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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
356/463

356.西のダンジョン

 桜並木を歩いているうちに、空が白んできた。朝だから朝ごはんだね! とレイラーニは家に帰ろうとすると、師匠は南のダンジョンまでついてきて、今日からここに住みます、と言い出した。

「なんで?」

 ダンジョンにモンスター師匠がいる以上、レイラーニは、師匠に用はない。モンスター師匠は師匠と同じくらい可愛いし、同じくらい料理上手だ。モンスター師匠がいれば、師匠に頼みたいことは何もない。強いて言うなら、いてくれると面倒臭い。モンスター師匠の方が、ダンジョンマスター権限で黙らせることができるだけ楽だ。

「どうしてかは存じませんが、家で伏せっていたところ、私のコピーの集団に襲われまして、家が壊れてしまいました。こちらにはまだ600部屋以上空き部屋が御座います。何処かに住まわせてください」

 師匠の住む家は、昔からよく壊れた。妹の寝相が悪かったり、夫婦ゲンカで魔法が飛び出たり、婿舅争いで竜が襲撃してきたり、師匠が養父の部屋に無断侵入して罠が起動したり、師匠が父の日の作文を読んだりしたからである。その度に事件が起きて、家は粉微塵になった。だから、修繕は魔法有りでも無しでも、お手のものである。だが、レイラーニとの同居生活を目論んで、あえて直さず放置してきた。

 口調こそお伺いを立てているが、師匠は断らせるつもりはない。二の腕を捕まえて、顔を寄せて魅了魔法をかけている。だが、レイラーニには効かなかった。ダンジョンマスターだからではない。もうこれ以上、惚れる余地がないからだ。

「わかったよ。だったら、東のダンジョンで暮らせばいい。上物は何も使う予定がないから、師匠さんを一城の主人にしてあげる」

 元々、南のダンジョンは、師匠が作った物である。レイラーニにどうこう言う権利はないように思う。その上、モンスター師匠を派遣して、師匠を連れてくるように頼んだ記憶がある。あの時は、徹夜明けだった。おかしなテンションで、ぶっ飛ばして捕まえて来い! と言った可能性もある。思い出せないが。

 レイラーニは、そう考えて、東のダンジョンを指名した。北西と北東のダンジョンは、構造上、住居にするのは向いてないかと思ったのだ。美しい建物を、大分倉庫にしてしまっている。その点、東のダンジョンの上物は何も使っていない。城の部屋が住居に適当かは知らないが、師匠ならどうとでもするだろう。

「お城に住んでる師匠さんって、絵になると思うよ」

 レイラーニはカイレンとの会話で鍛えた、適当すぎるヨイショを師匠に繰り出した。既に、レイラーニの部屋の反対側の3階に棲み着く予定で計画していた師匠は、レイラーニの笑みに釣られて、それを承諾した。魅了されている間のレイラーニの言ならば、レイラーニの好みの男は城住まいだと思ったのだ。実際は、建物から魔法で閉め出せば家なしにしてしまうから可哀想でしづらくなるし、同居は面倒だと思われただけだが。



 師匠は、レイラーニと別れて、東のダンジョンに行った。

 東のダンジョンの地階はゴミ処理場と秘密の兵器工場であり、上物はファンタジーな城である。要塞としても、政治的にも使い勝手の悪い、ただただ見た目の格好良さだけを追求した城だった。

 師匠は、モンスター師匠を捕まえて、お城ごっこをして遊ぼうと誘った。結果、5人の王様と12人の王子様、1人の姫様と3人の宰相、100人以上の騎士が生まれた。王様は1人でなければならないなどと争うことなく、それぞれが好きな扮装をして、まずは城の内装を整えることになった。落ち着くという言葉とは無縁なカラフルな装飾は出来上がっているが、住むとなると、いろいろなものが足りない。何に使うか知れない格好良いだけの洞窟まで揃っているが、テーブルもベッドもない伽藍堂なのだ。王様は彫刻刀を持って玉座の製作を始め、王子様はシャンデリアを豪華にし、姫様はケーキを食べ、宰相はカーテン用の布に刺繍をし、騎士は絨毯を織ったり、城に飾る甲冑や槍のデザイン案を書き散らした。生活するのは師匠だけなので、モンスター師匠たちはお城ごっこに使う物だけを制作した。


 そうして、師匠から解放されたレイラーニは、モンスター師匠に甘やかされて、いちごチーズケーキを食べた。師匠が、桜を見ながらレイラーニと一緒に食べようと作ったものを、モンスター師匠が無断で持ってきたものだ。レイラーニは出所も知らずに、食べて蕩けた。クリームを絞って作られた桜の花飾りも可愛かったが、やはり春はまったりとした口当たりのチーズケーキだな、とワンホール食べて満足した。これだけ食べれば、朝食は充分である。ベッドに戻って、惰眠をむさぼることにした。


 師匠は、誰もいない部屋で、懐中からロココ調のダイニングテーブルとイスを出すと、大判の紙を広げて、図面の書き起こし作業を始めた。最後のダンジョンを作ろうと思っている。

 ダンジョンモンスターにテッドを指名するのは、予想通りだった。そうなるだろうと思ったから、北東のダンジョンはパドマにしたのだ。だが、レイラーニが城に住む男が好きだとは、予想外だった。師匠は城よりお寺の方が好きなので、どうしようかな、と思った。教会を作り、宮殿を作り、城を作り、寺院を作った。次は何がいいかな、と考える。

 師匠が寺を好む理由は、単純である。なんとなく落ち着くし、和むからだ。神社はいけない。師匠の母は、最強の神だった。今は、乳母と妹が受け継いで、神をしている。他の神も、親戚のおじさんのような付き合いをしていた。大体、父と酒盛りをして潰れてそこらに転がっており、威厳のある姿など、見たことがなかった。折り合いの悪い神は、養父が腹たち紛れに殺してしまうほど、軽い扱いだった。加えて言えば、師匠も神の末端にいたことがある。今はアデルバードに譲ってしまったが、突発的に神になった。顔が可愛いからなどという、ふざけた理由を聞いた時は、本当に残念な気持ちになった。故に、この世界の神に対して、信仰心を持つことはできない。教会は身近になかったので、神様のイメージと直結していないが、神社は毎年1回以上訪れていたので、神様がいると感じてしまう。



 ガリガリと書き散らして、パドマを迎えに行った。北西のダンジョンに送る途中で、西のダンジョンを作る手を借りる。

 師匠が魔法を発動すると、うず高い塔が出現した。魔法使いの塔をイメージして描いた、師匠の創作物である。地上に近い部分はひたすら螺旋階段を登るだけの細身の塔で、いくつか脇につけた塔を小部屋にして、休憩所や明かり取りの窓を付けた。そして、延々と上っていくと天辺に三角屋根の家が乗っている。物を運ぶための滑車を付けたが、実際はレイラーニの魔法で解決するだろう。

 窓から長い髪をたらす乙女が住んでいる塔をイメージして作った。レイラーニは高いところが苦手なようだが、師匠は高いところから2人で景色を楽しみたかった。だから吹きっ晒しの外で見るのではなく、囲まれた壁の中で、窓から見るのなら良いのではないかと考えて作った。天辺の家は四方に窓があるが、更に家が回転するようにしたので、上下以外に死角はない。



 師匠はテッドを放り込んでモンスター登録を済ませると、レイラーニを誘いに行った。レイラーニは寝ていた。しかも、一緒に食べようと思っていたケーキを食べられてしまったことにも気付いた。

 師匠は、ショックを受けた。師匠は魔力が少ないので、亜空間から物を出し入れする魔法は使えない。妹の好意を利用して、擬似的に使えるようにしてもらえているだけだった。モンスター師匠も同じように魔法を使えば、収納庫は同一だ。大事な物は仕舞えないことに気付いた。


 鬱々とした気持ちで、レイラーニのベッドの横に控えていたら、レイラーニは目覚めた。もともと寝過ぎて大して眠くもないのを、横になっていただけである。客が来てまで寝ていられるほど図太くなかった。

「おはようございます。ダンジョンを作ったので、見ていただけませんか」

「え? ダンジョン?」

 師匠は、暗い顔をしたままだった。それをなんだろうと思いつつ、意識をダンジョンに向けると、確かに知らないダンジョンの気配を感じた。とても細長い建物のようだ。下部は階段で、上に2階建ての家が乗っている。その造りに、レイラーニはピンとくるものがあった。

「いらないって言ったのに、随分とえげつない牢獄を作ったな」

 レイラーニの言葉に、師匠は目をむいた。可愛いらしいメルヘンな部屋にしたのに、牢獄呼ばわりはいただけない。

「違いますよ。レイラーニ専用の展望台です!」

「ちっ、嫌がらせの方だったか。高いの嫌いなのに」

 レイラーニは、身長伸ばしごはんを前にしたパドマのように眉をひそめた。師匠は、近頃のパドマは別人になってしまったと思って放置していたが、なるほど同一人物だと感じずにはいられなかった。だとするならば、テッドから取り上げねばならないかと過ったが、今はレイラーニである。

「どうして嫌がらせなのですか。アーデルバードを見たいのでしょう。だから、それを見れる場所を作ったのです。アーデルバードの城壁が高いのは、私の仕業では御座いません。あれを作ったのは、母ですので、苦情は母宛でお願いします。

 貴女は、ダンジョンマスターなのですから、ダンジョン内ならば、高かろうとも恐れる必要はないのではありませんか」

「アーデルバード!」

 レイラーニは瞳を輝かせて喜んだが、それを見た師匠が幸せそうにしているので、恥ずかしくなって顔を逸らせた。師匠の幸せ時間は、瞬く間に終了し、また陰鬱な表情に戻った。

「いつもと違うね。何かあった?」

「特には御座いません。作ったケーキが見つからないくらいでしょうか」

「ケーキ?」

「桜のケーキです。桜味が得手ではないため、イチゴで作ったのですが」

 ふう、とため息を吐いた師匠は、真っ直ぐにレイラーニのお腹を見ていた。レイラーニは両手でお腹を隠した。

「ごめんなさい。そのケーキの在処を知ってるかも」

「食べて頂きたくて作ったので、構いません。でも、一緒に食べたかったので、少しだけ残念ですね」

 心の底から残念だという顔をして寂しそうにしている師匠を見て、レイラーニは口もとを引き攣らせた。

次回、新しいダンジョン内へ。

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