362.顔面偏差値の高さが強さの証
一本道を進んでいると、レイラーニが後ろから襲撃を受けた。入り口から敵を屠って来たのだから、後ろに敵はいないと思って油断していたが、ここはダンジョンである。リポップして増えたのかもしれない。
「きゃん!」
レイラーニは、ストーンショットの魔法でやられて、涙目になった。小石が飛んでくる魔法である。レベルは上がったものの、防御力や生命力はさして上がっていないレイラーニなら、後頭部に痛恨の一撃を食らえば、一撃死もあり得る。その程度には驚異的な攻撃だった。
「痛いよー」
レイラーニが振り返る前には前衛後衛は入れ替わっていたし、暢気に痛がっているレイラーニはオニイチャンに庇われていた。
レイラーニに小石をぶつけた犯人は、キティブタバナコウモリだった。手のひらどころか、指の上に乗りそうな小さなコウモリである。猫のような三角の耳があり、豚の様に鼻が上をむいている。見ようによっては可愛いかもしれないが、可愛いと言っていられないくらい沢山の数のキティブタバナコウモリが飛び交っていた。
それらは体当たりをしてくるものもいたし、噛み付いてきたり、魔法で小石を飛ばしてきたり、いろいろだったが、攻撃してくるという点では同じだった。ギデオンは防具を持っていないが、戦闘職であるためレベルアップとともに防御力が上がってきた。大きなダメージを負わなくなったが、これは手数が多すぎた。まだレベルが低いから生命力が低い。1回当たりのダメージが1だったとして、そう何回も耐えられない。
レイラーニは、オニイチャンの脇をすり抜けて前衛の前に出張り、盾をかざした。体当たりも小石も盾に当たり、幾らかは防いだ。そして、小石は術者のもとへ跳ね返り、術者を傷付け倒した。見た目は小石を投げられる物理攻撃だが、ストーンショットという魔法だったから、レイラーニの持つ魔法の盾の特殊効果で、跳ね返したのだ。
敵が小さすぎて、思うようには攻撃が当たらず前衛の2人は苦戦していたが、レイラーニの反撃は絶対に当たる。だから安易に後ろに下がっていろとも言えず、アーチャンはレイラーニを庇いつつ、範囲攻撃魔法を唱えた。
「風の刃」
精神力が大きく削られるため、何度も使えない魔法を何度も唱えると、キティブタバナコウモリは、すべて地に落ちた。
『キティブタバナコウモリを倒した! レイラーニたちは129ポイント、387ペリジ手に入れた。キティブタバナコウモリは、薬草とコウモリの羽根を落とした』
オニイチャンが、ドロップ品を拾ってきた宝箱に収納していると、レベルアップのファンファーレが鳴った。レベルアップ後、いくらも戦っていないのに、もうレベルが上がってしまった。初心者向けダンジョンには、あるまじき敵だったのだろう。背中の痛みがなくなったとレイラーニは喜んでいたが、仲間たちは警戒を強めて、アーチャンを先頭でギデオンを殿にするスタイルで進み始めた。レイラーニの隣を歩くオニイチャンは、不測の事態においての肉の盾になる。出費は痛いが、死んでも教会で復活できる世界なので、レイラーニさえ守れれば彼らは満足だった。
奥に進むと、分かれ道に行き当たったが、アーチャンは行き先を仲間に問うことなく、迷うことなく進んで行った。右も左も道幅も変わらないし、何の特徴もない道なのに。
「なんで、そっちの道に行くの?」
レイラーニの問いに、アーチャンは何でもないことのように答えた。
「このダンジョンの地図は、頭の中に入っています。通りすがりの親切な戦士さんが、聞いてもいないのに自慢げに教えて下さいました。偽りがなければ、この先に革の鎧があるそうです。先に手に入れた方が良い物でしょう」
「道順と、宝箱の情報を知ってるの?」
「ええ。酒場で座っていると、通りすがりの知らない人がご馳走してくださったり、プレゼントをくださったり、情報をくださったりすることは、比較的によくあることですよ。それで生計が立ってしまったため、レベルを上げる気が起きずにレベル1のままでおりました。危険が伴うので、真似はなさらないようにしてくださいね」
「なんで、そんな人が無一文だったのかな」
「ふふっ。そんな誰とも知れぬ輩のプレゼントなんて、持っていても薄気味悪いので、売って酒代にしたからに決まっているでしょう。私は、タンクがいなければ外に出るのも命懸けの魔法使いレベル1でしたから、売って生活費にあてたと正直に伝えて、怒られたことは御座いませんよ」
美しい顔を輝かせて、悪びれることなく言うアーチャンに、レイラーニは引いた。リアルのアデルバードがこんな人だったらどうしようと思ったが、リアルの師匠はそんな人だったなと思った。ならば、アデルバードもそんな人だろう。美味しいジャーキーを分けてくれることが、アデルバードの最大の美徳である。それ以外を期待するのはやめようと、アーチャンの人格については気にしないことに決めた。
ジャアナヒラタゴミムシやマダラカマドウマを倒しつつ先に進むと、アーチャンの言う通りに革の鎧入り宝箱が転がっているのを見つけ、予定通りギデオンに着せた。
ギデオンは、レイラーニに着て欲しいと主張していた。職業的に装備することができるか尋ねられる意味がわからなかった。ギデオンとレイラーニでは、ウエストサイズが倍以上違う。オニイチャンやアーチャンの服ならば、レイラーニでもだぶだぶするだけで着られないこともないだろうが、ギデオンの服では3歳児に父親の服を着せるようなことになるだろう。上着を着るだけで着丈がワンピースになり、横幅はリュックを背負ったままで余裕で入り、半袖で長袖になるような有様だ。服でそうなのだから、鎧は無理である。だから、レイラーニは伴侶動物は鎧を着れないよ、と答えた。ギデオンは、猫が鎧を着ている様を想像して、可愛いが確かにないなと納得した。
宝箱からは、他に銅のナイフと革の盾と革の帽子と革の靴と薬草と可愛い人形と176ペリジと31ペリジを手に入れた。モンスターを倒して手に入れたお金は、計8425ペリジになった。
革の盾はギデオンが持ち、革の帽子はレイラーニに被せ、革の靴はオニイチャンが履いた。銅のナイフは、オニイチャンの物にしようと仲間が満場一致で決めたところを、イヤイヤとレイラーニが取った。そんな射程の短い武器は持たせられないと、協議した結果、ギデオンが使っていた銅の剣をレイラーニに返却し、銅のナイフをギデオンが使うことになった。戦力ダウンだが、伴侶動物は無駄にレベルをあげて、皆の幸福ホルモンを大発生させるため、逆らい難かった。レベルも上がったし、この辺りのモンスターなら遅れを取るまいと思えたので、譲ってもらえたのだ。狩猟本能を持つタイプの伴侶動物は、狩猟を否定されるとむくれてしまう。こっそり行かれるよりは、フォローできる範囲でやってもらった方がいいと決着した。
銅の剣を持ったレイラーニは、瞳を輝かせ、暴れ回った。ゲームの世界では力負けすることなく、パドマだった頃のように遠慮なく動き、敵を倒すことができたのである。伴侶動物は力は弱かったが、俊敏さは随一だった。小さくて捕捉しにくいキティブタバナコウモリを狩るのは、レイラーニが得意だと知って、徐々に仲間たちもレイラーニの戦闘に好意的になっていった。そして、タテウネホラヤスデに出会ってぷるぷる震えて活躍しなくても、温かい目で見守るだけで怒らない。暴れすぎて疲れたのか、途中で寝てしまい、大きな荷物になったが、それでも仲間たちは仕方がないなと思うだけだった。仲間たちはモンスター師匠が動かしているのだから、ダンジョンマスターが何をしようと怒ることはない。可愛いみんなの伴侶動物なのだから、尚更である。
レイラーニを寝かせるため、一行はグォルァジュビィの街を訪れた。アーデルバードの1/10もない小さな港町である。小さな王都ズァコランよりも更に小さく、道も舗装されていないような田舎町だが、冒険者に必要な店は、ゲームシステム上揃っている。アーチャンたちは、それら全てを無視して真っ直ぐ宿屋に向かい、部屋を所望した。
次回でゲームは一時終了。ちょっとしたチュートリアルが、長かった。。。