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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
2-1章.18-15歳
352/463

352.緑の人を殺した理由

 パドマを回収したレイラーニは、リコリス(菓子屋)に寄って、唄う黄熊亭に行った。マスターとヴァーノンは、先日食べさせ損ねた料理を作り、レイラーニを歓待した。パドマは自分の好きな物ばかり出てくるので狂喜乱舞したが、師匠作の背の伸びるごはんを食べろと言われ、「嫌い嫌い大っ嫌い!」と暴れ、師匠をうなだれさせた。


 思い出の料理フルコースを食べたレイラーニは、皆と別れて、帰宅した。馬車はまだるっこしいので、師匠の背中に乗っていく。

 空は青いが、地平線近くと雲は茜色に染まる中、師匠は道を無視して、まっすぐフェーリシティに向けて走る。あ、師匠さんだ、などと声も上がるが、視線もやらずに通過する。アーデルバードの城壁に飛び乗ると、師匠は足を止めて、レイラーニを降ろした。そして、師匠が抱きついてきたから、レイラーニは離せと暴れた。だが、師匠は離れない。今度は何ごっこなんだと悩みながら、レイラーニは抵抗をやめた。抵抗すれば、拘束がきつくなるだけだと経験が知っている。師匠は、やりたいようにしか動かない。

「景色が見たい」

 師匠が嫌なんじゃないよ、折角高いところに来たのに師匠の服しか見えないのは残念だよ、夕焼けがキレイだよ、時間が変わると空の色が変わってしまうから今見たいよ、と交渉した結果、レイラーニは景色を見ることに成功した。だが、師匠は背中にべったりとくっついて離れない。目的を果たせなかったばかりか、高所恐怖症なのに高所恐怖症になった原因の場所で景色を見る機会を得てしまった。背中から、ぽかぽかとご機嫌伺いの魔力が送られてくるから、意地でも師匠は離れないのだろう。レイラーニは今度こそ諦めて、海側の景色とフェーリシティ側の景色を見せてもらった。恐怖は感じるが、美しいと思う気持ちは別腹だ。アーデルバードの夕景は愛おしく、フェーリシティは発展が目覚ましく、目新しい景色である。


「怒っていますか。嫌われてしまいましたか」

 レイラーニが抵抗をやめた理由の1つが、これだ。師匠は、鬱陶しくべそをかいている。レイラーニは嘘泣きだと思っているし、真実嘘泣きだった。師匠は、嘘泣きが得意だ。まったく嘘には見えない涙を流している。嘘だと思っても、反発するのは気が引ける完成度なのだ。

「師匠さんと出会って、長いよね。小さい頃なんて覚えてないから、人生のほぼ全部が師匠さんと一緒にいる気分だよ。ほぼ毎日一緒にいたから、親よりも兄弟よりも友だちよりも、誰よりも同じ時間を過ごしたと思うの。思い返してみると、師匠さんに追い詰められる思い出か、追い込まれる思い出か、追い落とされる思い出か、ごはんを食べる思い出しかない気がするの。ウチが食べるのが好きなのは、食べてる間だけは安全なんだって、学習したからなんじゃないかな。誰かさんのおかげだよね。食い意地が張ってるんじゃないと思う。この記憶のどこに、師匠さんを怒らない理由や、嫌わない理由があるんだろう」

 レイラーニは、師匠のことが好きだ。1番かどうかは知らないが、大好きな人である。だが冷静に考えると、なんでこんな人が好きなのかはわからないし、一緒にいて幸せになれる気はしない。幸せなのは、食べている間だけだ。日に5食も食べていたのは、本能が安全性を求めたからだろう。絶対にカイレンの方がマシだと思っていたが、最近は、なんでカイレンを選ばなければならなかったんだろうと、疑問を抱き始めたところである。アーデルバードは男しかいないような錯覚を起こす、男だらけの街である。2択に絞る意味がわからない。

「以前も、お伝えしたと思いますが、全ての行動について、反省して後悔しております。大変申し訳なく思っております。やり直す機会を下さい」

「全部、なかったことにするの?」

「なかったことには、しません。償いをさせて頂いた後、改めて新しい関係構築をさせて頂きたいのです」

「ごめん。全然わからない。ケガをした償いはしてもらった。ひどいことをいっぱいされたけど、それ以上にもらった物は多かった。だけど、最後のアレは、もうどうにもならないよ。お金なんてもらって、何になるの? ごはんを作ってもらったら、何だっていうの? 師匠さんに同じ思いをしてもらったって、ウチは何も変わらない。償うって、何なの?」

 パドマは師匠の腕がなくなった時、似たようなことを願ったことがあった。レイラーニも緑小鬼のことで、謝りたい気持ちでいた。だから気持ちはわかるのに、受け入れられなかった。

「償えないほどに、深く傷付けてしまったのですね」

「そうだね。元々、そんなようなものだったよ。今更なんだけど、それでもね、決定的にね、ウチはもうダメになっちゃったんだ。無理だよ。なんで死んだままにしておいてくれなかったんだろう」

 レイラーニも泣いた。死んだあの日のことをつぶさに思い出して、胸が苦しくなった。何もかもが嫌になり、自暴自棄になっていたが、それでもまだ捨てきれていなかったと死ぬ手前で思ったものだった。苦しくて、悲しくて、気持ち悪くて、死は救いだった。生き返って、ヴァーノンに会えて、皆の顔が見れて嬉しかったが、あの時点では死は至高だった。

 レイラーニが否定的な意見を言う度に、師匠の拘束がきつくなっていく。今は、腕が痛むくらいに力強くなっている。

「フェリシティは、、、レイラーニは、新しく生まれ変わりました。ダメではありません。何ひとつダメなところなどありません。生きてください。誰よりも幸せになって欲しいから、誰よりも私に幸福感を与えてくださるから、フェリシティと名付けたのです。名が気に入らないのであれば、レイラーニで構いません。何でも受け入れますから、生きて下さい。お願いですから」

 師匠の声は段々と小さくなるのに、力は更に強くなる。とうとうレイラーニの肌を突き破り、レイラーニはうっかり悲鳴を漏らすと、一気に手を離された。

「光龍。大至急癒しを。最大限の善意を私の愛しい人へ与えて下さい」

 師匠の魔法ですぐに癒されたが、レイラーニは痛みを感じた場所から、視線を外さなかった。

「申し訳ありませんでした。まだ痛みますか」

「乳母さん、お願い。飛び降りるから、危なくないようにして」

 レイラーニは、自分の身体に緑の光がくっつくのを確認して、思いっきって城壁から飛び降りた。魔法が何の作用をしているのかわからないくらいのスピードで落ちていき、恐怖で身体を丸めると、師匠に抱き止められて、落下が止まった。

「何をしているのですか。危ないでしょう」

 師匠は、レイラーニを抱いたままぷかぷかと浮いている。抱きついて逆さまになっていたのを上下を元に戻し、横抱きに抱え直してみたが、レイラーニは動かなかった。正確に言えば、動いている。産まれたての子鹿が立ち上がったかのように全身プルプルと、またはガクガクと動かしている。が、それ以外の動きはない。

「申し訳ありません。私の所為でしたね」

 師匠は、ゆっくりゆっくり高度を下げ、地上に降り立った。地上に降りてもレイラーニの様子が変わらないので、師匠はもう一度謝って、フェーリシティに向けて歩き出した。もう城壁に上らなくて済むように、城門に向けて足を進める。南のダンジョンは城門前にあるので、遠回りにもならない。

 出会った時は、パドマのことを実妹だと勘違いしていたこと。ただのそっくりさんかと思ったところで、実妹の血縁だと知ったこと。師匠が、今までパドマに向けていた想いをぽつりぽつりと話しながら歩いていると、少しずつレイラーニの震えが落ち着いてきた。

 祭での花のやりとりに関しては、花言葉について説明したところ、「そんなの聞いたことない」と、小さく返事が戻ってきた。『あなたが好き』とか『永遠の愛』のような花言葉を持つ花は、わりと沢山ある。それをもらったから、仕方ないなぁと師匠は口を寄せてあげたのである。たまたまだと言うことは考えもしなかった。師匠好みの奥ゆかしい女性は、そういうところでそっと想いを伝えてくるものだと刷り込まれていた。

 パットの悪行については、アグロヴァルに嫌がらせをすることしか頭になかったと伝えたら、「知ってた」と言われ、師匠は恐怖した。「パドマが可愛いくて嫌でなかったから、嫌がられていることに気付きませんでした」と伝えると、「卦体糞悪い」と返ってきた。

 もう師匠の心は折れた。自分が悪いのはわかるが、カイレンの嫁についての考察を話す勇気なんてない。言わずとも、怒られるのはわかっている。やり直しは無理だと言われたばかりだ。ダンジョンに連れ帰ったら、2度と会えないかもしれない。ダンジョンに連れ帰らねば、死んでしまうかもしれない。師匠はどちらも選べずに足を止めた。

 レイラーニは何事かと師匠を眺めると、寂しげに薄く笑っていた。時々見るようになった表情である。意味はわからないが。

 師匠は、無言で歩き出した。先程までは、レイラーニの顔を見て、微笑みを向けていた顔は、ダンジョンに向けられている。ああ、もう帰る時間だと気付いたから、レイラーニは知りたかったことを聞いた。

「なんで緑の人を斬ったの?」

「聞かない方がよろしいでしょう」

 師匠は、足も止めずにするりと答えた。レイラーニは少し待ってみたが、続きはなかった。

「教えて。ずっとそれを考えてたの。それだけじゃないけど、それがわからなくて、怖かった」

 パドマの意見を聞き、師匠は足を止めた。「怖い?」と何度も反芻し、空を仰いでいたが、歩みを再開した。

「怖いなら、聞かない方がいいですよ」

「わからないのが、怖いの」

「知って、怖い話だった場合、どうするのですか」

「師匠さんを大量発生させて、ダンジョンに引きこもってれば、大抵のことは防げる。心配ない」

「その緑の人が住むダンジョンにいる地龍が出てくれば、私が何人いようと踏みつぶされて終いですよ」

 師匠の青色の瞳は、ダンジョンだけを見ている。それが気に入らなくて、レイラーニは両手で頬を挟んで、力尽くで自分に向けた。

「教えて!」

 至近距離で真正面から睨みつけてくるレイラーニの顔が可愛く見えて、師匠は自分の頭が相当虫にやられていることを認めざるを得なかった。

「困りましたね」

 と微笑むだけで、師匠は何も言わない。

「それで今までのことを全部あがなえることにする、って言ったら?」

 レイラーニは切り札を出したつもりで言ったが、それは償いにならないと一蹴された。だが、それで答えがわかってしまった。

「そっか。ウチが襲われるところだったんだね」

 師匠は目をむいたが、レイラーニをバカにしすぎだ。怖いなら聞かない方が良い話である。レイラーニの怖いものなど、それほど多くはない。ここまで頑なに言わないのであれば、他の理由は考えられなかった。洞窟内に飛び降りる場所はなかったし、殴る蹴るの暴行であれば、レイラーニは恐れない。緑の人にまで自分の顔が好かれるとは考えなかったが、見目を気にしないパターンもあるのも知っている。顔を隠しているのに、捕まったこともあった。

「あちらの言葉を理解する人間がいるとは、思わなかったのでしょう。かなり赤裸々に計画を話していたので、ついカッとなってしまいました。あんな現場を見せられたら、怖いですよね。配慮できずに、申し訳ありませんでした」

「うん。気持ち悪かったけど、ウチが住んでた場所ら辺では、まぁよくあることだったから、見慣れてるはず。気にしないで」

 パドマの幼少期に、近所に死体がゴロゴロ転がっていたのは、ただのアデルバードの怠慢なのだが、師匠は生い立ちのひどさ加減がまた更新されたことに涙した。これはガチ泣きだが、レイラーニは嘘泣き判定したので、慰めない。

次回、謝罪。

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