匹の首根っこをわしっと捕まえた。なんだか知らないが、ラーテルは斬れなかった。その理由を解明してやろうと捕まえたのだが、ラーテルは捕まっても諦めてくれなかった。身を反転させて、レイラーニの腕にかじりついた。レイラーニはずっと、首後ろをつかんだ手を離さなかったのだが、首の後ろの皮がうにょんと伸びたのだ。

「いったー!」

 レイラーニが悲鳴を上げると、アデルバードは一瞥でラーテルを黒く染め、粉に変えた。レイラーニは手の内の変化に更に悲鳴を上げたが、アデルバードは気にせずレイラーニの傷を魔法で治した。

「痛みは御座いませんか?」

「怖いんだけど! 今の何?」

 レイラーニは真っ青になってかじられた腕を硬直させたが、アデルバードはレイラーニの変化を気にもとめなかった。

「動かしてみて下さい。違和感は御座いませんか」

「ラーテルが、消し炭になったんだけど!」

「貴女も、やろうと思えばできるでしょう。ダンジョンマスター権限を利用した魔法ですよ。ダンジョンモンスターの分際で、私の妹に楯突くとは片腹痛い」

 レイラーニが胸ぐらをつかみかかっても、アデルバードは笑顔を崩さなかった。やんわりと避けて、手を抑える。

「じゃあ、お兄ちゃんとか、師匠さんとかが、あんな風に消えちゃうの?」

「そうですね。ダンジョンモンスターは、ダンジョンマスターに絶対服従が基本です。管理者権限ですよ。貴女が戦闘を楽しみたいようなので、そのままにしておりましたが、やはり絶対服従に変えてもよろしいですか。見ていられません」

 アデルバードは、ラーテルをリポップさせて、先程のレイラーニのように首根っこをつかんでぶら下げた。皮膚は伸びて、身体は地についているが、ラーテルは動かない。それをレイラーニの前に突き出したので、レイラーニは受け取った。ラーテルは温かく、生体反応もあるのに、意識的に身体を動かすことを禁止されていた。

 レイラーニは、あちこち皮膚をつかんでびよびよと伸ばしてみた結果、背側の皮膚は伸びが良いが、腹側はそうでもないことをつきとめた。そして、腹側なら斬れるかなと剣を抜いてみて、斬れなかった。仰向けで転がって、つぶらな瞳で見つめてくるラーテルは可愛かったのだ。隣の部屋のクズリを噛みちぎっているラーテルなら何も思わないのに。絶対服従の無抵抗の生き物を殺傷するのは、勇気がいる。お腹も空いていないのに、そんなことはできない。

 そう思ったレイラーニは、隣の部屋まで走って移動し、「うりゃあ!」とラーテルを蹴り飛ばして腹を出し、袈裟に斬り下ろした。刃物使いが上達したからか、真っ直ぐ思った場所に傷が付いているのを確認して、背中を突いてみると、刃が通った。

「ふむ。これじゃダメだ」

 レイラーニは後ろから迫ってきたラーテルを斬った。横に回り込んで、喉元から延髄方向に刃を走らせると、首が飛んでいった。

「ひい」

 あまりに勢いよく飛んでいったので、レイラーニは更に悲鳴をもらして、周囲のクズリも同じように首を飛ばす。レイラーニを狙うものがいなくなったら、ウキウキと解体を始めた。

 丁寧に腑分けをして凍結保存をしているレイラーニに、アデルバードは顔を顰めた。首が飛んでいったらびっくりするところには共感できるが、平気な顔をして解体するところは、理解できない。遠くから魔法で映した絵を見ている分には、それほど嫌悪感もなかったが、目の前でやられると、自分で解体するよりも嫌悪感が湧くのだ。

「それも食べるのですか。食用には向かないですよ」

「そうだね。肉は買取品リストにはなかったよ。クズリの毛皮と、ラーテルの皮と手足と内臓は売れるんだって。こんなところから持ち帰った人、すごいよね。ウチも持って帰ろうと思って。でね、肉をついでに味見してみるの。マズいって言われてる肉でも、案外、食べてみたら美味しいことがあるからさ。取りに潜るのは嫌だけど、美味しかったらあっちでも採用してもらえば、いつでも食べれるからね」

 レイラーニは何枚か肉を切り出し、魔法で焼いた。3枚黒焦げ肉を作った後、4枚目をこんがりと焼いて、口に入れた。むぐむぐと咀嚼しながらも更に肉を切り出し焼いて、うまくいったら食べる。

「お気に召しましたか」

「どうかなぁ。どちらかと言うとラーテルの方が美味しいけど、あのつぶらな瞳と格闘してまで食べなくていいかな」

 レイラーニは、戦利品を全てアデルバードに預けて、下階に下った。

次回、ゾウ。浪漫があふれないよう気を付ける。

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