354.目覚め
師匠がデザインした白い天蓋付きベッドで、レイラーニはスヤスヤと寝ていた。発見時は青白い顔をして、少し頬がこけているようにも見えたが、3日経った今は、元通り赤みがさしている。そろそろ目覚めるのではと、師匠はずっと傍に侍って待っていたら、その日の夜にレイラーニはまぶたを開けた。
目を半分開けただけで動かなかったが、そんなことはよくあることだった。師匠は席を外し、ご飯を作って戻ると、モンスター師匠たちがよってたかってレイラーニを飾り立てていた。師匠が天使のイメージでデザインしたレイラーニは、女神様か女王様かわからないような状態に仕上げられていた。装飾過多なのはいいとして、衣装が露出のあるものに変わっていることに、師匠は頬を引き攣らせた。以前、偽結婚式で着ていたドレスに比べたら大人しいものだったが、夏でも肌を晒さないことに熱意を燃やすレイラーニは怒るだろう。以前は何とも思っていなかったと思うが、師匠としても、カイレンがいるのであれば、上着を着せようかなと思うくらいに、キレイな肌を晒している。
「あの、レイラーニ? ごはんを用意したのですが、何故、動かないのでしょう」
目を開けたまま寝ているのでなければ、泣いて暴れて嫌がるのが、通常仕様だ。相手がパドマであれば、強引に着付けることも可能だが、ダンジョン内でダンジョンマスター相手にモンスターが無体を働くなんて、起こり得ないことである。師匠はごはんをテーブルに配膳しつつ、恐るおそる聞いた。
「羽根が痛い」
レイラーニの答えは、実に簡潔だった。3日も寝ていたから、寝ている間に羽根が復活したのである。そう言えば、そんな話もしていたなぁ、と師匠は思い出した。うつ伏せで倒れていたレイラーニを、わざわざ仰向けで寝かせた犯人は、師匠だった。寝ている間に、口付けをしてあげなければならなかったのかと、レイラーニにふらふらと近寄ると、モンスター師匠に排除された。モンスター師匠にとって、師匠は最大の敵である。師匠がレイラーニに寄せる想いと、モンスター師匠たちがレイラーニに寄せる想いは、今のところ同一である。力量も変わらないから、人数的に師匠は勝てない。師匠はやむを得ず、魔法を使った。
「光龍様。私の愛しい人を癒してください」
金色の光に包まれたレイラーニは美しいな、と師匠とモンスター師匠が眺めていたら、羽根の痛みがなくなったらしいレイラーニは悲鳴を上げた。己れの服装に、ようやく気付いたらしい。
少々腕と肩が出るくらいなんだよ、とモンスター師匠は思っているが、レイラーニはそれに加えて、この服に着替える過程も気にしていた。ドレスの下は、人に見せれるような格好ではない。結果、モンスター師匠とまとめて、師匠も外に放り出された。
レイラーニは、地階の以前の部屋に行くと、羽根を消して、いつかカイレンが持ってきた服に着替えた。冠からアンクレットまで、宝飾品もジャラジャラとすごかったが、脱いでみるとドレスもすごかった。花刺繍が細かく入った金糸雀色のドレスである。なんで師匠たちが、こんな服をレイラーニに着せたがるのかが知れず、レイラーニは赤面した。偽結婚式の時に着せられたドレスよりは色が地味でボリュームも抑えられていたが、ふわふわの服を着せたくなるほど幼いのかなぁ、と思ったのである。実際に、師匠より1500歳くらい若いので、赤子同然と言われればそうかもしれないが、レイラーニは成人している矜持がある。ただでさえ身長が低いのを気にしているから、より子ども扱いを受けることに嫌悪感を持った。
レイラーニは寝室に戻り、師匠が置いて行った中華粥を食べた。恐らく、南ダンジョン1階層にいるタスマニアオオガニとダイオウキジンエビが入っている。図鑑に載っていた大きさ比較の絵が大きかったから選んだだけのカニとエビだったのだが、肉厚なのに大味ということもなく、期待通りの味で美味しかった。だから、師匠をダンジョンに入れてあげた。師匠がおかゆを作っていたなら、着替えさせた犯人ではないだろうと思ったからだ。
「入りたければ、入ればいい」
入るのを遠慮すべき、寝ている間に侵入していたわりに、ドアを薄く開けて中を覗いているだけで入って来ない師匠に、レイラーニは声を掛けた。
「着替えさせたのは、私ではありませんよ」
師匠は、言い訳をしながら入ってきた。入って来たが、アイロン型の盾を持ち、身を隠しながら歩いている。ダンジョンの中でダンジョンマスターと敵対したら、盾なんて役に立たないと思うのだが、師匠は何か特殊な盾を持っているのかもしれないと、レイラーニは警戒した。
「そうだと思ったから、入れたんだよ」
「では、何故、追い出したのですか」
師匠の表情はデフォルトの微笑みを浮かべたままだが、目には恨みがましさが籠っている気がして、レイラーニは目を逸らした。
「あんな状態で、そんな細かいことは考えられないからだよ」
「あんな状態でも、私は貴女のお父様なので、追い出さなくても良いと思いますよ」
師匠が盾から再度顔を出して主張すると、レイラーニは困った顔をしていた。
「ごめんね。ウチ、お父さんって、お小遣いをくれて、結婚相手を押し付けてくる以外は、何の仕事をする職業の人か、知らないんだ」
師匠は、またパドマとレイラーニの余計な部分を掘り起こしてしまったことを悟った。両手で顔を覆って反省した後、盾を懐中にしまい、レイラーニと同じ食卓につく。
「私の実父は、狩人でした。5日に1度くらい森に出かけて、鳥や獣を捕まえてきました。毎日3食食事を用意してくれましたが、実は食事を作っていたのは母だったと後に知りました。父は、温め直していただけだったのです。
カイレンの実父は、村の用心棒でした。ならず者がやってくれば成敗しますし、龍が攻めて来ても、スタンピードに巻き込まれても、独力で村を守り切る村の英雄でした。年に1度ほど、どこかに出稼ぎに行っていましたが、それ以外は遊びに行けばいつでも武芸を仕込んで下さいました。
養父は、村のまとめ役をしていました。趣味で学校を作り教鞭をとったり、魔法使いたちを集めて軍を作ったり、怪しい薬を作ったり、愛人を山のように作ったり、遊んでいるばかりで何がしたいのかよくわからない人でしたが、決まった仕事をしていない分、みっちりといろいろなことを仕込んで下さいました。ですので、育ての父は、養父ということにしています。
父親とはそのような生き物だろうと、私は思っておりますよ」
3人も父親がいたという師匠は、さぞかし父親に詳しいだろうとレイラーニは思っていたが、3人ともレイラーニの思っていた人物像とは違った。師匠は微笑みを浮かべているだけで、何を伝えようとしているか、レイラーニには理解できなかった。
「お母さんがごはんを作ってくれる話は、聞いたことがある。お小遣いをくれるのは、誰なの?」
「お小遣いをくれるのは、伯父です。正確に言えば、カイレンの父の兄です。子どもにはすぎた、実父の収入額より多そうな金額を、幼少時からじゃらじゃらと寄越してくれました」
「おじ? ごめん。おじの実例は、1人も知らないから、想像できない」
ここまでくれば、レイラーニも気付いた。師匠は、変な家の人なのだ。父親が3人同時にいる人なんて、聞いたこともない。実家がダンジョンの中にある人なんて、聞いたこともない。ヴァーノンが師匠は貴族だと言っていたが、確かに家はだだっ広く、乳母は良い服を着ていた。師匠の娘になったということは、自分もそのファミリーに入ってしまったのかと、気が遠くなった。
「あのさ、もしかしてなんだけどさ。師匠さんの娘って、さっきみたいな服を着て過ごさないといけないの? 生まれた時も、あんなような服を着てたけどさ」
レイラーニがおずおずと聞くと、師匠は笑みを深めた。
「とても似合っておりましたし、可愛かったです。ですが、ああいう服は、部屋着にしておきましょうね。私以外に見せないで下さい」
レイラーニは、思ってもみなかった返事を得て、衝撃を受けた。人生に1度、結婚式に着るか着ないかというドレスが部屋着! 高価だと思っていた服が、部屋着。まったくくつろげない服が、部屋着。どんな生活をしていたのやら、まったく想像ができなかった。
「じゃあ、外には、何を着ていくの?」
「今着ているような服で、いいと思います。着たい服を着るのがいいでしょう。ああ、でも時々は、私が作った服を着ていただけると嬉しいです」
レイラーニは、ひとまず胸を撫で下ろした。師匠は以前のように、無理強いして着替えさせるつもりはないようである。妹と娘の違いなのか、ただの心境の変化なのかは、わからないが。
「神様服は着ないからね!」
と、釘を刺すことは必要だが、そんな話題は蒸し返さない方が良かったかなとも思っていると、師匠は真っ赤な顔で否定した。
「パドマと違って、レイラーニは私の娘です。そんな格好をしてもいいのは、私の前だけですよ! もう着替えが済んだのなら、出かけますよ。見せたい物があるのですから」
師匠は好きな人だろうが何だろうが、服を着ている姿を見れば、おおよそ中身が知れてしまう、いらない特技を持っていた。レイラーニに関して言えば、設計したのが師匠だから、本人も知らないだろう全てを知っている。パドマも、実妹に似ていること以外は師匠の好みにドストライクな容姿で大概だったが、それに無意識に師匠の趣味を織り込んだのが、レイラーニである。とんでもない服装をしたレイラーニが脳内に現れて衝撃を受けた師匠は、話題を変えるべく、慌てて外に出ることにした。このまま寝室にいては、いけない妄想がはかどってしまう。厨二の脳内は、暴走しがちなのだ。夜でもなんでもいいから、外に行く。レイラーニは起きたばかりだから、眠いとは言わないだろうから、外へ行く。
次回、お散歩デート。