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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
357/463

357.ゲーム開始

 師匠のほっぺはツヤツヤのふくふくに、死にかけていた目の色はキラッキラに輝いた。その代わりに、レイラーニはげっそりとしている。魔法で瞬間移動すれば一瞬なのに、西のダンジョンの頂上まで歩いてきたのだ。


 師匠の、昼間の桜並木を散歩したいという要望が、スタートだった。

 これは、とくに紅色の濃い品種なんですよ。八重にすると葉が出るのが早くて、花の時期と葉の時期を分けるのに苦労しました。そんな説明を聞いて歩いているうちは良かった。問題は、塔の階段だった。筒状の建物に内蔵された螺旋階段をひたすらに登っていくのが、辛かった。たまに窓はあるが、窓は時々ある小部屋の向こうにあるため、見るためには歩数が増える。塔はアーデルバードの城壁よりも高いのだ。階段の長さが尋常ではないのはわかっているのだから、無駄に歩数を増やすことはできず、ただの筒の中を歩く。まったく進んだ気もせず、どうしてか段々と外側の壁にくっついてしまって、歩きづらくなった。師匠は、いつまでもほわほわ笑顔で歩いているが、レイラーニには無理だった。体力は問題ないと思っていたが、耐えられなかった。魔法で転移したいと言えば、師匠は哀しそうな顔をするし、仕方なく責任をとって背負ってもらったが、それほど自力で歩いていないレイラーニの方が疲れていた。


 階段を登り終えると、可愛らしい部屋に到着した。壁はクリーム色で、植物や動物の小さな絵が全面に描かれており、師匠の背中から降ろしてもらうと赤紫の絨毯の感触は、レイラーニの足にふかふかと感じられた。ベッドやチェストなどの家具は緑色で、木目むきだしのピアノが置いてある。レイラーニの部屋だと言っていたが、師匠も居座る気持ちがあるのだろう。窓は閉じていて暗い部屋なのに、天井にたくさんのランタンが吊ってあるから、灯りは充分だった。壁際にはさらに上階へとつながる階段があるが、降ろしてもらったのだから、もうのぼらないだろう。

 もうくるくる回りすぎて、レイラーニにはどっちがどっちなのやら方向感覚がまったくなかったが、師匠に促された方角の窓を開けると、アーデルバードが見えた。

 アーデルバードの城壁は高すぎるので、城壁近辺の建物は見えない。だが、海側の地域は見ることができた。カイレンの家の辺りは見えないが、綺羅星ペンギンやミラの家の近くのお祭りの広場はわかる。唄う黄熊亭はギリギリ見えても良さそうだったが、別の建物に隠れて見えないか、レイラーニが場所を勘違いしているか、どちらかで見つからなかった。人がいるいないどころか、船の出入りもよくわからないくらいの遠景だが、アーデルバードが身近になった気がして、レイラーニは喜んだ。

「きのこ神殿みたいに、ここから旗を出したら、皆とお話しできるかなぁ」

 レイラーニが見たい物は遠くにあるので、恐怖心は思ったほど湧かなかった。だが、それでも高過ぎて風の音が怖かったので、師匠の胸ぐらをつかんで外を見ていた。

 レイラーニは、かなりベタベタと触ってくることがあるが、師匠が触れると、ちょっとでも嫌がる。だから、レイラーニが自ら寄ってきたことに、師匠は塔にして良かったと、しみじみと喜んだ。

 この図面を書く3拍前までは、寺院を作ることになっていた。レイラーニの城好きを反映して、仲良しの証として、城みたいな塔がついたカラフルでファンシーな寺院にしようと思っていた。寺院は1つ作ったしな、と己の趣味に走らず、踏みとどまった自分グッジョブと歓喜に震え、うっかり抱きしめたら怒られなかった。喜びの余りに震えていたのを城壁より高いし、怖いのかなと、レイラーニに勘違いされたのだ。大丈夫だよ、怖くないよと慰めることを言い訳にして、自分の恐怖を和らげるために、レイラーニが抱きしめ返してきたので、師匠は勝利を確信した。なんて小さくて可愛らしくて温かくて柔らかいのだろう。幸せで死んでしまいそうだと、抱擁をひとしきり堪能した後、師匠はレイラーニのおでこにくちびるを落とそうとして、塔の入り口前に転移されてしまった。



『可愛いかわいい愛娘のおでこにキスするくらい、許されても良いと思います。私は父に頻繁に抱きつかれて、頬擦りされて、キスされていました。養父とは血縁がないのに!』

 という釈明を受けて、師匠は塔への入場が許された。階段を上るのがまだるっこしいので、ぴょーんっとジャンプして窓から部屋に戻ると、レイラーニはどん引いた。さっき怖がってたのは、何だったの! と思っているが、幼少期から魔法で空を飛んで飛竜を打ち落として遊んでいた師匠に、高さへの恐怖心はない。落ちたところで、魔法で助かるのだから、恐れる必要がない。

「ごめんね。師匠さんちでは、それが普通ってことはわかったよ。でもそう言われてもね、ウチには受け入れられない。可能か不可能か、一応努力はしてみるから、しばらくはナシで許してくれない?」

 ぷるぷる震えて懇願するレイラーニに、師匠はにんまりと笑って答えた。

「はい。楽しみに待たせて頂きますね」

 父親だと言われてショックを受けた師匠だったが、今はそれを隠れ蓑にして仲良くなることを目指している。結婚前は、師匠の実父は実母にお父さんと呼ばれていたと聞いたことがある。聞いた時はなんだそりゃと思ったが、今なら恋人の前段階がお父さんなのだと辞書に書いてもいい。師匠の親たちは変な関係だったが、恐らく想いあっていたのは師匠の親カップルだけなのだ。だから、父親扱いは仲良くなるのに悪くはない。実父のように、想い人を振り向かせてやろうと思う。父親であれば、レイラーニの色恋について物申せる立場だから、悪くないと悪用することにしたのだ。



 師匠に促されて地階のダンジョンに行くと、宿屋みたいになっていた。

 遊べる場所を作ると聞いていたレイラーニは、てっきりアーデルバードのダンジョンを模写するのかと思い込んでいたのだが、まったく違った。

 モンスター師匠が座るカウンターで受付をすると、別のモンスター師匠が現れて、レイラーニたちを個室の1つに案内した。個室は唄う黄熊亭の子ども部屋をふた周りくらい大きくしたくらいの広さで、中央にベッドくらいの大きさのイスがあるだけだ。他は何もない。

 モンスター師匠は、イスに置いてあったフルフェイスの兜を持って、レイラーニに被せる。目を出す隙間もない兜だった。何をするつもりだろうと、心配になる。

「フルダイブ型のVRMMOに似せたゲームシステムを魔法で作りました。まだシナリオを作っていないのですが、どのようなものか、体験してみて下さい」

「ごめん。説明の内容が、まったくわからないよ」

 前が見えず、自力で歩けなくなったので、モンスター師匠はレイラーニを抱いてイスに座らせ、手や足に何かを付け始めた。

 順番を間違えたなと、レイラーニは思った。座らせてから兜を被せるべきだったと。しかし、モンスター師匠はレイラーニを抱き上げたいから、先に兜を装着させたのだった。決められた手順通りである。

「空想の世界に入り込んで、あたかもその世界で生きているような体験をすると言えば、わかっていただけるでしょうか」

「空想の世界? それはもしかして、チーズがなる木が生えてたり、イレさんを殺さずにお肉が食べれたりするのかな」

「そうですね。そのようなシナリオを用意すれば、実現は可能です」

 師匠がそう断定すると、レイラーニは奇声を発して喜んだ。

 こんな時、師匠はこの娘の何を好きになったのだろうと疑問に思うのだが、レイラーニの顔を見ると、愛しくてたまらない気持ちが湧いてくる。実妹とほぼ同じ顔なのだから、顔の造りが好きなのではないと思うのに、可愛く見えて仕方がない。清楚で控えめで一緒に美術鑑賞をしてくれるような、師匠に合わせて寄り添ってくれる妻としか、まともに付き合ったことがないので、レイラーニと一緒になってどうしようと思う。レイラーニは自分中心で、師匠に寄せてはくれない。食べ物しか興味を持たないので、食い倒れデート以外できる気がしない。師匠は、美食ならまだしも大食いには興味がないのに。

「じゃあ、行ってくるね」

「はい。いってらっしゃい」

 チーズのシナリオなんて用意していないのだが、やる気を出しているのに水を差す必要もないので、師匠は流した。

 モンスター師匠は、レイラーニをベルトで拘束して、沢山の線でつないで、支度を済ませた。レイラーニの横に立ち、呪を紡ぐ。

「輝く星々の軌跡を辿り、異界への門を開けよ。幽玄なる幻想に身を委ね、心を解放せよ。銀河の星より遥かに遠き彼方で、汝の物語を紡がん」

 紫の光が降り注ぐと、レイラーニは寝息を立て始めた。

次回、似非仮想現実ゲーム本編。

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