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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第2章.11歳
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36.カエルと師匠

 21階層に辿りついた途端、師匠は投げナイフの魔人と化したので、そのままお任せして22階層に進んだ。22階層の師匠は大人しく微笑んでいるだけだったので、階段の先を見た。

 噂通りのツノガエルがいた。目の後ろが尖ってツノ状になっている、面白い斑紋をした、ふっくらとしたカエルである。背丈はパドマと同じくらいだが、横幅はそれよりも長く、口から足を生やしていた。

「足!」

 パドマは、慌てて足を生やしたカエルに近寄り、師匠に蹴飛ばされた。

「ぎゃふっ」

 豪快に吹き飛びながら、師匠の袖から幅広剣が伸びているのを見た。そのまま視界にキレイな薄桃色が広がり、瞬時に真っ暗闇に包まれた。自分の状況を理解した時には、元通りの空間で師匠に抱かれていたが、パドマは、しっかりと嫌な臭いと温度と触感を記憶した。

「大丈夫か、パドマ!」

「お、っちゃ、ん?」

 パドマは、師匠にがっちりホールドされて動くことはできないが、顔は師匠の肩の上に飛び出ており、自由がきいた。声をする方を見ると、よく酒場で細々とモンスター情報を教えてくれる、眉毛の太いおじさんが見えた。

「ああ、さっきの足は、博士のおっちゃんか」

「バルディッシュが食われちまってな。拾ってたんだ。すまないな。助けようとしたんだろう?」

 元々それほど身綺麗なおじさんではなかったが、髪はぐちゃぐちゃのドロドロになっていた。自分の頭も確認したいと思ったが、今のパドマは、それも許されない。

「あー、うん。ごめん。余計だったね」

「そんなことはない。師匠さんが、斬ってくれたおかげで、簡単に拾えて助かったんだが、、、師匠さんは、何をやってんだ?」

 博士のおっちゃんは、近付いてきて、師匠を覗きこんだ。

「知らない。抱きつかない約束をしてたんだけど、何やってんだろね。良かったら、取ってくれないかな。動けないんだ」

「本当に、取っていいのか? 泣いてるぞ」

「このままでいたって、しょうがないじゃん。好きでこんなことしてるんじゃなくて、動けないんだよ。カエルと戦わないなら、ここにいる意味ないよっひゃあぁあぁっ」

 師匠は、急に立ち上がって走り出した。今降りてきたばかりの階段を駆け上がる。パドマは、まだ捕まえられたままだ。おっちゃんと別れの挨拶をする暇も与えられず、拉致された。



 着いた場所は、イレ宅の庭の井戸の横である。やっと降ろされて解放されたと思ったら、パドマは、頭からざぶざぶと水を浴びせられた。カエル汚れを落とそうとしてくれているのかもしれないが、水は冷たいし、叩きつけられて痛かった。

「やめてよ! 痛いってば!!」

 文句を言ったくらいじゃやめてくれないのが、師匠の通常運転だ。頭がシャボンまみれにされたところで、洗っているのは確定したが、扱いが荒すぎてまったく感謝ができない。キレイになるより、ハゲる方が先な気がしている。ハゲる前に、頭がカチ割られても不思議ではない、雑さ加減だった。そもそも洗いたければ、1人で風呂に入った方がいい。風呂に慣れた体に、水垢離はキツイ。

「痛いっつの!」

 逃げ出そうとすれば、襟首をつかまれて引き戻され、首がしまるだけ。殴りかかっても何事もないように、避けられる。それでも諦めきれずに暴れていたら、庭まわりのギャラリーが増えて、それに気付いたヴァーノンがやってきたので、ピンクのネックレスを投げ渡して、救助を依頼した。

「それを持って、ダンジョン一階で、助けてって叫んできて!」

 少し頼んだくらいでは、素直に言うことを聞いてくれないヴァーノンに、パドマは苛立ちを覚えたが、4回師匠に蹴飛ばされた後、ようやくダンジョンに向かって走ってくれた。


 どのくらい師匠の仕打ちを耐え忍んだかわからなかったが、イレが屋根の上から飛び降りてきた。イレが助けに来てくれて助かったと、パドマは安心したのも束の間、イレと師匠のケンカが始まり、その流れ弾のナイフがパドマの背中に刺さって、倒れた。

 かなり深く突き刺さって、痛みを通り越した熱さを感じたが、動きの止まったイレと師匠を見て、刺さった自分はいい仕事をした、とパドマは思った。無関係な人に被害が及んだり、家が倒壊する前に止まって、本当に良かった。イレを呼んだ責任を感じていた少女は、安心して地に臥せた。



 パドマの背中のどうにもならない痛みが、突然消えてなくなった。いよいよ天に召されるのかと覚悟を決めたが、様子がおかしい。いつの間にやら、タオルまみれになっていた。そして。

「ぎゃひぃいい!」

 今の自分の惨状を理解して、パドマは悲鳴をあげた。今日の師匠は、約束破りのオンパレードだったが、それにしたって、やってはいけないことがあると思った。今の視界には、タオルと素肌しか見えない。いい加減にしろと、怒っても勝てない相手だ。本当に、性質が悪い。武装が全て取り払われているなんて。

「あ、起きたのね。痛みはない? 何もないなら、後は自分でできるかしら」

 パドマの頭を拭いているのは、師匠だと思い込んでいたが、振り返って見たら別人だった。

「え? イレさんの彼女になってくれない人?」

 1度しか会ったことはないので、パドマは自信が持てなかったが、ヤマイタチを奥から出してきたダンジョンセンター職員が、パドマの頭を拭いていた。

 イレの家の風呂場の隣の部屋だと思うのに、状況が掴めず、困惑するしかできない。

「今日は、お隣さんとして来たの。大家でも構わないけど」

「借家だったのか」

「あの男、稼ぎと金払いだけは良いのよ」

「わかる」

 パドマにとってのイレは、無償で飯を奢り続け、高額な物をポンとくれる、怪しげな気のいいおじさんだ。ヒゲはどうかしているし、センスは壊滅的だし、いつもくねくねとしていて言動は気持ち悪いが、酒場の客として見れば悪くない人だった。恐らくお姉さんも、センター職員として、イレの稼ぎをある程度把握していて、いいよられた時にでも、金遣いを知ったのかもしれない。お客様またはカモにするには、とても良い男なのだ。稼ぎと金払いを賞賛された上で、フラれているのは何とも言えないが、きっと師匠以外とはお付き合いができない人なのだ。彼女なり奥さんなりができるよう誘導してあげようと思っていたパドマは、師匠がいてくれて良かったと思いかけて、抱きつかれてナイフを刺されるまでを思い出した。

「悪い男じゃないと思ってたのに、ひどい男だったのね。見た目は全部治ったと思うのだけど、まだ何かあったりしない?」

 先程ナイフが突き刺さってできた、背中の傷は消えていた。兄が兄じゃなかった一件以来、放置されていた全身の古傷も、知らぬうちになくなっていた。師匠の傷薬は、相変わらず効力が高かった。ポイント景品の傷薬も、すり傷くらいならたちどころに治るが、それに比べても別格だった。

「ああ、あれはイレさんに出会う前の傷だから、イレさんは関係ないよ。刺さったナイフは、師匠さんのだし。締め上げるなら、師匠さんをやって欲しい」

「え?」

 お姉さんの頬に、赤みがさした。

 人妻じゃなかったのかよ、と心の中で悪態をつき、パドマは味方を増やすのを諦めて、身支度を整え出した。



 身支度を終えてダイニングを覗いたら、師匠がナイフの糸でイスにグルグル巻きにされていた。見た目は、大人しく捕まっている風ではあるが、本人がその気になれば、イスごと暴れ出すだろう。意味があるとも思えない。

「入らないの?」

「ええと、もう関わりたくないから、帰った方がいいかなぁ、とか」

「やっぱり、酷い目に遭っているのね?」

「主犯は、師匠さんだからね」

 入り口で、コソコソ話していたら、イレに入るように声をかけられた。師匠は、しばらくイスから立ち上がらない約束をしたと言われたが、そんな約束は、何の意味もないと思われる。人の話を聞いていない常習犯である。

「で、何があったのかな? 力づくで吐かせなくても、教えてくれると助かるんだけど」

 イレの声色は、それほど機嫌を損ねていなそうではあったが、以前、怒られた時は、とても怖かった。師匠に対抗できる知り合いが他にいないため、つい呼んでしまったが、失敗したかもしれない。イレに、ヴァーノンに、イレを悪く言うお姉さん。3人を納得させて、ハッピーに解散できる話をする力量は、パドマにはなかった。

「今日、ツノガエルに挑戦する予定だったんだよ。そしたら、博士のおっちゃんがカエルの口の中に入っててさ。助けなきゃって、慌てて走ったら、師匠さんに蹴り飛ばされて、カエルに食べられちゃったんだ。すぐ外には出たんだけど、そこから師匠さんの様子がおかし、、、? その上の階から、おかしかったような気がするな。まさか、師匠さん、カエル嫌い?」

「師匠は、カエル好きだよ。美味しいから。でもね、師匠の可愛い方の妹が、昔、カエルに食べられちゃってさ。その時のことを思い出したのかも。あの時は、大変だったなー。泣いて暴れて、もう少しで、カエルごと師匠の妹が、消し炭になるところだった」

 イレは立ち上がって、イスに座っていたヴァーノンを抱え上げると、師匠の膝の上に乗せた。

「何してるんですか!」

 ヴァーノンが暴れても、誰も意に介さない。

「パドマの身代わりをしてくれない? 師匠に抱きついてよ。パドマにやらせたくないでしょう?」

 と腕をつかんで、首に回させた。

 ヴァーノンの役が自分に回って来なかったことは良かったが、ヴァーノンの表情を見ると、自分が犠牲になる方が傷が浅かったのではないかと、パドマは心配になった。兄の婚期は、一生来ないかもしれない。

「大丈夫だよ、師匠。妹もパドマも無事だったから。そもそも、師匠の妹は、カエルなんかに負けないよね。あの人、自力で出てきたじゃない。カエルは、カエルかどうかわからないくらい、大変なことになったけどさ」

 イレは、平気な顔をして師匠に殴りかかるが、最終的な処置は甘い。これは無理だと思って、パドマは、兄を置き去りにして帰った。

師匠さんには、沢山妹がいます。可愛い方の妹と、美人な方の妹と、妹じゃない妹の他、あと2人。


次回、ツノガエル攻略。

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